外交の世界史の再構築

活動報告

2024年2月25日~3月3日にかけてイタリア(ローマ/フィレンツェ)にて史料調査を行いました。

 昨年に引き続き、近世都市ローマにおけるフィレンツェ人共同体の活動状況を明らかにするため、共同体規約や評議会議事録(ローマ国立文書館/サン・ジョヴァンニ・デイ・フィオレンティーニ教会付属文書館)、並びに彼らの経済状況やローマ人との関係を浮き彫りとする公証人文書や関税請負記録(ローマ国立文書館/ローマ市立カピトリーノ文書館)などを閲覧しました。また今回の調査の途中で文書館員の方に20世紀初頭に出版された史料集を紹介していただき、同書を所蔵しているローマサピエンツァ大学経済学部付属図書館にも訪れました。
 さらに今回の調査では、フィレンツェ国立文書館にて本国に残る史料調査も行いました。これまで受け入れ国であるローマ側に残る史料調査を行ってきましたが、第10回研究会において領事の活動を考えるうえでは、出身国との関係や、出身国と受入国との間のとりなしとしての役割にも注目する必要性が明らかとなりました。そこで出身国がこれら在外フィレンツェ人共同体をどのように管理しようとしていたのか、また両者の間ではどのようなコミュニケーションがとられていたのかを調べるため、各地のフィレンツェ人領事規約集、駐ローマ・フィレンツェ人から本国への報告書を閲覧しました。
 これらの調査から、近世ローマ社会の中で経済的に台頭するフィレンツェ人共同体の特権的立場が明らかになると同時に、ローマ–フィレンツェ間の政治関係や本国フィレンツェ政府の政情の変化により不安定な立場を強いられた共同体の様子も浮き彫りとなってきました。また本国政府側の史料の管理状況からは、在外フィレンツェ人共同体の中でのヒエラルキーの存在や、それぞれの受け入れ国の状況に合わせた本国側の柔軟な対応の可能性も垣間見られました。
 最後に今回の調査で初めてフィレンツェ国立文書館を使用しましたが、同じ国立文書館でもこれまでに使用したことのあるローマやボローニャとは大きく異なり、閲覧室の設備や文書申請システムなどの管理が徹底しており、非常に使いやすい点に驚きました。また今回約1年ぶりのイタリア滞在でしたが、特にローマでは2025年の聖年を見越して、各地で道路の舗装や建物の外観工事が行われている点が目立ちました。聖年とはカトリック教徒にとって贖宥が与えられる特別な機会であり、1300年の創設以来ローマに多くの巡礼者をもたらしています。そのため聖年は歴史的にもローマの都市改変の節目となってきました。今回のローマ滞在では、古い街並みを残しつつも、聖年の度に新たな姿に生まれ変わろうとしているローマの様子を肌で感じることができました。

(文責:原田亜希子)

フィレンツェ国立文書館外観

フィレンツェ国立文書館外観
(ローマやボローニャ国立文書館と異なり歴史的建造物ではない点も印象的でした)

ローマ出張

ローマ出張


来年の聖年に向けて工事が進められるローマ
(ローマ特有の石畳サン・ピエトリーニも張り替え作業が進められていました)


2024年3月2日、愛知学院大学で第11回研究会を開催しました。

<司会:松本あづさ>
・報告①大東敬典:Adam ClulowとLauren Bentonを読む(その1) ―“Legal Encounters and the Origins of Global Law”と“The Art of Claming”―
・報告②松方冬子:Adam ClulowとLauren Bentonを読む(その2) ―Protection and Empire-
・報告③松井真子:堀井優『近世東地中海の形成』を読む

・参加者
川口洋史、木土博成、木村可奈子、大東敬典、辻大和、堀井優、松井真子、松方冬子、松本あづさ、森丈夫、森永貴子


2023年12月26日~28日、東京大学史料編纂所で第10回研究会を開催しました。

第10回研究会

12月26日
<司会:川口洋史>
・報告①松方冬子:総論 外交の世界史―15~19 世紀における交易と政権による保護・統制―
・報告②辻大和:清への朝鮮の朝貢品の性格について
・報告③森永貴子:ロシア帝国の関税政策とポーランド
・報告④木土博成:薩摩-琉球関係における在番
・報告⑤大東敬典:オランダ東インド会社による契約収集の試み
・報告⑥松井真子:オスマン帝国のアフドナーメ(盟約書)にみる関税規定
・報告⑦塩谷哲史:ロシア帝国とヒヴァ・ハン国の「条約」(1843 年)

<司会:辻大和>
・報告⑧川口洋史:17 世紀アユタヤー朝における「トラー(許可証)」と「条約」
     ―オランダ東インド会社とイギリス東インド会社を事例に―

・参加者
葛西康徳、川口洋史、木土博成、塩谷哲史、大東敬典、辻大和、原田亜希子、彭浩、堀井優、松井真子、松方冬子、森永貴子

12月27日
<司会:辻大和>
・報告⑨皆川卓:近世西中欧における格式と「外交」
     -ケラスコ条約(Trattato di Cherasco, 1631)から見た近世ヨーロッパ国家間システムの多元性
・報告⑩彭浩:近世長崎渡航唐人の結合形態と「自治」
     ―船主協議制をめぐる試論―
・報告⑪堀井優:16 世紀オスマン帝国内のヴェネツィア「領事」網
・報告⑫原田亜希子:近世ローマにおけるフィレンツェ人共同体

<司会:原田亜希子>
・総合討論、成果論集構成の相談、今後の予定

・参加者
川口洋史、木土博成、塩谷哲史、大東敬典、辻大和、原田亜希、彭浩、堀井優、松井真子、松方冬子、皆川卓、森丈夫、森永貴子、山本徹

12月28日
<司会:堀井優>
・報告⑬森丈夫:植民地時代における先住民−イギリス植民地間外交の再検討 :第二次アングロ―ワベナキ戦争における講和外交 1689-99 年

・参加者
川口洋史、木土博成、塩谷哲史、大東敬典、辻大和、原田亜希子、堀井優、松井真子、松方冬子、皆川卓、森丈夫、森永貴子

第10回研究会


2023年12月17日、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所で開催された、イスラーム信頼学B01班「イスラーム共同体の理念と国家体系」国際ワークショップ“The Safavids, the Post-Safavids and the East Indian Companies”(本PJ共催)に、大東敬典が参加し、報告を行いました。

プログラムは下記の通り。
14:00 イントロダクション:近藤信彰(東京外国語大学AA研)
14:10 Peter Good (JSPS Fellow/東京外国語大学AA研)
  “Stability by Contract?: The East India Company in Persia 1600-1747”
15:10 大東敬典 (東京大学史料編纂所)
  “Pursue of Agreement: The Dutch East India Company”
16:20 ディスカッション
コメンテーター: 嘉藤慎作 (東京外国語大学AA研)

 ワークショップは、サファヴィー朝とその後の時期にイギリス・オランダ両東インド会社がイランや周辺地域で展開した外交に焦点を当て、それぞれの会社文書に伝わるサファヴィー朝の王の勅令の形式および内容、外交における現地仲介者の役割、アジアの他の地域との比較などについて活発な議論が行われました。
 会場とオンラインを組み合わせたハイブリッド形式で行われ、合わせて19名の参加を得ました。

イスラーム信頼学

(文責:大東敬典)

2023年9月22日、ヨーロッパ中央アジア学会におけるパネル報告

 2023年9月21日~24日の4日間にわたって開催されたヨーロッパ中央アジア学会(European Society for Central Asian Studies [ESCAS]、会場:カザフ国立大学など)において、大東敬典、塩谷哲史の2名が主催・参加して、「交易をめぐる交渉―近世の中央ユーラシア、イラン、ヨーロッパ― Negotiating Trade: Central Eurasia, Iran and Europe in the Early Modern World」と題したパネル報告が行われました。なお同パネルに参加予定だったピーター・グッドさんが、折からのナゴルノ・カラバフ問題の余波で参加できなかったのは、残念です。18世紀のオランダ東インド会社のイラン交易、ロシアとイラン・中央アジア間の交易に焦点を当て、仲介者の出自と役割、商品の転換、独占資本会社経営の導入といった諸問題を議論しました。パネルには8名が参加し、通訳の影響力の大きさや、隊商長(カラヴァンバシ)の役割などについて活発に質疑が行われました

(文責:塩谷哲史)

ESCAS報告
大東報告

ESCAS報告
塩谷報告

ESCAS報告
コメンテーターのアイヌラ・スイノバさん(アル・ファラビ・カザフ国家大学)


2023年9月16日~21日、塩谷哲史、辻大和、松方冬子、森永貴子が、ウズベキスタン現地調査を行いました。タシュケントとサマルカンドを訪問しました。

9月17日
午前:ホテルの会議室に、ウズベキスタン共和国科学アカデミー歴史学研究所で19世紀ヒヴァ・ハン国の外交史を研究され、同研究所で歴史記述・文献学部門長をされているAllaeva Nigora先生をお迎えして、講演していただき、質疑応答を行いました。
午後、ウズベキスタン歴史博物館と日本人抑留者によって建設されたナヴヴォィ劇場を見学、夕刻列車でサマルカンドに向かいました。

9月18日
レギスタン広場を見学、カーフィルカラ(「異教徒の城」の意)遺跡の日本隊による発掘現場、ビビハニムモスクと旧市街の街並みを見学しました。

9月19日
ティムール廟とシャーヒズィンダ廟を見学した後、マイクロバスでタシュケントに戻りました。20日は、ウズベキスタン工芸博物館、チョルス・バザール、ハズラティ・イマーム・モスクを見学して、帰国の途に就きました。

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 Allaeva先生の講演は、”Diplomacy of the Khiva Khanate: Dynamics of Foreign Policy and the Main Directions of the Relations (16th-19th Centuries) Khwārazm”というタイトルで、英語で行われました。
 Allaeva先生は、国際学会での報告経験も豊富らしく、「国際学会で前近代外交史の専門家に会える機会は少ないが、今回は専門家が多くて嬉しい」とのお言葉をいただきました。優しそうな外見とは裏腹に、「戦う女性研究者」という印象を持ちました。
 最初に、ホラズム地域の自然地理的な説明とヒヴァ・ハン国の簡単な年表的な説明があったのち、本題のヒヴァ・ハン国の外交史を研究する上での問題点と乗り越えるための文書学的な方法が示されました。私自身の研究とも共通性が高く、共感を抱くとともに、以下の点について面白く聞きました。
・ヒヴァ・ハン国(現在のウズベキスタン西部、地域名としてはホラズム)の歴史は、外交史に限らず、研究が少ない。16-18世紀の史料が2点しか残存していないことが原因。(これは日本と大きく異なる点。「史料が多いと、研究はdescriptiveになりがち」という指摘は的確だと思います。)
・ヒヴァとイランの関係史は意味がないと言われて研究を始めたが、その後史料をたくさん見つけた。現在では、ペルシア語やロシア語の史料、コーカンド・ハン国やブハラ・ハン国の年代記などを使って、多角的にヒヴァの外交史を研究している。(オランダ語史料で日本史を研究している身としては、大いに励まされました。)
・バルトリド Vasilii Vasil’evich Bartold(1869-1930)という有名なロシアの研究者が、「ヒヴァは孤立していて、遅れている」と述べると、多くの研究者がそれに追随し、その結論の範囲内で研究をするのが不満。(日本でいえば、「鎖国」に当たるでしょう。)
・ヒヴァの政治制度は、“appanage system”という言葉で説明されることが多い。(日本で言えば、「封建制」。)
・イランのシャー・アッバース1世から、ヒヴァのハッジー・ムハンマド・ハーンへの手紙の分析(慎重かつ厳密な史料批判がなされていました。「国書外交」の事例研究という意味で、『国書がむすぶ外交』ともつながる議論です。)
・ヒヴァとイランの関係は、国書の往復にとどまらず、対ブハラの軍事同盟的な性格もあり、婚姻関係も伴っていた。
・ムスリム諸王朝では「外交使節が君主の足にキスする習慣がある」という指摘。(ヨーロッパで、外交使節がローマ教皇の足にキスする習慣との比較が必要か。)
 活発な質疑応答の後、今後の研究協力を期待するという言葉を交わして、お開きとなりました。

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 生まれて初めての中央アジア訪問でしたが、タシュケント空港に降り立った途端、まず真っ先に抱いた印象は、人間が多様だということです。一見しただけで、ロシア人だと言っても通用する人から、日本人だと言っても通用する人まで、多様な人たちが一緒に暮らし、混血も進んでいる印象です。ほとんどの人が、ウズベク語とロシア語(ソ連時代の名残)を話すほか、タジク語など別の言語を話す人も多く、言語的にも多様で重層的です。
 歴史博物館の展示を見ても、アラブ人やペルシア人、モンゴル人、ロシア人と何度も何度も征服されてきた土地であることがわかります。新しい征服者が来れば、前の征服者が今度は被征服者になる、そのような歴史の中で、様々な人、生活習慣、言語、などが競合し、併存、融合してきた土地柄なのでしょう。1945年まで征服されたことがないことを自慢にしてきた「日本史」を見直すための格好の比較材料と言えるかもしれません。
 いわゆる「途上国」ではありますが、少なくとも都市部において「貧しさ」はあまり感じませんでした。人々にはなんとなく余裕があり、表情は明るく穏やか。都市は清潔で、治安もよく、広い意味での豊かさを感じました。女性だけのグループがレストランでゆっくり食事を楽しんでいる光景もよく見かけました。
 問題は、環境問題だそうです。農業用水としてのアム川、シム川の利用増加により、アラル海が干上がって、消滅の危機に瀕しており、水資源問題は深刻なようです。ウクライナ戦争についても、日本とは全く違った影響(テレビではほとんど報道されない一方、ロシア人観光客は増えているそうです)が聞かれました。
 また行きたいけれども、地球環境の問題を考えると、今見えているものを守るためには、もう2度と行かないほうがよいかもしれない、そんな気もする4日間の滞在でした。

(文責:松方冬子)

ESCAS報告
質疑応答風景

ESCAS報告
Allaeva先生を囲んで(お弟子さんやタシュケントで学ぶ日本人も同席しました)

ESCAS報告
ウズベク語のご著書をご恵贈いただく(最後に翻訳史料集が載っていて、親近感を感じました)


2023年8月26日~28日、滋賀県立大学で第9回研究会を開催しました。

8月26日
・司会:大東敬典
・菊池雄太「《領事》概念の整理―ヨーロッパ篇―」

・参加者:岡本隆司、川口洋史、菊池雄太、木村可奈子、大東敬典、辻大和、原田亜希子、堀井優、松井真子、松方冬子、松本あづさ、皆川卓

8月27日 条約条文の素朴な比較検討作業(その2)
・司会:堀井優
・菊池雄太「ハンザ諸都市とアメリカ合衆国の通商条約(1828年)」
・松井真子「オスマン帝国の1680年対蘭カピチュレーション」
・木土博成「法度(≠条約)にみる琉球在番奉行―1657年の二つの法度を読むー」
・岡本隆司「南京条約」
・川口洋史「バウリング条約」

・参加者:岡本隆司、川口洋史、菊池雄太、木土博成、木村可奈子、大東敬典、辻大和、原田亜希子、堀井優、松井真子、松方冬子、松本あづさ、皆川卓

8月28日 巡見

近江八幡
近江八幡(蝦夷地で活躍した商人の家)


2023年7月30日、31日、東京大学史料編纂所で第8回研究会を開催しました。

暑さに負けない熱い議論ができました。

7月30日 五百旗頭薫『条約改正史』読書会
・司会:川口洋史
・趣旨説明/自己紹介
・松本英実「五百旗頭薫『条約改正史』に対する法制史からの若干のコメント」
・松方冬子「五百旗頭薫『条約改正史』を読む:「不平等」条約なのか?について」
・彭浩「日本の条約改正と日清関係:五百旗頭薫「条約改正史」関係著作を読む」
・リプライを含む総合討論

・参加者
対面:川口洋史、木村可奈子、大東敬典、辻大和、彭浩、松井真子、松方冬子、松本あづさ、松本英実
オンライン:葛西康徳、森永貴子

7月31日
・皆川卓「近世スイス・ドイツの関税協定と関税紛争 ―「国家連合」システム(systema civitatum)との関係において」

・参加者
対面:川口洋史、菊池雄太、木村可奈子、大東敬典、辻大和、彭浩、松方冬子、松本あづさ、皆川 卓、守田まどか
オンライン:葛西康徳、塩谷哲史、森永貴子

第8回研究会

(本ページの無断転載を禁止します。)

松方 冬子(まつかた ふゆこ) 東京大学 史料編纂所 教授 博士 (文学) Professor,the University of Tokyo Ph.D.(the University of Tokyo, 2008)

「学術の中長期研究戦略」の提案

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