基盤研究(C)(平成20年度~平成22年度)
東大寺文書燈油田大湯屋田関連史料をケースとした巨大中世史料群の構造解析方法の探究

課題・目的

史料群ごとの大まかな概要をつかみ、俯瞰した上で歴史的事実を探究する方法が有効であることは、すでに中世史研究では共通認識となっている。
ただし、この全体を俯瞰するという方法は、史料群を構成する文書・史料点数に左右される。本研究が扱う東大寺のように、畿内寺社の場合、文書・史料点数は数千点・数万点に及ぶのであって、単純な俯瞰は困難である。
このような大規模膨大史料群の構造を俯瞰するための方法の探究が求められることとなるのである。本研究は東大寺文書を素材に、上記の課題に応える方法を探究することを目的とする。
ここでは、史料群の中のある史料のまとまりと、それに関連するが分散して存在する、いわば断片化した文書とに注目し、ひとつの〈原秩序を〉を探究することで、東大寺文書全体を貫通する原秩序にせまる方法を探究する。
ここでは、そのためにもっとも適した史料群として、東大寺図書館所蔵東大寺文書のうち、燈油田・大湯屋田関連史料を選択した。
なお本研究は、燈油田・大湯屋田関連史料を素材に、有効な巨大中世史料群の構造解析方法を提示することを目的とするが、同時に、燈油田・大湯屋関連史料を通して、主に中世後期の東大寺史を明らかにすることも、副次的な課題となる。

研究組織

代表:遠藤基郎(東京大学史料編纂所)
連携研究者:高橋敏子(東京大学史料編纂所)/久留島典子(東京大学史料編纂所)/西尾知己(早稲田大学→学術振興会特別研究員PD)

経費(合計金額)

2008年・平成20年度130万円 2009年・平成21年度 78万円 2010年・平成22年度 65万円

初年度(2008年・平成20年)の内容

東大寺図書館所蔵の燈油田関連史料について、同図書館の協力を得て、カラーマイクロからデジタルイメージ化した。同イメージは、史料の翻刻に活用するのみならず、分離文書復元のための不可欠の情報を提供するものである。
東大寺図書館にて燈油田関係史料の原本調査を実施、現在分離している文書の復元確認などを行った。
東大寺図書館以外に所蔵される燈油田関係史料の蒐集のために、京都市歴史資料館所蔵燈心文庫および国立歴史民俗博物館所蔵水木家史料の調査・撮影を行った。両者ともに学界未紹介の東大寺関係史料の存在を確認した。
なお代表者遠藤は、「大部荘関連文書のアーカイブ論」(2008.8、於米国南カリフォルニア大学漢文ワークショップ)の講演を行った。これは、燈油田関連史料と密接に関わる油倉の文書管理を論じたものである。
連携研究者である西尾知己「中世後期の東大寺大仏殿と興福寺・奈良民衆―永正五年東大寺火災を防災面から読む―」(海老澤衷先生の還暦を祝う会編『懸樋抄』2008)を発表。これは本研究課題のひとつである中世後期東大寺史を扱ったものである。

第2年度(2009年・平成21年)の内容

中世東大寺の燈油田関連史料の全貌を解明する上で、中核となる東大寺図書館所蔵未成巻文書第1部第17(燈油田及大湯屋田)について、翻刻作業を進めた。その過程で、差出、宛所、無年号文書の年号などを比定し、あわせて約15点の前欠・後欠文書について、接続文書を発見することができた。その結果、第1部第17では、油倉関係者である燈油聖作成の下書きが多く、油倉伝来文書として把握すべきとの見通しが再確認された。第1部第17以外の部分でも、第1部第24(雑荘)を中心に関連文書の翻刻を行った。
中世東大寺の中核となる文書目録についてリストアップを行ない、燈油田関連史料との関係を追求し、多様な保管場所があることが明確となった。
そこで得られた見通しをもとに、現状の東大寺図書館所蔵文書の中に、どのように油倉関係文書が含まれているかなどの点について、「史料群としての東大寺文書、その成り立ち」(国史談話会2009年度大会公開講演、2009年6月13日、東北大学)との題目にて代表者遠藤が講演を行った。
さらに、油倉文書のみならず、他の院家文書との関係についても問題を発展させ、尊勝院伝来文書の事例研究を発表した(『東京大学史料編纂所影印叢書5 平安鎌倉古文書集』〔八木書店、2009〕の「東大寺造営領周防国文書」解説〔41p〕)。
東大寺図書館以外に所蔵される燈油田関係史料の蒐集のために、昨年度に引き続き京都市歴史資料館所蔵燈心文庫の調査・撮影を行った。また奈良市立史料保存館では、参考となる近世の燈油納所関係史料の調査・撮影を、また東大寺と密接な関わりをもつ興福寺関係の調査・撮影を行った。
このほか連携研究者である西尾知己は、本研究課題のひとつである中世後期東大寺史の解明をさらに進め、2本の学会報告「応仁・文明の乱と東大寺」(東京大学史学会大会、2009年11月8日、東京大学)、「15世紀後期東南院の簗瀬荘支配」(歴史学研究会中世史部会例会、2010年2月27日、早稲田大学)をした。

第3年度(2010年・平成22年)の内容

中世東大寺の燈油田関連史料の全貌を解明する上で、中核となる東大寺図書館所蔵未成巻文書第1部第17(燈油田及大湯屋田)について、『大日本古文書家わけ第18東大寺文書之21』を刊行した。
現状の第1部第17は、東大寺惣寺管理の印蔵にあった売券類、鎌倉から南北朝期の油倉燈油聖作成・受給のもの、南北朝期末期・室町前期の楞伽院受給のもの他が大きな固まりとしてあることが明瞭となった。また同一時期のものでも油倉燈油聖系と惣寺年預五師系と異なる伝来関係のものが混在している。東大寺文書の利用に際しては、このような混在に留意する必要があることが改めて明確となった。
この間の成果についてWEBを利用して発信した。東京大学史料編纂所データベースのうちユニオンカタログデータベースに、新たに東大寺文書関連のインデックスデータを登録した。東大寺図書館所蔵東大寺文書(宝庫文書)、東京大学文学部所蔵、同法学部所蔵、筒井寛秀所蔵、水木家資料所蔵、根津美術館所蔵などである。また科研代表者のHP(備考URL)からは、東大寺年預五師文書勘渡帳、東大寺関連文献リスト、そして燈油田を含む、東大寺文書中の土地権利委譲に関わる文書を集成したリストなどを公開した。
調査としては、上記『大日本古文書』のための東大寺図書館での原本調査を行った。また新たに大和文華館所蔵の双柏文庫所蔵文書(中村直勝氏蒐集文書)の調査・撮影を行った。同文書には、東大寺文書が多数含まれている。
連携研究者である西尾知己(学術振興会特別研究員)は、中世後期東大寺史の解明をさらに進め、学位請求論文「中世後期顕密寺院の研究」によって、早稲田大学より博士(文学)を授与された。

3年間の研究の成果(まとめ)

(1)『大日本古文書家わけ18東大寺文書之21』を出版した。第1部第17(燈油田及大湯屋田)は、これまで未翻刻の文書が多数含まれており、また発給者・発給年についても、なお検討の余地を多分に残していた。今回の編纂・刊行によって、あわせて約15点の前欠・後欠文書について、接続文書を発見することができた。第1部第17には大和地域の文書が多く、大和の中世史を探究する上で、基礎となる史料を追加することができた。
(2)第1部第17の燈油田関係文書は、いくつかの段階による固まりがあり、それぞれの関連する組織に注目することが、文書の作成・伝来が見通せることが明らかとなった。以下の通りである。
①院政期は、東大寺別当配下の燈油目代が管轄する御油荘関連の文書がある。東大寺三綱申状の下書きが残されることから、この時期のものは、古代以来の執務組織である三綱系のものである。
②鎌倉前期・中期は寄進状が多い。これらは東大寺惣寺の文書を管理する印蔵に保管された。広い意味では院政期の段階と同じである。なお燈油田の寄進状は、この時期のものと、室町後期のふたつの山のあることが確認される。
③鎌倉後期からは、異なる様相を呈する。この時期も、燈油目代発給文書の土代などが残り、依然として三綱系と見られるものがある、しかし多くはない。大勧進・戒壇院の系列に属する燈油聖作成の下書きあるいは燈油聖宛の文書が多くなる。戒壇院伝来文書とすべきである。戒壇院伝来文書の特徴としては、実際の経営に関わる収支関連文書が見えることである。三綱系・戒壇院系とならび、惣寺・年預五師系と考えられる年預五師作成の下書きも存在する。つまり第1部第17の燈油田関係文書には、伝来系統の異なる2つないし3つの文書が混在しているのである。近代における東大寺文書の整理とは、旧来の伝来のありようを、横断的に編成し直したことが明瞭にうかがえるのである。
④南北朝期後半から室町中期の文明年間頃までは、戒壇院系統のものが大部分を占めている。ただし燈油田そのものの経営文書は応永年間(1394~1427)を最後になくなると思われる。その後の時期のものは、実は燈油田とは直接関わらない戒壇院系の油倉宛の文書などである。このタイプの油倉関連文書は、文安・享徳・寛正・文正年間(1444~66)のものが、本第1部第17のみならず、たとえば第1部第13大部荘など、未成巻文書内の他の架に納められるものが多数ある。近代の整理によって、本来のかたまりが解体されてしまったのである。
⑤文明年間以後、一時文書が激減する時期があり、永正年間(1504~20)より再び出現する。惣寺系列の燈油納所あるいは年預五師宛の経営関連文書が存在する。また燈油田寄進文書もこの時期のものが多く残っている。こうした傾向は、他の架においても認められる。永正年間に東大寺は大規模な火災に見舞われ講堂他の堂宇を焼失した、その再建のために全体の経営強化に努めた。そのことの反映かもしれない。
⑥以上、第1部第17の燈油田関係文書では、三綱系・惣寺年預五師系・戒壇院系の3つの伝来文書が、時期的な変化を帯びつつ、整理されている。この他にも未成巻文書の中には、学侶方(たとえば美濃大井荘関連文書など)があったと考えられる。さらに未成巻文書には混在していないが、東大寺宝庫文書には寺内塔頭尊勝院伝来文書が含まれている。これらについての詳細な検討は今後の課題である。さらに本来は存在したが、全く独立して伝来し、さらに焼失・廃棄などによって失われたしまった文書について、その可能性を追究することも今後の課題である。たとえば東南院伝来文書などがさしあたりの検討対象であろう。
(3)史料調査および史料収集の成果を公開した。史料調査については、東大寺図書館所蔵東大寺文書・京都市歴史資料館所蔵燈心文庫(林屋辰三郎氏蒐集文書、重要文化財)・国立歴史民俗博物館所蔵水木家史料・奈良市立史料保存館所蔵史料・大和文華館所蔵双柏文庫所蔵文書(中村直勝氏蒐集文書)などで行った。調査目録は、科研のHPあるいは東京大学史料編纂所のユニオンカタログDBに登録した。このほか、史料編纂所にある東大寺文書関連の写真帳からの史料収集として文書の目録とりも行った。同じくユニオンカタログDBに登録した。東大寺図書館所蔵東大寺文書(宝庫文書)、東京大学文学部所蔵、同法学部所蔵、筒井寛秀氏所蔵、水木家資料所蔵、根津美術館所蔵の各分である。
(4)以下の3点の基礎データを科研代表者HPより公開した。①中世東大寺関連文献リスト、②東大寺年預五師文書勘渡帳、③燈油田を含む東大寺文書中の土地権利委譲に関わる文書を集成したリストなどである。

以上 2010.4.28記、2011.6.9更新