東大寺年預五師文書勘渡帳について

2010年7月30日

年預五師は、東大寺学侶集団全体の代表であり、単年度で交替することとなっていた。その交替は2月である。 年預五師交替に際しては、新旧年預五師の間で文書の引継ぎが行われた。これを文書勘渡と言う。そのための引継ぎリストが文書勘渡帳であり、鎌倉後期から室町中期にかけてのものが複数残っている。

現存する文書勘渡帳とその特徴

現存するのは、①正応年間(4通)②徳治~正和年間(6通)③嘉暦2年、④建武年間(2通)、⑤観応2年⑥応永0年代(2通)⑦応永10年代(5通)⑧応永30年代~嘉吉年間(7通)である。
これらのうち、①⑥⑦⑧はそれぞれのまとまりの中で統一性のある記述が確認される。新たに引き継いだ文書や、前年度分の引継ぎ文書項目の末尾に追加記入している。また①正応年間については、文書勘渡帳を貼り継いでいたことも指摘されている。この他、⑧からは、内部を16段の引き出しに区分した文書箪笥に文書が収められたことが判明する。
これに対して、鎌倉末期から南北朝期の②③④⑤は、そもそも残存例が限られる。また現存するものも、規格化された統一性が見いだしがたい。強訴や内乱状況などの影響であろうか。東大寺に限らずこの時期は社会全般に、不安定な変革期にあたる。あるいはそのような時代の反映と見なすべきであろうか。

文書管理を検討するために

文書目録の一種である、この文書勘渡状の記載文書と、現存する実際の文書との対応関係を探ることは、今後の課題である。それは年預五師を代表とする惣寺方文書管理の実態究明につながるだろう。
さらに、文書勘渡状には見えないが、現在東大寺文書して現存する文書の分析も必要である。 ひとつの可能性としては、惣寺方以外の寺内組織、具体的には諸院家、諸堂(法華堂・中門堂)、学侶方、そして油倉方に保管・伝来した可能性がある。文書勘渡帳にも、東南院・学侶方・油倉に正文を納めた旨の記述が認められる。
また本科研の主要課題である油倉方、大仏殿燈油関係の文書に即して言えば、文書勘渡帳に見えない大仏殿燈油聖が作成した申状の下書きなどは、油倉保管文書と考えるのが自然である。
ただし、もちろん、文書勘渡帳に見えない惣寺系文書があるとすれば、文書勘渡帳記載有無の意味は、別の角度から考えねばならず、その点の見極めが今後の課題となる。
【参考文献】『東大寺文書を読む』(堀池春峰監修、思閣出版、2001) 綾村宏執筆部分