【文献案内】

九州国立博物館編『きゅーはくの絵本A南蛮屏風 じろじろ ぞろぞろ』

案内フレーベル館、二〇〇五年一〇月)

(藤原重雄、『東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター通信』33、2006年4月)


 九州国立博物館(九博)の開館にあわせて企画された刊行物のうち、館蔵品等の写真を用いて子ども向けの絵本に仕立てるシリーズの第一弾。『きゅーはくの絵本@花鳥文様 まいごのぴーちゃん』と同時刊行(各冊本体価一〇〇〇円)。子どもの小さな手でも広げることができる二二センチメートル四方の大きさで、喜んだあまり多少乱暴に扱っても壊れない製本である。展示図録ではなく、一般書店で購入可能な書籍。

 九博所蔵となった近世初期の六曲一双の南蛮屏風のうち、南蛮船が港に入ってきた情景を描いた右隻を扱う。部分拡大図を用いて、絵の中にある出来事のゆるやかな生起を順次とりあげる(全図は最末に折込図版あり)。文章はあくまでも控えめで余白を大きく取り、図版の配置・トリミングに変化をつけている。巻末には、絵本の雰囲気を壊さない範囲で、コンパクトな作品紹介と場面解説、参考文献を付す(書籍に限定したと推察するが、佐藤康宏「南蛮屏風の意味構造」〈『美術史論叢』一八、二〇〇二年〉を加えておく)。これらは、少し大きくなった子どもや大人とって、絵を見るヒントや探求の手がかりとなるとともに、本の価値を高め長生きさせるものである。見返しには屏風とほぼ同時代の「西洋鍼路図」を用い、文明の出会いの時代に想いを馳せる趣向。あえて難を探すと、洋犬(?)の拡大図がないこと(珍獣は近世初期風俗画の愛好モチーフ)、相対的にやや粗さを感じるカットの交じることだが、金地金泥も違和感なく印刷で再現されている。

 中世絵画の魅力のひとつは、観者の親密な視線を誘い込む細部の描写や表現にある。カラー印刷の技術向上と普及によって恵まれた状況にあるが、それでも手軽に入手できるものは、限られた有名作品ばかりになってしまう。時代はデジタルへと向っているが、個人的には、絵を見る愉しみを文字通り掌中にできる絵本の肩を持ちたいのである。


東京大学史料編纂所古代史料部藤原重雄論文目録