【2012年度】
(1) 課題の概要
春日社旧社家である大東家には、同家に伝来してきた記録・文書や、明治期に散逸を懼れて収集された南都関係史料が、現在も多数所蔵されている(「大東家史料」と称す)。戦前の史料編纂所による史料採訪によってその一部は目録化されているが、同時期に調査された春日大社および辰市家・千鳥家など他の旧社家所蔵史料とは異なって、影写本・謄写本が作成されておらず、「大東家史料」の大部分はこれまで学界に紹介されていない。その全体像を把握して整理・調査・撮影を進めつつ、なかでも中世から近世初頭にかけての神事日記を中心に検討を加えて、今後の研究編纂に利用できるようにする。特に『大日本史料』第十二編の次冊以降の出版対象となる元和九年の『中臣祐範記』原本(従来は抄出本で知られていた最晩年の日記)については翻刻を行って、本所出版物に反映させる。
(2) 研究の成果
二〇一一年度末に刊行を計画していた「大東家文書」の目録・報告書であるが、春日大社奉納分とは別に、一具・同種の新出古文書が大東家に残されており、これらを調査・撮影し、まとまりとしてより整った形で本年度に刊行した(『春日大社所蔵 大東家文書目録』東京大学史料編纂所研究成果報告2012-5)。目録本体に加えて、新出分古文書や全体は未紹介の院政期の『皇年代記』に、『古今最要抄』清祓事などを翻刻も併せて掲載し、内容の充実を図った。また、幡鎌・及川「『春日社司中臣祐範記』元和九年」(『東京大学史料編纂所研究紀要』二三、二〇一三年)として、本年の課題に掲げた翻刻を行った。奈良で開催されてきた『祐範記』輪読会の成果と、『大日本史料』第十二編の蓄積とを融合させた共同研究である。本紀要には、鎌倉時代の若宮神主家の神事日記でありながら、これまで未翻刻であった分を、松村・藤原「東京大学史料編纂所所蔵「弘長三年春日若宮神主中臣祐賢記」(『春日社旧記』のうち巻六)」として、お茶の水図書館所蔵断簡と併せて紹介している。この他にも大東家所蔵史料からは社記断簡などを、藤原・坪内綾子・巽昌子「中世春日社社記拾遺」(『根津美術館紀要 此君』四、二〇一三年)に紹介した。同雑誌には、松村「春日宮曼荼羅と社頭景観の史料」も掲載され、本共同研究で利用できるようになった史料を活用した研究を進めている。また本年度も、奈良国立博物館の特集陳列「おん祭と春日信仰の美術」に協力した。
本年度の調査で、大東家所蔵分の中世部分がおおむね把握され、公開は準備中であるが、中世から近世前期の神事日記について撮影を終えた。また、内容は謄写本で知られているが、辰市家所蔵になる中世から近世前期の神事日記をある程度まとまった分量で撮影した。春日大社・大東家・辰市家などに分蔵状態となっている史料群の統合的な把握のための基盤を徐々に整えているところである。積み残しの課題としては、Hi-cat plusおよび古文書ユニオンカタログへの文書目録の書誌データ搭載があり、現在は閲覧室での単純な画像閲覧での提供となっている。
【2011年度】
(1)課題の概要
近年春日大社に寄贈された「大東文書」を撮影し、1点ごとの目録を作成する。この文書群は、春日社旧社家の有力三家のうちの大東家が所蔵していたもので、平安時代~江戸時代の古文書約300点からなり、慶長年間以前のものが過半を占める。これら全点をデジタル撮影して史料編纂所図書室において閲覧に供するとともに、詳細な目録を採取して公刊し、「日本古文書ユニオンカタログ」を通じて書誌データの検索を可能にする。中世古文書原本の新規デジタル撮影・目録作成とその公開をリレーショナルに展開する実験としての性格も備える。
(2)研究の成果
春日大社において、同所蔵および個人蔵の旧社家史料をデジタル撮影し、「大東家文書」目録の作成を完了した。あわせて『皇年代記』他の新出史料の翻刻を終えるとともに、参考史料の入力を行った。本年度の調査により、個人所蔵分からも本来一体となるべき史料が見出され、最低限の中世古文書に限って目録に収載すべく精査し、2012年度に冊子体として刊行予定である。画像データについては、史料編纂所図書室にて閲覧可能となり、Hi-CAT Plus および古文書ユニオンカタログにも細目データを搭載予定である。写真帳は、申請により焼付を作成された奈良県立図書情報館郷土資料室にて公開しており、現地側でも閲覧が容易になった。
奈良国立博物館で恒例の特別陳列「おん祭と春日信仰の美術」(2011年12月6日~2011年1月15日。主催:同館・春日大社・仏教美術協会、協力:本所)では、作品構成の検討に加わり、「大東家文書」や『皇年代記』等に加えて、本所架蔵の社家旧蔵史料なども出陳した。図録では作品解説・コラム(末柄「春日社家の記録文書類の伝来」)を分担し、故・大東延和氏の原稿「春日の神々に仕えた社家の歴史」の編集して転載し、公開講座でも講演した。
この他、根津美術館の特別展「春日の風景」(2012年10~11月)に協力し(図録に松村「春日曼荼羅に見える聖性の源流」掲載)、論文や史料紹介も公刊している(松村「春日社興福寺の中世的確立」〔『立命館史学』624号、2012年〕、藤原「春日大社所蔵『高麗曲』(楽書のうち)紙背文書」〔『東京大学史料編纂所研究紀要』〕22)
【2010年度】
(1)課題の概要
近年春日大社に寄贈された「大東文書」を撮影し、一点ごとの目録を作成する。この文書群は、春日社旧社家の中臣氏有力3家のうちの大東家が所蔵していたもので、平安時代~江戸時代の古文書約300点からなり、慶長年間以前のものが過半を占める。これら全点をデジタル撮影して史料編纂所図書室において閲覧に供するとともに、詳細な目録を採取して公刊し、「日本古文書ユニオンカタログ」を通じて書誌データの検索を可能にする。中世古文書原本の新規デジタル撮影・目録作成とその公開をリレーショナルに展開する実験としての性格も備える。
(2)研究の成果
「大東文書」の撮影を完了し、目録出版のためのデータ作成・校正を順調に進めた。全点について原本の形態を確認することができたので、一通ごとの書誌的な事項のみならず、成巻文書としてのまとまりや配列、屏風に貼付されてあった文書が一紙物に改装されている点などが明らかになった。従来、影写本および刊本に依拠せざるを得なかったため、史料学的な観点からは隔靴掻痒の感があったいくつかの疑問点は、これによって解消した。また、存在は知られていながら全貌の明らかでなかった大東家本『皇年代記』を確認し、若干の新出文書も見いだした。これらも撮影を完了しており、目録に翻刻を掲載予定である。
さらに『古今最要抄』巻十ほか、目録に附載する予定の未翻刻史料を翻刻入力し、別途に翻刻予定の史料(史料編纂所所蔵『春日社旧記』のうち)の読解を進めた。上記の調査研究の遂行にあたって「共同研究」であることは非常に有効であった。「大東文書」の本来の全体像を探るために、現在も大東家に所蔵されている史料類の調査へ進展したことにも大きな意義が認められる。これによって次年度は、現地側の共同研究者の参加をさらに得ることが可能になっており、さらなる成果を期待することができる。
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