このサイトについて
このサイトは、WEB上で倭寇図巻の画像を公開するとともに、絵巻に描き込まれた情報を分析するために構築されたデジタルアーカイブです。
倭寇図巻
倭寇図巻は、20 世紀初頭に中国から日本に渡ってきた作品です。本郷にあった文求堂という書店が中国で購入してきたものを、1923 年以前に史料編纂所が購入しました。「明仇十洲台湾奏凱図」と書かれた題簽が付けられていますが、倭寇との戦いを描いた絵巻の内容にそぐわないとして、史料編纂所に入架される際に「倭寇図巻」と名付け直されました。制作年代は不明ですが、明代末期(~ 17 世紀前半)までに制作されたものと推定されています。倭寇の姿を着色で描いた唯一の史料として注目を集め、教科書にもしばしば掲載されて、「倭寇」のイメージを長らく規定してきました。ただし中国国家博物館に「抗倭図巻」と名付けられた絵巻が所蔵されており、これが倭寇図巻と仲間であることが近年の研究で明らかにされています。
倭寇図巻の請求記号・法量は次のとおりです。
- 請求記号 S0080-2 法量 32㎝×523㎝
絵巻に描かれたもの
倭寇図巻は、海の向こうからやってきた倭寇が上陸して村で掠奪を働き、それを明軍が退治して勝利し村に平和が戻る、というストーリーで描かれていると読み解くことができます。しかし倭寇図巻には、日本の絵巻にみられるような詞書がありません。絵巻のなかに書かれている文字も限られており、そこから絵巻の性格を読み取ることも困難でした。絵巻に描かれている掠奪者が倭寇であること、掠奪者と戦っているのが明軍であることなどは絵柄からの推定にすぎなかったのです。
2010 年、史料編纂所の写真室で倭寇図巻の赤外線撮影を行なったところ、絵具で塗りつぶされた旗の下から新たに文字が発見されました。発見された文字「弘治四年」「大明神捷海防天兵」「粛清海[ ]倭夷」は、絵巻が弘治四年(1558)に天兵(明軍)が「倭夷」を「粛清」した物語として描かれたことを示すものです。この発見により、倭寇図巻についての理解は格段に深まることとなりました。
デジタルアーカイブの機能
デジタル撮影した倭寇図巻の画像を接合して絵巻全体を一覧できるようにするとともに、赤外線撮影画像と紐付けしました。また研究成果に基づいてアノテーションを付与し絵巻の読解の手引きとなるよう工夫しました。さらに試験的に絵巻にみられる人物を切り出し、情報を付与してキーワード検索が出来るようにしました。
また倭寇図巻の関連資料として、史料編纂所所蔵「蒋洲咨文」をとりあげ、史料画像・釈文・読下し・大意を、語釈と地図とともに閲覧できるようにしました。蒋洲咨文は、倭寇の活動が活発だった 16 世紀半ばの東アジア海域の情勢を示す貴重な史料として重要文化財に指定されています。
さらに同じく関連資料として、国立公文書館所蔵『籌海図編』(嘉靖本)巻十三に収められている船や武器の図を抽出しました。倭寇図巻に描かれる船や武器との比較を試みられるようにすることを企図しています。『籌海図編』は、倭寇鎮圧に功績を挙げた胡宗憲という明朝官僚のブレーンであった鄭若曽が編纂した海防地理書で、倭寇に関する情報も多く含まれています。幾度も板行され広く流通しました。
〔参考文献〕
- 田中健夫『中世対外関係史』東京大学出版会、1975 年
- 東京大学史料編纂所編『描かれた倭寇 倭寇図巻と抗倭図巻』吉川弘文館、2014 年
- 須田牧子編『「倭寇図巻」「抗倭図巻」をよむ』勉誠出版、2016 年
〔付記〕
このデジタルアーカイブは以下の各種研究費の成果によるものです。
- JSPS 科研費 26220402・25770233・19K20626・20H00010・21K18014
- 東京大学史料編纂所画像史料解析センター「東アジアにおける「倭寇画像」の収集と分析」(研究代表者・須田牧子)
- 東京大学史料編纂所特定共同研究「本所所蔵品ならびに中国国家博物館所蔵品にみる「倭寇」像の比較研究」・「東アジアの合戦図の比較研究」(研究代表者・須田牧子)
- 東京大学 FSI 事業「データ駆動型歴史情報研究基盤の構築」