朱印船のアジア史的研究

活動報告

2018年3月台湾調査報告
2018年3月19日~22日に台湾での調査を行いました。本科研メンバーから松方、橋本、川口、岡本、木村、原田が参加し、台北にある国立故宮博物院、中央研究院で研究打合せと調査を行いました。

 国立故宮博物院はシャムから清朝に送られた金葉の文書を所蔵しています。今回、本科研の成果として出版予定の論集にその写真を掲載させていただくために博物院を訪問し、職員の方と打ち合わせを行いました。あわせて博物院の展示を見学しました。展示されている文物はいずれも中華文明が誇る逸品ですが、本科研のテーマからすると、清代の詔書や奏摺について見識を深められたのは幸いでした。
 中央研究院では、人文社会科学研究中心の劉序楓氏のご協力のもと、明清時代の文書史料の調査を行いました。明代の勅諭や、朝鮮や安南など周辺諸国が明清皇帝に送った表文・奏文を実見し、料紙の法量や簀目・糸目などを調べました。タイ史を専攻しているため、個人的に印象的だったのは、乾隆年間にシャムが清朝に送った漢文の表文でした。長年文書の整理に携わってこられた職員の方によれば、その文字は明らかに清朝の官員のものではないとのことです。また朝鮮や安南の表文の整然とした筆の運びとも異なり、漢字文化圏のなかのシャムの位置を垣間見せてくれる史料でした。さらに清代の勘合の調査から、日明勘合の運用実態に迫る大きな発見がありました。文書の実物を前に、職員の方々とともに様々なことを議論することができ、大変実りある調査となりました。
 またチュラーロンコーン大学文学部准教授のブハワン氏と来年タイで開催する予定のワークショップについて打ち合わせを行うとともに、中央研究院台湾史研究所の鄭維中氏と本科研プロジェクトについて意見を交わしました。
 調査、打合せ以外では、中山堂、中正紀念堂、龍山寺、国立台湾博物館、国立歴史博物館を訪れました。龍山寺では様々な神格が祀られ、参拝者は熱心におみくじを引いており、その様子はタイの中国式の寺院とよく似ていました。また台北の店舗の並びも、東南アジアで華人が営んでいたショップハウスを思わせます。まさに海を通じた中国文化の伝播を実際に感じることができました。

龍山寺

龍山寺

龍山寺(写真上)は1738年に福建省泉州から来た人々によって創建された。一方、写真下は2017年のタイ現地調査でも訪れた、バンコクにある中国式の寺院、建安宮。18世紀末に福建出身の華人が建てたと伝えられている。両寺院とも観世音菩薩を本尊としている。入り口部分の造作にも共通点が見られる。

台北の店舗の並び

(台北の店舗の並びのキャプション)
台北の店舗の並び。間口ごとに店舗が構えられ、軒先部分が歩道になっている。

(文責:川口洋史)

2018年2月28日、第12回研究会 East Asia before the West読書会

David C. Kang著、Tribute system(朝貢体制、華夷秩序)について扱った話題作 East Asia before the West: Five Centuries of Trade and Tribute(Columbia University Press, 2010)の読書会を行いました。Kang著への書評を多く含むHarvard Journal of Asiatic Studies (HJAS)のtributary system特集号(77-1、2017年6月号)についても合わせて話題としました。
メンバー(岡本、蓮田、松方)、史料編纂所外国人研究員Joshua Batts, Sebastian Peel, Birgit Tremml-Werner, 国際日本文化研究センター訪問研究員Robert Hellyer, 東京工業大学博士課程・橋本真吾の各氏のほか、一般の方々の参加も得て、活発な討議が行われました。日本語での議論にお付き合いくださった外国からの参加者とともに、我々の研究に興味を持ち、貴重なお時間を割いてご参加くださった学界以外の方々にも感謝いたします。
(報告順)
ジョシュア・バッツ「概要:David Kang, East Asia before the West (2010年)」
セバスチャン・ピール「East Asia before the West4~6章の論点」
ロバート・ヘリアー「HJAS, Prasenjit Duara論文“Afterword: The Chinese World Order as a Language Game”を読む」
松方「HJAS, Saeyoung Park論文 "Long Live the Tributary System!" を読む」

(文責:松方冬子)

2018年2月11日~12日、松方が中津・大分に出張し、大江医家資料館、村上医家資料館の展示を見学し、大分県立芸術文化短期大学教授・疇谷憲洋氏と研究打ち合わせを行いました。


2018年1月23日、東京大学史料編纂所に於いて、第11回朱印船科研研究会イタリア外交史読書会「Isabella Lazzariniを読む」を開催しました。メンバーの原田、松方のほか、東京大学史料編纂所外国人研究員Joshua Batts氏にも報告していただきました。

 イタリア人の研究者が敢えて英語で書いたイタリア史の本を読むことで、イタリアの学界も我々と共通した課題を抱えていることが垣間見られました。我々の研究と共通する論点も多く、大変勉強になりました。


2017年12月16~17日第10回朱印船科研研究会『国書がむすぶ外交―近世アジア海域の現場から―』

於:明治大学駿河台キャンパス

 成果出版に向けて各自執筆した論文を事前に回覧し、コメンテーターの先生方からいただいたコメントに基づき、活発な討議が行われました。コラム執筆予定の方々にもご出席いただき、とくに古川祐貴さんには貴重なご報告をいただきました。研究会の内容は以下の通り。

12月16日
趣旨説明 自己紹介
清水有子
「豊臣期南蛮宛国書の料紙と様式をめぐって」
(コメント)種村威史
橋本 雄
「徳川美術館所蔵「成祖永楽帝勅書」の基礎的考察」
(コメント)大野晃嗣
松方冬子
「総論」
(コメント)岩井茂樹・羽田正
蓮田隆志
「朱印船時代の日越外交と義子 ―使節なき外交―」 
(コメント)藤井譲治
12月17日
川口洋史
「18世紀末から19世紀前半における「プララーチャサーン」
―ラタナコーシン朝シャムが清朝および阮朝ベトナムと交わした文書―」
(コメント)嶋尾稔
岡本 真
「運用面からみた日明勘合制度」   
(コメント)オラー・チャパ
彭  浩
「明代後期の渡海「文引」―通商制度史的分析からの接近―」
(コメント)榎本渉
木村可奈子
「勘合とスパンナバット
―田生金「報暹羅國進貢疏」からみた明末の暹羅の「朝貢」―」
(コメント)三王昌代
古川祐貴
「徳川将軍の印鑑」
 
原田亜希子
「15、16世紀の教皇庁における駐在大使制度」
(コメント)堀井優

以上

討論風景

(討論風景)


 初日の朝には、東京国立博物館所蔵の徳川将軍あて朝鮮国王国書の展示 2017年ユネスコ「世界の記憶」登録記念「朝鮮国書―朝鮮通信使の記録」を見学しました。


2017年12月15日、前田育徳会(尊経閣文庫)において、同会所蔵の朱印状5通の熟覧調査を行いました。

ライデン大学名誉教授レオナルト・ブリュッセイ氏を招聘し、2017年12月15日、東京大学史料編纂所において講演会を開催しました。

講演題目は、“1640-1660, The Crucial Years in the Tokugawa State Formation”「1640~1660年、徳川国家の形成を決定した20年」です。熱のこもった講演を受けて、質疑と討論も盛り上がりました。討論のなかで、ヨーロッパの学界と、アメリカの学界の潮流の違いも浮き彫りになりました。

講演風景
(講演風景)


2017年8月3日~9月25日、代表者松方冬子がオランダに出張し、ライデン大学LIAS /LUCSoR Visiting Scholarとして、研究を行いました。

おもに、オランダ東インド会社の外交とオランダ共和国の外交の比較研究です。滞在中9月8日にLeiden Lecture Series in Japanese Studiesの一環として、講演 “Towards a Transcultural History of Diplomacy” を行いました。

ハーグにある17世紀以来の大使館街、Lange Voorhout

(ハーグにある17世紀以来の大使館街、Lange Voorhout)



オランダ東インド会社 ムステルダム・カーメルの建物

(オランダ東インド会社 アムステルダム・カーメルの建物 現在はアムステルダム大学が使用)



講演後の討論風景

(講演後の討論風景)


2017年8月30日~9月2日ポルトガルのリスボンで開催されたEAJS(European Association for Japanese Studies)第15回国際会議で8月31日にパネル報告を行いました。


EAJS2017年リスボン会議参加記

Panel S7-06
“Passes for Trade: Diplomatic History of Medieval/Early Modern Japan in a Global Perspective”
Convener: Fuyuko Matsukata
・Fuyuko Matsukata, “Introduction for ‘Passes for Trade’”
・Makoto Okamoto, “The Flexibility of the Tally System between Muromachi Japan and Ming China”
・Birgit Tremml-Werner, “The various uses of trading passes between Japan and the Philippines,
1590-1620”
・Hao Peng, “Shinpai: the Trading Pass in Early Modern Sino-Japanese Trade”

 セッションは、松方の問題提起から始まり、朱印船科研の一環として、貿易関係のパスをめぐって共同研究を行っている趣旨を紹介し、パネル報告で取り上げる各種のパスの機能や目的などのポイントを簡潔に述べました。
つづく3人の報告は時代順に、それぞれ日明貿易の勘合、朱印船時代の朱印状、日清貿易の信牌を具体的に紹介しました。岡本報告は、勘合をめぐる研究の進展状況を整理し、「旧勘合」の使用可や「准勘合」の発行などの事例紹介を通じて、硬直な仕組みと思われがちの勘合制度の柔軟な一面を浮き彫りにしました。つづいて、ビルギット報告では、朱印状制度の研究と概要をまとめる一方、マニラのスペインのフィリピン政庁がどのように朱印状を認識・対応していたかについて分析したうえ、朱印状の外交的価値(Diplomatic Value)を評価しました。彭報告では、信牌文面の内容分析を通じて幕府に期待された機能を説明し、さらに通商相手の清政府がどのように日本銅輸入のため信牌を活用したかを検討しました。
個別報告後、すぐ全体議論に移り、30分強の間に、フロアの40人前後の研究者から15くらいの質問やコメントがなされました。議論の焦点は次のように整理されます。
まず勘合については、明政府が貿易を制限しようとしつつも、発行数を100枚と多めに設定した理由、室町将軍が勘合の使用を大内氏や細川氏に許した政治的背景など。朱印状については、その権威が相手国によってどのように認識されたか、どのような人が翻訳に当たったのか、「chapa」という言葉は朱印状のことのみを指していたのか。信牌については、唐船貿易の規模との関係、密貿易の問題、「割符」との関係などの質問と応答が行われました。また、共通の論点については、パスの形態が札から紙へ転換した歴史を見出すことが可能か、ヨーロッパ商人が東アジア既存の通商の仕組みをどう受けとめたのか、ポルトガルのカルタスなどの西ヨーロッパ式のパスと朱印状のような東アジア式のパスなどが互いにリンクしながら機能していた実態、パスの使用から見える近代外交と前近代外交との相違点などをめぐって意見が交換されました。
今回のパネル報告では、日本史専門の学者が多く出席され、質問の専門性が非常に高いという印象でした。そして活発に行われた議論のなか、本科研にとって示唆に富む見解もたくさんありました。
また、会議の全般を見ても、やはりハイ・レベルの議論が多かったことが印象に残りました。皆さんの満足げな笑顔は、すべてを物語っています。個人としては、初めてのヨーロッパの旅で、リスボンの旧市街を歩くと、大航海時代が始まった頃の賑やかな風景を想像したくなります。歴史家にとって、海を介した東西交流を議論する最高な地といってもよいかもしれません。なお、EAJS企画のイベントとして、天正遣欧少年使節団も訪ねたことのあるサン・ロケ教会でコンサートが開かれたことも特筆に値します。歌声の美しさと教会の美しさとのコンビネーションは絶妙で、皆の一生の思い出になることでしょう。

(文責:彭浩)

報告後の討論風景

(報告後の討論風景)


2017年7月27日~29日 第9回朱印船科研研究会 於:明治大学駿河台キャンパス

成果出版に向けて各自執筆予定の論文の構想を発表し、活発な討議が行われました。報告タイトルは次の通り(発表順)。

橋本 雄「徳川美術館所蔵永楽帝勅書は別幅に非ず」
蓮田隆志「使節なき外交:朱印船時代の日越外交と義子」
川口洋史「18世紀末から19世紀前半における『プララーチャサーン』
―ラタナコーシン朝シャムが清朝および阮朝ベトナムと交わした文書―」
清水有子「近世初期南蛮国書の故実をめぐって」
原田亜希子「16世紀の教皇庁における駐在大使制度の発展」
彭  浩「明代の渡海『文引』:通商制度史的分析からの接近」
木村可奈子「勘合とスパンナバット
―田生金「報暹羅國進貢疏」からみた明末の暹羅の「朝貢」―」
岡本 真「運用面からみた日明勘合制度」
松方冬子「総論―『国書』と通航証―」

なお、2日目の終了後には、東京国立博物館で開催中の「タイ展」を鑑賞し、相国寺所蔵の朱印状原本も見学しました。

研究会風景

(研究会風景)


2017年6月20~23日、対馬現地調査

本科研メンバー3名(橋本、松方、木村)および大野晃嗣氏(東北大学准教授)の4名にて対馬巡検を行い、以下の順に巡りました。

1日目  西山寺(厳原、享保罹災以後、外交文書を担当した以酊庵が移される)
2日目  西漕出、梅林寺(小船越)
住吉神社(鴨居瀬)
円通寺(佐賀)
韓国展望台(朝鮮国訳官使遭難追悼碑)、鰐浦漁港(鰐浦)
海神神社(木坂)
和多都美神社、烏帽子岳展望台(仁位)
3日目  宝泉寺、醸泉院、景徳庵跡、国分寺、漂民屋跡(厳原)
小茂田浜神社、小茂田浜(小茂田、元寇の古戦場)
水崎(仮宿)遺跡、都々智神社(尾崎、倭寇の一大勢力であった早田氏の本拠地)
桟原城跡、お船江、金石城跡(厳原)
4日目  萬松院、元以酊庵跡(天道茂の奥、西山寺に移る以前の場所)、雨森芳洲墓所(厳原)

 現在長崎県立対馬歴史民俗資料館は対馬博物館の開館準備に向け休館中のため、展示を見ることはできませんでしたが、対馬市文化財保護審議会委員長斎藤弘征氏、対馬歴史民俗資料館の古川祐貴氏、同瓜生翠氏、対馬市観光交流商工部文化交流・自然共生課の立花大輔氏、同博物館建設推進室の成富なつみ氏にお会いし、対馬博物館開設へ向けての動きなどを伺いました。2日目の巡検では、立花・成富両氏がご案内くださいました。
個人的には、最近の研究で対馬藩の史料を用いることが多かったのですが、対馬自体は訪れたことがありませんでした。今回最南部を除いてほぼ対馬を一周し、中世から近世までの史跡、神社、寺院を巡ったことで、対馬に対する理解をより一層深めることができました。以前松前巡検を行ったこともあり、いわゆる「四つの口」のひとつとして、ほかの「口」と比較して考える視点も強まりました。
個人的に対馬で印象的だったことは2点あります。1点目は釜山との近さです。韓国展望台では残念ながら対岸の釜山を望むことはできませんでしたが、厳原には非常に多くの韓国人観光客がやって来ていました。多くの方が釜山のアクセントで話していたことからも、釜山から観光に来ていることがよく分かりました。もう1点は、軍事の島であることです。元寇・倭寇の歴史だけではなく、国防の最前線として明治期から多くの砲台が築かれ要塞化し、現在も自衛隊基地が置かれています。今回は近代軍事史跡は巡りませんでしたが、巡った神社の多くには、鹵獲した砲弾が奉納されたり、軍関係者による碑文や戦死者の慰霊碑が立てられていたことが非常に印象的でした。頭ではこの2点について理解してはいましたが、今回実際に目にして体感としてよく理解できました。

(文責:木村可奈子)

和多都美神社

(和多都美神社)


烏帽子岳展望台から望む

(烏帽子岳展望台から望む)


都々智神社。鳥居の脇には奉納された砲弾がある

(都々智神社。鳥居の脇には奉納された砲弾がある)


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松方 冬子(まつかた ふゆこ) 東京大学 史料編纂所 教授 博士 (文学) Professor,the University of Tokyo Ph.D.(the University of Tokyo, 2008)

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