【文献案内】

古川元也執筆『山北町文化財調査報告書 箱根権現縁起絵巻』

(山北町教育委員会、二〇〇四年二月)

(藤原重雄、『東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター通信』26、2004年7月)


 新出の個人蔵絵巻を全面的に紹介する報告書。この絵巻は、箱根・伊豆山・三島の三所の縁起(継子いじめ譚による本地説話)を説くもので、(いつからは不明ながら)修験の系譜を引く個人宅に御神体の如く厨子に納められてきた。全二巻(上巻九段・下巻八段)を完存し、天正十年(一五八二)小田原新宿にて書された旨の奥書がある。絵は狩野派の影響下にあるが(少なくとも粉本は見ているだろう)、いわゆるお伽草子的な素朴さが強い。また、末尾に大磯・伊豆山・箱根・三島の参詣曼荼羅風の画面が続くのが興味深くまた貴重である(伊豆山に温泉、箱根権現に血の池地獄なども描く)。

 報告書の体裁であるが、見開きA3版の上段に詞書・絵の全巻モノクロ写真、下段に詞書・画中詞翻刻と註・大意を配し、絵の約三分二については、さらに大きいカラー図版も掲載する。シンプルな造りながら、基礎的な情報が十分に提供されており、解題も読者を作品に呼び込む充実した内容と幅広い目配りがきいている。解説が加えられた論点である伝来・奥書・筆跡・詞書表記・物語内容・絵画表現などには、歴史・文学・美術・民俗・宗教といった諸分野からアプローチする端緒を見出せよう。また詞書に註・大意を付すのは案外と手間のかかることだが、文化財をひとり研究者達の所有物としない配慮ともなるだろう。

 絵巻の絵画史料としての研究は、中央公論社版『日本絵巻大成』に多大な恩恵を蒙っているのだが、図版下の感覚的で疑点の多い解説や、『大成』に収められていない作品との認知度の格差など、問題が生じていることもまた事実である。個別的であれ、本報告書のような適切な紹介が積み重ねられてゆくことは、歴史的イメージの世界を豊かにしてゆく基礎的条件となるし、とりわけ博物館・美術館の事業(本報告書は神奈川県立歴史博物館への調査依頼による)として期待するところが大きい。


東京大学史料編纂所古代史料部藤原重雄論文目録