【文献案内】

山本聡美・西山美香編『九相図資料集成−死体の美術と文学−』

案内岩田書院、二〇〇九年二月)

(藤原重雄、『東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター通信』46、2009年7月)


 野辺にうち捨てられた美女の死体が、腐乱し、烏・犬に食われ、白骨となってゆく様を描く九相図は、学術的な局面に限らず興味を持たれてきた。作品の古さや格の高さから、『日本絵巻大成』収録の鎌倉時代の絵巻や聖衆来迎寺蔵「六道絵」の「人道不浄相図」に、関心は集中してきた。本書ではこの二点だけでなく、近年紹介の室町時代絵巻三種を含む著色画七点をカラーで掲載し、典拠や展開の理解に欠かせない文学・信仰の観点を意識して、近世の代表的な版本・写本を、関連する本文全頁とともにモノクロ影印で集成する。

 資料編として、基本的な典拠経典のほか、収録作品の詞書・場面の対照表により比較を一望できる。論考編として、美術史と国文学から論文四本を収録。総説が山本「日本における九相図の成立と展開」で、収録作品の解説を交え、観想としての九相観と図像化から、室町時代の九相詩絵巻の成立、近世の多様な展開について、作品の意味や機能、成立や受容の背景に注意して述べる。相澤正彦「室町時代の二つの「九相詩図巻」」は、光信ではない土佐派正系絵師になる九州国立博物館本と狩野元信工房の大念佛寺本との分析・比較を軸に、様式的特徴と趣向、位置づけがなされる。西山「檀林皇后九相説話と九相図」は、中世禅林で檀林皇后が最初の開悟者として理想的女性とされたこと、出典は近世に限られるが、九相図が小野小町伝説よりも檀林皇后伝説との結びつきが強く、死して自らの身をもって教えを示した女性とされたことを示す。さらに絵解き研究からの林雅彦「「人生の階段図」から「九相図」へ」がある。

 美術史と国文学との協同で明瞭となった点のひとつに、室町期「九相詩図巻」の位置づけがあろう。九相観でなく蘇東坡仮託の九相詩に和歌を添える趣向にもとづき、和漢の対置・融合という時代思潮に合致して、とくに九博本が老女で描かれ特定個人をイメージした可能性のあることは、檀林皇后九相説話のような思考を背後に想定しうることになろう。


東京大学史料編纂所古代史料部藤原重雄論文目録