朱印船のアジア史的研究

科学研究費補助金 基盤研究(B)2015~2018年度 課題番号:15H03236
朱印船のアジア史的研究:16~17世紀、日本往来の「国書」と外交使節

鹿島学術振興財団研究助成 2015~2016年度
朱印船のアジア史的研究:16~17世紀、日本往来の「国書」と外交使節
The Red-seals Ships in the Asian Settings: ‘State Letters’ and Envoys Sent To and From Japan in the Sixteenth and the Seventeenth Centuries

三菱財団人文科学研究助成 2017年10月~2019年3月
朱印船のアジア史的研究:16~17世紀、日本往来の「国書」と外交使節

本研究の趣旨

 本研究は、16~17世紀に東・東南アジア諸国やヨーロッパ勢力と日本(足利政権、戦国大名、豊臣政権、徳川政権)との間で交わされた「国書」と通航証(朱印状など)の分析を目的とします。「国書」の往復による王権間の関係(外交)が朱印船の前提として必要であったと考えるからです。

 「国書」という言葉は歴史の教科書や概説書にはよく出てきますが、学問的に研究されたことはほとんどなく、きちんと定義されたこともありません。本研究では「国書」とは何かという具体的な考察から出発します。従来さまざまな議論がある(異国渡海・渡航許可)朱印状についても、概念の再検討・再定義を試みたいと思っています。

 そして、明の衰退やヨーロッパ船の来航によって近世的な「通信・通商体制(仮)」が生まれてくる過渡期における、航海の安全保障と貿易の信用付与をする通航証システムとしての「朱印(船)」を考察します。つまり、朱印船の経済活動ではなく、外交関係に着目する試みです。

 その際、朱印船を受け入れた王権(具体的にはトンキン、コーチシナ、カンボジア、シャム)を視点にしてみた場合どのように見えるのかも合わせて考えます。安易な日本中心主義、中国中心主義に堕することなく、同時期の環シナ海の国家間関係の束として外交や通航管理の問題を捉えることを目標としています。

 これは、単に日本史の研究ではなく、前近代の外交から見た世界史を構築する試みの第一歩でもあります。「主権国家体制」「西洋国際秩序」「華夷秩序」「朝貢システム」といった概念からではなく、具体的な外交のやり方から検討を試みようとしており、海外への発信も考慮しています。

代表者 松方冬子

参考文献

松方冬子「一七世紀中葉、ヨーロッパ勢力の日本遣使と『国書』」松方冬子編『日蘭関係史をよみとく (上) つなぐ人々』臨川書店、2015年6月
松方冬子「特別展『品川から世界へ サムライ海を渡る―幕末明治の日本と外交使節団―』を見て」『品川歴史館紀要』30号、2015年3月

Our Project:

In the autumn of 2013, the Historiographical Institute of the University of Tokyo exhibited its holdings related to Japan’s foreign relations. Among the items exhibited were manuscript copies of Khmer documents sent to Japan between the beginning of the seventeenth century and the middle of the eighteenth century. These are the only extant examples of written Khmer of this period in the world. Unfortunately, they are not the originals, but hand copies by Kondo Juzo, an eighteenth-century Japanese scholar. Kondo did not read Khmer, so he copied the shape of characters. Kitagawa Takako, an expert of Cambodian history, has deciphered them and translated them into both Japanese and English. Most of the letters were correspondence between the Tokugawa shogun in Japan and the Cambodian king. The letters from the Cambodian kings were written in Khmer and accompanied by Chinese copies, while the Tokugawa shogun sent only letters written in Chinese. Okamoto Makoto, a specialist in medieval Japanese history, helped Kitagawa by reading the Chinese letters. When they presented their findings at a symposium in Tokyo, I served as a commentator. That was beginning of our project.

Some of the letters mention the red-seal ships (shuin-sen). We realized that this sort of correspondence should be the basis for an understanding of the purpose of the red-seal passes.

Our intent is as follows:

First, we want to introduce a Southeast Asian perspective into the study of the red-seal passes (shuinjo). The Cambodian king asked the Tokugawa shogun to issue the passes in order to limit the number of Japanese junks visiting Cambodia, thus we have to see the origin of the pass system from the Southeast Asian side.
Second, we would like to know the common sense which the both sides shared in such exchange of letters.  In Japan, the word kokusho (state letter or diplomatic letter) is very familiar in diplomatic history, but its origins and evolution have yet to be subject to academic analysis. What, then, is a kokusho?
I now incline to believe that the foundation of diplomatic relations around the China Seas was not a system of exchange of diplomats, as in Europe in the same period. Instead, until the nineteenth century, formal relations were maintained through frequent correspondence between monarchs.
Kawaguchi Hiroshi, a historian of Thai history, introduced us to the prarachasan (king’s letters) exchanged between Vietnam and Siam in the nineteenth century. He supposes that this style of correspondence likely originated in the seventeenth century.

Third, we would like to explore the various functions that kokusho and passes (shuinjo) served, and to compare them with similar modes of communication employed elsewhere—for example, the Thai prarachasan or Portuguese cartaz.

To sum up, we would like to revisit the topic of red-seals ships by focusing on what the ships tell us about diplomatic and foreign relations rather than on the goods traded or issues of Japanese expansion.

My own concern is to describe how European newcomers in Asia interacted with Asian diplomatic structures. This line of inquiry was first opened around fifteen years ago by Leonard Blussé, who pointed out that Asian diplomatic tradition attached much greater ceremonial value to letters than was customary in Europe. I agree with Blussé at this point and would name it "letter diplomacy," but I would like to go further.

First, I would like to emphasize that "letter diplomacy" does not indicate a structure, either horizontal or vertical, but only a way of doing. Looking at historical practices based on sources, we would be able to anatomize the so-called "tributary system."

Second, "letter diplomacy" functioned often accompanied by a pass system. We should look at sites where the passes worked. The passes were issued sometimes for careers’ of letters, but sometimes also for merchants who did not bear diplomatic letters.

Third, I have a doubt for an understanding which compares Europe against Asia. In order to reach develop effective conclusions, multilateral comparisons and a greater understanding of intra-Asian diplomacy are essential. I hope our project will be fruitful for both Japanese history and global history.

松方冬子
Matsukata Fuyuko

メンバー

研究代表者

松方 冬子 (日本近世史)

研究分担者

岡本 真 (日本中世史)、橋本 雄 (日本中世史)、蓮田 隆志 (ベトナム史)、彭 浩 (日本近世史)

研究協力者

川口 洋史 (タイ史)、木村 可奈子 (東アジア史)、清水 有子 (日本近世史)、原田 亜希子 (教皇庁史)

Members (specialties):
Matsukata Fuyuko (Leader:Early Modern Japan, Dutch and Japanese sources)
Harada Akiko (Papal States)
Hashimoto Yu (Medieval Japan; Chinese and Japanese sources)
Hasuda Takashi (Vietnam; Chinese, Japanese, and Vietnamese sources)
Kawaguchi Hiroshi (Siam/Thailand; mainly Thai sources)
Kimura Kanako (East Asia; mainly Chinese sources)
Okamoto Makoto (Medieval Japan; Chinese and Japanese sources)
Peng Ho (Early Modern Japan; Chinese and Japanese sources)
Shimizu Yuko (Early Modern Japan; Japanese and Spanish sources)

活動報告

2015年7月31日~8月2日  第1回朱印船科研研究会 於:東京大学史料編纂所

分担者・協力者それぞれの実証研究に基づいて、発表と討議が行われたほか、理論的な枠組みについても話し合いました。発表内容は、以下の通りです。

岡本真「「相国寺書翰屛風」とその写本」
北川香子「17~18世紀クメール語書簡について」
川口洋史「18世紀末から19世紀前半のシャムにおける「国書」について」
蓮田隆志「ベトナムの対外通交統制の仕組みをめぐって」
橋本雄「勘合・牙符・文引・その他」
彭浩「近世日清通商における信牌システム」
原田亜希子「近世教皇庁をとりまく外交官」
清水有子「豊臣秀吉とルソン総督の「国書」」
松方冬子「朱印船をめぐる外交―『国書』と通航管理―」 (発表順)


2015年8月17日  第2回朱印船科研研究会 於:東京大学史料編纂所

Adam Clulow, The Company and the Shogun, New York:Columbia University Press, 2014の読書会を行いました。Joshua Batts氏による加藤榮一『幕藩制国家の成立と対外関係』 (思文閣出版、1998年) の書評も行なわれ、事実関係だけでなく、日米の研究史や研究動向についても活発な意見交換が行われました。出席者:清水有子、松方冬子、Joshua Batts, Birgit Tremml (発表順)


2015年10月24~25日、第3回朱印船科研研究会を開催しました。

第1部 地図研究会

 研究分担者蓮田を中心に、教科書等に掲載されている朱印船関連地図の見直しを行いました。既存の地図にあるさまざまな混乱 (旧地名・現地名、自称名・他称名、漢字表記・カタカナ表記など地名の問題や、場所比定など) についての指摘がなされ、今後の解決策についても話し合いました。発表者とタイトルは以下の通りです。

蓮田隆志「趣旨説明と中高教科書地図の概観」
北川香子「カンボジアの日本人居住地について」
川口洋史「朱印船貿易・日本町関連書籍・歴史教科書所載地図シャム部分の表記について」
清水有子「フィリピン (ルソン) の日本人居住地と日本町」
久礼克季「歴史教科書に現れるインドネシアの地名について」

第2部 『宗主権の世界史』読書会

 編者の岡本隆司氏ほか、執筆者の古結諒子氏、藤波伸嘉氏、望月直人氏、山添博史氏、にご出席いただき、読書会を開催しました。近藤和彦氏、Birgit Tremml氏にもご参加いただきました。
発表者とタイトルは以下の通り。和気藹々とした雰囲気の中、活発な議論が行われました。

太田淳 「支配の正当化、『宗主権』とそれ以外:オランダの東インド進出」
北川香子「東南アジア大陸部における一『朝貢国』カンボジア」
巽由樹子「『宗主権の世界史』読書会 話題提供 (ロシア史)」
橋本雄 「中世日本国際交流史の関心からみた本書の意義」
杉本史子「近世日本 一国史的視点では捉えられない」
松方冬子「『外交Foreign relationsの世界史』は可能か」

写真1

第3部 近藤先生を囲む会

 近藤和彦氏をお招きし、「礫岩国家」論についてご報告をいただき、松方がコメントしました。

近藤和彦「礫岩のような近世ヨーロッパの秩序問題」
松方冬子「近藤和彦報告『礫岩国家論の現在』に寄せて」


2015年12月24日朱印船科研第4回研究会(ベトナム国家大学ハノイ校人文大学校の研究グループとの共催)を開催しました。



2015年12月23日~30日ベトナム調査を行いました。



越南視察記

 2015年12月23日から30日の間、当朱印船科研のメンバー6名(岡本、川口、北川、清水、蓮田、松方)はベトナムを訪問しました。

 到着翌日の12月24日には、ベトナム国家大学ハノイ校において同大学社会人文科学大学と当朱印船科研の共催による国際会議
「Early modern Vietnam Japan relationship: a regional perspective」(「近世越日関係―地域的視点―」)が開催されました。
当日のプログラムは以下の通りです。

開催の挨拶  Hoang Anh Tuan
松方冬子
第一報告 松方冬子
「Overview of Historiography about the Red-Seal Ships(Shuinsen)」
第二報告 蓮田隆志
「Merchant and Adoptive Son: A Feature of Japan-Vietnam Foreign Trade during the Early Seventeenth Century Vietnam」
第三報告 Do Thi Thuy Lan (History Dept., USSH)
「Pho Hien: New Sources and Perspectives」
第四報告 Hoang Anh Tuan (History Dept., USSH):
「Early-Modern Global Exchange, Globalization, and Global Integration: The Case of Seventeenth-Century Vietnam」
総合討論
 松方報告では朱印船貿易の研究史と当科研プロジェクトの目的が示され、蓮田報告では、朱印船時代ベトナム貿易の特徴である義子、養子(adoptive son)に関する論点が提示されました。ラン報告では、トンキンの商業中心地であったとされるフォーヒエン(現フンイェン)が取り上げられました。同地はトンキンの貿易拠点として16世紀から1650年代まで繁栄したという通説に対し、ラン氏の主張は、同地は中継港であり二次的な小規模な町としての役割しかなかったとみるほうが、欧文史料とベトナム史料を矛盾なく理解できるというものでした。最後のトゥアン報告では、ベトナムシルクの世界的流通など17世紀のグローバリゼーションにおけるベトナムの役割が強調され、最後にはアジア側から従来の欧米中心的な「グローバリゼーション」の視点そのものを相対化する必要性などが述べられました。
当日は小さな部屋に収まらないほどの30人以上の聴衆があり、質疑応答ではとくに蓮田報告に対する現地学生、研究者からの質問が活発になされ、盛況のうちに閉会となり ました。

今回の会議に参加した個人的感想としては、16~19世紀の対外状況における東南アジアの存在感は日本人研究者が考えている以上に大きいのではないかということです。同じアジア圏内にいながら、自分自身も含めてほとんど東南アジアを勉強する機会がなく、「よくわからない」がゆえに、見落としてきたものが大きいように思えてなりません。
他に印象的であったのは、当日参加した若い中国人、韓国人留学生、在留生を含めた現地学生の熱意あふれる討議でした。日本人学生と同様に彼らも英語はそれほど得意ではないというお話でしたが、積極的に英語で聞こう・語ろうという姿勢が顕著に見えました。外国人と接する機会の多いベトナムでは英語を使うメリットが容易に体験でき、英語に対するモチベーションが高いのかもしれません。

また今回の視察ではハノイのほかフォーヒエンとホイアンの古跡や博物館を訪問し、朱印船時代の見識を深めることができました。ホイアンには日本人が建設したと言われる橋のほか、江戸幕府の鎖国政策のため帰国できなかった日本人墓三基が残っています。今回はそのうち二基を見学しましたが、ふだん史料を通して想像するしかない彼らのたしかな足跡をこの目で直接確認でき、感慨深い旅となりました。
(文責:清水有子)
フンイェンにおける調査風景

(フンイェンにおける調査風景)



フンイェンからみた紅河

(フンイェンからみた紅河)



2016年1月5日~26日、原田亜希子がヴァチカン図書館及びヴァチカン文書館における教皇庁外交に関する調査を行いました。

(調査報告)
ヴァチカン図書館、およびヴァチカン文書館にて、両施設に保存されている、日本、東(東南)アジア諸国から近世に教皇庁に送られた「国書」の調査を行いました。様々なフォンドに分散しているそれぞれの「国書」の所蔵状況を確認し、近世の教皇庁における外交文書の保存状況を再構成すると同時に、現在の所蔵番号のもとでの目録の作成を行いました。さらにこれらの「国書」に対してヴァチカンから送られた返書、外交官の活動報告書、外交官に対する通行証などを通して、近世の教皇庁における外交システムの調査も行いました。

(文責:原田亜希子)
ヴァチカン図書館・文書館 外観

(ヴァチカン図書館・文書館 外観)



2016年2月5日、歴史と史料の会共催で第5回朱印船科研研究会を開催しました。松方冬子が「17世紀オランダの外交とデン・ハーグ」のタイトルで報告しました。



2016年3月14日~18日、清水有子がスペインで史料調査を行いました。

スペイン・セビリアのインディアス総古文書館を訪れ、1580年のスペイン国王フェリペ2世の中国皇帝宛使節一件に関する文書を収集した。本件は実現しなかったとはいえ、ヨーロッパの君主がアジアの君主のために作成した最初期の国書の事例としては歴史的な意義がある。 収集し得た史料は国書の写し、王勅ほか、派遣計画に関するインディアス枢機会議、メキシコ副王庁、フィリピン総督府発信の書簡約50点となる。

(文責:清水有子)
インディアス総古文書館 外観

(インディアス総古文書館 外観)



2016年3月31日~4月3日アメリカ合衆国のシアトルで開催されたAAS (Association for Asian Studies)の第75回Annual Conferenceで3月31日にパネル報告を行いました。


Panel 16: "State Letter" (Kokusho) Diplomacy: Japanese Foreign Relations with East/Southeast Asia and Iberian States, 15th-17th Centuries
Matsukata Fuyuko organizer
Hashimoto Yu Were the "State Letters" Authentic?: Examining the Characteristics of Envoys from the Muromachi Shogunate to the Chosŏn Dynasty in the 15th Century
Joshua Batts The Emperor, The Prince, The King, and I: Luis Sotelo and the Complicated Credibility of the Keichō Embassy.
Hasuda Takashi Diplomacy without Embassy?: Vietnam - Japan Relationship in the Seventeenth Century
Peter Shapinsky Comments
Robert Hellyer chair
総合討論

パネル報告風景1
(パネル報告風景1)



パネル報告風景2
(パネル報告風景2)



パネル報告風景3
(パネル報告風景3)



パネル報告風景4
(パネル報告風景4)



パネル報告は成功で、十分な数の聴衆を得て、活発な質疑応答がなされました。
ただ、「我々の語り」と「彼らの語り」が交わるのは本当に難しいのだ、とも感じました。「世界人類のための世界史」にとって、「日本人による日本史・東南アジア史」は絶対に必要で役に立つと信じつつ、それをどうアピールしていくのか、考えさせられる旅でした。
ワシントン大学図書館も見学しましたが、蔵書の数と質、司書の数と質(専門性の高い司書がいる)、レポート作成やプレゼンのサポート体制、長期的なヴィジョン、どれをとっても圧倒されました。

(文責:松方冬子)

Seattleは本当に良い町でした。と同時に、アメリカの格差社会の一端ものぞき見た気も致しました。
何より、今回、さまざまな人と話して、いかに日本の歴史学会が孤立しているのか、身にしみて分かりました。欧米圏の流れに絡め取られすぎないように、我々の実証主義の成果を、みずから発信していかねば、ということでもあります。

(文責:橋本雄)


2016年7月21日~23日  第6回朱印船科研研究会 於:北海道大学文学部

北海道大学教授山本文彦氏、准教授谷本晃久氏、大学院生丁竹君氏から本研究に関連するテーマについてご報告をいただきました。また、研究協力者の発表と討議が行われたほか理論的な枠組みについても話し合いました。東京大学准教授守川知子氏からは、西アジア史の知見からのコメントを頂戴しました。報告内容は、以下の通りです(発表順)。

山本文彦氏報告「神聖ローマ帝国内外のID・パスポート」 (松方冬子コメント)
谷本晃久氏報告「家康黒印状から見る和人・アイヌの交流・接触」(岡本真コメント)
木村可奈子報告「中国・朝鮮史料上の「国書」」
原田亜希子報告「ヴァチカン図書館・文書館所蔵史料から見る近世教皇庁外交
―東アジア諸国との書簡史料の保存状況と教皇庁外交官の活動―」
丁竹君氏報告「明代進貢品の内府庫納入プロセスについて」
総合討論 松方冬子論点整理 守川知子コメント

最終日には、北海道博物館巡検を行い、同館学芸員の三浦泰之氏のご高配により、徳川家康黒印状の熟覧を行いました。


2016年8月31日、9月1日に中華民国台北市中央研究院で開催された国際会議Maritime Worlds around the China Seas: Emporiums, Connections and Dynamics に、松方冬子が出席し報告"Countries for Commercial Relations (Tsusho-no-Kuni 通商国):The Tokugawa Struggle to Control Chinese in Japan"を行いました。

出席者から貴重なご意見をいただきました。会議の成果は、出版される予定です。

中央研究院

(中央研究院)



報告風景

(報告風景)



2016年10月8~9日  朱印船科研第7回研究会「オランダから考える外交」 於:東京大学史料編纂所

 10月8日には福岡女子大学の吉田信氏をお招きし、近代アジア地域のパスポートについて、蘭領インドを中心にご報告いただきました。併せて、松方冬子が17世紀オランダ共和国の外交と政治の中心地デン・ハーグの町について報告しました。
吉田信報告「オランダ領東インドにおける旅券制度の構築と移動の自由」
松方報告「17世紀オランダの外交とデン・ハーグ」
10月9日(日)には科研メンバーのみで、朱印船時代の日本往来の国書と一覧表作成にむけて作業報告会を行いました。
松方報告は、17世紀オランダを中心に、必ずしも一元化されていない外交体制を検討するものでした。外交使節が首都ハーグに入ってくるルートや行列・接待の様子、複数の信任状の存在、連邦議会と総督との縄張り争いなど、興味深い事実が報告されました。吉田信氏の御報告は、近代オランダや東インド領のパスポートについて、様式論および機能論から現物に即して理解するという内容でした。パス/パスポートの原理的側面にも照射する内容で、本科研メンバーに実に示唆的なものでありました。 両報告を通じ、オランダというサンプルから国民国家が出来上がる前/後の外交や通商、越境のありさまが見えてきたといえます。パスポートや国書・使節の比較史を進めるうえで、大きな糧となることでしょう。

(文責:橋本雄)
史料編纂所

2016年10月17日~20日、北海道巡見

 当朱印船科研メンバー3名(松方、橋本、木村)および ロナルド・トビ氏(イリノイ大学名誉教授)の4名にて、函館・江差・上ノ国・松前巡検を行いました。
函館では、五稜郭(箱館奉行所)、函館市北方民族資料館、市立函館博物館、中華会館、外国人墓地、江差では開陽丸記念館、上ノ国では勝山館、松前では松前城を見学し、中世から近代までの北方史に対し見識を深めました。
特に近世日本の「四つの口」の一つとされている松前では、教育委員会の方から城下町を詳細に描いた松前屏風の解説をじっくりと伺うことができ、貿易港としての松前の活気に満ちた様子を理解することができました。松前からは津軽海峡を挟んだ対岸の青森津軽半島、さらには岩木山がはっきり目視でき、地理的条件をよく理解できました。函館でも対岸の下北半島を目視することができ、地図上でばかり考えると、つい海を「隔てるもの」と考えてしまいますが、逆に海路で繋いでいることをよく実感できた巡検でした。

(文責:木村可奈子)

松前城

(松前城)



津軽半島

(松前城から津軽半島の竜飛岬と小泊・岩木山を望む)



2016年12月9~11日、東京大学東洋文化研究所において、Global History Collaborative 主催のワークショップTowards a Transcultural History of Diplomacyが開催され、松方が基調講演を行いました。本科研メンバーから、岡本、川口、木村、蓮田が参加しました。

活発な討議が行われ、歴史学の最先端を感じました。

ワークショップについての詳しい報告はこちら

講演風景



タイ現地調査
2017年2月17日~22日、松方冬子、蓮田隆志、川口洋史、木村可奈子、岡本真がタイで史跡調査を行ないました。今回の調査では、バンコク、アユタヤ、ロッブリーを訪れました。

 バンコクでは、王宮およびワットプラケーオ(王宮寺院)のある地区に赴き、外交文書が保管されていた王室文庫、貨幣博物館等を巡見しました。特に印象に残ったのは、王室文庫が寺院の敷地内に位置していた点です。日本と比較すると、同時代の江戸幕府は外交文書を江戸城内の紅葉山文庫に保管していたので、隣接するとはいえ王宮外の寺院に文庫が置かれていたのは、格別なようにも思われます。しかし、日本も室町幕府の時には、相国寺蔭凉軒に外交文書が保管されており、寺院内に保管場所が設けられていた点では、王室文庫と同様でした。
また、バンコク滞在中には、チュラーロンコーン大学人文学部歴史学科のブハワン氏を訪問しました。我々が現在遂行している研究に関連する情報交換を行ない、今後の本科研とのジョイント・ワークショップ開催の可能性について話し合いました。
アユタヤでは、日本町跡、オランダ東インド会社商館跡、ポルトガル町跡、王宮跡、アユタヤ歴史研究センター、国立博物館等に赴きました。朱印船貿易と密接にかかわる日本人町跡の展示では、映像解説が充実していました。また、特にオランダ東インド会社商館跡には充実した展示施設があって、出土品を実見することができ、朱印船の往来と同時代のアユタヤにおけるオランダ東インド会社の活動について、見識が深まりました。日本町跡、オランダ東インド会社商館跡、ポルトガル町跡は、ともにバンコク湾からチャオプラヤー川を遡上してアユタヤ中心部へ至る手前の郊外に位置していますが、実際現地に赴いてみると、地図を見て想像していた以上に、アユタヤ中心部から離れている印象を受けました。このように居留地が政治的中心からやや外れた場所にある点は、例えば古琉球期の那覇における華人や倭人の居留地など、他所の外国人居留地とも一定の共通性があるように見受けられます。
ロッブリーでは、アユタヤ朝ナーラーイ王時代の遺構である、フォールコン屋敷跡やプラ・ナーラーイ・ラーチャニウェート(ナーラーイ王の離宮跡)等を訪れました。前者は17世紀後半に到来したフランス使節の滞在した場所で、後者には、同時期にフランスやペルシャからの使節を饗応した迎賓館が設けられていました。両者ともに遺物をもとにかなりの程度復元されており、焼き煉瓦が建材として用いられた、西洋風の建物に見受けられました。中世の日本では主として寺院が外国使節接待の場所として用いられており、それは江戸時代の朝鮮通信使も同様でしたが、アユタヤ朝では専用の接待施設が設けられ仏教寺院はそれにあてられてはいなかったようで、両国における仏教寺院の位置づけの差異も感じられました。

(文責:岡本真)

バンコク ワットプラケーオ内 王室文庫

(バンコク ワットプラケーオ内 王室文庫)



バンコク チュラーロンコーン大学人文学部

(バンコク チュラーロンコーン大学人文学部)



アユタヤ オランダ東インド会社商館跡 顕彰施設

(アユタヤ オランダ東インド会社商館跡 顕彰施設)



ロッブリー プラ・ナーラーイ・ラーチャニウェート

(ロッブリー プラ・ナーラーイ・ラーチャニウェート)




韓国現地調査報告

 2017年3月5日-9日にかけて当朱印船科研のメンバー3名(松方、木村、原田)にて韓国巡検を行い、ソウル、釜山を訪れました。
ソウルでは景福宮、国立古宮博物館、昌徳宮、国立中央博物館、国立ハングル博物館を、釜山では東莱邑城(東莱邑城歴史館)、東莱郷校、東莱府東軒、朝鮮通史歴史館、豆木浦倭館跡(釜山鎮駅周辺)、草梁倭館跡(龍頭山公園)を見学し、近世の日朝・中朝関係に対する見識を深めました。中でも特に豆木浦倭館は、17世紀後半に草梁倭館に移転したため、現在は、倭館跡は残っていないものの、倭館があったと思われる場所の近くに現在ある東区区庁にて教えていただき、おそらく倭館の壁であっただろうと言われるものを実際に目にすることができたことは、個人的に非常に印象的でした。また今回訪れた史跡や展示施設では、例えば景福宮では現在も大々的に新たな拡張・復元作業が進められていることや、国立ハングル博物館が史料だけでなく、マルチメディア技術を活用した多様な展示を行う施設として2014年に新しく開館していることなどからも、韓国が自国の歴史・文化を次世代に伝えることを重視し、国家規模で取り組んでいる姿勢を強く感じました。
また釜山では東亜大学校日本学科助教授申東珪氏と、ソウルではソウル大学校東洋史学科教授丘凡眞氏、ソウル大学校奎章閣韓国学研究院准教授金時徳氏、ソウル市立大学校国史学科博士後研究員鄭東勲氏、同じくソウル大学校国際大学院講師金泰勲氏と、本科研の研究に関する情報交換を行いました。同じ漢字文化を共有していることからも、我々の質問に対してすぐに核心に迫る返答を得ることができ、2時間という限られた時間でありながらも、非常に中身の濃い議論となりました。我々と言語のみならず、問題関心においても近い視点を感じる一方で、今後東アジアの歴史を欧米に発信していく上での言葉の使い方、英語に対する意識においては両国の研究者の立ち位置の違いなども垣間見られ、様々な面で今後の交流の可能性が期待できると感じられました。またソウル大では奎章閣韓国学研究院内の展示スペースを案内していただいただけでなく、特別に書庫も見させていただきました。
今回の巡検に参加した個人的な感想として、ヨーロッパ史を専門としているためにこれまでヨーロッパを訪れることが多く、アジアの国を訪れるのは今回が初めてに近かったため、当初は日本との近さ、類似点が印象的でしたが、滞在日数を重ねるにつれ、「似て異なる国」であることを実感しました。この類似点・相違点は単に街のつくりや生活環境という点だけでなく、歴史研究においても言えることのように感じます。近世ヨーロッパを研究する日本人研究者として、常に研究対象である近世ヨーロッパを自らの過去に持つ研究者との違いを痛感し、またそのことを逆にどのようにして利点にできるのかということを自問してきましたが、今回の韓国では同じ漢字文化を共有し、物理的にも近い韓国との間にも違いは存在するのであり、日本人による東アジア史研究、ひいては今後「人類のための世界史」研究を行う上での課題を考えるきっかけになったように思います。
(所属、肩書は、調査当時のもの。)

(文責:原田亜希子)

ソウル 国立ハングル博物館

ソウル 国立ハングル博物館



釜山 豆木浦倭館跡

釜山 豆木浦倭館跡



ソウル大学校奎章閣韓国学研究院 書庫

ソウル大学校奎章閣韓国学研究院 書庫



2017年3月13日-18日、木村可奈子が台湾(中華民国台北市)で史料調査を行いました。

中央研究院歴史語言研究所所蔵の内閣大庫檔案に含まれる、朝鮮、琉球、ベトナム、シャム等からの外交文書を調査しました。所蔵状況の確認のほか、一部は実物を調査し、各国の外交文書の体裁の違いを把握できたことは、大きな収穫となりました。内閣大庫檔案以外にも、国際関係史に関連する漢籍史料などを収集しました。

(文責:木村可奈子)
中央研究院歴史語言研究所 外観

(中央研究院歴史語言研究所 外観)



2017年3月16日、東京大学東洋文化研究所において、松方が主催し、2016年12月に開催されたworkshop "Towards a Transcultural History of Diplomacy" を日本語で振り返り、世界史を語る方法、対話の可能性をさぐることを目的として、「外交史ワークショップを日本語で振り返る会」を開催しました。

本科研メンバーから、岡本、川口、松方が参加しました。ヨーロッパ(とくにドイツ、東欧など)で流行しつつあるNew Diplomatic Historyや、日本で蓄積されてきた対外関係史などを振り返りつつ、歴史学の現状について、深い議論ができたように思います。

(文責:松方冬子)


2017年3月26~27日、京都大学人文科学研究所において、第8回朱印船科研研究会を開催いたしました。

オブザーバーとして、国際日本文化研究センター准教授の佐野真由子氏、立命館大学助教ピアダー・ショーンラオン氏、京都大学大学院の阿久根晋氏のご参加を得ました。初日には、同志社大学准教授の堀井優氏にご報告をお願いし、研究協力者がコメントをしました。2日目には、岩生成一の大著の書評会を行いました。プログラムは、以下の通りです。

26日(日)
報告   堀井優「近世オスマン条約体制とヴェネツィア領事網」
コメント 原田亜希子「コメント―16世紀ローマとの比較の視点から―」
彭浩「東アジア世界の『約条』―『条約』との関連を含めて考える―」
討論
27日(月)
『新版朱印船貿易史の研究』書評会
報告 岡本真(第1編、第2編)
蓮田隆志(第3編、第4編)
討論

 堀井氏のご報告と討論から、「国書」と「通航管理」に続くテーマとしての、「領事」と「条約」が浮かび上がってきました。将来的な課題としたいと思います。また、『新版朱印船貿易史の研究』の書評会から、本共同研究の課題や立ち位置があらためて確認されました。
2日目終了後に、京都大学東南アジア地域研究研究所の小泉順子教授と懇談の機会を得小泉氏日本史、東南アジア史を英語で発信した経験について情報や意見を交換しました。本科研は、英語での発信にも力を入れていますが、まだ試行錯誤の状態です。
小泉氏に、東南アジア地域研究研究所図書室の、石井米雄旧蔵書をみせていただき、日本史より進んでいる東南アジア史分野の英語発信が、一朝一夕で可能になったわけではなく、故石井米雄氏を始めとする多くの先人の蓄積の上に成り立っていることを改めて感じました。
(所属、肩書は、研究会当時)

(文責:松方冬子)


2017年6月20~23日、対馬現地調査

本科研メンバー3名(橋本、松方、木村)および大野晃嗣氏(東北大学准教授)の4名にて対馬巡検を行い、以下の順に巡りました。

1日目  西山寺(厳原、享保罹災以後、外交文書を担当した以酊庵が移される)
2日目  西漕出、梅林寺(小船越)
住吉神社(鴨居瀬)
円通寺(佐賀)
韓国展望台(朝鮮国訳官使遭難追悼碑)、鰐浦漁港(鰐浦)
海神神社(木坂)
和多都美神社、烏帽子岳展望台(仁位)
3日目  宝泉寺、醸泉院、景徳庵跡、国分寺、漂民屋跡(厳原)
小茂田浜神社、小茂田浜(小茂田、元寇の古戦場)
水崎(仮宿)遺跡、都々智神社(尾崎、倭寇の一大勢力であった早田氏の本拠地)
桟原城跡、お船江、金石城跡(厳原)
4日目  萬松院、元以酊庵跡(天道茂の奥、西山寺に移る以前の場所)、雨森芳洲墓所(厳原)

 現在長崎県立対馬歴史民俗資料館は対馬博物館の開館準備に向け休館中のため、展示を見ることはできませんでしたが、対馬市文化財保護審議会委員長斎藤弘征氏、対馬歴史民俗資料館の古川祐貴氏、同瓜生翠氏、対馬市観光交流商工部文化交流・自然共生課の立花大輔氏、同博物館建設推進室の成富なつみ氏にお会いし、対馬博物館開設へ向けての動きなどを伺いました。2日目の巡検では、立花・成富両氏がご案内くださいました。
個人的には、最近の研究で対馬藩の史料を用いることが多かったのですが、対馬自体は訪れたことがありませんでした。今回最南部を除いてほぼ対馬を一周し、中世から近世までの史跡、神社、寺院を巡ったことで、対馬に対する理解をより一層深めることができました。以前松前巡検を行ったこともあり、いわゆる「四つの口」のひとつとして、ほかの「口」と比較して考える視点も強まりました。
個人的に対馬で印象的だったことは2点あります。1点目は釜山との近さです。韓国展望台では残念ながら対岸の釜山を望むことはできませんでしたが、厳原には非常に多くの韓国人観光客がやって来ていました。多くの方が釜山のアクセントで話していたことからも、釜山から観光に来ていることがよく分かりました。もう1点は、軍事の島であることです。元寇・倭寇の歴史だけではなく、国防の最前線として明治期から多くの砲台が築かれ要塞化し、現在も自衛隊基地が置かれています。今回は近代軍事史跡は巡りませんでしたが、巡った神社の多くには、鹵獲した砲弾が奉納されたり、軍関係者による碑文や戦死者の慰霊碑が立てられていたことが非常に印象的でした。頭ではこの2点について理解してはいましたが、今回実際に目にして体感としてよく理解できました。

(文責:木村可奈子)
和多都美神社

(和多都美神社)



烏帽子岳展望台から望む

(烏帽子岳展望台から望む)



都々智神社。鳥居の脇には奉納された砲弾がある

(都々智神社。鳥居の脇には奉納された砲弾がある)





2017年7月27日~29日 第9回朱印船科研研究会 於:明治大学駿河台キャンパス

成果出版に向けて各自執筆予定の論文の構想を発表し、活発な討議が行われました。報告タイトルは次の通り(発表順)。

橋本 雄「徳川美術館所蔵永楽帝勅書は別幅に非ず」
蓮田隆志「使節なき外交:朱印船時代の日越外交と義子」
川口洋史「18世紀末から19世紀前半における『プララーチャサーン』
―ラタナコーシン朝シャムが清朝および阮朝ベトナムと交わした文書―」
清水有子「近世初期南蛮国書の故実をめぐって」
原田亜希子「16世紀の教皇庁における駐在大使制度の発展」
彭  浩「明代の渡海『文引』:通商制度史的分析からの接近」
木村可奈子「勘合とスパンナバット
―田生金「報暹羅國進貢疏」からみた明末の暹羅の「朝貢」―」
岡本 真「運用面からみた日明勘合制度」
松方冬子「総論―『国書』と通航証―」

なお、2日目の終了後には、東京国立博物館で開催中の「タイ展」を鑑賞し、相国寺所蔵の朱印状原本も見学しました。

研究会風景

(研究会風景)



2017年8月30日~9月2日ポルトガルのリスボンで開催されたEAJS(European Association for Japanese Studies)第15回国際会議で8月31日にパネル報告を行いました。

EAJS2017年リスボン会議参加記

Panel S7-06
“Passes for Trade: Diplomatic History of Medieval/Early Modern Japan in a Global Perspective”
Convener: Fuyuko Matsukata
・Fuyuko Matsukata, “Introduction for ‘Passes for Trade’”
・Makoto Okamoto, “The Flexibility of the Tally System between Muromachi Japan and Ming China”
・Birgit Tremml-Werner, “The various uses of trading passes between Japan and the Philippines,
1590-1620”
・Hao Peng, “Shinpai: the Trading Pass in Early Modern Sino-Japanese Trade”

 セッションは、松方の問題提起から始まり、朱印船科研の一環として、貿易関係のパスをめぐって共同研究を行っている趣旨を紹介し、パネル報告で取り上げる各種のパスの機能や目的などのポイントを簡潔に述べました。
つづく3人の報告は時代順に、それぞれ日明貿易の勘合、朱印船時代の朱印状、日清貿易の信牌を具体的に紹介しました。岡本報告は、勘合をめぐる研究の進展状況を整理し、「旧勘合」の使用可や「准勘合」の発行などの事例紹介を通じて、硬直な仕組みと思われがちの勘合制度の柔軟な一面を浮き彫りにしました。つづいて、ビルギット報告では、朱印状制度の研究と概要をまとめる一方、マニラのスペインのフィリピン政庁がどのように朱印状を認識・対応していたかについて分析したうえ、朱印状の外交的価値(Diplomatic Value)を評価しました。彭報告では、信牌文面の内容分析を通じて幕府に期待された機能を説明し、さらに通商相手の清政府がどのように日本銅輸入のため信牌を活用したかを検討しました。
個別報告後、すぐ全体議論に移り、30分強の間に、フロアの40人前後の研究者から15くらいの質問やコメントがなされました。議論の焦点は次のように整理されます。
まず勘合については、明政府が貿易を制限しようとしつつも、発行数を100枚と多めに設定した理由、室町将軍が勘合の使用を大内氏や細川氏に許した政治的背景など。朱印状については、その権威が相手国によってどのように認識されたか、どのような人が翻訳に当たったのか、「chapa」という言葉は朱印状のことのみを指していたのか。信牌については、唐船貿易の規模との関係、密貿易の問題、「割符」との関係などの質問と応答が行われました。また、共通の論点については、パスの形態が札から紙へ転換した歴史を見出すことが可能か、ヨーロッパ商人が東アジア既存の通商の仕組みをどう受けとめたのか、ポルトガルのカルタスなどの西ヨーロッパ式のパスと朱印状のような東アジア式のパスなどが互いにリンクしながら機能していた実態、パスの使用から見える近代外交と前近代外交との相違点などをめぐって意見が交換されました。
今回のパネル報告では、日本史専門の学者が多く出席され、質問の専門性が非常に高いという印象でした。そして活発に行われた議論のなか、本科研にとって示唆に富む見解もたくさんありました。
また、会議の全般を見ても、やはりハイ・レベルの議論が多かったことが印象に残りました。皆さんの満足げな笑顔は、すべてを物語っています。個人としては、初めてのヨーロッパの旅で、リスボンの旧市街を歩くと、大航海時代が始まった頃の賑やかな風景を想像したくなります。歴史家にとって、海を介した東西交流を議論する最高な地といってもよいかもしれません。なお、EAJS企画のイベントとして、天正遣欧少年使節団も訪ねたことのあるサン・ロケ教会でコンサートが開かれたことも特筆に値します。歌声の美しさと教会の美しさとのコンビネーションは絶妙で、皆の一生の思い出になることでしょう。

(文責:彭浩)
報告後の討論風景

(報告後の討論風景)





2017年8月3日~9月25日、代表者松方冬子がオランダに出張し、ライデン大学LIAS /LUCSoR Visiting Scholarとして、研究を行いました。

おもに、オランダ東インド会社の外交とオランダ共和国の外交の比較研究です。滞在中9月8日にLeiden Lecture Series in Japanese Studiesの一環として、講演 “Towards a Transcultural History of Diplomacy” を行いました。

ハーグにある17世紀以来の大使館街、Lange Voorhout

(ハーグにある17世紀以来の大使館街、Lange Voorhout)



オランダ東インド会社 ムステルダム・カーメルの建物

(オランダ東インド会社 アムステルダム・カーメルの建物 現在はアムステルダム大学が使用)



講演後の討論風景

(講演後の討論風景)





2017年12月15日、前田育徳会(尊経閣文庫)において、同会所蔵の朱印状5通の熟覧調査を行いました。

ライデン大学名誉教授レオナルト・ブリュッセイ氏を招聘し、2017年12月15日、東京大学史料編纂所において講演会を開催しました。

講演題目は、“1640-1660, The Crucial Years in the Tokugawa State Formation”「1640~1660年、徳川国家の形成を決定した20年」です。熱のこもった講演を受けて、質疑と討論も盛り上がりました。討論のなかで、ヨーロッパの学界と、アメリカの学界の潮流の違いも浮き彫りになりました。

講演風景
(講演風景)





2017年12月16~17日第10回朱印船科研研究会『国書がむすぶ外交―近世アジア海域の現場から―』

於:明治大学駿河台キャンパス

 成果出版に向けて各自執筆した論文を事前に回覧し、コメンテーターの先生方からいただいたコメントに基づき、活発な討議が行われました。コラム執筆予定の方々にもご出席いただき、とくに古川祐貴さんには貴重なご報告をいただきました。研究会の内容は以下の通り。

12月16日
趣旨説明 自己紹介
清水有子「豊臣期南蛮宛国書の料紙と様式をめぐって」 (コメント)種村威史
橋本 雄「徳川美術館所蔵「成祖永楽帝勅書」の基礎的考察」 (コメント)大野晃嗣
松方冬子「総論」 (コメント)岩井茂樹・羽田正
蓮田隆志「朱印船時代の日越外交と義子―使節なき外交―」  (コメント)藤井譲治
12月17日
川口洋史「18世紀末から19世紀前半における「プララーチャサーン」
  ―ラタナコーシン朝シャムが清朝および阮朝ベトナムと交わした文書-」
(コメント)嶋尾稔
岡本 真「運用面からみた日明勘合制度」    (コメント)オラー・チャパ
彭  浩「明代後期の渡海「文引」―通商制度史的分析からの接近―」 (コメント)榎本渉
木村可奈子「勘合とスパンナバット
  ―田生金「報暹羅國進貢疏」からみた明末の暹羅の「朝貢」―」
(コメント)三王昌代
古川祐貴「徳川将軍の印鑑」  
原田亜希子「15、16世紀の教皇庁における駐在大使制度」 (コメント)堀井優

以上

討論風景

(討論風景)


 初日の朝には、東京国立博物館所蔵の徳川将軍あて朝鮮国王国書の展示 2017年ユネスコ「世界の記憶」登録記念「朝鮮国書―朝鮮通信使の記録」を見学しました。


2018年1月23日、東京大学史料編纂所に於いて、第11回朱印船科研研究会イタリア外交史読書会「Isabella Lazzariniを読む」を開催しました。メンバーの原田、松方のほか、東京大学史料編纂所外国人研究員Joshua Batts氏にも報告していただきました。

 イタリア人の研究者が敢えて英語で書いたイタリア史の本を読むことで、イタリアの学界も我々と共通した課題を抱えていることが垣間見られました。我々の研究と共通する論点も多く、大変勉強になりました。



2018年2月11日~12日、松方が中津・大分に出張し、大江医家資料館、村上医家資料館の展示を見学し、大分県立芸術文化短期大学教授・疇谷憲洋氏と研究打ち合わせを行いました。




2018年2月28日、第12回研究会 East Asia before the West読書会

David C. Kang著、Tribute system(朝貢体制、華夷秩序)について扱った話題作 East Asia before the West: Five Centuries of Trade and Tribute(Columbia University Press, 2010)の読書会を行いました。Kang著への書評を多く含むHarvard Journal of Asiatic Studies (HJAS)のtributary system特集号(77-1、2017年6月号)についても合わせて話題としました。
メンバー(岡本、蓮田、松方)、史料編纂所外国人研究員Joshua Batts, Sebastian Peel, Birgit Tremml-Werner, 国際日本文化研究センター訪問研究員Robert Hellyer, 東京工業大学博士課程・橋本真吾の各氏のほか、一般の方々の参加も得て、活発な討議が行われました。日本語での議論にお付き合いくださった外国からの参加者とともに、我々の研究に興味を持ち、貴重なお時間を割いてご参加くださった学界以外の方々にも感謝いたします。
(報告順)
ジョシュア・バッツ「概要:David Kang, East Asia before the West (2010年)」
セバスチャン・ピール「East Asia before the West4~6章の論点」
ロバート・ヘリアー「HJAS, Prasenjit Duara論文“Afterword: The Chinese World Order as a Language Game”を読む」
松方「HJAS, Saeyoung Park論文 "Long Live the Tributary System!" を読む」

(文責:松方冬子)



2018年3月台湾調査報告
2018年3月19日~22日に台湾での調査を行いました。本科研メンバーから松方、橋本、川口、岡本、木村、原田が参加し、台北にある国立故宮博物院、中央研究院で研究打合せと調査を行いました。

 国立故宮博物院はシャムから清朝に送られた金葉の文書を所蔵しています。今回、本科研の成果として出版予定の論集にその写真を掲載させていただくために博物院を訪問し、職員の方と打ち合わせを行いました。あわせて博物院の展示を見学しました。展示されている文物はいずれも中華文明が誇る逸品ですが、本科研のテーマからすると、清代の詔書や奏摺について見識を深められたのは幸いでした。
 中央研究院では、人文社会科学研究中心の劉序楓氏のご協力のもと、明清時代の文書史料の調査を行いました。明代の勅諭や、朝鮮や安南など周辺諸国が明清皇帝に送った表文・奏文を実見し、料紙の法量や簀目・糸目などを調べました。タイ史を専攻しているため、個人的に印象的だったのは、乾隆年間にシャムが清朝に送った漢文の表文でした。長年文書の整理に携わってこられた職員の方によれば、その文字は明らかに清朝の官員のものではないとのことです。また朝鮮や安南の表文の整然とした筆の運びとも異なり、漢字文化圏のなかのシャムの位置を垣間見せてくれる史料でした。さらに清代の勘合の調査から、日明勘合の運用実態に迫る大きな発見がありました。文書の実物を前に、職員の方々とともに様々なことを議論することができ、大変実りある調査となりました。
 またチュラーロンコーン大学文学部准教授のブハワン氏と来年タイで開催する予定のワークショップについて打ち合わせを行うとともに、中央研究院台湾史研究所の鄭維中氏と本科研プロジェクトについて意見を交わしました。
 調査、打合せ以外では、中山堂、中正紀念堂、龍山寺、国立台湾博物館、国立歴史博物館を訪れました。龍山寺では様々な神格が祀られ、参拝者は熱心におみくじを引いており、その様子はタイの中国式の寺院とよく似ていました。また台北の店舗の並びも、東南アジアで華人が営んでいたショップハウスを思わせます。まさに海を通じた中国文化の伝播を実際に感じることができました。

龍山寺

龍山寺

龍山寺(写真上)は1738年に福建省泉州から来た人々によって創建された。一方、写真下は2017年のタイ現地調査でも訪れた、バンコクにある中国式の寺院、建安宮。18世紀末に福建出身の華人が建てたと伝えられている。両寺院とも観世音菩薩を本尊としている。入り口部分の造作にも共通点が見られる。

台北の店舗の並び
(台北の店舗の並びのキャプション)
台北の店舗の並び。間口ごとに店舗が構えられ、軒先部分が歩道になっている。

(文責:川口洋史)



2018年6月7日、第13回研究会 「Practices of Diplomacy in the Early Modern Worldを読む」

 Tracey A. Sowerby and Jan Hennings (ed.), Practices of Diplomacy in the Early Modern World c. 1410-1800 (London and New York: Routledge, 2017) の読書会を開催しました。
 メンバー(原田、松方)のほか、史料編纂所外国人研究員Joshua Batts氏のご参加を得ました。
 同書は、ヨーロッパを中心とする近世外交の事例研究を集めた論集です。本科研の成果として計画している論集と重なる論点が多く、海の向こうに同志、ライバルがいるのだとわかって、大いに励まされました。我々は、彼等がカバーできない南・東シナ海域をおもに扱っているので、いつか、このグループと共同研究をしたいものです。

(文責:松方冬子)



2018年7月27日~28日 朱印船科研第14回研究会 「条約―誰と誰が何を決めるのか―」

於:東京大学史料編纂所大会議室

 ユーラシア西方の専門家をお招きし、条約についてのご報告をお願いしました。コメントは、江戸時代の日朝関係の専門家である古川祐貴氏にお願いしました。科研メンバーの他、Joshua Batts氏、大東敬典氏のご参加を得ました。プログラムは以下の通りです。

 趣旨説明(松方冬子)
 黛秋津「条約に見る前近代オスマン帝国の対ヨーロッパ外交」
 塩谷哲史「19世紀中葉露清間の条約締結交渉過程」
 コメント 古川祐貴「己酉約条」
 コメント 松方冬子「17世紀の日本列島における外国人受入の法的基盤」

 ユーラシア西方、とくに西アジア・中央アジア・ロシアは、本研究では手薄であり、今後の課題として残っていた地域ですが、今回の研究会で同地域も本研究の考え方を敷衍してある程度には理解可能であるとの感触を得ました。また、条約というと、かっちりした取り決めを想像しがちですが、実際には条約を交わした双方で保管しているテキストに違いがあったりして、国書と似たような論点がありうることがわかりました。また、古川氏のコメントにより、近世日朝関係史の根幹ともいえる己酉約条についてもまだまだわかっていない点があることが明らかになりました。
 28日には、東京大学史料編纂所演習室で、古川祐貴氏、久礼克季氏とメンバーにより、国書一覧表検討会と、朱印船関連地図検討会を行いました。朱印船関連地図検討会の報告内容は以下の通り。

 蓮田隆志「今後の予定と2018年度中高教科書地図総まくり」
 川口洋史「朱印船貿易・日本町関連書籍所載地図シャム部分の表記について」
 久礼克季「日本史・中学歴史教科書および日本史研究に現れるインドネシアの地名・場所について」

(文責:松方冬子)

(本ページの無断転載を禁止します。)

松方 冬子(まつかた ふゆこ) 東京大学 史料編纂所 准教授 博士 (文学) Associate Professor,the University of Tokyo Ph.D.(the University of Tokyo, 2008)

主要研究業績

販売書籍

  • 日蘭関係史をよみとく 上巻:つなぐ人々 下巻:運ばれる情報と物(臨川書店)
  • オランダ風説書と近世日本(東京大学出版会)
  • 別段風説書が語る19世紀 翻訳と研究(東京大学出版会)
  • オランダ風説書「鎖国」日本に語られた「世界」(中央公論新社)

MEMBERS ONLY