東京大学教養学部美術博物館特別企画展示
「王朝貴族の装束展―衣服を通して見る文化の国風化―」のご案内

   (『東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター通信』29、2005年4月)


 東京大学教養学部(駒場Tキャンパス)の美術博物館にて、標記の企画展が開催されます。この展示は、美術博物館で所蔵する有職装束類を中核として、その歴史的な性格を踏まえながら、衣服を中心とする生活文化の歴史に焦点をあてるものです。
 美術博物館所蔵資料の重要な一角を占める有職装束類は、一九一五(大正四)年に京都で行われた大正天皇の皇位継承儀礼に際して製作・使用されたものです。おおよその内わけは、皇族用の黒袍衣冠・六位衛門相当の縹(はなだ)闕腋束帯といった男性貴族の様式の装束、采女・内掌典といった女官の様式の装束、火炬手(かこしゅ)・駕輿丁(かよちょう)・白張(はくちょう)・口付役といった下級職員の様式の装束に分類されます。一組一組が完全な揃いでは伝わっていないのが惜しまれますが、諸階層の様式のものを幅広く含んでいることが特徴です。
 すでに九〇年の歳月を経て傷みが激しくなったものもあり、この展覧会の開催に先立って、田装束研究所に修補を依頼しています。田装束研究所は、数百年の歴史をもって現在も宮廷装束を調製しており、美術博物館所蔵資料の一部もその製作になります。こうしたゆかりもあって、今回の展示では田装束研究所からの全面的なご指導・ご協力を仰ぎました。とりわけ、有職装束を代表するといってよい皇族男性用の黒縫腋束帯と同女性用の五衣・唐衣・裳をご出陳にあずかり、さらに美術博物館所蔵の装束についても揃いに欠けた品々を補って、可能な限り正確に人形へ着せ付けていただきます。同時期のさまざまな装束が、用いられたときの姿で一同に会することは、この企画の一番の目玉といえましょう。

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 一方この展示では、これら装束群の歴史的背景にも注目します。ここでも、田装束研究所の長年の研究にもとづく「かさねの色」の裂見本や復元装束の写真などを多数拝借し、その知見に沿って服装の歴史を視覚的に提示します。あわせて史料編纂所では、美術博物館の構想をふまえ、具体的な展示史料・図版を選定し、典籍類を出陳しています。
 いわゆる「国風化」「国風文化」には、ふたつの側面があります。ひとつは、平安時代初期から中期にかけて、脱大陸風文化を価値あるものとし、「唐」に対するもうひとつの規範として「和」を立ち上げてゆく動向です。ふたつめは、こうして形づくられた平安時代の様式を、中世以降、古典様式として維持・復興してゆこうという営為です。今回展示される近代製作の有職装束群には、この二つの性格が流れ込んでいます。すなわち、大枠としては平安時代に成り立った衣服の体系や形態に従いながら、一方では、近世以来の有職故実の伝統にもとづき復古的に再現された要素を含み、近代国家を挙げて行われた一大行事を構成するものです。
 今回は展示室の規模からも、前者の側面が中心となります。それでも、文学・美術・宗教など、文化の諸方面で起こったとされる「国風化」全般を取りあげることは、あまりに広範にわたります。この展示では、衣服を中核に据え、密接に関連する食事・住居といった生活文化における、平安・鎌倉時代の様式の形成と変化を概観します。服装については、大陸風の礼服・朝服から、柔装束の束帯・衣冠・直衣や女房装束(俗に言う十二単)が主役を占め、院政期の流行に端を発した強装束が正装化し、着付けを行う装束師が家業となってゆくまでをたどります。食事については、相対的に史料の恵まれる天皇の周辺における変化を取りあげます。そこでは自ずと、生活の場であり、儀式の場でもある清凉殿に焦点が当てられます。加えて、いわゆる寝殿造に関わる史資料を提示します。
 「国風文化」の後者の側面、すなわち平安時代を古典様式の完成期と見なす歴史意識の形成には、室町時代から江戸時代中頃にかけての動向が重要ですが、今回の展示では割愛しました。近世の故実研究の事例として、『大内裏図考証』を著した裏松固禅の関係史料を紹介します。一八世紀末の寛政度の内裏再建は、有職故実が現実的な要請とも密接に関連していたことを象徴的に示しています。今回史料編纂所から出陳される典籍類に慶長以前の古写本等が含まれず、眼の肥えた方々には物足りないかも知れません。しかしこれらの写本類は、近世の有職故実家や公家たちによって書写されており、朱筆による傍注や校訂、内容を検討した頭書は故実研究の営み伝えるもので、近代有職装束の歴史的前提といえます。

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 美術博物館所蔵の装束群の伝来を遡ると、史料編纂所にも縁あるものでした。附属する目録によると、一九二七(昭和二)年−おそらく大正天皇葬儀の時期とかかわって−文部省から東京帝国大学に保管転換となり、「史料ニテ保管」されています。裏づけとなる文書が見い出されていませんが、この「史料」は史料編纂所(当時は文学部史料編纂掛)と考えられ、その後は文学部考古学研究室の保管となり、一九五一年に美術博物館が創設されてまもない頃、同館に譲り渡されています。
 今回の展示にあわせて、史料編纂所および附属画像史料解析センターでは、美術博物館所蔵分の調査・撮影を行い、美術博物館と共同で図版目録を刊行します。史料保存技術室の尽力によって撮影を完了し、現在、展覧会場にてお頒ちできるよう準備を進めています。こちらもどうぞご覧下さい。  (藤原重雄)


東京大学教養学部美術博物館
 「王朝貴族の装束展―衣服を通して見る文化の国風化―」

   二〇〇五年五月一七日(火)〜六月一二日(日) 月曜日休館
   一〇時〜一八時(入館は一七時三〇分まで) 入場無料
     主催 東京大学教養学部・美術博物館
     展示協力・指導 田装束研究所
     協力 東京大学史料編纂所


東京大学史料編纂所古代史料部藤原重雄論文目録