東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

大日本近世史料 市中取締類集六

 市中取締類集は、江戸幕府の町奉行所が、江戸の行政に関して参考となる書類をえらんで、部類別に整理編纂したものである。編集されている書類の年代は、天保十二年にはじまり文久三年におよぶが、先例参照あるいは関連書類として必要なものは、これ以前の年代の書類をも採録している。またこの類集は、編纂の時期により、市中取締類集、同追加、市中取締続類集に分かれており、それぞれに収載されている書類の年代および原本冊数は次のとおりである。

市中取締類集 自天保十二年 至嘉永元年 六九冊
同     追加 自嘉永二年 至同六年 二一冊
市中取締続類集 自嘉永七年 至文久三年 五三冊

元来江戸の町奉行所に架蔵されていた本書は、明治維新に際し、町奉行所の廃止とともに市政裁判所に引継がれ、その後、東京府、東京図書館(のち帝国図書館)を経て、現在は国立国会図書館に旧幕府引継書類の一部として架蔵されている。
 幕府が市中取締掛の与力・同心・町名主を任命したのは天保十二年のことで、これはいうまでもなく天保改革の断行によるものである。したがってこの市中取締類集が、天保改革の江戸における実施過程をみる上で最も重要な文献の一つであることは論をまたないが、しかし、いわゆる改革の失敗後もこの編集が続行されたために、本類集はさらに広く、幕末期の江戸の市政・社会・風俗など各方面にわたる重要史料となっている。
 本巻は、名主取締之部の第二冊にあたり、名主取締之部原本十三冊のうち第四冊から第七冊にいたる四冊分を収録した。書類の件数でいうと「天保十五辰年正月 惣町肝煎名主御手当之儀ニ付調」から「弘化四未年十二月 渋谷道玄坂町外壱ケ町組合名主持之処月行事持致し度願調」にいたる五四件である。その内容は、前冊にも共通することであるが、名主取締という主題の性質上、名主風儀の取締、名主の任免、支配地の割替、肝煎名主をはじめとする名主の諸掛役への任免、勤務にたいする褒賞などに関するものが多い。したがって本来世襲制である名主の交替、任免、支配地域の変更などに際しての法的手続きなどを詳細に知ることができるとともに、さらにこれらの人事について居住地の町人側の意向もある程度参考とされていたことなども判明する。
 次に注意をひくのは、名主の支配向取計不正に関するものが五件も含まれていることである。中でも加賀町外九ケ町地主家主一同の名で加賀町名主平四郎の不正を町会所に訴えた捨訴や、大伝馬塩町小前町人共一同の名で名主勘解由や町政を牛耳る一部家主の不正を訴えた張訴などは、平町人自身の手で町役人を告発した事件として珍らしい。このような不正事件に関連する町奉行所の調査書類は相当多数あり、これらによって、世襲制の特権のもとに腐敗し無力化しつつあった幕末の江戸名主の実態を、極めて具体的にみることもできる。
(目次二六頁、本文五七七頁)
担当者 伊東多三郎・山口静子・村井益男


『東京大学史料編纂所報』第1号p.31