東京大学史料編纂所

2010年度に実施された一般共同研究の研究概要(成果)

一般共同研究 研究課題 『覚禅鈔』諸本の調査研究―東海・関東所在の蒐集史料を中心に―

研究経費 50万円
研究組織
 研究代表者   上川通夫(愛知県立大学)
 所内共同研究者 藤原重雄・菊地大樹
 研究協力者 鳥居和之(名古屋市博物館)・横内裕人(文化庁)・井上佳美

研究の概要
(1)課題の概要
 小野流真言僧覚禅(1143~1213頃)が編集した『覚禅鈔』(『百巻鈔』)は、院政期の政治事情に密着した日本真言密教の実態を詳細に伝える文献である。密教学では修法復元の基礎史料として、美術史学では図像集への高い関心から、文献史学では引用された古文書・古記録などを歴史情報の探査対象として、豊富な研究課題を蔵している。ただ、大部かつ難解で、自筆本が未発見の一方、写本が諸寺院に秘蔵されてきた事情から、特定の刊本(『大正新脩大蔵経』『大日本仏教全書』収載)に依拠することが多かった。近年、写本ごとの調査が前進し、独自記事の発見、各写本の成立と伝来の解明、散逸写本の探査、覚禅自筆本の一部発見、といった研究の新動向が現れている。研究代表者と共同研究者は、これまでそれぞれ別個に原本に接してきた経験を持ち寄って、あらたに見出した中世写本の調査研究を行う。共同研究こそ有効な『覚禅鈔』研究を本研究課題にて推進し、多分野に向けた成果発信を実現する。

(2)研究の成果
 研究代表者が中心となって編集・出版した『覚禅鈔の研究』(2004年12月刊)の段階では、あまり詳しい検討が及んでいなかった諸本について、史料編纂所の過去の調査による蓄積を掘り起し、共同研究参加者の各人の調査研究を持ち寄って、基礎的な調査研究が必要となる範囲の概要が整理・把握できた。これにより、佼成図書館所蔵の諸本など、単独での流出本の位置づけが明確になった。
 中世古写本のうち、知多半島に伝来した千光寺本(嘉暦4~元徳元年写)については、各所に散って伝存する巻々の所在確認を進めて全体像を把握するとともに、名古屋市博物館所蔵分については撮影を完了した。千光寺本は、異本として著名な万徳寺本に先行する古写本として重要な位置にあるにもかかわらず、これまで全点を調査したのは上川通夫・井上佳美などごく少数に限られており、その三分の一程度を撮影できたことになる。
 これらについては二度の公開研究会および、名古屋市博物館での展示などを通し、学界・社会に対し速やかに報告した。研究代表者を中心とする覚禅鈔研究会の研究会活動の流れに、これまで関係のなかった新たな研究者がそれぞれの立場から加わって、『覚禅鈔』というひとつの大きな書物についての検討を深めることができた。今後、各人の執筆する個別論文などに反映されてゆくことになろう。


一般共同研究 研究課題 益田家文書御用状についての史料学的研究

研究経費 42万円
研究組織
 研究代表者   田中誠二(山口大学)
 所外共同研究員 木部和昭(山口大学)・森下 徹(山口大学)
 所内共同研究者 久留島典子・杉本史子

研究の概要
(1)課題の概要
 史料編纂所所蔵益田家文書近世分には、近世前期における萩藩家老職在任中の史料が多く含まれている。萩藩の藩庁史料としては山口県文書館毛利家文庫が知られるが、編纂史料が中心で近世中後期に比重があるために、現用史料を多く含む益田家文書はその欠を補うものとなっている。なかでも注目されるのは、国元と江戸との間で交わされた御用状の存在である。近世前期の幕藩関係はもとより、国元や、江戸、大坂での情報も多く得ることができる。益田家文書には写や下書きも含めてたくさん見出すことができるし、一定の期間についてまとめた「御用状控」も17世紀半ばのものが残されている。本研究は、山口県在住の萩藩研究者が史料編纂所内の研究者とともに御用状の史料学的研究を行い、同時に「御用状控」を翻刻して細目録も付して公開することで、近世前期の幕藩関係史、萩藩政史研究、都市史研究などに資することをめざすものである。

(2)研究の成果
 東京大学史料編纂所蔵益田家文書に含まれる御用状控は、近世前期の萩藩中枢における意思決定過程をうかがうことができ、また幕藩関係史のうえでの貴重な内容を含むものでもある。本研究はその利用環境を整備することをめざして、御用状控の翻刻・公開の準備を行った。今年度は、御用状を一ヶ月程度ごとにまとめた御用状控のうち、慶安5年から承応2年までのものを対象とした。それらについて、写真版による翻刻原稿の確認作業を経たうえで、史料編纂所にて原本による文字の確認を行い、また史料的な性格についても研究打ち合わせ会の場で意見交換した。所蔵機関の共同研究員と萩藩を研究フィールドにしている山口県在住の研究者とが共同で検討することで、円滑に作業を進めることができた。完成した原稿については史料編纂所ホームページを通して公開する予定である。


一般共同研究 研究課題 幕末の松江藩と隠岐騒動の研究

研究経費 50万円
研究組織
 研究代表者   小林准士(島根大学)
 所外共同研究員 岸本 覚(鳥取大学)
 所内共同研究者 小野 将

研究の概要
(1)課題の概要
 幕末の松江藩(家門松平家・18万6千石)において、諸藩との応接・周旋や政治情勢に関する情報収集に従事し、明治維新に際しては山陰道鎮撫使事件や隠岐騒動の収拾にあたった志立範蔵(正臣)による記録史料の写真版が東京大学史料編纂所に収蔵されている。この記録のうち、山陰道鎮撫使事件や隠岐騒動関係史料は一部が紹介されているが、松江藩の内用取次役(いわゆる周旋方)を務めた時期の記録である「探索秘憶記」などは十分に活用されていない。したがって、本研究ではこれらの記録を紹介するとともに、島根県内に残る松江藩関係史料や諸藩の関連史料と対照し、幕末から明治維新にかけての松江藩の政治的な位置の推移を明らかにすることを課題とする。

(2)研究の成果
 秋田大学教授志立正知氏所蔵の松江藩士志立家文書の調査をおこなった。同氏より史料群全体を松江市に寄贈いただき(現在、松江歴史館蔵)、これをうけ松江市史料編纂室にて同文書の目録を作成した。東大史料編纂所蔵の写真帳収載文書以外にも多数の文書が現存することを確認し、維新期隠岐騒動への対応といった興味深い内容をふくめた、同家文書の全容を把握できた。
 志立範蔵「探索秘憶記」の解読を進めた。これは、藩の御内用取次役に就任した志立が、大坂で諸藩の武士と交際し情報収集に努めた慶応元年9月~翌年10月の記録で、在坂諸藩士との会合や、諸家及び幕府要路から得た政治情報、松江藩周旋方の活動等が書き留められている。志立以外に雨森謙三郎ら七人前後が同藩周旋方として活動、雨森や佐賀藩福地六郎兵衛らの呼びかけで、文久3年冬頃より大坂の玉藤なる料理屋で諸藩周旋方が集まる会合(「玉藤会」)が頻繁に開催されたことなどを確認した。志立家文書全体では、志立範蔵が明治期に銀行設立に関わった際の史料など、廃藩後士族による起業の実態が判明する史料も残っている。これら史料情報を活用する基盤が、共同研究により形成できたといえる。


一般共同研究 研究課題 永青文庫細川家文書による近世初期大名家の組織構造の史料学的研究

研究経費 50万円
研究組織
 研究代表者   稲葉継陽(熊本大学)
 所外共同研究員  吉村豊雄(熊本大学)
 所内共同研究者 山口和夫・木村直樹

研究の概要
(1)課題の概要
 本研究は、熊本大学寄託永青文庫細川家文書のうちに数多く含まれる、①幕藩初期の細川家当主裁可文書群(全57巻 約2500通)、②当主の奉行宛達書群(約500通)、③家臣団起請文群(約150通)、④当主父子間書状群(約2500通)などの史料によって、17世紀中期までの大名細川家における組織構造を史料学的に解明しようとするものである。
 細川家文書中の初期の文書群は、武士領主の集団(一揆)たる大名家の組織が幕藩体制成立期に近世的容貌を呈し始め、政治単位として確立されるまでの過程を、段階的に把握することを可能とさせる稀有の歴史資料群であり、これらを解析・提示することで、当該課題に係る研究状況を大きく進展させることを期した。

(2)研究の成果
 史料受託・研究機関に属する代表者等と、『細川家史料』を調査・研究・編纂中の史料編纂所専任教員との協業により、 大規模な細川家伝来永青文庫史料群中で、研究対象とした①幕藩初期の細川家当主裁可文書群(全57巻 約2500通)、②当主の奉行宛達書群(約500通)、③家臣団起請文群(約150通)の史料デジタル画像・目録データ作成が進捗した。
 その過程で、②当主の奉行宛達書群(約500通)関連データ、④当主父子間書状群(約2500通)及び稲葉正利関係史料等の『大日本近世史料』既刊分所載人名データ、所蔵謄写本「熊本藩世系」・同「附録」所載人名データ等、史料編纂所蓄積の素材をデータ化し共有したことは、目録データ作成上、一定の効果があった。
 史料共同調査を機に、史料編纂所側メンバーは、現在の編纂対象書目「細川忠利文書」に関連して、史料の作成段階、書写・伝来過程、同時期の事件史料等への知見を深めることができた。


一般共同研究 研究課題 東京大学史料編纂所所蔵山科家旧蔵史料の調査研究

研究経費 38万円
研究組織
 研究代表者   宇佐見隆之(滋賀大学)
 所外共同研究員  河内将芳(奈良大学)
 所内共同研究者 末柄 豊

研究の概要
(1)課題の概要
 本研究の目的は、中世後期の社会経済史を研究するうえで重要な位置を占める堂上貴族山科家の旧蔵にかかる中世史料について基礎的な研究をすすめ、その研究資源化をはかることにある。
 具体的には、①東京大学史料編纂所に所蔵されている『言継卿記』『言経卿記』の紙背文書や『山科家断簡』などについて原本調査を行い、適宜目録化あるいは翻刻紹介をすすめるとともに、②同所に複製(写真帳等)が架蔵されている宮内庁書陵部・国立公文書館・国立歴史民俗博物館・京都大学附属図書館などの所蔵にかかる同家旧蔵史料との比較対照をはかり、かつての山科家所蔵史料のなかでの位置づけを検討していく。
 それによって、中世後期の商業・流通業などの実態を解明するための基盤を確立することにつなげたいと考えている。

(2)研究の成果
 「共同研究」として本研究を遂行したことで、研究情報の共有が可能になり、それぞれ得意分野を異にする研究者が集まることで広い視野に立った成果をあげることができた。具体的な成果としては、以下のようなものをあげることができる。
 東京大学史料編纂所所蔵の山科家旧蔵史料について点検を行い、簡略なものではあるが一覧化をはかるとともに、書誌および内容にわたる調査研究により、従来、旧蔵者が不明であった『本朝帝系抄』および『古系図集』が山科家の旧蔵にかかることを明らかにした。
 山科家旧蔵史料は内蔵寮関係の史料として重視されており、京都近辺に設置された内蔵寮領率分関の史料を含むことで着目されてきた。しかし、内蔵寮関係以外に、同家領の山科七郷が独自の関を設置したことを示す史料も残されており、言継卿記や宮内庁書陵部所蔵の山科家旧蔵史料とともに、国立歴史民俗博物館所蔵田中穣氏旧蔵典籍古文書を組み合わせて、関の実態を多角的に検討することに努めた。これにより、応仁の乱前後の京都周辺の流通の様相を解明することにつながった。
 『言継卿記』は、当該期に成立をみる京都の町共同体に関する基本史料として注目されてきたが、その検討は、もっぱら戦前に刊行された刊本に依拠したものであった。これを原本についてその記載形態に注目しながら検討し直すことで、町共同体に関する研究をより史料に即した着実なものとすることにつながった。


一般共同研究 研究課題 対馬宗家文書の料紙研究

研究経費 50万円
研究組織
 研究代表者   富田正弘(富山大学名誉教授)
 所外共同研究員 地主智彦(文化庁)・藤田励夫(九州国立博物館)
 所内共同研究者 鶴田 啓

研究の概要
(1)課題の概要
 近年、文書目録の作成にパソコンを利用することが一般化して、内容的に精緻な目録が作られるようになり、また文字情報だけでなく文書の形態的情報も豊富になっているが、そうした趨勢の中で決定的に欠けているものが料紙のデータである。楮紙・斐紙などの区別がされているものはまま見かけるが、さらに細かい檀紙・杉原紙・奉書紙・美濃紙などの区別まで載せる目録は皆無と言ってよい。案文や無年号文書作成の時代判定、真偽の判定などに料紙の鑑定が重要な意味をもっていることは言うまでもなく、料紙の品質はまた文書の示す重要な情報である。このような意味から、家文書群の目録には、是非とも文書料紙の情報を加えなければならないと考えるものである。本研究では、以上のような考えに基づいた一つの文書群全体の料紙体系を考える実験的な試みである。
 対馬宗家は、中世以来対馬の領主として在地を支配しただけでなく、朝鮮国との外交・貿易の実務を担ってきた家であり、その職務上蓄積された文書は、幕府からもたらされた文書、朝鮮国から送られてきた文書、在地からの上申文書、あるいは島内・島外へ発給する文書の控えなど、複雑な文書構成になっていたと考えられる。その料紙も、内地の紙、朝鮮国の紙、在地の紙などが混在しているであろう。それだけに、日本と朝鮮国の文書料紙の比較研究の材料にもなるものと考える。

(2)研究の成果
 九州国立博物館における調査では、朝鮮側発給文書を納めたと思われる箱(箱番号51)の文書を対象に調査を行った。長崎県立対馬歴史民俗資料館では、宗家史料一紙類目録から抜き出して調査を行った。調書の主要項目は、料紙の縦横寸法・厚さ・重さ・密度、繊維の太さ・長さ、紙面の簀目本数・糸目幅、簀目・板目・刷毛目・紗目の側面(裏か表か)、繊維束の有無、吊皺の有無、漉斑の有無、混入物の有無、填料の米粉・白土の有無、非繊維物質の残存の有無などである。
 その結果、①朝鮮の楮紙では、一般に布目幅・糸目幅が日本の楮紙のそれと異なること、②朝鮮では文書発給者の高下や正式文書か略式文書かなど、いわば文書の「格」による紙の使い分けが顕著であること、③格式の高い文書の場合、一般に打ち紙を施した上で貼り合わせた紙を料紙として使用すること、すなわち朝鮮ではこのような紙が上級の紙と認識されていたらしいこと、④化粧裁ちのない紙の寸法から、元々の大きさ(=漉き上がり状態での大きさ)が100×66センチメートルほどであったと考えられること、等の知見を得た。
 これらを利用すれば、対馬宗家に伝えられた朝鮮国礼曹や東莱府(あるいはその下の訳官)名義の文書について朝鮮産料紙か日本産料紙かを判断することができ、その文書の作成経緯(朝鮮か対馬か)についても、発給者名や文面とは別の情報を得ることが可能になる。
 なお、デジタル顕微鏡による透過光撮影については、肉眼で観察した際の印象と異なる場合があり(コントラスト等)、この点は今後の課題である。


一般共同研究 研究課題 「萩藩譜録」にみえる島根県関係中世史料情報の基礎的研究

研究経費 50万円
研究組織
 研究代表者   佐伯徳哉(島根県教育庁)
 所内共同研究者 久留島典子・西田友広

研究の概要
(1)課題の概要
 山口県文書館所蔵の毛利家文庫「萩藩譜録」には、長州藩の旧家臣団の伝来文書・由緒・系図などが筆写し伝えられている。この中には、毛利氏に従って長州藩領へ移住した出雲・石見の旧領主層や、戦国時代の尼子・毛利戦などを通じて、島根県地域において活動した領主・被官らの家々の末裔が伝えた情報を含んでおり、島根県の中世史研究の素材として極めて重要である。
 そこで、まず、当該史料群のうちから、島根県中世史に関係する記事を抽出し、原本調査と写真撮影を行う。さらに、本史料が編集史料であることによって生じる内容信憑性の問題などを、関係する一次史料情報など信憑性の高い情報を用いて比較検討した上で、目録化を進め、島根県中世史に関係する情報を一層拡がりのあるものにしていく。

(2)研究の成果
 『譜録』の総めくりにより、島根県関係中世史料352通の存在を確認し、目録を作成した。この中には『萩藩閥閲録』『広島県史』『出雲尼子氏史料集』などに活字化されているものも含まれるが、182通については未だ活字化されていないと思われる。今後の検討により、島根県域はもちろんのこと、中国地方の中世史を考えるうえでも重要な素材となるものと考える。
 島根県によって行われた既存の成果を踏まえ、そのデータの追加・補遺を行うことができ、共同研究としての成果をあげることができたと考えている。


一般共同研究 研究課題 古文書料紙の物理的手法による調査研究

研究経費 50万円
研究組織
 研究代表者   藤田励夫(九州国立博物館)
 所外共同研究員 小笠原温(国宝修理装潢師連盟)・井上ひろ美(滋賀県立琵琶湖文化館)・高木叙子(滋賀県立安土城考古博物館)
 所内共同研究者 保立道久・高島晶彦・山口悟史

研究の概要
(1)課題の概要
 近年の古文書学では、富田正弘氏や湯山賢一氏の研究に主導されて、古文書料紙に注目した研究がめざましく進展している。研究代表者も平成20・21年度において、保立道久を研究代表者とする「和紙の物理的分別手法の確立と歴史学的データベース化の研究」(科学研究費・基盤研究(B))の研究分担者として国宝・島津家文書のうち『歴代亀鑑』・『宝鑑』の200通を超える鎌倉幕府、室町幕府等が発給した文書正文の料紙調査を実施した。しかし、当該文書は台紙貼りされているため、収集できたデータは文書表面から得られるものに限られた。我が国に現存するほとんどの中世文書は巻子や手鑑等に表具されており、うぶな状態でなければ実施が困難な透過光等による調査が可能な対象は限られている。そこで、修理のために行う表具の解体は、料紙調査の絶好の機会となる。本研究では大徳寺文書(京都市北区紫野)および永源寺文書(栗東歴史民俗博物館保管)・長命寺文書(滋賀県立安土城考古博物館保管)などのうち相対的にうぶな状態の文書を選択して文書料紙の調査研究を行う。

(2)研究の成果
 大徳寺文書8点、永源寺文書21点、長命寺文書13点、安土城考古博物館所蔵文書14点について、調査を実施し料紙に関する詳細なデータを得ることができた。また、古文書料紙との比較のため、九州国立博物館所蔵・保管の日韓の古経典料紙も調査した。得られたデータの内訳は、法量、厚さ、重さ、光沢地色、光沢度、漉上り(簀目・紗目・糸目、板目・刷毛目、漉斑)、100倍の顕微鏡による反射光撮影・透過光撮影画像、一眼レフカメラによる反射光撮影・透過光撮影画像等である。
 大徳寺文書は中央の大寺院に伝わった良質の料紙を用いた文書であった。永源寺文書と長命寺文書は、近江の在地で作成された買券・寄進状、守護被官等の作成文書であり、いわゆる雑紙の類が多かった。とくに安土城考古博物館所蔵文書は戦国期が中心で織田信長や豊臣秀吉発給文書や堅田土豪の発給文書がまとまっていた。特に、永源寺文書や長命寺文書のような在地に伝わった文書の料紙調査例は少なく、雑紙という分類外であった文書データを得られた成果は大きい。
 多くの調査項目のうち、特に漉上りや顕微鏡観察による紙繊維や非繊維物質の調査にあたっては、料紙調査に熟達した研究者が複数で意見交換を行いながら調書を作成することが有効である。また、古文書一点の調査に長時間を要するため、やはり、調査に熟達した研究者が複数で当たらなければ、十分な成果をあげることができなかった。所内共同研究者は、日常的に古文書原本の調査や修理にあたっているだけでなく、保立道久氏が研究代表者である科学研究費基盤研究(B)「和紙の物理的分別手法の確立と歴史学的データベース化の研究」に参加しており、保立氏の調査手法を援用した本研究の遂行には、彼らの知識・経験を欠かすことができなかった。