藤原重雄『史料としての猫絵』補注・訂正

事実関係とかかわりそうな箇所を中心に、補註・訂正を加えます。網羅度の高い参考文献は現在整理・確認中で、しばらくお待ち下さい。〔図版典拠・参考図版リンク集〕(2014年9月記、同11月追加、2018年1月追加)


【訂正】18頁8行目:『図画見聞誌』(ルビ:とが)の方が一般的でしょうか。

【訂正】18頁頭注『古今著聞集』5行目:「書画」→「画図」

【訂正】19頁1行目「口上書」(ルビ:こうじょうがき)

【補註】25頁5行目:「伊藤克枝氏によると」に頭注を追加。伊藤克枝「猫絵の広まり―新田猫から猫の刷り物へ―」(『富岡市立美術博物館研究紀要』三、2008年)。また、富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館編『蚕の神さまになった猫』(2006年)も、群馬県立博物館所蔵の「新田猫」と東京農工大学工学部附属繊維博物館所蔵の養蚕錦絵の猫を最も網羅し、売薬版画・護符の事例も多数掲載し、概説として伊藤克枝「猫絵の展開」収録しています。これは行数の関係で巻末目録から割愛しましたが、併せて紹介します。

【補註】41頁・図21キャプション:「斜体は絵師名」を追加。

【訂正】42頁3行目:南ニ猶障子東西行立 → 猫障子
  ※島田武彦『近世復古清涼殿の研究』(思文閣出版、1987年)114頁注(4)は誤植。

【訂正】64頁4行目、65頁・図41キャプション:「小猫を集め大猫と(×に)する」

【訂正】72頁12行目:『新納忠元勲功記』(ルビ:にいろ(×の)ただもと)

【訂正】72頁頭注『新納忠元勲功記』:「『鹿児島県史料』旧記雑録拾遺伊地知季安著作史料集二(一九九九年)に収録。」が脱落。

【補註】76頁4行目:「付合」に頭注を追加。中村真理「俳諧の猫」(『連歌俳諧研究』一二五、2013年9月)。

【補註】81頁7行目:繋ぎ飼いは犬と猫とで同時に入れ替わったわけでなく、天文五年(1536)窪田統泰画『日蓮聖人註画讃』巻一第五段には、鎖で繋がれた犬を描く。

【訂正】93頁頭注:「猫の名札」三六(×七)・八三ページ参照。

【訂正】96頁11行目:「伝通院」(ルビ:でんつ(×づ)ういん)

【訂正】100頁7行目:「西洞院時慶が記したように(八四頁)」

以上、第2刷にあたって修正。


【補註】29頁:五山文学にみえる猫絵:太極『碧山日録』応仁二年(1468)二月二十五日条に以下の記事あり(『増補続史料大成』20巻188頁)。

漁庵賦画猫云、
  春蝶閑意緒 無罪可加汝
  祇養人〓(豚)猫 遣搏呂后鼠
余曽聆(聴)良〓(女弟)猫捕武后鼠、未聴漢后有之、喜新得而紀之、

 記主の太極は、南江宗ゲン(水元)(1387〜1463)が猫の絵に賦した詩を書き留め、感想を述べている。宗ゲンには『漁庵小藁』(『五山文学新集』6巻に拾遺とともに収録。本詩は見えず)などの詩文集がある。
 「人豚」は、漢高祖・劉邦の寵愛をうけた側室・戚夫人を罵って付けられた呼称。「呂后」は劉邦の皇后で、皇太子の盈(後の恵帝)の母であるが、盈を廃して戚夫人の息・如意を皇太子となそうする動きのあったことを恨み、劉邦没後に如意を暗殺し、戚夫人をなぶり殺した。手足を切り落とし、豚を飼っていた厠に放り込み、「人豚」と呼ばせたという。
『史記』巻九・呂太后本紀「太后遂断戚夫人手足、去眼、W耳、飲〓(病音)薬、使居厠中、命曰人〓(豚)、」
 「良〓(女弟)」は唐高宗の側室である蕭淑妃、「武后」は則天武后(唐高宗の皇后武照)で、武后が宮中で猫を飼うの禁じた故事にもとづく。高宗の寵愛を受けた蕭淑妃を逐い落とすべく、王皇后により後宮に迎えられた武照は、やがて高宗により皇后に立てられて、王皇后・蕭淑妃をなぶり殺す。蕭淑妃は杖で殴られる時に、「自分は猫に生まれ変わり、鼠となった武后を食い殺してやる」と罵ったという。
『旧唐書』巻五十一・列伝第一・后妃上(高宗廃后王氏伝)「庶人良〓(女弟)初囚、大罵曰、願阿武為老鼠、吾作〓(猫)兒、生生扼其喉、武后怒、自是宮中不畜〓(猫)、」
『新唐書』巻七十六・列伝第一・后妃上(王皇后伝)「至良〓(女弟)、罵曰、武氏狐媚、翻覆至此、我後為〓(猫)、使武氏為鼠、吾當扼其喉以報、後聞、詔六宮勿畜〓(猫)、」
 高名な作者による故事の取り違えを指摘して自得したものか、あるいはそれを踏まえた趣向を愉しんだものか。画軸・便面に続いて記録されており、画面形態は不明だが、掛軸ないし扇面等の小画面であろうか。おそらく根津美術館蔵「牡丹猫図」のような、春うららかな花に寄る蝶を見上げる猫の図様と思われる。


【補遺】35〜39頁:寛政内裏清涼殿の猫障子に関して、武田庸二郎「寛政の御所造営と十九世紀の京都画壇」(五十嵐公一・武田・江口恒明『天皇の美術史』五、吉川弘文館、2017年)46〜50頁にも詳しい記述あり。

【補遺】文献:横山岳「養蚕の鼠害と新田猫絵」(『シルクレポート』54、2017年7月)〔PDF

【参考】文献:長谷川賢二「阿波足利氏の守札」(『朱』49、2006年)。足利将軍家(公方)の末裔が発行するという守札が、マムシ除けに効能があったという。 徳島県立博物館サイト「阿波の足利家とまじない」も参照。 湯浅良幸「阿南ふるさと探訪61 室町幕府・平島公方(二五) まむしよけのお札」(『広報あなん』632、2011年3月1日)では、岩松氏にも言及する。


東京大学史料編纂所古代史料部藤原重雄論文目録