編纂・研究・公開

2018年度に実施された一般共同研究の研究概要(成果)

一般共同研究 研究課題 兵庫県下古代~中世地域中核寺院所蔵史料の調査・研究 -播磨清水寺史料を中心に-

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 前田 徹(兵庫県立歴史博物館)
所外共同研究者 石原由美子(豊岡市立歴史博物館)・森下大輔(加東市教育委員会)・安平勝利(多可町教育委員会)
所内共同研究者 伴瀬明美・村井祐樹
研究の概要 (1)課題の概要兵庫県下に存在する古代~中世地域中核寺院所蔵史料は、明治期の史料編纂所の全県調査を嚆矢とし、昭和40年代からの、『兵庫県史』刊行にともなう史料調査や、各市町村史刊行のための調査により、数多くが発見され、利用・研究されている。一方で、各自治体史刊行後も、次々と新発見が報告されているものの、最新情報については全県レベルでの把握にはいたっておらず、また情報は把握しているものの、実見に及んでいない文書がかなり残されている。また、近年は文書の料紙研究への関心も高まっており、あらためて実物調査によってデータを蓄積していく必要が生じてきている。以上のような状況を踏まえ、県内中核寺院所蔵史料で新たに発見されたものを中心に把握・調査し、研究・展示に活用する。
(2)研究の成果本研究の中心的な課題であり、昨年度デジタル撮影を実施した、兵庫県指定文化財「清水寺文書」古代中世分(近世一部含む)680点(1200コマ、撮影カット、以下同)について、本年度に画像整理・調整を行い、史料編纂所のデータベース、Hi-CAT Plusに実装を行うことができた(現在編纂所閲覧室で公開中)。
清水寺以外の寺院史料については、豊岡市域の中心寺院である進美寺(66コマ)・温泉寺(84コマ)、さらに養父市の大寺院日光院(142コマ)の所蔵文書の調査・撮影を行うことができた。このうち進美寺・日光院の文書については知られていたものであるが、温泉寺文書について総体的に撮影されたのは初めてである。何れの寺院文書も地域における実相をうかがうことのできる、極めて興味深い史料であることが判明した。
また、それぞれの地域における中核寺院である神戸市石峯寺(塔頭分含め85コマ)、三木市法光寺(80コマ)についても、調査・撮影を行った。石峯寺文書は『兵庫県史』刊行後に新出史料が発見されており、法光寺文書は、現在の法光寺自体に所蔵されているもの以外に、西宮市の個人のもとに多数存在することがわかり(42コマ)、併せて調査・撮影を行った。これは『県史』に未収のものも含まれており、法光寺文書の全体像を明らかにすることができたのは大きな成果である。さらに同人のもとには、この外に多数の中世文書が所蔵されており(455コマ)、これも同時に調査・撮影を行った。
加えて、2018年度中に、兵庫県立歴史博物館に寄託されることになった個人所蔵文書についても、共同で詳細な閲覧調査を行うことができた。
なお、本研究の成果の一部は、兵庫県立歴史博物館の2019年度以降の展覧会や、2021年に刊行予定の『三木市史』に生かされることになる。

一般共同研究 研究課題 いの町紙の博物館所蔵『吉井源太翁遺文』のデジタルデータ化及び調査研究

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 濱田美穂(いの町紙の博物館)
所外共同研究者 有吉正明(高知県立紙産業技術センター)・池 典泰(いの町紙の博物館)・鳥越俊行(奈良国立博物館)・村上弥生(香川大学)
所内共同研究者 小瀬玄士・末柄 豊・高島晶彦・畑山周平
研究の概要 (1)課題の概要日本で独自に発展してきた製紙技術は、近代初頭の社会体制の変化によって多大な影響をこうむり、技術改良されて現在に伝わっている。そのため、江戸期以前の紙文化財に使用された料紙を理解する際、現在の手漉き和紙製造技術をそのまま前提とすることはできず、江戸後期から明治期を経て現在に至るまでの製紙技術の変遷について理解することが不可欠である。
本研究の目的は、土佐藩の御用紙漉き家に生まれ、江戸後期から明治期において製紙技術の改良や新しい和紙の開発を積極的に進めた吉井源太が残した『吉井源太翁遺文』(いの町紙の博物館所蔵。製紙の改良研究に関する記録外雑記、及び日記)について、原本撮影によるデジタルデータ化をおこない、部分的には翻刻もすすめ、広く学術利用され得る環境を整えることにある。それにより、近代初頭の製紙技術の変遷を明らかにし、江戸期以前の紙文化財に使用された料紙についての理解を深めることにつなげたい。
(2)研究の成果いの町紙の博物館所蔵『吉井源太翁遺文』は、製紙用具や各種紙製品を含み、吉井源太の使用した手帳や、同人が受取った封書・葉書など多様な資料からなるが、その最も主要な部分は、「日記」41冊と「製紙の改良研究に関する記録外雑記」(以下「雑記」)14箱である。
昨年度、「日記」41冊および「雑記」1箱について撮影を行い、今年度は引き続き「雑記」13箱(資料数41点)について撮影を完了させた。そのほか、吉井源太の手になる「画帖」1帖、「吉井源太翁の関与した各種紙製品」の大半(紙種名や年月日などの注記が加えられているものを選んだ。なお、防火紙は石綿を含んでいるため、調査を見合わせた)、手紙の一部(明治13年~18年)について撮影を行い、あわせて、いの町紙の博物館が『吉井源太翁遺文』とは別に吉井家から受贈した資料(各種の辞令、内国勧業博覧会等における表彰状など)についても撮影を行った。撮影齣数は約4600齣に及び、昨年度撮影分とあわせて約9600齣に達する。すなわち、共同研究による2回の撮影によって、従来全く系統的な撮影がなされていなかった『吉井源太翁遺文』の主要部分について、デジタルデータ化が果たされる、という大きな成果があがった。
また、1980年代における郷土史家小野春茂氏による資料整理の状況を関係者の聞き取りによって確認した。手紙(封書)の整理においては、1通ごとに茶封筒に収納し、そこに当該書状に関する基本データ(内容の概要に及ぶ)を記入しており、これを活用することで1300通以上に及ぶ手紙について詳細目録作成が可能なことが知られた。
以上のとおり、共同研究として調査・撮影をおこなったことで、資料のデジタルデータ化が果たされたというのみならず、現状に至る整理過程の解明や、今後の整理方針などについて検討がすすんだことも重要な成果であった。

一般共同研究 研究課題 吾妻鏡諸本の研究

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 高橋秀樹(國學院大学)
所外共同研究者 藤本頼人(文部科学省)
所内共同研究者 井上 聡・遠藤珠紀
研究の概要 (1)課題の概要鎌倉幕府の歴史書である吾妻鏡は、日本中世史研究の重要史料として余りに有名である。これまで、数種類の活字本、訓読本が刊行され、ついには現代語訳まで完結するに至った。ところが、もっとも基礎的であるはずの諸本研究は、大正時代から1970年代にかけて若干の研究が行われて以来、長く手つかずであった。本共同研究に先立つ共同研究によって、原本調査を踏まえた新知見が報告され、北条本・島津本・毛利本といった比較的著名な写本すら、これまでの通説的な見解に誤りがあることが明らかとなった(『島津家本吾妻鏡の基礎的研究』東京大学史料編纂所研究報告書2017-1)。しかし、まだまだ調査されていない写本や、再調査が必要な写本も多い。そこで、全国各地の所蔵機関に架蔵される吾妻鏡写本の悉皆的な原本調査を行い、その書誌データや、そこから得られた知見を学界共有の財産としたい。本共同研究の成果が、中世史料研究や、『吾妻鏡』を主たる史料とする鎌倉時代史研究に寄与する点も少なくないと考える。
(2)研究の成果2013年度・2014年度の共同研究「島津家本吾妻鏡の基礎的研究」、および昨年度の共同研究「吾妻鏡諸本の研究」で調査しきれなかった『吾妻鏡』諸本の原本調査を行い、調書を作成した。国立公文書館所蔵の寛文5年仮名写本(83冊)、浅草文庫本抜萃(1冊)、東京大学総合図書館所蔵の南葵文庫本仮名本吾妻鏡(52冊)、天理図書館所蔵の1点(国籍類書25冊)、前田育徳会尊経閣文庫所蔵の古写本2点(1巻、1冊)、石川武美記念図書館所蔵の成簣堂文庫本2点(零本3冊、新井白石書写抄出1巻)、大津市西教寺所蔵の抄出本1点(1冊)、京都大学附属図書館所蔵平松文庫の抄出本1点(1巻)、九州大学附属図書館所蔵広瀬文庫の抄出本1点(1冊)、同館所蔵樋口文庫の慶長古活字本51冊(伏見版)、同館所蔵萩野文庫の『東鑑纂』1冊、『東鑑旧序』1冊、『東鑑別註』6冊、国立歴史民俗博物館廣橋家旧蔵記録文書典籍類の抄出本1巻を新規に調査し、京都府立京都学・歴彩館所蔵広橋本については再調査、天理図書館所蔵の勝海舟旧蔵本については、前回調査以後に修補・公開された2冊分の追加調査を行った。
西教寺本については、高画質のデジタル撮影を行い、史料編纂所で利用できる共有資源とした。九州大学附属図書館所蔵の写本については、個人メモ的な簡略撮影を行っている。
今年度の調査により、寛文5年仮名写本が従来言われているような寛文8年仮名版本の底本ではないこと、南葵文庫本の尾題が後筆であること、成簣堂文庫の零本が北条本の写と考えられること、西教寺本も北条本系統の本を利用していることなどが明らかになった。
貴重書扱いされている本が多く、閲覧に制約がある場合も少なくない。冊数の多い本を短時間で調査をするには、『吾妻鏡』写本の調査経験が豊富で、知見を有する共同研究のメンバーによる調査が必要であり、その成果は十分あげられたものと考えている。大部の『吾妻鏡』としては大東急記念文庫の仮名本55冊のみ調査できなかったが、近い将来、この本を調査した上で、吾妻鏡諸本の書誌データなどの成果を報告書にまとめたい。

一般共同研究 研究課題 高野山子院および関連所領に関わる中世史料の調査・研究 ―櫻池院・福智院を中心に―

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 坂本亮太(和歌山県立博物館)
所外共同研究者 鳥羽正剛(高野山霊宝館)・研谷昌志(高野山霊宝館)・藤 隆宏(和歌山県立文書館)
所内共同研究者 林 譲・高橋敏子・村井祐樹
研究の概要 (1)課題の概要和歌山県における中世史料は、1970年代に刊行された『和歌山県古文書目録』や『和歌山県史』(以下『県史』)により、その全貌がほぼ明らかになっている。また高野山諸子院史料については、昭和10年代に刊行された中田法寿・金剛峯寺編『高野山文書』に主要なものについては収載されているものの、洩れた史料も少なくなく、刊行から既に約80年が経過していることもあり、その間の新出文書を含めた再調査を早急に行う必要がある。そこで、明治・大正期に作成された影写本や、昭和以降に撮影された写真帳等、豊富な複本類を持つ史料編纂所と共同することで、調査を無駄なく、効率的に進めることが可能となろう。今回は数ある子院の中から櫻池院(成慶院)と福智院を主な調査対象とする。また、余裕があれば、近年発見された伊都郡内の高野山関係文書(伏原区有・亀岡家・西山家など)の所蔵する文書も調査対象としたい。さらには、高野山霊宝館所蔵・寄託史料(絵図も含む)のうち、調査可能なものの洗い出しを行っていきたい。
(2)研究の成果本年度の調査研究成果は以下の通りである。
【高野山子院】
蓮華定院文書(33コマ)
昨年度見いだせなかった信濃国人発給文書を江戸時代に書写した1巻を撮影した。
櫻池院文書(2350コマ)
大量の過去帳・供養帳を所蔵する。これまで一部の研究者のみの原本閲覧が可能で、史料編纂所も部分的にマイクロ撮影を行っていたに過ぎない。巻子4巻、供養帳・過去帳等約60冊、ほか一紙物数点を撮影した。以下主なものを挙げる。
檀那御寄進状並消息/大内殿御過去帳/大内殿御過去帳書出/柳澤伊賀守様過去牒/武田御日坏帳/保科御氏姓之御家臣過去帳/保科御氏姓御家臣過去帳/信州日牌月盃過去帳/御代々御年忌早見 會津保科家/信州月牌帳/駿州泉州過去帳/周防国過去帳/周防国日牌月牌帳/長門国日牌月牌帳/長門過去帳/石見国日牌月牌帳/石見国日牌月牌過去帳/月牌帳 奥州/月牌過去帳 常州/月牌過去帳 下総上総/茶牌帳 下総上総/下総・上総・奥州・甲州・常州過去帳
【高野山関連伊都郡史料】
隅田八幡神社文書(65コマ)
『県史』掲載分を全点撮影した。
隅田文書(229コマ)
『県史』掲載分およびそれ以外の中世文書も撮影した。
葛原文書(658コマ)
中世文書全点の撮影を行った。「葛原文書」は『県史』の解題にあるように、複数の写しや断簡が多いため、『県史』掲載分と現状との同定が困難な状態にある。今回の調査でも『県史』に掲載されているものの確認できなかった文書が20点ほどあった。今後継続的に地元と連携しながら探索する必要がある。

一般共同研究 研究課題 大阪府所在中世史料の調査研究 -和泉国和田文書を中心に

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 矢内一磨(堺市博物館)
所外共同研究者 渋谷一成(堺市博物館)・藤田励夫(文化庁)・三好英樹(大阪府教育庁)
所内共同研究者 小瀬玄士・末柄 豊
研究の概要 (1)課題の概要鎌倉時代から戦国時代にかけて、和泉国大鳥郡和田荘(現在の大阪府堺市南区美木多地域)を本拠地とした鎌倉幕府御家人和田氏の消長を伝える和田文書は、明治21(1888)年に修史局で影写された後、長らく所在不明となっていたが、平成6(1994)年に再発見され、京都府立山城郷土資料館に寄託された。しかし、その文書群総体を視野に入れた研究はなされてこなかった。平成28(2016)年に和田氏本貫地の現・堺市域に所在する堺市博物館へと寄託替えをされたことを契機に、本課題は、畿内武士団研究、南朝の社会史的研究、中世の和泉地域研究にとって極めて重要な和田文書を中心に、大阪府下所在の未調査中世関係史料について調査・撮影をおこない、その成果を展覧会の開催や研究報告の公刊、史料編纂所のデータベース上での公開によって、広く社会還元することを図るものである。
(2)研究の成果堺市博物館において、昨年度からの共同研究の成果を踏まえつつ、和田文書の翻刻・校正作業を進め、『堺市博物館研究報告』38号(2019年3月刊行)において、渋谷一成「巻四所収文書の内容と翻刻―史料紹介 和泉国大鳥郡和田文書(三)―」を発表した。またこれまでの研究成果を踏まえ、2018年3~4月に堺市博物館において「堺市の指定文化財」展を開催し、和田文書の展示を行なった。また本共同研究で撮影したデジタル画像を利用して和田文書の複製を行ない、2019年1月からの堺市博物館常設展示において展示も開始した。
また和田文書を調査するなかで、和田文書に多く含まれる南朝関係文書の研究を深めるために、南朝発給文書の原本調査を進める必要が生じ、堺市・大阪府教育庁の取り計らいにより、観心寺文書(63コマ)、河合寺文書(41コマ)の調査・デジタル撮影を実施し、また勝尾寺文書の調査を堺市博物館・大阪府教育庁・文化庁・東京大学史料編纂所等が共同して行なった。
こうした研究活動やその成果が一助となり、文書群の重要性が認められ、2019年3月、和田文書(指定名称「和田家文書」)は国の重要文化財に指定されることになった。その際、共同研究の成果である目録データ・デジタル画像が大いに活用された。

一般共同研究 研究課題 近代における京都御所東山御文庫整理事業の研究

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 白石 烈(宮内庁書陵部)
所外共同研究者 小倉慈司(国立歴史民俗博物館)・北 啓太(元宮内庁京都事務所所長)・的場匠平(宮内庁書陵部)
所内共同研究者 田島 公・箱石 大・藤原重雄
研究の概要 (1)課題の概要
京都御所東山御文庫御物は、6万点に及ぶ勅封御物と、それには編入されなかった別置御物で構成されている。収蔵される史料は歴史的・文化的に貴重な史料群であるため、これまで個々の史料については研究されてきた。しかし、東山御文庫の史料群が最終的に現在の形になるのは宮内省が行った明治以降の整理作業の結果であり、史料の配列等も含めてその来歴はいまだ不明な点が多く、全体像の概要把握もほとんど未解明のままである。
また、現在進行中の2017~21年度基盤研究(S)「天皇家・公家文庫収蔵史料の高度利用化と日本目録学の進展」(研究代表者:田島公)では、侍従職所蔵の『東山御文庫本目録』と東山御文庫所蔵『禁裏御蔵書目録』(勅封174-2-25)など近世禁裏文庫の蔵書目録との対応関係を明らかにすることを通して、東山御文庫本の全容の解明を目指しているが、近代における京都御所内の文庫の編成、整理の過程に関しては、当該科研費の研究課題の及ばないところである。
上記の課題を解決するためには、新たな分析視角が必要となる。具体的には、宮内省の公文書や東京帝国大学史料編纂掛の関連史料の分析であり、これらを通じて、近代における東山御文庫の整理事業の実態解明が可能と考えている。

(2)研究の成果
2018年度は、東山御文庫記録目録類のデータベース化作業を進めた。ただし、研究費上限額の関係上、昨年度に選定した底本全ての入力は困難なため、勅封御物と別置御物双方への選別が最も顕著な目録を精選した。委嘱者の協力も得て、この内4冊を翻刻・エクセル化した。これにより、別置御物の全体(箱番号第1番~第19番)の内、約9割をカバーできたと推測される。さらに、選別前の史料配列と、後の大規模整理で勅封・別置に選別されることになる史料両者を初めて特定できたことは大きな成果だった。
他方、臨時東山御文庫取調掛辻善之助関係史料(姫路文学館所蔵)の調査により、東山御文庫の整理基準(宸翰の真贋)などについて、整理従事者側の史料から初めて裏付けられたことも成果だった。特に辻と宮内省の関係がより広範かつ深かったことが分かり、辻日記の精査が当該研究課題において必須であることを確認した。
宮内省による東山御文庫整理事業の変遷については「京都諸御文庫ノ沿革及現況」(宮内庁書陵部宮内公文書館所蔵)の分析を進めた。その結果、明治初期から昭和6年に至る整理作業の経緯が把握できたのみならず、当該史料には現在所在が確認できない明治期の宸翰御用掛関係の史料が引用されていることが判明し、非常に貴重な史料を得ることができた。

一般共同研究 研究課題 日本史用語グロッサリーの蓄積と改良にむけて

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 Joan Piggott(南カリフォルニア大学)
所外共同研究者 David Eason(関西外国語大学)・河合佐知子(南カリフォルニア大学)・山口えり(広島市立大学)・伊集院葉子(川村学園女子大学)・亀井・ダイチ・利永子(立正大学)・栗山圭子(神戸女学院大学)・佐藤雄基(立教大学)・中村 翼(京都教育大学)・若林(佐藤)晴子(ラトガース大学)・柳原敏昭(東北大学)・Andrew Kamei-Dyche(埼玉大学)
所内共同研究者 菊地大樹・遠藤基郎・西田友広・伴瀬明美・岡本 真
研究の概要 (1)課題の概要日本史研究の国際化は喫緊の課題である。史料用語・学術研究用語の日英対訳語を集めたグロッサリーの構築は、そのために不可欠である。史料編纂所が開発・運用している、応答型翻訳支援システム (On-line Glossary of Japanese Historical Terms、以下OGJHT)は、先駆的かつ唯一のオンライングロッサリーシステムであり、そのさらなる発展を目指し、①これまでに蓄積されたグロッサリーをOGJHTに追加登録するとともに、②実際の日本史史料の英訳作業を通して、OGJHTをよりユーザーフレンドリーなものとするためのシステム的な問題点の洗い出しと可能な範囲での改善、そして効果的なグロッサリー構築の手法の再検討を行った。
(2)研究の成果1. 日本史料の英訳
鎌倉幕府の国家的役割を示す『吾妻鏡』文暦・嘉禎年間の興福寺・石清水八幡間の相論関係記事4か条、および鎌倉幕府の訴訟制度の根本史料である『沙汰未練書』から20か条の英訳を実施した。後者については、すでに先行翻訳があるが、大幅な修正を施すことができた。
2. 史料編纂所のGlossary DBの追加・改善・検討課題の洗い出し
1).新規追加:ACTA ASIATICA(東方学会編)(1119件)、『古文書学研究』(日本古文書学会編)(216件)、Tokugawa Village Practice: Class, Status, Power, Law . University of California Press . 1996 . Ooms, Herman(111件)、Japan's First Bureaucracy . Cornell University East Asia Program . 1978 . Miller, Richard(891件)、Land, Power, and the Sacred The Estate System in Medieval Japan . University of Hawai'i Press . 2018(222件)などから歴史用語の翻訳語を抽出して新規に登録、WEB公開した。計2559件
2).表示順の改善:【語彙検索】での一覧結果での表示順が、発表年次の新しいものが上位にくるよう工夫を施した。これによりユーザーは最新の翻訳成果を利用しやすくなった。
3).【語彙検索】機能の改善:従来の入力仕様により検索漏れがあったものを、データの修正により検索できるようにした。
4).今後の改良課題:現行システムは、①漢文原史料解読補助機能を中心に据えた画面設計になっているが、現状では有効に機能していないこと、②実際の利用では、あらかじめユーザー側が指定した語句を検索することが主であり、システムの優先順位とユーザーの優先順位のずれのため、ユーザーにとって本システムは使いにくい魅力のないシステムになっていることなどが明らかとなった。
喫緊の改善策として、①語彙検索・全文検索・漢文史料解析の優先順位で検索機能を変更すること、②その他、全文検索時の検索結果の一覧表示は、語彙検索と同様に発表年次の新しいものが上位にくるよう改修すること、などが確認された。
3. 論文
昨年度も実施した古代中世朝廷皇女研究のための用語の検討をさらに進め、河合佐知子「グロッサリー・データベースのコンテンツ充実の試み」(『東京大学史料編纂所研究紀要』29号、2019年)としてまとめた。

一般共同研究 研究課題 前近代の和紙の構成物分析にもとづく古文書の起源地追跡

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 渋谷綾子(国立歴史民俗博物館)
所外共同研究者 小倉慈司(国立歴史民俗博物館)・天野真志(国立歴史民俗博物館)・富田正弘(富山大学名誉教授)・野村朋弘(京都造形芸術大学)・角屋由美子(米沢市上杉博物館)・名和知彦(陽明文庫)
所内共同研究者 尾上陽介・山田太造・高島晶彦
研究の概要 (1)課題の概要これまで古文書の物質的研究では、料紙を構成する繊維などの検討が主に行われてきたが、本研究では考古学や植物学的な手法を応用し、繊維やデンプン等を含めた和紙の構成物、特に填料や非繊維物質・ネリ等に焦点を当てて古文書の起源追跡を行う。
研究方法としては、史料編纂所所蔵「島津家文書」の御文書外の起請文などを中心に、光学顕微鏡やデジタルマイクロスコープを用いた料紙表面の非破壊による分析を行う。非繊維物質の種類・量・密度の解析によって古文書の分類の科学的実証を行うとともに、計測数値を標準化し、和紙の製造手法や歴史資料の地域的特性を探る。さらに、陽明文庫所蔵史料や米沢市上杉博物館所蔵「上杉家文書」について、「島津家文書」で対象とした同じ時代の史料の分析を行い、和紙の製造手法の地域的な比較を試みる。
本研究によって、古文書料紙のもつ歴史的背景を探ることができ、既存の研究とは異なる前近代の和紙の分類が可能となる。
(2)研究の成果本研究では、先行研究で蓄積されてきた料紙の計測数値にもとづき、構成物の種類の特定と量・密度の計測を行い、植物学的特徴の記述とあわせて分析の基本データ項目を設定した。具体的には、各所蔵機関での資料番号や資料名、コレクション名、資料の作成年月日や点数など資料の基本情報とともに、顕微鏡撮影画像について、撮影倍率や撮影箇所等の記述情報、料紙の構成物の種類・量・密度、同定結果を項目とし、あわせて植物学的特徴にもとづく構成物の識別基準を設定した。顕微鏡観察・撮影では、古文書一紙につき4~6箇所、文字の有無を問わず、料紙の大きさにあわせて複数箇所を選択し、撮影箇所の数値による記録を行った。さらに、料紙の素材にあわせて反射光または透過光、構成物の種類にあわせて偏光ポラライザーを用いるという撮影方法も確定させ、分析における再現性の確保をはかった。これらの方法により、史料編纂所所蔵「中院一品記」、松尾大社所蔵史料、上杉博物館所蔵「上杉家文書」の調査・研究を実施した。
「中院一品記」の顕微鏡撮影画像1239枚は、2017年度にすでに画像解析によって構成物の植物種の同定を行ったが、再度画像の解析を実施した。結果として、構成物の密度の差異がより明確になるとともに、填料の植物として、イネ(米粉)と別のイネ科穀類の使用された可能性が判明した。この解析結果は、分析項目の設定・共有によって、同じ基準による構成物の解析が可能となり、先行研究の成果に対しても適用可能であることを示す。
松尾大社所蔵史料、ならびに上杉家文書の調査資料については、料紙の構成物の種類の特定と量・密度の計測を行ったところ、構成物の含有量の減少という時期的な変化が見られるとともに、填料の植物にはイネ(米粉)と別のイネ科穀類が使用されているという結果が得られた。植物学的特徴の詳細については、今後もさらに検討を進める予定である。
本共同研究で料紙の構成物に対する分析項目・識別基準を設定し、構成物データの数値化を実践したことによって、資料のもつ自然科学的情報を新たに提示する成果が得られた。これらは、資料の地域的特性や歴史的変遷を探る手がかりとなるとともに、また古文書料紙の研究結果の再現性の確保や研究成果の活用促進につながる成果といえる。なお、本研究成果は2019年度の日本文化財科学会などの国内外の学会で報告する予定である。

一般共同研究 研究課題 中世信越地域寺社所在史料に関する調査・研究-越後常敬寺・信濃勝善寺を中心に-

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 前嶋 敏(新潟県立歴史博物館)
所外共同研究者 村石正行(長野県立歴史館)・原田和彦(長野市立博物館)・高橋一樹(武蔵大学)・田中 聡(長岡工業高等専門学校)・福原圭一(上越市公文書センター)
所内共同研究者 鴨川達夫・村井祐樹
研究の概要 (1)課題の概要信越地域は、国境に分断されつつも関連性を持ち続け、一体的に展開した地域として知られる。そのいっぽうで信濃と越後の両地域に関する検討は、信濃・越後双方の観点から別々に進められてきた感があるが、近年では、昨年地方史研究協議会大会妙高大会の大会テーマが「「境」と「間」の地方史」とされたように、一体性に注目する研究の機運も高まっている。
現在新潟県域に所在する寺院のうちには、とくに戦国期に信濃から越後へ移転したとする由緒を持つところが多い。そして、互いの県域にまたがって縁戚関係を保ち、深く結びついているところもある。武田氏滅亡後には上杉景勝が北信濃を分国として組み込んでいるように、戦国期信濃における越後への寺院移転は、その前提として北信濃地域と越後上越地域の一体的展開があるように思われる。この点からすれば、両地域に所在する寺社史料については、一体的な把握が望まれる。
そこで本課題では、おもに信濃国・越後国に所在する寺社所蔵の古文書原本の調査を実施し、戦国期を中心に中世信越地域像の一端を示す素材を提供する。
(2)研究の成果本研究では、中世信越地域の寺社等をめぐる各地の動向を検討するための史資料原本の調査として、次の古文書群の調査を行い、また記録撮影等を行った。本研究で撮影した文書群は以下のとおりである。
◎長野県内調査
「文永寺文書」
「守矢文書(茅野市守矢史料館保管)」
「千曲市教育委員会文書、松田文書(千曲市教育委員会保管)」
「長野県立歴史館文書、蓮華定院文書(長野県立歴史館保管)」
「諏訪市博物館文書、諏訪市博物館保管文書(大祝諏訪文書、神戸区有文書、千野文書(千野十郎兵衛家)、千野文書(三之丸千野家)、原文書、矢嶋文書、権祝矢嶋文書、個人所蔵文書)」
「大豆嶋区有文書(長野市立博物館保管)」
「海野文書」
「勝善寺文書」
「社家片山文書」ほか
◎新潟県内調査
「彌彦神社文書」
「専称寺文書(柏崎市立博物館保管)」
「柏崎市立図書館文書」
「称念寺文書」
「渡井文書」ほか
本研究においては、聖教の紙背に確認された鎌倉期のものを含めて、新出の古文書原本を複数確認した。たとえば、武水別神社神官松田家は、武田・上杉家家からの朱印状のほか、慶長3年に家を分出させて活動したことに関する文書原本と近世の写本とが伝わっており、これらをもとに同家の広範な活動や、文書の控を作成している状況等をうかがうことができた。これらの文書の検討をもとに、信越地域の一体的把握をさらにすすめることが可能となっていくものと思われる。
なお本調査においては、東京大学史料編纂所・新潟県立歴史博物館双方の調査情報の共有や、調査中の聞き取り調査などによって、さらに別の中世文書の所在情報を得ることができた。これらは、本研究を共同研究として実施したことによって得られた成果のひとつともいえよう。

一般共同研究 研究課題 長谷寺縁起の生成と展開に関する史料学的研究-鎌倉長谷寺所蔵資料を中心に-

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 三浦浩樹(観音ミュージアム)
所外共同研究者 森田真一(群馬県立歴史博物館)
所内共同研究者 金子 拓・田島 公・高橋慎一朗・藤原重雄
研究の概要 (1)課題の概要古来より霊験あらたかな御仏として衆生の崇敬を集めてきた長谷観音。その起源は言うまでもなく大和長谷寺に端を発しており、寺号を同じくする寺院は現在でも百ヶ寺を超えている。それと同時に、長谷寺の由緒を説く縁起資料も数多く作られているが、その生成は先行研究においては、10世紀末に長谷寺が興福寺の末寺化したことにより、興福寺の支配理念を打ち出した「長谷寺縁起文」(以下「縁起文」と略す)の成立を境に、それ以前に成立した縁起類を「古縁起」、「縁起文」の成立以降に生成されたものを「新縁起」と分けられることが唱えられ、支持される説となっている。
しかし、「新縁起」の生成については、「神祇信仰」や大和長谷寺の管掌に関わった興福寺などの影響が指摘されるものの、成立時期も含め未解明の部分も多く、「縁起文」の成立年代に関しても諸説あり定説がない。そうしたなか、現存最古の写本である鎌倉長谷寺伝蔵の「縁起文」の存在が近年改めて報告されたことで、当該資料の詳細な分析と、これまで知られてきた「縁起文」の写本との比較検討を進めることが可能となった。本共同研究では、これまで蓄積された長谷寺縁起の研究史に新たな視点を加えることで、長谷寺縁起の生成と展開に関する基礎的理解の再構築をめざすものである。
(2)研究の成果本研究の目的であった、鎌倉長谷寺所蔵『長谷寺縁起文』と同類の長谷寺縁起関連史料との比較研究を進めるにあたり、その基礎作業として鎌倉長谷寺本の高精細画像撮影によるデジタルアーカイブ化は、本共同研究による大きな成果であったといえる。本作業により、鎌倉長谷寺本『長谷寺縁起文』が今後広く活用されることで、長谷寺縁起研究の深化と、同類の寺院縁起の成立過程の解明への利用が期待されるところである。
また、併せてデジタルアーカイブ化が進められた鎌倉長谷寺所蔵『長谷寺縁起絵巻』(上・中巻)および、その一具とみなされる群馬県立歴史博物館所蔵の『長谷寺縁起絵巻』(下巻相当)」の画像データも、本共同研究で史料編纂所に集積されたことは大きな成果であった。

一般共同研究 研究課題 高野山西南院文書の調査・研究-高野山伝来史料の研究資源化にむけて-

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 坂口太郎(高野山大学)
所外共同研究者 藤本孝一(冷泉家時雨亭文庫)・辻 浩和(川村学園女子大学)・土居夏樹(高野山大学)・野田 悟(高野山大学)・澤田裕子(京都光華女子大学)
所内共同研究者 渡邉正男
研究の概要 (1)課題の概要高野山には、貴重な古文書・聖教が数多く伝来している。その主立ったものは、1957年から開始された、5ヶ年にわたる高野山文化財総合調査で整理がなされ、一部は国宝や重要文化財の指定を受け、高野山霊宝館に寄託されている。ただし、山上に所在する多くの子院には未調査の聖教・古文書が残っており、これらを綿密に調査・研究することで、高野山史のみならず、日本史研究全体にも寄与できる可能性は少なくない。
そこで、本研究では、高野山の子院の一つである西南院(別格本山)に伝来した古文書の調査・研究に取り組む。西南院は、高野山でも屈指の文化財を伝えており、とくにその伝来文書の主要部分は、『西南院文書』全11巻として成巻され、重要文化財の指定を受けている(高野山霊宝館が管理中)。本研究では、この『西南院文書』全11巻を中心に、これに含まれない中近世文書(西南院現蔵)についても調査・研究を進め、厳密な翻刻を行なう。この成果を通して、高野山伝来史料の重要性を学界に発信していきたい。
(2)研究の成果本研究の主要な柱となる『西南院文書』全11巻(重要文化財)は、その一部が、高野山文書刊行会編『高野山文書』や、『鎌倉遺文』に収録されているが、これらに漏れた文書も多い。
今回、新たに翻刻した文書では、正和2年(1313)の「後宇多法皇御幸供奉人交名」(第3巻所収)が重要である。後宇多の御幸については、『後宇多院御幸記』(続群書類従帝王部)が基本史料であるが、同書を補う史料として本文書は貴重な価値を持つ。また、「大塔供養記録」(第9巻所収)は、元応2年(1320)4月に真光院禅助が勤修した、高野大塔供養に関する記録であり、禅助本人の記した「東寺長者高野山拝堂記・高野山大塔供養記」(『仁和寺塔中蔵聖教』第44函第13号)と照合することで、この供養の実態を復元することが可能となる。
南北朝期以降では、永和4年(1375)の「鶴岡八幡宮寺尊勝仏供僧職補任状」(第3巻所収)が、鶴岡八幡宮寺供僧職の補任に関わる新出文書である。また、天正14年(1586)の「木食応其書状」(第7巻所収)は、方広寺大仏造立に取り掛かった時期の応其の活動を知る上で手掛かりとなる。
本年度の調査成果で特筆すべきは、「西南院現蔵史料」第4函から、近世初期の西南院の院主であった良尊の日記が発見されたことである。この日記は、慶長19年(1614)2月から7月に、駿府・江戸に下向した良尊が筆録したもので、徳川家康との関係を克明に伝える史料として興味深い。とくに、良尊は、家康の命によって、駿府の御前論議に伺候しており、これまで『駿府記』でしか窺えなかった御前論議について詳細に記録している。また、方広寺大仏殿の供養をめぐる家康と豊臣家の交渉に関する内容を含む点でも、良尊の日記は重要である。
なお、『西南院文書』(重要文化財)のうち、焼損のある第3巻、第4巻、第6巻、第7巻の翻刻にあたっては、損傷以前に撮影された史料編纂所架蔵のマイクロフィルムがなければ不可能であった。本研究を「共同研究」として遂行したことで、得られた研究成果は大きい。

一般共同研究 研究課題 対馬宗家文書(江戸藩邸由来分)の基礎的研究

研究経費 48万円
研究組織 研究代表者 古川祐貴(長崎県立対馬歴史民俗資料館)
所外共同研究者 藤本健太郎(長崎学研究所)
所内共同研究者 荒木裕行
研究の概要 (1)課題の概要江戸時代の対馬藩が作成・管理した対馬宗家文書は、現在、国内外7ヶ所の収蔵施設に分割保管されている。その7ヶ所とは、①九州国立博物館(約1万4000点)、②長崎県立対馬歴史民俗資料館(約8万点)、③大韓民国・国史編纂委員会(約2万8000点)、④国立国会図書館(約1500点)、⑤東京大学史料編纂所(約3000点)、⑥慶應義塾図書館(約1000点)、⑦東京国立博物館(約160点)である。このうち①②③が対馬藩庁由来分、④が釜山倭館由来分、⑤⑥⑦が江戸藩邸由来分であることが分かっている。しかし、これらの宗家文書がどのような過程を経て現収蔵施設に至ったのかはあまり明らかにされておらず、近年研究代表者が対馬藩庁由来分についてその詳細を解明したところである。したがって、江戸藩邸由来分については全くの未着手と言ってもよい。本研究では対馬藩庁由来分の成果に学びながら、江戸藩邸由来分がどのような過程を経て現収蔵施設に至ったのかを明らかにする。
(2)研究の成果まずは「江戸御書札方 諸記録目録」(長崎県立対馬歴史民俗資料館所蔵「宗家文庫史料」)をExcel一覧表化し、それを「基礎台帳」とした。同時に所外共同研究員が、東京大学史料編纂所・慶應義塾図書館・東京国立博物館所蔵の宗家文書を、各施設の史料目録に基づいてExcel一覧表化し、「基礎台帳」との突合が行えるようにした。その結果、宗家文書のうち、おおよそ朝鮮通信使関係資料が慶應義塾図書館、対幕府・対藩関係資料が東京大学史料編纂所にあることが分かった。しかし、中には長崎県立対馬歴史民俗資料館や国史編纂委員会に所在するものが見られ、今後対馬藩の文書管理システムや、廃藩以降の文書の流れと併せて検討していく必要がある。短期間で効率的な突合作業が行えたのは、偏に鶴田啓代表科研・共同研究によって開発された「宗家文書横断検索システム」に拠るところが大きい。
また、その他の新事実も明らかとなった。江戸藩邸由来分は養玉院(対馬藩江戸菩提寺)に引き継がれ、南葵文庫に移った後に、その大部分が東京大学史料編纂所・慶應義塾図書館に収まった。しかし、養玉院を出た時点で、朝鮮本のいくつかは吉田東伍(歴史地理学者、『大日本地名辞書』編纂者)の手に渡り、それらが現在、新潟県立図書館、早稲田大学図書館に入っているのである。新潟は吉田の故郷であり、早稲田大学は吉田が教鞭をとったところで知られる。両施設ともに「吉田東伍旧蔵書」として受け入れを行っていることから、どれがその朝鮮本かは区別することができないが、江戸藩邸由来分の朝鮮本があること自体は確実である。さらに東京大学史料編纂所所蔵の宗家文書の中には、大正期に書店から買い求めたものが含まれており、必ずしも全てが南葵文庫引継ぎ分ではなかったことが明らかとなった。こうした事例から導き出せることは、①江戸藩邸由来分が所在する施設は何も東京大学史料編纂所・慶應義塾図書館・東京国立博物館の3ヶ所に限られないこと、②伝来の経緯も知られているものよりずっと複雑であった可能性が高いこと、の2点である。引き続き検証を積み重ねていくことで、宗家文書伝来の過程を詳細に明らかにしていきたいと思っている。

一般共同研究 研究課題 国宝「称名寺聖教・金沢文庫文書」の書誌学的復原研究-『薄草紙口决』を中心に-

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 貫井裕恵(神奈川県立金沢文庫)
所外共同研究者 小川剛生(慶應義塾大学)・佐藤愛弓(天理大学)・西岡芳文(上智大学)・福島金治(愛知学院大学)・三好英樹(大阪府教育庁)・梅沢 恵(神奈川立金沢文庫)
所内共同研究者 堀川康史・藤原重雄・遠藤珠紀
研究の概要 (1)課題の概要本研究課題では、国宝「称名寺聖教・金沢文庫文書」(称名寺所蔵・金沢文庫管理)の中世における原形態の復原を試みることで、聖教・紙背文書それぞれの研究資源化の方途を探る。具体的には「称名寺聖教」のうち、鎌倉時代末期に称名寺長老を務めた釼阿書写の『薄草紙口决』を扱う。本史料は、「称名寺聖教」全体の約7~8割を占める真言密教聖教の一点で、史料群の形成期を代表する。その紙背文書は、鎌倉幕府滅亡期の状況を伝える貴重な書状群であり、近年、小川剛生氏『兼好法師』(中公新書、2017年)にて披露された兼好の出自に関わる新知見は本紙背書状の再読にもとづき、文化史的観点からも注目される。金沢文庫流出分を含めた『薄草紙口决』・同紙背文書の全体を把握し、原形態を復原することで、中世東国社会における歴史・仏教文化の様相を解明する。本研究課題の試みは、聖教と紙背文書それぞれの復原による研究資源化のモデルを提示することにもなろう。
(2)研究の成果本研究では、国宝「称名寺聖教・金沢文庫文書」を題材とした、中世聖教史料の研究活用を企図している。具体的には、聖教あるいは書籍の復原を通じて、それらの紙背に残された古文書の研究資源化をはかりつつ、中世史研究の中でややたち後れている歴史学における聖教史料の活用の方途を示すものである。
本年度の研究課題では、『薄草紙口决』を中心とする称名寺第2代長老釼阿書写の聖教紙背文書を翻刻・校訂し、すでに刊行されている『金沢文庫古文書』(および一部を収録する『鎌倉遺文』『神奈川県史』)について、原本調査や聖教の復原を通じて精度をあげ、その成果を史料編纂所のユニオンカタログや鎌倉遺文フルテキストデータベースに反映させることを目的としており、研究経過を報告し、意見交換を行った。
『薄草紙口决』にやや先行して成立した蓬左文庫蔵『斉民要術』の原本調査を実施した。この書誌情報や紙背文書・墨映文書などの情報を盛り込み、詳細データを作成中である。上記とあわせて、報告書を作成予定である。

一般共同研究 研究課題 参詣曼茶羅図を中心とする富士山信仰史資料の総合的研究と公開

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 大高康正(静岡県富士山世界遺産センター)
所外共同研究者 阿部美香(昭和女子大学)・阿部泰郎(名古屋大学)・井上卓哉(富士市文化振興課)・猪瀬千尋(名古屋大学)・柴佳世乃(千葉大学)・三好俊徳(名古屋大学)
所内共同研究者 藤原重雄・及川 亘
研究の概要 (1)課題の概要富士山南麓には、中世/近世/近代を通じて形成・伝承された豊かな富士山信仰に関わる資料が散在する。まとまった史料群としては、村山修験の祖末代上人ゆかりの村山浅間神社の信仰資料(富士宮市教育委員会に寄託)や、富士下方五社の別当寺であった富士山東泉院伝来の顕密仏教の聖教資料(富士山かぐや姫ミュージアムに寄贈)などが挙げられる。これらの信仰遺産は個別に調査が進められてきたが、その全体を把握し歴史的関連のもとに位置付けることは、富士山信仰の総合的研究と情報共有の上で急務である。
そのための指標として、本研究は富士山信仰の象徴である富士参詣曼荼羅を活用し、富士山の信仰史資料の総合的研究と、整理保存に基づく公開を目指す。富士参詣曼荼羅は遥拝や登拝を行う富士山信仰の様相や登山信仰を、具体的に歴史的な流れの中に位置づけることを可能とする図像資料である。この作品群は全て富士山表口(大宮・村山口登山道)からみた景観を描く構図を持つことが特徴で、その他に一切経をはじめ儀礼書や唱導文芸など、時代や位相の異なる多様な信仰資料が存在している。これら資料の全体像を富士参詣曼荼羅を中心に把握し、アーカイブス構築する試みは本研究の独創的発想である。
(2)研究の成果富士山信仰のひとつの形態として、富士山・立山・白山の三山を廻る、起源が中世に遡る可能性のある「三禅定」と呼ばれた巡礼が行われていた。これら霊山では、参詣曼荼羅などの曼荼羅図が作成されている。この三禅定の曼荼羅図に描かれる世界観の分析を行い、比較検討を行うために、「絵解き」をテーマとした研究者および一般向けのフォーラムを名古屋大学で開催した。曼荼羅図の絵解きについては、その後も研究者・一般向けに、伊豆半島ユネスコ世界ジオパーク認定記念シンポジウムに参加、神奈川県立金沢文庫企画展「顕れた神々」関連ワークショップを開催した。
富士山南麓の富士山信仰に関わる資料群として、富士参詣曼荼羅や登山案内図といった絵画資料、登山記などの文献史料の調査研究、採録を行った。成果については、井上卓哉が登山記と登山案内図より、大高康正が富士参詣曼荼羅より研究報告をまとめ、『環境考古学と富士山』第3号に掲載した。鈴渓資料館では、富士参詣曼荼羅を伝来した愛知県常滑市の松栄寺に関わる小鈴谷村の富士講関係資料など48点の写真撮影を実施した。また、松栄寺の富士参詣曼荼羅は2018年11月募集の住友財団文化財維持・修復事業助成を大高が連絡担当者、所蔵者を申請者に申請を行い、2019年3月に助成金の獲得が内定した。2019年度に修復事業を実施予定。
富士山東泉院伝来の聖教資料より護持院隆光の関係資料を抜粋し、29点について改めて詳細調査を実施した。史料編纂所の史料蒐集事業の一環としては、富士山南麓地域に伝来した中世文書群・大宮司富士家文書(静岡県立美術館、静岡県立中央図書館所蔵)および両館所蔵の中世史料をデジタル写真撮影した。東泉院聖教の目録データと富士家文書等の撮影データを史料編纂所のHi-cat plus・ユニオンカタログに反映させ、研究者へも成果還元が期待できる。

一般共同研究 研究課題 中世石見国高津川流域の史料調査と研究

研究経費 49万6220円
研究組織 研究代表者 中司健一(益田市教育委員会)
所外共同研究者 目次謙一(島根県古代文化センター)・小杉紗友美(津和野町教育委員会)・倉恒康一(島根県古代文化センター)・長村祥知(京都文化博物館学芸課)・角野広海(島根県立石見美術館)
所内共同研究者 西田友広
研究の概要 (1)課題の概要本共同研究は、中世石見国高津川流域(島根県益田市西部、津和野町、吉賀町)の政治、流通・経済、文化などの実態解明を進めることを第一の目的とし、第二の目的として第一の目的を達成するために、これまで十分に進んでいない同地域の史料の調査と研究に取り組み、その研究資源化を実施する。具体的には、この地域の国人である益田氏と吉見氏、中小領主である内田氏・俣賀氏・安富氏、また長野荘等、この地域に展開した荘園等の関係資料を蒐集・調査・研究し、その成果を発表することで研究資源化する。
また、近年、目覚ましく進んでいる周辺地域(大内氏領国、毛利氏領国、益田氏をはじめとする御神本一族とその支配領域)についての研究成果や、隣接分野である考古学・美術史学の成果を積極的に取り入れる。
(2)研究の成果益田氏と吉見氏の関係に関する史料を幅広く収集し、新出史料(大阪青山歴史文学博物館所蔵「吉見家文書」、津和野郷土館所蔵「波多野家文書」等)の発見や、従来見落とされていた史料や史料の価値(毛利博物館所蔵「諸家文書」、平生町立平生図書館所蔵「長家文書」等)を確認することができた。また、大島本源氏物語や大井八幡宮の絵馬、上黒谷八幡宮の阿弥陀三尊像など、古文書以外にも当該地域の歴史を物語る文化財の価値を確認できた。
また、現地視察等により、当該地域の地理について理解を深めた。
これにより、これまで研究が進んでいなかった吉見氏の実像や吉見氏と益田氏の関係、地域の実情などについて考察する基礎が整った。また、大島本源氏物語、上黒谷八幡宮の阿弥陀三尊像や横山城跡などについて、その歴史的価値がより明らかになった。

一般共同研究 研究課題 和歌山県海草郡紀美野町小川八幡神社所蔵大般若経の研究

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 竹中康彦(和歌山県立博物館)
所外共同研究者 西本昌弘(関西大学)・大橋直義(和歌山大学)・坂本亮太(和歌山県立博物館)
所内共同研究者 山口英男・田島 公
研究の概要 (1)課題の概要和歌山県海草郡紀美野町に所在する小川八幡神社所蔵の大般若経(以下「小川八幡神社経」という)は、1978(昭和53)年に薗田香融氏によって学界に紹介されて以来、全600帖のうち、『日本霊異記』に登場する寺院において書写された120帖の天平写経が含まれていることから注目されてきた。その後、関西大学などの調査が行われ、一定の成果の報告がなされている。
しかし、従前の調査では墨消などによる未解読箇所も多く、また各経巻の伝来・集積に関わる後補部分については、十分な分析がなされているとは言いがたい。さらに、経巻を長期的に保存するためには、各巻のコンディションの確認作業が必要になるであろう。このたびの研究においては、こうした点を主眼として作業し、より充実した学術情報を蓄積するとともに、関連資料の調査も実施したい。
(2)研究の成果事前に熟覧・写真撮影を希望していた8巻については、予定通り熟覧(採寸・調書記入など)と写真撮影(複数の赤外線カメラなど)を行うことができた。その結果、一部の経巻においては、これまで釈読不能であった文字の判読をすることができた。同時に、転読の作業に関与させていただいたので、ほぼ全巻にわたって経巻の全体的なコンディション(糊離れや虫食の状況、経巻の収納秩序など)を把握することができ、今後の本格的な調査を行うにあたり、必要な情報を得ることができた。なお、転読の際に用いられる釈迦十六善神像の調査も行い、その収納箱の底に、糊離れで分離・脱落した複数の経巻の断簡が収められていたことが明らかになったので、今後大般若経テキストデータを用いて、もとの経巻に復元することが必要であろう。
なお、当該大般若経だけでなく、大般若経研究の際に考慮しておくべき、他地域からの移動による経巻の取り合わせについての調査を行った。その結果、これまで把握していた事例に加え、紀州から移動した経巻にかかる新たな事例を確認することができた。あわせて、文化財(典籍)指定における大般若経の実態、自治体史における取りあげ方の傾向、神仏分離令における地域による処分の差異などの検討を行った。

一般共同研究 研究課題 プリンストン大学図書館所蔵吉野山修験関係史料の保存・利用のための研究

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 トーマス・コンラン(プリンストン大学)
所外共同研究者 野口契子(プリンストン大学)・近藤祐介(鶴見大学)
所内共同研究者 榎原雅治・高島晶彦・谷 昭佳
研究の概要 (1)課題の概要プリンストン大学図書館が所蔵する「桜本坊文書」は、吉野山修験に関する中世~近世の文書群で、総数は約130点、うち慶長以前のものが約60点である。吉野は修験の重要な拠点の一つであるが、その実態を知りうる中世文書は日本国内でもほとんど知られておらず、中世の修験研究のための貴重な史料であることはまちがいない。しかし、この文書は、断簡が多いうえに、傷みも激しく、公開できる状態ではない。本研究計画では、史料編纂所と協力して、この文書に保存のために必要な措置を加えたうえで、判読・公開可能な写真の撮影、ならびに断簡の接続などに関する調査を行う。さらに、内容を詳しく調査して、一点ごとの目録を作成し、写真画像とともにWebによって公開する。
(2)研究の成果全点目録と中世文書の翻刻は、2019年度の再調査と再撮影を経て、榎原が『東京大学史料編纂所研究紀要』に投稿する予定である。また、修理を加えたのちの撮影画像を、プリンストン大学コンラン研究室のホームページと、史料編纂所の所蔵史料データベースによってWeb公開する予定である。

一般共同研究 研究課題 江戸城本丸御殿平面図・間取図の収集と研究資源化に関する研究

研究経費 42万3000円
研究組織 研究代表者 小粥祐子(東京都公文書館)
所外共同研究者 松尾美惠子(学習院女子大学名誉教授)
所内共同研究者 杉本史子
研究の概要 (1)課題の概要本研究は、東京大学史料編纂所をはじめ、全国各地の史料保存機関の目録・Web上のデータベース等あるいは図録などの出版物等に掲載されている江戸城本丸御殿の平面図・間取図の情報を集約し、研究資源化を検討した。
江戸時代、徳川幕府の政庁であった江戸城本丸御殿については、幕府の様々な組織変革の中で御殿の間取や部屋名に様々な変更が加えられてきた。本丸御殿の平面図・間取図は、東京大学史料編纂所をはじめ全国各地の博物館・公文書館・古文書館・図書館など史料保存機関にあることがわかっているが、これらの平面図・間取図の書誌情報・画像等のデータを1か所にまとめたものは未だ作られていなかった。
そこで本研究では、本丸御殿の平面図・間取図および書誌情報・関連史料を収集・整理し、研究資源として整備した。
また、目録・図録から抽出した江戸城本丸御殿の平面図・間取図のデータを基に、実際に原史料の調査も行った。
(2)研究の成果本研究では、江戸城本丸御殿の平面図・間取図(図面と略記する)の所在および書誌情報を収集・整理し、研究資源として整備した。所在および書誌情報の収集にあたっては、①東京大学史料編纂所図書室所蔵の展覧会図録、②大名家・旗本家伝来史料のデータベースと目録を活用した。①については代表者が行い、②については吉川紗里矢氏の協力を得た。
① 東京大学史料編纂所図書室所蔵の展覧会図録から江戸城本丸御殿に関連する展示図録を選び出し調査した結果、18枚の江戸城本丸御殿絵図の所在を見出すことができた。
② 大名家・旗本家伝来史料のデータベースと目録では、50枚以上の江戸城本丸御殿絵図の所在を確認することができた。
以上の成果は、東京大学史料編纂所附属画像史料解析センタープロジェクト「江戸城図・江戸図・交通史および関連史料の研究」と合同の『研究成果報告書』(300頁)にまとめた。
江戸城本丸御殿に関する図面は、各目録で区々の名称がつけられており、本研究で収集したデータをもとに原本調査によって確認することが必要である。たとえば、図録・データベースおよび目録から抽出した江戸城本丸御殿の平面図・間取図のデータを基に、東京都公文書館と西尾市岩瀬文庫において調査を行った結果、東京都公文書館蔵と西尾市岩瀬文庫蔵とに酷似する図面が見つかった。また、所内共同研究者により、山口県文書館においても類似の事例が確認された。このような成果は個人研究では得ることが困難であり、共同研究として実施する有効性が実証された事例と言える。本研究で得られたデータは、今後のさらなる共同研究の可能性を下支えするものといえる。

一般共同研究 研究課題 画像解析技術に基づく石造遺物研究資源化に向けた調査研究

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 上椙英之(国文学研究資料館)
所外共同研究者 七海雅人(東北学院大学)
所内共同研究者 菊地大樹・井上 聡
研究の概要 (1)課題の概要石造遺物の研究資源化を目的としたアーカイブ構築の際には、史料全体の記録保存を前提としつつも、歴史研究の立場からは特に判読可能な画像を保存することが望まれる。しかし多くの場合、風化した文字を通常撮影画像で判読することは難しく、画像はあくまで史料の概況を示すに留まる。そこで文字情報の提示は主として調査者の翻刻テキストに依拠する場合も多く、第三者による批判・検討が難しい状況にある。従来、判読可能な画像を取得する方法としては拓本が選択されてきた。拓本は客観的な文字情報を保存するうえでも優れた手法であるが、史料への接触が必須であるため原蔵者より許可されない場合がある。また、作成に時間が掛かる上に技術の習熟も求められる。
本課題では、上記の諸問題を解決するために申請者が開発した、非接触・非汚損で拓本と同程度の文字情報を保存できる画像処理手法(以下、光拓本)を使用して、より合理的な石造遺物デジタルアーカイブの構築を目指したい。史料編纂所においては、すでに所蔵拓本の研究情報およびデジタル画像を活用した金石文拓本データベースを公開しており、かつ所蔵拓本コレクションの充実および金石文史料研究の推進を目的とした新規調査による拓本収集も進められている。こうした蓄積を有する史料編纂所と協業することで、従前にはない新たな調査スタイルの策定およびデジタル拓本アーカイブの形成を提言したい。将来的に、史料編纂所の金石文調査研究に生かしてゆく可能性を共同で探るきっかけともなろう。
(2)研究の成果宮城県石巻市および仙台市に所在する板碑について現地調査を実施した。これにより、ここ20年ほどのあいだに移動・消滅した板碑が複数あることを改めて確認した。対象を研究資源化する過程では、自己の研究に有益な情報を吸収することに興味関心が集中しがちであるが、宮城県が東日本大震災の被災地であるという研究対象を取り巻く現実状況を忘れてはならない。加えて、過疎化・都市化という両面の問題が文化財の保全に与える深刻な状況に対し、定期的に学術的調査を実施することの重要性が改めて認識された。
研究代表者上椙英之は、主として近世以降の津波碑等を対象として従来から開発してきた光拓本の技術を、はじめて中世の板碑に応用した。その結果、この技術が板碑調査にも有効に活用できることを改めて確認した。いっぽう、粘板岩としての井内石には、表面加工上、近世以降の石碑とは異なる特徴もあり、陰影の記録法などにおいて、さらに史料の特徴に即した工夫が必要であることも認識された。上椙はあらたにiPadを購入し、得られたデータを整理分析するとともに、さらに技術改良に取り組むための準備を進めた。
他の共同研究者はいずれも、紙本拓本の採集に関して豊富な経験があり、山口栄記氏宅板碑群についてはとくに、同じ対象を光拓本と紙本拓本の両方の方法において記録することに成功し、現地において簡単に比較検討を行い、今後さらに詳細な研究が可能であることを確認した。
あわせて、現地の状況に精しい七海雅人の教示により、仙台平野の主要な板碑群の特徴を把握できたことにより、個別の対象を超えた広い視野から、石造遺物の研究資源化の方向性を考察することができた。

一般共同研究 研究課題 中世南九州仏教文化の総合的研究

研究経費 50万円
研究組織 研究代表者 高橋典幸(東京大学)
所外共同研究者 高橋公明(名古屋大学名誉教授)・時枝 務(立正大学)・ 関 周一(宮崎大学)・橋口 亘(南さつま市教育委員会)
所内共同研究者 畑山周平・小瀬玄士
研究の概要 (1)課題の概要南九州には中世以来の寺院が数多く存在したが、明治の廃仏毀釈により、その多くが廃絶し、関係史料が失われたため、中世仏教や寺院に関する研究は立ち遅れた状況にある。ただし関係史料(主として文献史料)のなかには隠滅をまぬがれ、各地に散逸したものも少なくない。また現地には、五輪塔などの金石文資料や、寺院遺構や墓塔など、仏教遺物も数多く残されており、研究を進める余地は残されている。本研究では、これら各地に散在する関係史料の調査・収集・研究を進め、その所在・概要を明らかにするとともに、現地に残された仏教遺物を調査・研究して、その歴史資料化を図り、両者を総合して中世南九州における仏教文化研究を前進させることを企図するものである。
(2)研究の成果宮崎県下において行なった調査においては、共同研究員の尽力により、現在のところ十分に調査が行なわれていない、麟祥院所蔵史料や法華岳薬師寺所蔵史料の調査が可能となった。とくに麟祥院所蔵の大般若経については、貴重な宋版も含んでいることを確認した。
鹿児島県下において行なった調査においては、共同研究員の尽力により、重要文化財に指定されている新田神社文書11巻と制札1点について、調査・撮影の許可を得て、初のデジタル撮影を実施した(260コマ)。これまではマイクロ画像のみが存在していたが、デジタル画像の利用により、朱書や紙背等を細かく観察することが可能になり、研究資源としての活用が見込まれる。
また宮崎・鹿児島県下寺院跡に所在する石塔を中心とする石造物の調査によって、鎌倉期以降中世全期に亘って石塔が豊富に残されていること、石材についても多様なものが用いられていることを確認した。とくに石材の流通については海路の点からも検討すべきと判断し、海路関係史料の調査・撮影も実施した。川内歴史資料館所蔵史料(65コマ)、阿久根市郷土館所蔵史料(202コマ)については、これまで史料編纂所において調査・撮影を行なっていなかった史料である。とくに阿久根市郷土館所蔵史料については、トカラや琉球との航路に関する史料を含んでおり、今後更なる研究の進展、活用が期待される。