東京大学史料編纂所

2019年度に実施された一般共同研究の研究概要(成果)

一般共同研究 研究課題  前近代の和紙の構成物分析にもとづく古文書の起源地追跡

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 渋谷綾子(東京大学)
所外共同研究者 小倉慈司(国立歴史民俗博物館)・天野真志(国立歴史民俗博物館)・富田正弘(富山大学名誉教授)・野村朋弘(京都造形芸術大学)・阿部哲人(米沢市上杉博物館)・名和知彦(公益財団法人陽明文庫)
所内共同研究者 尾上陽介・山田太造・高島晶彦・村井祐樹
研究の概要 (1)課題の概要
古文書や古記録の物質的研究では、これまで、素材となる繊維の検討による料紙の種類の特定や使用方法の分析、墨や朱など使用素材の分析が主たるものであった。本研究は考古学や植物学的な手法を応用し、繊維やデンプン等を含めた料紙の構成物に焦点を当てて古文書の起源追跡を行う。
研究方法としては、光学顕微鏡やデジタルマイクロスコープを用いた料紙表面の非破壊による分析を行う。史料編纂所所蔵「島津家文書」の御文書外の起請文などを中心に、国立歴史民俗博物館所蔵「廣橋家旧蔵記録文書典籍類」や米沢市上杉博物館所蔵「上杉家文書」、陽明文庫や松尾大社所蔵史料について、同じ時代・地域のものを対象とする。構成物の種類・量・密度の解析から、歴史資料の製造された地域や武家・公家による相違などの特性と、歴史的変遷について検討する。本研究は、原材料の紙材質という観点から、古文書の歴史研究を多面的・総合的に進展させることが可能である。

(2)研究の成果
本研究では、2018年度に確立した分析のデータ項目と顕微鏡観察・撮影方法の統一化により、陽明文庫所蔵史料、松尾大社所蔵史料、上杉博物館所蔵「上杉家文書」の調査・研究を実施した。陽明文庫所蔵史料は、「近衛稙家消息」、「近衛前久消息」、「近衛信尹消息」等について106件、松尾大社所蔵史料は南北朝以降の128件、「上杉家文書」は20件について料紙の顕微鏡撮影を行い、構成物の特定を進めた。結果、時期による填料の含有量の増減が確認できた一方、鉱物など植物質以外の物質にはあまり変化が見られなかった。今後も検討を進める予定である。
 さらに、国際シンポジウムを2019年11月に実施した。料紙の歴史的変遷や東アジアにおけるカジノキのDNA研究に関する講演を行うとともに、2018・2019年度の共同研究の成果報告を行った。研究の現状と課題を議論するとともに、研究の展望を参加者と共有することができた。講演者・報告者の論考は『古文書研究』第90号に掲載予定であり、講演者の鍾國芳(台湾・中央研究院)・國府方吾郎(国立科学博物館)とは今後共同研究を行い、ワークショップ等を実施する計画を進めている。
 本共同研究で料紙の構成物に対する科学的な総合研究を行ったことにより、史料のもつ自然科学的情報を新たに提示する成果が獲得でき、また、国際的な共同研究につながった。なお、本研究成果は2020年度に国内外の学会で報告予定であり、学術誌への投稿も予定している。

一般共同研究 研究課題 中世信越地域寺社所在史料に関する調査・研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 前嶋 敏(新潟県立歴史博物館)
所外共同研究者 高橋一樹(武蔵大学)・田中 聡(長岡工業高等専門学校)・福原圭一(上越市公文書センター)・村石正行(長野県立歴史館)・原田和彦(長野市立博物館)
所内共同研究者 鴨川達夫・村井祐樹
研究の概要 (1)課題の概要
弘治四年(1558)正月、武田信玄は信濃守護職を獲得して信濃国の実効支配の正当性を得ている。ただしそのいっぽうで、中世における越後守護上杉氏権力は、信濃北部地域を分国としてその影響下に置いていたことが推測される。このことから、戦国期には信越をめぐって上杉氏・武田氏の争いが激化していたとみられる。
信越地域には上杉氏・武田氏等の権力と結びつき、またそれら権力とも関わる古文書を現在まで伝える寺社が少なくない。これらの古文書は、地域が権力といかに関わっていたのかをうかがううえでも注目される。
そこで本研究では、信濃国・越後国に所在する、上杉氏・武田氏等にゆかりの寺社所蔵の史料を主な題材として、中世の信越と権力との関わりについて調査・研究を実施する。

(2)研究の成果
 本研究では、中世信越地域の寺社等をめぐる各地の動向を検討するための史資料原本の調査として、次の古文書群の調査を行い、また記録撮影等を行った。本研究で撮影した文書群は以下のとおりである。
◎長野県内調査
「龍雲寺文書」、「安養寺文書」、「河合文書・金井文書・神尾文書・矢嶋文書・荒木文書・滝沢文書・丸山文書(上田市立博物館寄託)」、「大宮文書」、「高野文書」、「北野美術館文書」、「大井法華堂文書」、「下条文書写」、「龍嶽寺文書」、「円通庵所蔵鰐口」、「開善寺文書」、「本誓寺文書」、「長野県立歴史館所蔵・寄託文書」
◎新潟県内調査
「楞厳寺文書」、「鵜川神社文書」、「専念寺文書」、「御嶋石部神社文書」、「与板歴史民俗資料館文書」、「長谷川文書」、「長岡市教育委員会文書」、「五十嵐文書(長岡市教育委員会寄託)」、「阿部文書」
本研究においては、個人所蔵・寺社所蔵文書等のなかに、これまでに知られていなかった古文書原本等を複数確認した。またこれらの調査のなかでは、たとえば①龍雲寺に伝わる北高全祝の法語は巻子装でほぼ一括して保管されていたこと、②年代が判明する限り、これらの法語の年代は永禄12年の数通を除くとほぼすべて天正8年以後であることなどが確認された。なお①については、永禄8年頃に武田信玄の招聘によって越後雲洞庵から信濃龍雲寺の住持となった北高全祝が、その後も同寺において重視されていたことをうかがわせるものといえ、また②の解釈については今後の課題の一つといえる。これらの古文書等の検討を踏まえて、信越地域の一体的把握をさらにすすめていく必要があるものと思う。なお本調査で新たに確認された古文書等は、東京大学史料編纂所の情報、新潟県立歴史博物館の調査情報等、また調査中の聞き取り調査などの情報によって調査にいたったものであり、本研究を共同研究として実施したことによって得られた成果のひとつといえよう。

一般共同研究 研究課題 高野山西南院文書の調査・研究―高野山伝来史料の研究資源化にむけて―

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 坂口太郎(高野山大学)
所外共同研究者 藤本孝一(真言宗大本山随心院)、土居夏樹(高野山大学)・野田 悟(高野山大学)・木下浩良(高野山大学)・辻 浩和(川村学園女子大学)・澤田裕子(京都光華女子大学)
所内共同研究者 渡邉正男
研究の概要 (1)課題の概要
本研究は、高野山西南院に伝来した古文書・聖教・石造物について、調査・研究を行なうものである。西南院は高野山の子院の中でも、屈指の文化財を伝えることで知られる。その中核となるのは、重要文化財『西南院文書』全11巻(高野山霊宝館寄託)であるが、それ以外にも貴重な古文書・聖教が数多く保管されている(「西南院現蔵史料」)。
本共同研究では、2018年度に、重要文化財『西南院文書』の原本調査・撮影を行ない、同文書の翻刻や「西南院現蔵史料」の調査にも着手した。本年度においては、重要文化財『西南院文書』の翻刻を継続するとともに、「西南院現蔵史料」についても、より正確な全体像を把握すべく、調査・撮影を進める。さらに、高野山最古の紀年銘を持つ鎌倉時代の五輪塔など、西南院境内にある石造物の調査を行ない、文献史料と併せて検討することで、中世高野山をめぐる信仰について検討を進めていく。般市民への研究成果の還元を通じた学術の普及活動も企図する。

(2)研究の成果
  昨年度に引き続いて、重要文化財『西南院文書』全11巻の翻刻に取り組み、第一巻~第三巻の分を完了した。この成果は、同文書の伝来・成巻過程に関する考察と併せて、坂口太郎・藤本孝一「史料紹介 重要文化財『西南院文書』第一巻~第三巻」(『東京大学史料編纂所研究紀要』第30号、2020年)として発表した。なお、第三巻は焼損を蒙っており、翻刻にあたっては、損傷以前に撮影された史料編纂所架蔵のマイクロフィルムから、大きな便益を受けた。
本年度の調査成果で特筆すべきは、「西南院現蔵史料」から、多数の新出写本が出現したことである。まず、『安祥請来録(内題:恵運禅師将来教法目録)』1帖(第75函)は、入唐八家のひとり恵運の請来目録であるが、西南院本の末尾には、嘉応2年(1170)閏4月27日の書写奥書が存する。該目録の写本では、最古に属するものであり、『大正新脩大蔵経』や『大日本仏教全書』仏教書籍目録などの再校訂に資するところ大きいものがある。
次に、『野沢灌頂諸記(内題:水丁[=灌頂]諸説)』1巻(第26函)は、南北朝期の禅僧で、細川頼之の帰依を受けたことで知られる碧潭周皎の著作である(現在、写本は他に知られておらず、西南院本のみの孤本)。周皎は、前半生を真言僧として過ごした経歴を有するが、『野沢灌頂諸記』には、彼が真光院禅助ら真言密教の高僧達から受けた多くの口伝が集成されている(一部、天台密教の口伝も含む)。いまだ不明な点の多い周皎の前半生に関する史料としても一級の価値を有するものであり、今後関係分野の研究者の協力を仰ぎ、学界に紹介したい。
また、本年度には、西南院の境内にある石造物の調査にも着手した。従来知られていた高野山最古の紀年銘を持つ五輪塔5基(鎌倉時代)以外にも、中庭に五輪塔2基(鎌倉時代)が存在することが判明した。石造物については、今後も精査を継続する。
なお、2019年9月5日~8日に、「第一回 西南院寺宝展」を開催し、多くの古文書・聖教を展示した。地元住民や観光客に加えて、複数の歴史学・国文学の研究者が遠方から観覧に訪れた。高野山伝来史料の持つ重要な価値を伝える上で、一定の成果を収めたと考える。

一般共同研究 研究課題 国宝「称名寺聖教・金沢文庫文書」の書誌学的復原研究―『薄草紙口决』を中心に―

研究経費 49万円
研究組織
研究代表者 貫井裕恵(神奈川県立金沢文庫)
所外共同研究者 小川剛生(慶應義塾大学)・小倉嘉夫(大阪青山大学)・佐藤愛弓(天理大学)・長村祥知(京都文化博物館)・西岡芳文(上智大学)・福島金治(愛知学院大学)・三好英樹(大阪府教育庁)・梅沢 恵(神奈川立金沢文庫)
所内共同研究者 堀川康史・藤原重雄・遠藤珠紀
研究の概要 (1)課題の概要
本研究課題では、国宝「称名寺聖教・金沢文庫文書」(称名寺所蔵・金沢文庫管理)の中世における原形態の復原を試みることで、聖教・紙背文書それぞれの研究資源化の方途を探る。具体的には「称名寺聖教」のうち、鎌倉時代末期に称名寺長老を務めた釼阿書写の『薄草紙口决』を扱う。本史料は、「称名寺聖教」全体の約7~8割を占める真言密教聖教の一点で、史料群の形成期を代表する。その紙背文書は、鎌倉幕府滅亡期の状況を伝える貴重な書状群であり、近年、小川剛生氏『兼好法師』(中公新書、2017年)にて披露された兼好の出自に関わる新知見は本紙背書状の再読にもとづき、文化史的観点からも注目される。金沢文庫流出分を含めた『薄草紙口决』・同紙背文書の全体を把握し、原形態を復原することで、中世東国社会における歴史・仏教文化の様相を解明する。本研究課題の試みは、聖教と紙背文書それぞれの復原による研究資源化のモデルを提示することにもなろう。

(2)研究の成果
本研究では、国宝「称名寺聖教・金沢文庫文書」を題材とした、中世聖教史料の研究活用を企図している。具体的には、聖教あるいは書籍の復原を通じて、それらの紙背に残された古文書の研究資源化をはかりつつ、中世史研究の中でややたち後れている歴史学における聖教史料の活用の方途を示すものである。
本年度は、昨年度より検討している名古屋市蓬左文庫蔵『斉民要術』の原本調査に加え、大阪青山歴史文学博物館蔵の称名寺・金沢文庫旧蔵史料(約50点)の原本調査を行った。これにより、庫外流出する金沢文庫本や称名寺聖教・金沢文庫文書を把握し、称名寺蔵(金沢文庫管理)分の史料との関わり、料紙の再利用のありよう、料紙そのものの検討などを行い、上記の課題を克服しようとした。

一般共同研究 研究課題  参詣曼荼羅図を中心とする富士山信仰史資料の総合的研究と公開

研究経費 49.9万円
研究組織
研究代表者 矢大高康正(静岡県富士山世界遺産センター)
所外共同研究者 井上卓哉(富士市文化振興課)・阿部泰郎(名古屋大学)・伊藤 聡(茨城大学)・阿部美香(昭和女子大学)・三好俊徳(名古屋大学)・猪瀬千尋(名古屋大学)
所内共同研究者 藤原重雄・及川 亘
研究の概要 (1)課題の概要
富士山南麓には、中世/近世/近代を通じて形成・伝承された豊かな富士山信仰に関わる資料が散在する。例えば村山修験の祖末代上人ゆかりの村山浅間神社の信仰資料(富士宮市教育委員会寄託)や、富士下方五社の別当寺であった富士山東泉院伝来の顕密仏教の聖教資料(富士山かぐや姫ミュージアム所蔵)などが挙げられる。これらの信仰遺産は個別に調査が進められてきたが、その全体を把握し歴史的関連のもとに位置付けることは、富士山信仰の総合的研究と情報共有の上で急務である。
そのための指標として、本研究は富士山信仰の世界観を象徴的に描いている富士参詣曼荼羅図を活用して、富士山信仰史資料の総合的研究と整理保存に基づく公開を目指す。加えて一切経をはじめとして、儀礼書や唱導文芸など、時代や位相の異なる多様な信仰資料も存在しており、これらジャンルの異なる資料の全体像を把握し、アーカイブス化を進めていく必要がある。

(2)研究の成果
富士山南麓の富士山信仰に関わる資料群について、愛知県内(菟足神社、旧望理神社社家佐竹家)と三重県内(亀山市立歴史博物館、能褒野神社、旧福昌院村山家)で資料の写真撮影、採録、調査研究を共同で実施した。菟足神社所蔵資料について、昭和女子大学紀要『学苑』九四九号の資料紹介特集号にて「菟足神社所蔵 富士山・熱田信仰史資料調査報告」(執筆者:阿部美香、大高康正、井上卓哉、阿部泰郎、伊藤聡、三好俊徳、猪瀬千尋)を掲載。
旧望理神社社家佐竹家では三禅定(富士山、立山、白山)に関わる計28点の資料を撮影、旧福昌院村山家では亀山市立歴史博物館の写真提供で計178点の資料を採録、現地調査にて旧修験時代に関わる仏像類、富士山型の祭壇などの存在を把握したところである。
三禅定で富士先達所を勤めていた愛知県常滑市の松栄寺に伝来していた富士参詣曼荼羅について、2019年度に大高が連絡担当者、所蔵者を申請者に住友財団文化財維持・修復事業助成を受け、2020年3月に文化財修復が完了した。修復の各段階にて原本の調査を行った。
富士山かぐや姫ミュージアム所蔵の富士山東泉院伝来の聖教資料のうち、隆光関連聖教の再点検と明治維新期の神道史料および神道切紙の調査を行った。
IIIFで画像公開されている東京大学総合図書館所蔵石本コレクションのうち富士山関係摺物9点の翻刻を提供した。
史料編纂所の史料蒐集事業の一環としては、富士山南麓に伝来する資料群から、中世文書を含む村山浅間神社所蔵文書(富士宮市教育委員会寄託)、旧多門坊多門家所蔵文書(個人所蔵)、旧清長坊宮崎家文書(個人所蔵)をデジタル写真撮影した。今回の撮影データを史料編纂所のHi-CAT Plus・ユニオンカタログに反映させ、研究者へも成果還元が期待できる。

一般共同研究 研究課題  プリンストン大学図書館所蔵吉野山修験関係史料の保存・利用のための研究

研究経費 56万円
研究組織
研究代表者 トーマス・コンラン(プリンストン大学)
所外共同研究者 野口契子(プリンストン大学)・テオドール・スタンレー(プリンストン大学)・近藤祐介(鶴見大学)
所内共同研究者 榎原雅治・堀川康史・高島晶彦・谷 昭佳
研究の概要 (1)課題の概要
プリンストン大学図書館が所蔵する「桜本坊文書」は、吉野修験に関する中世~近世の文書群である。吉野は修験の重要な拠点の一つであるが、関係する中世文書は日本国内でも少なく、その実態はほとんど知られていない。したがって「桜本坊文書」が吉野修験研究のための貴重な史料であることはまちがいない。しかし、現状では断裂された状態のものが多く、公開できる状態ではない。本研究計画では、史料編纂所と協力して、この文書に保存のために必要な措置を加えたうえで、判読・公開可能な写真の撮影、ならびに断簡の接続などに関する調査を行う。また、日本の吉野地域に所在する関係史料も調査し、「桜本坊文書」の内容理解を深める。

(2)研究の成果
「桜本坊文書」は襖下張りとなっていた時期があると考えられ、全点が何らかの裁断を受け、断簡、紙片となっている。2018年度の調査を踏まえて、本年度は「桜本坊文書」の調査を継続し、総点数は172点(墨付のあるもの)、うち接続するものが22件あり、文書点数は123点となることを確定した。このうち中世・織豊期の文書と思われるものは68点である。調査にあたっては紙質調査を行い、単位面積当たりの重量が文書の時代推定や、接続する紙片を見出すのに効果的であった。史料編纂所でこれまでの実施されてきた料紙研究による知見が、本文書の整理のために有効であった。
文書は年代順に排列し、文書番号を付与したうえで写真撮影を行った。接続する文書については、接続させた状態に設置して撮影した。撮影データはプリンストン大学と史料編纂所の両者で所有することとした。
中世・織豊期の文書の多くは吉野修験の檀那売券、田地売券、借用状、近世文書は宗門人別改、書状である。このうちには桜本坊の初見史料、また宝徳2年書写の大般若経の断簡が含まれるが、桜本坊には同時期の大般若経が所蔵されるため、同坊での史料調査を行った。同坊には数種の大般若経が現蔵されており、そのすべてを調査することはできなかった。プリンストン大学所蔵の大般若経と同種のものは現時点では見つかっておらず、今後の再調査が必要である。

一般共同研究 研究課題  画像解析技術に基づく石造遺物研究資源化に向けた調査研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 上椙英之(国文学研究資料館)
所外共同研究者 七海雅人(東北学院大学)
所内共同研究者 菊地大樹・井上 聡
研究の概要 (1)課題の概要
歴史研究の立場から石造遺物の研究資源化を目的とした場合、特に判読可能な画像を保存することが望まれる。しかし、風化などにより銘文判読が難しい場合、主として調査者の翻刻テキストに依拠する場合も多く、第三者による批判・検討が難しい。紙本拓本は客観的な文字情報を保存する優れた手法であるが、技術の習熟や作成に時間がかかる。本課題では、2018年度に続き、上記の諸問題を解決するために申請者が開発した、非接触・非汚損で拓本と同程度の文字情報を保存できる画像処理手法(以下、光拓本)を使用して、より合理的な石造遺物デジタルアーカイブの構築を目指したい。史料編纂所所蔵拓本の研究情報・デジタル画像を公開した金石文拓本データベースおよび、金石文史料研究の推進を目的とした新規調査による拓本収集といった研究資源を活用し、史料編纂所と協業することで、従前にはない新たな調査スタイルの策定および光拓本アーカイブの形成を提言したい。

(2)研究の成果
本板碑群は60点を越え、宮城県河北地域を代表するというべき大規模な板碑群の一つである。同地域は全国的にも板碑集中地点の一つとしてよく知られている。かつ、今回の悉皆調査により、新出の板碑や残欠もあわせて拓本サンプル等が精確に記録収集されことにより、マクロ・ミクロの両面から今後の金石文研究の前提を形成する成果となった。その概要は既発表論文等に述べたとおりであるが、今後報告書をまとめる予定であり、さらに本研究と連携して進められている「デジタル技術による金石文史料の研究資源化と学融合的歴史叙述への応用研究」(科研費19H00536・研究代表者菊地大樹)においても深められるであろう。以下に、その概要をまとめる。
本研究によって、既述のような良質な群を構成するすべての板碑について、「金石文の影写本」とも評価されるべき紙拓本が史料編纂所図書室架蔵史料となり、将来的には金石文拓本史料DBにも登録されて、研究分析のために学界共有の研究資源となった。さらに本研究においては、従来の紙拓本によるサンプル収集記録方法の長所を生かしつつ、「ひかり拓本」というあらたなデジタル画像解析技術を併用して、金石文史料の研究情報資源化を目指した。紙拓本とひかり拓本の比較検討により、さらに精確な銘文等の読解が可能となった。本研究を通じてひかり拓本技術は飛躍的に開発が進み、現在研究代表者によって特許申請中である。同技術は簡易な装置、スピーディな調査により一般の歴史研究者への普及を目指しており、地域への金石文史料への関心を広げるツールとしても期待されている。なお、ひかり拓本によるサンプルについては、前述の科研費プロジェクトにより改良予定のDBに提供し、公開を図ることになる。
以上の技術及びサンプル収集により、本板碑群の特徴も明らかになった。本板碑群は、14世紀半ばに造立が始まる。同時期は同地域における板碑造立のピークであるが、本板碑群はその後15世紀後半まで造立が続くという特徴が改めて確認された。また今回の調査においては、造立地点周辺の歴史的交通路や、隣接地域の板碑群との関係も検討された。ピーク時には比較的大型で精巧な板碑も造立されており、種子や銘文も特徴的なものがみられる。拓本サンプル等による精確な記録から、これらの詳細を既出の報告書等を改めて検討することができるようになった。それらにもとづいて総合的に考察すると、本板碑群の造立主体としては、比較的有力な地域権力者の外護を受けた、禅宗系の寺庵を想定することができる。

一般共同研究 研究課題  加藤嘉明関係文書の総合的研究―史料編纂所架蔵影写本「近江水口加藤子爵家文書」を基盤に―

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 山内治朋(愛媛県歴史文化博物館)
所外共同研究者 井上 淳(愛媛県歴史文化博物館)・土居聡朋(愛媛県教育委員会)・藤本誉博(今治文化振興会今治城)・川島佳弘(松山市坂の上の雲ミュージアム)
所内共同研究者 井上 聡・村井祐樹
研究の概要 (1)課題の概要
加藤嘉明は、豊臣秀吉のもとで大名となり、秀吉没後は徳川家康のもとでその地位を固めた近世初期の大名である。伊予国内におけるその領国支配は32年に及び、生涯の約半分にわたる。伊予の近世の礎を築いた一人だといえる。これまで、自治体史・展覧会図録などに掲載された関連史料も少なくないが、集約的な史料集や目録などはいまだ作成されておらず、近年、松山城築城者として嘉明への関心が高まりを見せているものの、嘉明に関する基礎研究はあまり進んでいないのが現状だと言わざるを得ない。
本研究では、嘉明に関する基本史料として最も重要なものでありながら、すでに散逸してしまった嘉明自身の受給文書(主要部分は「近江水口加藤子爵家文書」として知られる)について基礎研究をおこないたい。すなわち、史料編纂所所蔵影写本をもとに、同所の他の架蔵資料やデータベースなどを活用し、愛媛県の博物館活動における研究成果を集約継承しながら、所在情報の把握と整理を進める。この情報を集約して目録化するとともに、各地に分散して現存する原本の調査・撮影を実施し、その全貌の紹介につなげたい。あわせて、適宜、加藤嘉明関連の史料(発給文書を含む)の探索をはかりたい。

(2)研究の成果
以下、調査を行った文書をあげる。
甲賀市所蔵加藤家旧蔵文書/浄明院文書/松山城所蔵文書/愛媛県図書館所蔵文書/伊予史談会所蔵史料/河野美術館所蔵文書/愛媛県歴史文化博物館所蔵文書/山上氏所蔵文書/高串土居文書/西禅寺文書/重山文書
いずれも史料編纂所の写本類情報と、愛媛県内の所在情報を突き合わせることにより、これまで知られている史料の確認だけでなく、未知の史料の発見にもつながった。地元で認識されていた文書が、実は学界では全く知られていない、という事例もあった。これは共同研究ならではの成果である
この他に、史料編纂所架蔵影写本『近江水口加藤文書』の一・二から秀吉関係文書を抽出し、釈文を作成した。また同文書は戦後散逸し、各所に分散している状態であるため影写本掲載文書と現在所在確認できる文書を対校し、一覧表を作成した。

一般共同研究 研究課題  武田流弓馬故実書の形成過程に関する史料学的研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 阿部能久(聖学院大学)
所外共同研究者 大澤 泉(鎌倉歴史文化交流館)
所内共同研究者 高橋慎一朗・林 晃弘
研究の概要 (1)課題の概要
中学・高校の教科書でもよく知られるように、流鏑馬・笠懸・犬追物などの騎射の武芸は、鎌倉時代の武士の鍛錬手段として広く行われたものであるが、室町時代以降は衰退に向かい、江戸時代に入って弓馬故実として再構成された。とりわけ流鏑馬は、現代まで伝承されて各地の神社祭礼などの際に執行され、国際的にも関心が高い。現代に伝わる流鏑馬などの弓馬故実は、主に武田流と小笠原流に大別され、鎌倉時代から続く鶴岡八幡宮の流鏑馬においても、両流によって流鏑馬の奉仕がなされている。実は、戦国時代ごろから江戸時代にかけて展開した弓馬故実の形成過程はかなり複雑であり、いまだ明確にされてはいないが、両流に伝わる弓馬故実書類を分析することで、その過程を明らかにすることが可能になると考えられる。
本共同研究は、鎌倉の金子家に伝来した学界未紹介の武田流弓馬故実書群の目録作成と原本調査による奥書の分析を通じて、その史料群としての性格を明らかにし、中世から近世にかけての弓馬故実の形成・伝承過程と、現代鎌倉を代表する伝統行事である流鏑馬故実の歴史的系譜を解明することをめざすものである。

(2)研究の成果
3回の調査を経て、金子家史料のうち冊子を中心とする部分、全329点については目録を完成することができた。
また、『細川家文書』および『竹原陽次郎家文書』の調査を通じて、武田流の故実が、小笠原流の故実も合わせて学ぶかたちで、「竹原流」と呼ばれるようなものに転化していたことが明らかになった。両文書群と鎌倉に伝えられた金子家史料は、重複する史料もあるが、基本的には相補う関係となっており、もともと一体であったものが、離合集散を繰り返して現在の残存状況に至ったと考えられる。さらに、流鏑馬故実書の多くに「右大将家」(源頼朝)の例が引かれ、『細川家文書』のなかには『鶴岡八幡宮流鏑馬記』という史料もあることから、鎌倉との関係が故実形成の過程で強く意識されていたことが明らかになった。
いっぽう、金子家史料に頻出する伝領者としての「志水」・「菅原正房」については、熊本大学永青文庫研究センターの目録作成事業や、『大日本近世史料 細川家史料』の編纂過程で蓄積された研究成果を援用することによって、竹原の門人で熊本藩の「志水隼太」なる人物であることを確定することができた。

一般共同研究 研究課題  文禄の役における朝鮮王子関連文書の調査・研究・目録化

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 川西裕也(新潟大学)
所外共同研究者 木村拓(鹿児島国際大学)・久野哲矢(佐賀県文化スポーツ交流局)・鳥津亮二(八代市立博物館未来の森ミュージアム)
所内共同研究者 金子拓
研究の概要 (1)課題の概要
文禄の役の最中の1592年7月、朝鮮国王・宣祖の王子である臨海君・順和君が日本軍によって捕縛された。その後、二人の朝鮮王子は、約1年間にわたって日本軍の捕虜となっていたが、翌年6月、一時的な講和の成立にともなって解放された。
この二人の朝鮮王子のエピソードについては、文禄の役における重大事として広く知られている。しかし、彼らが捕虜となっている間に日本の武将や僧へ送った文書(書簡・詩文など)が日本各地に多数現存することについては、これまでほとんど注目されてこなかった。その結果、二人の朝鮮王子の動向については不明な点がきわめて多い。
本研究では、こうした研究現況を踏まえ、日本に現存する二人の朝鮮王子文書を網羅的に調査・研究・目録化することを目的とする。原本が確認できるものについては実見調査を行い、各文書の詳細なデータを集積する。また、各文書の発給年月日と様式・内容を検討した上で、編年目録の作成と公開を行う。

(2)研究の成果
2019年5月、東京大学史料編纂所における史料調査の過程で、これまで学界に知られていなかった新たな朝鮮王子関連文書の存在が確認された。そこで、2020年1月、佐賀・泰長院を訪問し、当該文書を調査・撮影した。本文書は、1593年2月当時、鍋島軍の捕虜となっていた朝鮮王子一行の動向を伝えてくれる史料として極めて貴重である。
また、2020年1月には、史料編纂所特定共同研究(複合史料領域)「東アジアの合戦図の比較研究」との合同研究会を行った。研究会では、日本史・朝鮮史・美術史・文学などの様々な領域を専門とする、多くの研究者によって活発な意見が交わされ、多数の新たな知見を得ることができた。

一般共同研究 研究課題  大阪青山大学所蔵中世西国武士関係文書の史料学的研究―「児玉家文書」「石家文書」「吉見家文書」を中心に―

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 小倉嘉夫(大阪青山大学)
所外共同研究者 長村祥知(京都文化博物館)・岡村吉彦(鳥取県立公文書館)・中司健一(益田市教育委員会)
所内共同研究者 西田友広・末柄 豊・村井祐樹
研究の概要 (1)課題の概要
本研究の目的は、「児玉家文書」「吉見家文書」「石家文書」を中心に、大阪青山大学(以下、本学)所蔵の中世西国武士に関係する文書について、史料学的な研究をすすめ、学術的な利用の高度化をはかることにある。
本学は数多くの中世史料を所蔵しているが、歌書をはじめとする典籍に比べると、文書に対する注目度はこれまで必ずしも高くなかった。なかでも、上記の三家の文書は、個々に収集された文書ではなく、伝来文書をまとめて収蔵したものであり、西国武士の家文書の集積として注目すべき質量を誇るにもかかわらず、基礎的な研究がなされず、十分な活用につながっていない。三家がともに戦国大名毛利氏(および吉川氏)の配下に入り、家伝文書のほとんどが『萩藩閥閲録』や『藩中諸家古文書纂』によって利用が可能であることも、原本に就いた研究が立ち後れた一因であろう。そこで、原本の高精細デジタル撮影を行い、法量・封式・紙質などの基礎データの採取をすすめ、図版とあわせて信頼できる翻刻を公表する。また、児玉家は何家にも分かれ、各家が文書を伝えたため、本学所蔵「児玉家文書」はどの家に伝わったものなのか、など伝来をめぐる検討もおこなう。すなわち、史料学的な研究をすすめたい。

(2)研究の成果
大阪青山大学歴史文学博物館と東京大学史料編纂所の共同によって、これまで利用されてこなかった博物館所蔵史料および関係する西国武士文書の調査・撮影を行った。
①博物館所蔵文書
吉見家文書/児玉家文書/石家文書/その他(毛利元就書状・明智光秀書状等)
②関連西国武士文書
萩博物館所蔵文書/妙玖寺文書/萩高等学校所蔵文書/羽仁文書/周布文書/湯浅文書/杉文書
下関市立歴史博物館所蔵文書/筆陳/細川文書/長岡文書/安尾文書/西郷文書
山口市歴史民俗資料館所蔵文書/西郷文書

一般共同研究 研究課題  観世音寺公験案の集成と研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 森 哲也(九州大学)
所外共同研究者 原田 諭(福岡市博物館)・三輪眞嗣(神奈川県立金沢文庫)
所内共同研究者 山口英男・遠藤基郎・稲田奈津子
研究の概要 (1)課題の概要
筑紫観世音寺は、母斉明追福のため天智天皇が発願したと伝えられるが(『続日本紀』)、保安元(1120)年、東大寺末寺化に伴い、8世紀代以来の伝来文書について公験案を作成し東大寺に進上した。それらは現在、東大寺図書館を始め、国立公文書館(内閣文庫)、東京大学文学部、早稲田大学、大東急記念文庫、九州国立博物館等に分蔵され、確認できる公験案は24点を数える(1点は焼失、2点は正文)。本研究課題では、保安元年6月28日の観世音寺公験案文目録〔筒井寛秀氏所蔵文書・平安遺文第11巻補299号〕掲載の公験案45点のうち、確認可能な公験案24点を集成・翻刻して広く学界の共有財産化を図るとともに、その成果を踏まえ、地方寺院における文書保管、資財管理の実態解明、寺領経営の再検討等、公験案としての分析を行う。具体的な計画実施にあたり、申請者が太宰府市史、新修福岡市史等の編纂に関係する中で蓄積された調査結果の活用を予定している。

(2)研究の成果
2019年度は、研究代表者家族の予期せぬ入院、新型コロナウイルス防止対策等の影響により、当初の計画通りに進捗しなかった部分もあるが、本課題の中核をなす観世音寺公験案について、釈文案の完成、伝来過程の整理等を行い、それを踏まえ、研究会においては、本研究の完成を図る上での課題と今後の方針を確認した。
「延喜五年観世音寺資財帳」の原本調査では、影写本や写真版では判然としなかった文字の訂正や、紙継目の状況と(正逆の2種が混在)、それに関わると見られる紙背の記載、現段階ではその性格を断定できていないが、従来の刊本では示されていない文字等を確認できた。九州国立博物館における調査では、公験案の熟覧を行うとともに、関連する東大寺文書から観世音寺文書の管理・伝来の実態を知ることができた。これらの成果は研究論文、報告書に反映させ、学界の共有財産とする予定である。その他、観世音寺・東大寺文書に関わる論考を発表している。

一般共同研究 研究課題  近世朝廷行事の通時変化と空間構成に関する史料情報の研究資源化

研究経費 41.8万円
研究組織
研究代表者 村 和明(東京大学)
所内共同研究者 山口和夫
研究の概要 (1)課題の概要
近世(江戸時代)の朝廷行事が描かれた近世ないし近代初頭成立の各種絵画史料と文献史料・絵図とを併用し、描かれた行事の名称・場・人物(役職者)・内容年代等を読解する。
近世朝廷固有の機構・職制が関わる行事の史料情報を特定・抽出する。
得られた知見を整理して一覧表・目録稿類を作成・公開し、近世朝廷行事の空間構成(場)と通時変化の視覚的・総体的把握の一助としたい。

(2)研究の成果
「旧儀式図帖」(東京国立博物館所蔵)全48巻を通覧、近世に特徴的な朝廷・幕府の職制(武家伝奏・議奏・近習・口向役人など禁裏の人員、院伝奏・評定・院参衆など院御所の人員、京都所司代・町奉行・雑色などの幕府系の人員)に関わる様相が描かれた図像364箇所を抽出、描かれている営為・空間・時間・人物(役職)等について、目録を作成し終えた。描かれている役職・空間などは必ずしも自明ではないため、この過程では村、山口、林大樹氏による、それぞれ若干傾向を異にする知識と課題意識にもとづく多角的な議論により、同定が可能になった面が大きい。
その上で、建築が現存すると思われた図像を抽出し、実際に現京都御所(土御門内裏、安政度の造営)において、宮内庁京都事務所所長宅間直樹氏・主席主殿長中坊智氏にご案内頂きながら調査・照合し、「旧儀式図帖」の図像の写実性および誇張度(特に空間の大きさ)を評価、「旧儀式図帖」から当時の空間利用を復元する上での大まかな基準を得た。また目録作成において、関白・議奏・近習が職務上使用したと判断できた建築空間(現在「八景間」と総称)のうち、約半分が安政度の遺構であることを確認した(残り半分は戦後の補修)。これらはかなり狭小だが、これに対して広い紫宸殿裏の廊下が、小番奉行による禁裏小番の結改作業(多人数が大机を囲む)に用いられたことも判明した。
近世固有の職制の運用にかかわる実務的な空間利用(公家や下僚の詰所・執務空間、会合・伝達の場、業務書類の保管場所、それらから見える権力関係の変化等)については、当時の朝廷においては日常性ゆえに記録されづらく、現在でも復古的な建築・年中行事に比して見落とされがちであったが、本共同研究により、復古的でない部分の多様・柔軟な利用の重要性が指摘できた(従来も武士が詰めかけた維新期については若干知られていた)。17世紀後半の人的規模の拡大、18世紀中期にいたる職制整備の進展などの近世朝廷の変化について、空間の面からより豊かに具体的に解明してゆくための糸口を得られたことは重要と考える。
また泉涌寺では、泉涌寺宝物館西谷功氏・石野浩司氏のご協力により、「旧儀式図帖」の一部(天皇・女院の葬儀にかかる分)の別本が現存することを把握でき、史料批判の重要な手掛かりを得た。

一般共同研究 研究課題  藤波家旧蔵史料の調査・研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 高橋秀樹(國學院大学)
所外共同研究者 石田実洋(宮内庁書陵部)・田中大喜(国立歴史民俗博物館)・比企貴之(京都造形大学)
所内共同研究者 尾上陽介・遠藤珠紀
研究の概要 (1)課題の概要
神宮祭主であった藤波家の旧蔵史料は、宮内庁書陵部の藤波本や國學院大學の「神宮祭主藤波家文書」という史料群が知られているが、史料編纂所にも「藤波家蔵書」の蔵書印をもつ『永昌記』『実躬卿記』『吉続記』『長興記』『革暦記』などの近世写本が所蔵されているほか、各地の所蔵機関に藤波家旧蔵の文書類や「藤波家蔵書」の蔵書印をもつ書籍が所蔵されている。また、国立歴史民俗博物館の「広橋家旧蔵記録文書典籍類」が明治時代末~大正時代には藤波家に所蔵されていたことも知られており、その時期に複数回作成された蔵書目録が史料編纂所・東洋文庫、國學院大學、京都大学附属図書館に現蔵され、神宮文庫・国立公文書館・京都府立京都学・歴彩館には『藤波家神書目録』も存在する。
そこで、①各所蔵機関に分蔵されている藤波家旧蔵史料の現況を調査して「藤波家旧蔵史料目録」の形で研究資源化する。②このうち重要なものについてはデジタル撮影して共同利用しやすい環境を整える。③複数の蔵書目録間の異同と、現存する旧蔵書との関係を明らかにし、複数の所蔵機関にまたがる公家文庫を総合的に研究するための基礎を築く。④奥書等の分析から祭主家がどのように公家日記を集積したのか、またどのような経緯を経て蔵書が散逸していったのかを関係史料から追究する。

(2)研究の成果
現時点で知りうる藤波家および関連の深い広橋家の旧蔵書については、所蔵機関名・コレクション名・架蔵番号・書名・冊数・印記・備考・典拠の項目を有する「藤波家・広橋家旧蔵史料目録」として、リスト化することができた。ただし、多くの所蔵機関の目録類は、所蔵印などの記載がないものも多く。今度も情報収集に努める必要がある。
江戸~大正期に作成された藤波家の蔵書目録類については、写真等の画像データを得ることができた。
原本調査では各所蔵機関の目録には掲載されていない書誌的情報を得ることができたほか、文書については料紙の厚さの測定を含む詳細な調査データが採録できた。
共同研究員相互の情報交換によって、知見が共有されたことは、共同研究として遂行した意義があったが、新型コロナウイルス予防のための出張中止という不測の事態によって、共同研究の機能が十分に発揮できなかった点もあった。

一般共同研究 研究課題 松尾大社所蔵史料の調査・研究

研究経費 42万円
研究組織
研究代表者 野村朋弘(京都造形芸術大学)
所外共同研究者 角田朋彦(駒澤大学)・佐々木創(京都造形芸術大学)
所内共同研究者 山家浩樹・山田太造・高島晶彦
研究の概要 (1)課題の概要
京都市西京区に鎮座する松尾大社は、賀茂別雷神社とともに平安京遷都以前からの歴史を有する。明治期の祠官の世襲禁止によって社家とともに史料の一部は散逸するものの、現在に至るまで再収集がなされ、現在松尾大社には約2000点の史料が所蔵されている。史料編纂所においては戦前を主として史料採訪がなされている。また松尾大社によって目録化が進められ、かつ『松尾大社史料集』が刊行されているものの、神事次第を中心とする冊子形態の紙背文書などは、翻刻はもとより調査・撮影もなされていない。これは史料編纂所による史料採訪が行われた最終年次である1967年の後に史料の修補・整理が行われ、紙背文書をみることが可能となったことと、また、新出の史料が発見されたためである。そこで本研究では、撮影されていない史料を中心に調査・撮影を行い、松尾大社が所蔵する史料群の全体像の把握に努めたい。基礎的な情報を学界共有の財産として公開し、神社史研究に新たな視座を提示する。

(2)研究の成果
2回の史料調査の際に、得られた知見は以下の通りである。
史料調査においては、中世の史料を中心として閲覧・撮影を実施した。
それらの中で、所内研究員の高島氏の指摘により巻子の成巻時期や、成巻の分類を把握することが出来た。本共同研究の課題は、松尾大社の史料群の全体像を把握し、古文書の内容とともに料紙の分析を行うことによって、神社の祭祀・社家・社領経営などを解明することにある。松尾大社の社家は前近代まで秦氏の後裔である東家・南家が勤めていた。古い時期の成巻を把握することによって、松尾大社の所蔵として伝来したものと、社家の別相伝などで伝来したものとを仮説ながら分けることができた。
祭祀に関わる年中行事書は、中世に成立したものが複数存在し、個別の行事に関わる記録も現存することが分かった。特に今年度の調査では、史料を所蔵している文書蔵の内部も調査することができ、未整理の新出史料を発見することができた。
松尾大社の現存する社殿は室町時代のものと考えられているが、平安・鎌倉時代に何度かの焼失を経ている。その際の社殿再建に関わる史料を発見できたことは大きな成果である。これらの共同研究の成果は、神道史学会などで報告する予定である。

一般共同研究 研究課題  勝尾寺文書の史料学的調査・研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 市澤 哲(神戸大学)
所外共同研究者 藤田励夫(文化庁)・佐藤健治(文化庁)・三好英樹(大阪府教育庁)・磐下 徹(大阪市立大学)
所内共同研究者 末柄 豊・伴瀬明美・小瀬玄士
研究の概要 (1)課題の概要
中世における寺院の広範な活動の展開を考えるうえで、北摂に位置する勝尾寺は重要な存在である。同寺は中世文書だけで1000点以上を数える文書を蔵している。それらは、同寺が祈祷によってその信仰を集めたことを証する史料のみならず、土地売買史料、在地における寺院の意義を物語る史料など、中世の在地社会、在地社会と寺院の関係を考える上で欠くことのできない史料を豊富に含んでいる。さらに、権力との関係を物語る政治史研究の素材ともなる史料も含まれている。同寺文書群は、史料点数、内容ともに中世在地寺院文書として、希有の存在といえるだろう。
すでに同寺の文書は、中世の土地売買、土地所有研究において活用されてきているが、1960年代に編まれた『箕面市史』で調査が行なわれて以来、史料学的な調査はほとんど行われておらず、その史料群の全貌も実は明らかになっていないのが現状である。本共同研究は、同寺の協力をもとに、勝尾寺文書の原本調査を行ない、史料学的な研究を進めようとするものである。

(2)研究の成果
2019年夏より御寺側と調整を行ない、調査日時を探っていたが、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、2019年度中に史料調査を実施することは不可能となったため、共同研究の延長申請を行った。このことを踏まえ、今後の調査をよりスムーズに行なうために、現在知られている範囲の勝尾寺文書について、テキストデータ化を先行して実施することとし、2020年3月、これを実施した。

一般共同研究 研究課題 島津義弘発給文書の総合的研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 内倉昭文(鹿児島県歴史・美術センター黎明館)
所外共同研究者 山下真一(都城島津邸)・栗林文夫(鹿児島県歴史・美術センター黎明館)・米澤英昭(都城島津邸)・有満さゆり(都城島津邸)・小野恭一(鹿児島県歴史・美術センター黎明館)・吉村晃一(鹿児島県歴史・美術センター黎明館)・崎山健文(鹿児島県歴史・美術センター黎明館)・市村哲二(鹿児島県歴史・美術センター黎明館)・田中滉太郎(都城島津邸)
所内共同研究者 本郷恵子・村井祐樹・畑山周平・小瀬玄士
研究の概要 (1)課題の概要
従来から戦国期島津氏における島津義久・義弘兄弟の権限分割への関心は高かったが、島津義弘発給文書をまとめるという作業は十分に行なわれてこなかった。2019年は島津義弘の没後400年にあたり、鹿児島県内において義弘に関する興味関心も高まっており、各地で関連の展示も企画されている。この機会に、東京大学史料編纂所と共同して、鹿児島県内外に所在する島津義弘発給文書の原本調査・撮影を行ない、画像データだけでなく料紙情報など、原本調査を通じて得られるデータを研究資源化し、今後の島津氏研究の基礎とすることを図る。また、没後400年という契機を利用し、一般市民への研究成果の還元を通じた学術の普及活動も企図する。

(2)研究の成果
本共同研究グループは、史料編纂所における2015~19年度の研究事業「原本史料情報解析による複合的史料研究の創成事業」の最終年度に設置された同事業の成果発信ワーキンググループとともに活動し、鹿児島県歴史・美術センター黎明館および都城島津邸と史料編纂所が共催で実施した2つの特別展に協力した。両展は、島津義弘の没後400年を記念するもので、義弘の事績や関連史料を紹介すると同時に、5年間をかけた「島津家文書」修理プロジェクトの成果を、一般市民に披露する初めての機会となった。史料編纂所が所蔵する貴重史料および修理等によってそれらを保全する活動、原本史料の持つ豊富な情報と、それらを十全に利用した歴史学研究について解説し、現物を展示することを通じて、歴史史料の重要性・保全の意義をひろく発信した。
また特別展開催を通じて新たな史料が発見されたため、史料編纂所と共同して史料調査を行なうことを計画していたが、新型コロナウイルス感染症の流行を受け、残念ながら一時計画を中止することとし、後日、改めて共同の調査を行うこととした。

一般共同研究 研究課題 多可町杉原紙研究所所蔵寿岳文章和紙コレクション料紙調査研究

研究経費 45万円
研究組織
研究代表者 湯山賢一(多可町杉原紙総合調査委員会)
所外共同研究者 安平勝利(多可町教育委員会)・大川昭典(元高知県紙産業技術センター)・本多俊彦(金沢学院大学)・富田正弘(富山大学名誉教授)
所内共同研究者 村井祐樹・高島晶彦
研究の概要 (1)課題の概要
本コレクションは、日本前近代における紙の歴史の学術的研究について先駆的業績を残した寿岳文章氏が、戦前、その研究のため全国にわたって網羅的に蒐集した和紙原本の集積であり、数千点に及ぶ。
寿岳文章氏が新村出氏とともに、多可町杉原谷の地を、中世に最も使用された杉原紙の原産地として認定したことで、多可町では杉原紙の復興と研究の機運が高まり、杉原紙研究所を設立して活動を続けている。文章氏の没後、令嬢の章子氏から当該コレクションを寄贈され、産地や紙の種類などに基づく整理を行ってきたが、紙の厚さ・重さ・密度、原材料や填料、製紙法の解明など物理的技術的解明までは至っていない。
本研究は、これまでの整理をさらに進展させ、上記のような調査研究を進めるものである。それにより、近代の和紙の多様性や地域的ごとの特色の解明をはかり、あわせて前近代の文書料紙と比較することで、そのような多様性や地域性が前近代からどの程度継受されているものであるかについて検討したい。同時に、これらの調査研究の成果を、数値的なデータはもちろん、顕微鏡写真などを用いて視覚的なデータも提示することで、学界の共通素材として活用可能にすることを企図している。

(2)研究の成果
現在調査を終えたものは、全部で782件のうち106件である。このなかには、愛知県の三河森下、石川県の板奉書、茨城県の程村紙、西之内紙、愛媛県の仙貨紙、岡山県の大高檀紙、鹿児島県の百田紙、京都府の丹後仙貨、熊本県の藁半紙、中奉書、小奉書、高知県の典具帖紙、各種改良紙、滋賀県の鳥の子紙、島根県の雁皮紙、石州半紙、栃木県の美濃障子紙、十文字、西ノ内、程村、鳥取県の石州半紙、長崎県の京花紙、長野県の内山紙、奈良県の吉野油濾紙、宇多紙、美栖紙、兵庫県の泥間似合、杉原紙、広島県の諸口、福井県の檀紙、打曇、宮崎県の薄美濃紙、厚美濃紙、和歌山県の高野紙、保田紙などがあり、その物理的なデータの計測や成分・抄紙技術の分析を進めている。
愛媛県の泉貨紙を例示すると、泉貨紙は一般に萱簀と竹簀で別々に漉き上げた二枚の湿紙を合わせていたといわれている。
遺品の伊予泉貨紙は、四枚の簀を上段二枚・下段二枚に重ねて漉き、漉き上げた後に、上桁を外し、簀の上下二段を重ねて置いたものであることを確認できた。
伊予泉貨紙は米粉が塡料として入り、奉書の様な状態で仕上がるが、糸目が二重にズレている。但し、使用したネリについては、高知泉貨は黄蜀葵ではなく、腐りにくいアオギリを用いる例等を参考に、今後の分析課題とする。

一般共同研究 研究課題  『江雲随筆』の研究資源化―近世初期日朝「境界」文書群―

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 米谷 均(早稲田大学)
所外共同研究者 村井章介(東京大学名誉教授)・佐伯弘次(九州大学)・臼井和樹(宮内庁書陵部)
所内共同研究者 鶴田 啓・須田牧子・岡本 真
研究の概要 (1)課題の概要
東京大学史料編纂所所蔵謄写本『江雲随筆』は、近世初期の日朝関係史に関わる文書を多数収める文集で、田中健夫編『善隣国宝記 新訂続善隣国宝記』(集英社、1995年)で『続善隣国宝記』の校合に用いられただけでなく、申請者・共同研究者も論文でしばしば利用してきた。しかし未だ全文翻刻はなされておらず、史料的性格・成立・諸本系統といった基礎的事項も本格的に検討されてこなかった。本共同研究では、①諸本および関連諸史料の調査、②調査結果をふまえた本文校訂・所収文書の年代推定・人名比定などを行い、③『江雲随筆』の全文翻刻を行うものである。

(2)研究の成果
まず史料編纂所謄写本『江雲随筆』の全文翻刻を行い、校正まで終えることができ、活用しうる最低限のテキストを作成し終えたところである。
次いで、東京・京都での諸本の調査・撮影を行ったところ、史料編纂所謄写本の元本(建仁寺本坊本と推定される)は所在を確認することが出来なかったが、都立中央図書館・建仁寺大中院・相国寺で異本を確認した。史料本とこれら各写本は冒頭にある以酊庵歴代の下限の差異からいずれの写本も書写年代が異なり、内容的にも少しずつ違いのあることが分かった。なお、これに加え、京都での調査において、『日韓書契』等他史料との強い関係性を確認した。
これら諸本間で確認された多くの異同について全員で確認作業を行い、現在校訂作業を続けているところである。
併せて、『江雲随筆』所収文書について、『続善隣国宝記』等他史料所引のものと重複がないかの確認作業を行い、その取りまとめを行っている。

一般共同研究 研究課題 史料編纂所所蔵明清中国公文書関係史料の比較研究

研究経費 50万円
研究組織
研究代表者 渡辺美季(東京大学)
所外共同研究者 荒木和憲(国立歴史民俗博物館)
所内共同研究者 須田牧子・黒嶋 敏・岡本 真
研究の概要 (1)課題の概要
東京大学史料編纂所には、明清時代中国の公文書ならびにその関連文書が複数所蔵されている。それらは中近世東アジアの国際関係を読み解く際の貴重な史料であり、中近世日本における中国公文書の社会的価値を具体的に検討し得る好素材でもある。すでにある程度、基礎的データの作成や国内の類似文書のデータ集成が進められているが、これらの文書を古文書学的に位置付けるためには、明清国内における形式・作成・発給過程についての制度的研究と、実際に発給された類似文書との比較検討が不可欠である。
そこで本研究ではこれらの文書について、①形式・作成・発給に関わる中国側の諸規定を調査・把握し、②それらの規定と編纂所の所蔵史料との対照調査を行った上で、③台湾の中央研究院・国立故宮博物院において類似文書(原本)との比較検討を実施する。これにより、規定と実態の両面からそれらの文書の古文書学的位置づけを明らかにし、東アジア地域で共有し得るレベルでの「史料の研究資源化」を目指したい。

(2)研究の成果
史料編纂所所蔵の明清時代中国の公文書およびその関連史料の熟覧調査によって、これらの文書が中国側の諸規定をある程度は踏襲しながらも、細部においては様々な異同を有していることが確認できた。これと同様の傾向は、台湾において熟覧した類似文書(原本)にも確認できた。
台湾調査の特筆すべき成果は、中央研究院の内閣大庫档案の中に清代初期の箚付四点を確認し、編纂所の「明国箚付」と比較検討を行ったことである。これまで中国国内において実際に発給された箚付と、編纂所の「明国箚付」との比較は行われたことがなく、そもそも明末清初の国内箚付の現存はごく僅かである。従って本調査によって得られた知見は、「明国箚付」の古文書学的位置づけを考察する上で重要な意味を持つものと思われる。
台湾ではまた様々なタイプの文書に押された「~関防」印を確認することができた。「~関防」印は編纂所の「蒋洲咨文」を読み解く重要な鍵であり、今回得られた知見をもとに「蒋洲咨文」の印影の理解をより深めることができた。
台湾の研究者と共同調査を行うことにより、編纂所の明清時代中国の公文書やその関連史料について、活発な意見交換を行うことができた点も有意義であった。

一般共同研究 研究課題  港区立郷土歴史館所蔵古写真とオーストリア所在古写真コレクションとの比較調査研究

研究経費 55万円
研究組織
研究代表者 石田七奈子(港区立郷土歴史館)
所内共同研究者 保谷 徹・箱石 大・谷 昭佳・高山さやか
研究の概要 (1)課題の概要
港区立郷土歴史館に所蔵されている古写真約430点には、日墺修好通商条約締結時に来日したミヒャエル・モーザーをはじめ、ライムント・フォン・シュテルフリートなどオーストリア人写真師が撮影した紙焼写真や、同時期に撮影されたと思われる撮影者不明の紙焼写真が含まれている。本研究では、東京大学史料編纂所附属画像史料解析センターの古写真研究プロジェクト(以下、古写真PJとする)で調査・研究を行っているオーストリア国立図書館所蔵のブルガーコレクション、オーストリア・カンマーホフ博物館寄託モーザーコレクションなどと比較調査し、さらに、絵図・地図や文献資料及び現存する遺物資料を用いて撮影場所や撮影内容などを分析することで、古写真を利用した研究の基礎調査を実施する。また、その成果は港区立郷土歴史館の展示などで公表する。

(2)研究の成果
港区立郷土歴史館に所蔵されている古写真と、古写真PJで調査・研究を行っているオーストリア国立図書館所蔵のブルガーコレクション、オーストリア・カンマーホフ博物館寄託モーザーコレクションについて、所内共同研究者の協力のもとで比較調査を行った。特に、ミヒャエル・モーザー撮影の「泉岳寺」「東禅寺」については、撮影された写真の影や人物の異同から、同じ構図で同じ日に連続して撮影された写真であること、また、日本大学芸術学部所蔵の写真とも比較調査を行う機会を得て、「東禅寺」については3所蔵機関の写真がそれぞれ別のカットであることが判明した。その他にもそれぞれの機関が所蔵する港区域を撮影した写真の画角と地図を比較検討し、おおよその撮影地点を明らかにした。さらに、所内共同研究者やオーストリア在住の研究者の協力を得て研究を進め、オーストリアへの出張調査も行い、日墺修好通商条約締結の経緯や来日した東アジア遠征隊側と日本側の記録に見る日本とオーストリア・ハンガリー帝国の明治期の修好、ウィーン万国博覧会への参加とそれに同行したミヒャエル・モーザーの活動など、撮影者自身についても多くの知見を得た。
こうした研究成果の発表の場として、港区立郷土歴史館において特別展を開催し、一般の来観者へ公開した。展示の来観者は5000人以上にのぼり、港区立郷土歴史館で行った特別展として過去最高の人数となった。港区立郷土歴史館に所蔵されている写真自体の研究はもちろん、その背景まで研究が広がり、さらにその成果を一般の来観者にも広く公開できたことは、共同研究の協力があってなし得たことである。