研究課題
イェール大学をはじめとする米国大学所蔵日本関連資料の再活用による日本研究の推進
(大学共同利用機関法人人間文化研究機構による日本関連在外資料調査研究事業に関する委託による)
研究期間
2010年度-2015年度
連携実施機関・研究代表者
東京大学史料編纂所・教授 近藤成一
研究組織
東京大学史料編纂所 | 教授 | 近藤 成一 | (研究総括) |
東京大学史料編纂所 | 教授 | 山家 浩樹 | (中世史料研究担当) |
東京大学史料編纂所 | 教授 | 小宮木代良 | (近世史料研究担当) |
東京大学史料編纂所 | 教授 | 高橋 敏子 | (中世史料研究担当) |
東京大学史料編纂所 | 准教授 | 遠藤 基郎 | (中世史料研究担当) |
東京大学史料編纂所 | 助教 | 西田 友広 | (中世史料研究担当) |
東京大学史料編纂所 | 技術専門職員 | 高島 晶彦 | (史料修理担当) |
東京大学史料編纂所 | 技術職員 | 山口 悟史 | (史料修理担当) |
研究の目的・意義
イェール大学をはじめとする米国大学に所蔵されている日本関連資料について、日本側研究者と米国側研究者の共同作業として、内容的検討を行い、その価値についての認識を深め、再活用する手段を講じる。
在外日本関連資料は単純に「流出」したものではなく、日本理解・日本研究推進のための「大使」として「派遣」されたものである。長年月の間にその意義が忘れ去られ、死蔵されている傾向のあるそれら資料の再活用をはかることは、外国における日本研究の再活性化と日本文化の再評価に寄与する意義が認められる。
研究計画の概要・研究方法
・イェール大学をはじめとする米国大学の所蔵する「日本関連資料」に関する従来の調査・研究の成果を総括し、目録のあるもの、データベース化されているもの、撮影されているもの、WEB公開されているものなど、利用の便の状況についてまとめる。
・上記の総括により、調査の不十分なものについては、調査を補い、撮影の必要なものについては所蔵機関との協議により、可能な形で撮影を行う。
・当該史料を地球規模での共同研究の対象とするため、WEB上に仮想研究空間を構築する。
研究実績
1)研究の達成状況
①イェール大学バイネキ稀覯本・手稿図書館の所蔵する日本関連資料のうちJapanese MSSに分類されているものについて、2010年12月(事前打ち合わせ)、2011年3月、10月、2012年3月、10月、2013年10月、2014年12月、2015年1月、3月の合計9回系統的に調査し、調書を蓄積した。
②イェール大学バイネキ稀覯本・手稿図書館の所蔵する日本関連資料のうち、Yale Association of Japan(「エール大学同人」「イェール日本協会」など日本語名称にはばらつきがある)から1934年に寄贈された史料(YAJ Collectionsと略称されている)については、Yale Association of Japan自体が作成した目録CATALOGUE OF Books, Manuscripts and Other Articles of Literary, Artistic and Historical Interest, Illustrative of the Culture and Civilization of Old Japan Presented to Yale University, U. S. A.と朝河貫一が作成した目録GIFTS OF THE YALE ASSOCIATION OF JAPANがある。両方とも日本国内では入手しがたい稀覯本になっているので、イェール大学の蔵書のコピーから翻字し、日本語に反訳した。
③イェール大学バイネキ稀覯本・手稿図書館の所蔵する日本関連資料のうちに、1907年朝河貫一の収集になるものが相当数含まれるが、朝河の収集はイェール大学と議会図書館の両方の依頼を受けたものであるため、2013年3月に議会図書館に出張し、議会図書館所蔵の朝河収集本の調査を行った。
④イェール大学バイネキ稀覯本・手稿図書館の所蔵する日本関連資料のうち、古文書に関しては、1点目録を東京大学史料編纂所公開「日本古文書ユニオンカタログ」に登録し、イェール大学バイネキ稀覯本・手稿図書館のウェッブサイトより画像が公開されているものについて、リンクを張った。
⑤①により作成した調書と関連する論考による報告書を2015年度に刊行すべく準備中である。
⑥YAJ Collectionsについて東京大学史料編纂所が撮影した画像データ(2010-2012年に東京大学史料編纂所において修補した「古文書張交屏風」貼付文書についても含む)や①の調書データは、すべてイェール大学に提供した。イェール大学側では、画像データについてはBeicnecke Digital Collectionsのサイトに掲載し、調書についてはその内容を取捨してオンラインカタログOrbisに取り入れるかたちで活用する計画と聞いているが、イェール側のペースで作業が進められている。
2)各研究プロジェクト間及び他大学との連携状況
イェール大学所蔵日本関連資料のうちで量的にも質的にも比重の大きい「京都古文書」調査のために、2011年10月と2015年1月の2回、近世京都研究の第一人者である杉森哲也放送大学教授に調査に参加していただき、2011年10月にはワークショップにおいて調査結果を紹介していただいた。2015年3月に開催されたシンポジウムにおいては、杉森教授による調査成果も踏まえた上で、ダニエル・ボツマンイェール大学教授が、「京都古文書」についての研究成果を発表した。
2013年12月に京都大学で開催されたPNC京都会議、人間文化研究機構のセッションに、近藤成一が参加し、イェール大学の日本関連コレクションについて、ウェッブによる利用とその効用を中心に発表した。
2014年2月にドイツ、ボーフム・ルール大学において人間文化研究機構の主催、ボーフム・ルール大学の共催で開催された国際シンポジウム「シーボルトが紹介したかった日本―欧米における日本関連コレクションを使った日本研究・日本展示を進めるために―」に近藤成一が参加し、イェール大学の日本関連コレクションについて、「シーボルトが紹介したかった日本」に対比して「朝河貫一・黒板勝美が紹介したかった日本」のコンセプトで発表した。
本プロジェクトの成果を踏まえて、イェール大学の主催により2015年3月に国際シンポジウム“Treasures from Japan: An International Conference on Pre-Modern Books and Manuscripts in the Yale University Library”が開催されたが、今西祐一郎人間文化研究機構理事・国文学研究資料館長、鈴木淳国文学研究資料館名誉教授をはじめとする日本からの出席者による発表も行われた。
早稲田大学文学学術院は、「近代日本の人文学と東アジア文化圏」というテーマで「私立大学戦略的基盤形成事業」に採択され、2015年12月5日(土)にシンポジウム「朝河貫一と日本中世史研究の現在」を開催したが、イェール大学図書館のハルコ・ナカムラ氏、立教大学准教授佐藤雄基氏が発表し、近藤成一がコメンテーターとして加わった。ナカムラ、佐藤の発表、近藤のコメントは本プロジェクトによる調査・研究成果を踏まえたものである。
3)国際連携・協力の達成状況
主たる連携先であるイェール大学との連携については、当初予想していた以上に、イェール大学側が積極的に対応してくださった。
2011年夏にはイェール大学からケイメンス、ボツマン両教授、ミシガン大学からトノムラ教授が来日し、東京大学史料編纂所の榎原雅治、近藤成一とともに、1950年代にミシガン大学日本研究センターが岡山県において実施した調査の足跡を追跡した(同センター所長を務めたホール教授がイェール大学に移籍し研究資料の相当部分がイェール大学に保管されてきたことによる)。
バイネキ稀覯本・手稿図書館の所蔵する「古文書張交屏風」貼付文書を東京大学史料編纂所において修復し、2012年7月に返還したが、イェール大学ではこの事業連携を大きく受け止め、ボツマン教授が自身のブログ(http://botsman.commons.yale.edu/)で紹介するとともに、2012年10月5日にはThe Tale of the Japanese Folding Screens: A Journey from Japan to Yale (and back…)と題する講演会を開催した(http://www.library.yale.edu/eastasian/news/)。
バイネキ稀覯本・手稿図書館は、本プロジェクトの成果を積極的に受け留め、2015年1月16日より4月2日までバイネキ図書館において展示“Treasures from Japan in the Yale University Library”を開催した。またその展示のために図録も作成した。本プロジェクトは展示品の選定、解説の執筆、図録の編集等に積極的に協力した。さらにこの展示にあわせて、イェール大学のCouncil on East Asian Studiesの主催により、2015年3月5日6日に国際会議“Treasures from Japan: An International Conference on Pre-Modern Books and Manuscripts in the Yale University Library”が開催され、本プロジェクトからも4人の発表者を含む7人が参加し、北米の多くの大学からの参加者と活発な議論をかわした。人間文化研究機構からは今西祐一郎・榎原雅治両理事がご出席くださり、また石上英一前理事がイェール大学からの招聘により出席された。
4)国内外の研究者の育成状況
2011年度より2013年度まで日本学術振興会特別研究員として東京大学史料編纂所に所属した佐藤雄基氏は、本研究課題の研究代表者である近藤の指導の下で、イェール大学教授として英語圏における日本中世史研究の基礎を築いた朝河貫一(1873-1948)の史学史的研究を研究課題の一つとし、イェール大学の所蔵する朝河文書も調査した上で、研究成果を発表している(「朝河貫一と比較封建制論序説」『歴史評論』732号、2011年4月、「朝河貫一の比較封建制論の再評価をめぐって―イェール大学図書館所蔵「朝河ペーパーズ」の紹介―」『歴史評論』708号、2009年4月、「イェール大学図書館所蔵朝河貫一文書(朝河ペーパーズ)の基礎的研究」『東京大学日本史学研究室紀要』13号、2009年3月)。同氏は2014年4月に立教大学に就職し、現在は准教授となっているが、朝河貫一研究は継続しており、2015年12月5日(土)に早稲田大学文学学術院が開催するシンポジウム「朝河貫一と日本中世史研究の現在」においても発表を予定している。
イェール大学側では、ボツマン教授の指導する大学院生キャサリン・マツウラさんが、イェール大学の所蔵するサミュエル・ウィリアムズ文書(ウィリアムズはペリー艦隊に通訳として加わり、その文書のうちには、密航を企てた吉田松陰がペリーに訴えた文書の原本が含まれる)の調査を行い、本 プロジェクトによるワークショップで成果を発表した。これは本プロジェクトによる直接の成果であるが、より重要なのは、イェール大学の教授たちが本プロジェクトに触発されて、日本関連資料を用いた独自の研究を進め、さらに日本側とも連携しながら学生の指導を行っていこうとしていることである。すでに2012年9月に杉本史子東京大学史料編纂所教授が招聘されて古絵図に関する講演を行っているが、2014年度にはボツマン教授が朝河文書を用いた授業を行い、さらに2016年に杉森玲子東京大学史料編纂所准教授を招聘して「楢崎家記録」(江戸の竹商人の記録)を用いた授業を行うことが企画されている。
5)研究成果の公表状況
ワークショップ(すべてイェール大学内で開催)
2011年3月18日 | 西田友広 |
2011年10月7日 | 榎原雅治、杉森哲也、杉本史子、Robert Goree、Fabian Drixler、佐藤孝之、西田友広、 和田幸大 |
2012年10月5日 | 榎原雅治、Katherine Matsuura、高橋敏子、西田友広、松澤克行、大内英範 |
2013年10月4日 | Josh Frydman、Edwar Kamens、榎原雅治、荒木裕行 |
国際シンポジウムTreasures from Japan: An International Conference on Pre-Modern Books and Manuscripts in the Yale University Library 2015年3月5日6日
近藤成一、増井由紀美、William Fleming、陶徳民、Daniel Botsman、Peter Kornicki、西田友広、榎原雅治、Edwar Kamens、鈴木淳、杉森玲子、佐藤孝之、久留島典子、今西祐一郎、E. C. Schroeder
図録Treasures from Japan in the Yale University Library 2015年1月 3000部
本プロジェクトより近藤成一が編者に加わり、荒木裕行、榎原雅治、近藤成一、佐藤孝之、杉森玲子、高橋敏子、西田友広が解説を執筆。
論稿
近藤成一、(2011)、「イェール大学所蔵「古文書貼り交ぜ屏風」の修補」、『東京大学史料編纂所画像史料解析センター通信』、52、pp12-13、東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター
西田友広、(2012)、「イェール大学所蔵『元徳二年後宇多院七回忌曼荼羅供記』について」、『東京大学史料編纂所研究紀要』、22、pp109-120、東京大学史料編纂所
菊地大樹、(2012)、「イェール大学所蔵『応永三十二年具注暦』について」、『東京大学史料編纂所研究紀要』、22、pp.121-140、東京大学史料編纂所
西田友広、(2012)、「嘉靖二十六年六月五日寧波府諭の写本について」、『東京大学史料編纂所画像史料解析センター通信』、57、pp4-8、東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター
近藤成一、(2013)、「イェール大学所蔵の播磨国大部庄関係文書について」、『東京大学史料編纂所研究紀要』、23、pp1-21、東京大学史料編纂所
和田幸大、(2014)、「イェール大学所蔵『手鑑帖』所収、極札「源俊頼朝臣ねかはくは」の一葉について」、『東京大学史料編纂所研究紀要』、24、pp36-52、東京大学史料編纂所
近藤成一、(2014)、「イェール大学所蔵日本関係資料について」、『人間文化研究情報資源共有化研究会報告集』、5、pp63-75、大学共同利用機関法人人間文化研究機構
近藤成一、(2015)、「イェール大学の日本関連コレクション」、国立歴史民俗博物館編『シーボルトが紹介したかった日本―欧米における日本関連コレクションを使った日本研究・日本展示を進めるために―』、pp55-63、大学共同利用機関法人人間文化研究機構
ウェブサイト
「古文書張交屏風」の修理については東京大学の以下のサイトにおいて紹介されている。
http://todai-yale.jp/activities/news-events/76_jp.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/academic_j.html?start=40
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/pdf/220809.pdf
研究経費
総額 25,296千円
(内訳:平成22年度 5,000千円、平成23年度 4,700千円、平成24年度 4,465千円)
平成25年度 4,331千円、平成26年度 5,800千円、平成27年度 1,000千円)
自己評価
イェール大学における史料調査の実施、ならびにその成果の公開において、当初意図した以上に顕著な成果をあげることができたと考えているが、それは専らイェール大学側が積極的に対応してくださったことにより、それは双方の信頼関係に基づいている。本プロジェクトは2010年度に始まったが、それ以前の2006年に東京大学史料編纂所としてイェール大学の所蔵する日本関連資料の体系的調査を行って、その成果を提供しており、今回のプロジェクトはその継続として理解されたし、またたまたまその時期に発足した東大・イェールイニシアティブが2008年3月に日本関連資料に関するワークショップを行っていたことも、本プロジェクトが発足する地ならしとなっていた。
イェール大学を対象に選んだのは、そういう実績に基づき、確実に成果を上げ得る確信を持てたからではあるが、実際の成果は予想した以上であった。しかも本プロジェクトにより日本から出張した我々が現地で発見した(そういう資料ももちろんたくさんある)よりも、本プロジェクトに対応することでイェール側のスタッフが新たな資料を発見したことの意義がはるかに大きいと考える(その一端は2015年12月5日に早稲田大学小野講堂において発表される予定である)。新資料の発見というだけではなくて、史料を活用した研究、学生指導を積極的に進める意欲をイェール側が持ってくださり、本プロジェクトが終了しても、東京大学史料編纂所と連携しならがら、なおそれを継続しようとしてくださっているのは、「米国大学所蔵日本関連資料の再活用による日本研究の推進」を課題に掲げた本プロジェクトの将来につながる大きな成果であると考えている。