基盤研究(B)(平成24年度~平成27年度)
復元的手法による東大寺文書研究の高度化―『東大寺文書目録』後の総括・展望―

課題・目的

 東大寺文書は、古代・中世史に研究にとって重要な基本史料のひとつである。『東大寺文書目録』(同朋社、1984年)の刊行などによってその研究は飛躍的に進歩した。ただ現在の文書整理・文書所在の状態は、古代・中世の管理・所在状態とは大きく異なっている。それは、近世・近代の改変が大きく影響している。本研究では、特に中世の管理・所在状態の復元を目指す。物理的に分離した文書の復元、あるいは本来の文書の「出所」を追究した小さな内部文書群の復元などを、近年修補された東大寺文書のカラーマイクロのデジタル画像を駆使して実現する。
 復元研究の成果そのものまたその過程で産み出された新たな知見を、データベースなどで公開することにより、東大寺文書研究の高度化を目指す。

研究組織

代表:遠藤基郎(東京大学史料編纂所)
研究分担者:小原嘉記(中京大学)
連携研究者:吉川聡(国立奈良文化財研究所)・菊地大樹・西田友広(東京大学史料編纂所)
研究協力者:三輪眞嗣(京都府立大学博士後期課程)・小嶋教寛(東京大学史料編纂所学術支援職員)・西尾知己・畠山聡・守田逸人(以上東京大学史料編纂所特任研究員)・森哲也(九州大学専門研究員)

特任研究員:畠山聡(2012年~)・守田逸人(2012年)・西尾知己(2014年)

経費

直接経費合計金額(予定):1800万円

初年度(2012年・平成24年)の内容

本年度は、東大寺文書未成巻文書(約20000コマ)について、カラーマイクロからのデジタル化を行うとともに、その並び替え・ファイル名の付け替えなどの整理作業を行った。ユニオンカタログデータベース(以下UCDB)からの表示を実現するための、下作業を行った。
リンク表示の実現にはいたっていないものの、これが実現することは東大寺文書研究にとって、研究基盤のかつてない充実を意味する。
またUCDBでの東大寺未成巻文書関連データは、全体の半分が年月日・文書名のみの簡略なもので、不完全なものであった。さらに表記も統一性がとれていない部分があった。これらについてデータのブラッシュアップを行った。これによりより高い検索精度が期待できる。
現在分割され散在している文書について、その接続復原の情報を表示するための、機能追加をUCDBのシステム改良で実現した。
黒田庄を含む伊賀国東大寺荘園関連文書ではめざましい成果が確認される。正倉院文書(東南院文書)、東大寺文書、寺外流出東大寺文書、東大寺図書館所蔵聖教紙背文書、古記録、諸家・諸寺社文書などから関連史料を集め、従来未確認の該当史料を抽出した。また鎌倉時代の史料を中心に、収集した史料の年代比定・人名比定などを進め、史料を編年順に配置した。中世荘園史研究にとって当該地域は重要な地域のひとつである。以上の成果は、中世荘園史研究にとって、新たな研究基盤の整備をもたらすものである。
このほか遠藤基郎「東大寺とその荘園‐古文書にみる大部荘」(Todaiji and Its Shoen: Obe Estate in the Documentary Record) 南カリフォルニア大学国際シンポジウム「荘園制を再考する:中世日本の社会と経済」(International Conference ‘Reassessing the Shoen System : Society and Economy in Medieval Japan’)2012年6月において、東大寺文書研究について国際発信を行った。

第2年度(2013年・平成25年)の内容

東京大学史料編纂所ユニオンカタログデータベース(以下UCDB)から、未成巻文書全点のWEB 上での検索を可能とした。また本所閲覧室においては、UCDB からの未成巻文書の高精細カラーデジタル画像の閲覧を公開した。現在分離している文書のうち、連接表示機能の運用を開始した。連接判明のデータ244件について、同じくUCDB から公開した。
影写本など複製本の異なる同一のデータについて、UCDB の統合機能を使用し整理した。これにより従来、必要であった同定作業を省くことが可能となった。同じく統合機能を使用して、『大日本古文書 東大寺文書』と写真帳『未成巻文書』との統合を行った。これにより、この間の編纂の成果とのシームレスな利用環境が整った。
道具類の整備においては、別当・寺務代・後見などについての一覧を作成した。また年預五師および諸年預の補任表の作成に着手した。記録部中世分史料の解題作業として、141架(96件)・142架(64件)の作業が完了した。またその伝来情況についての新たな知見を特任研究員畠山聡が解明しつつある。
東大寺塔頭宝珠院の所蔵する東大寺法華堂伝来文書のうち中世分を中心に調査・撮影を行った。対象200件弱である。2014年2月に本所において研究会を開催した(参加者12名)。
この間の成果を盛り込んだ『大日本古文書 家わけ第18 東大寺文書之22』を刊行し、分離文書の復元、無年号文書の年号比定、関連文書情報掲載など、学界に新たな情報を提供した。この他、分担研究者小原嘉記は、市民向け刊行物において黒田庄紹介のコラムを担当するなど、成果の社会還元を果たしている。

第3年度(2014年・平成26年)の内容

東大寺図書館所蔵薬師院文書未整理分の調査を実施。特に模写図を中心に整理を行った。東大寺文書の原本調査を行い、接続他の確認作業を行った。(旅費)
記録類(中世分)の解題については、薬師院史料記録部55件、記録部141B(宝珠院記録)27件、雑部5件を果たした(特任研究員)。ユニオンカタログDBデータのブラッシュアップとしては、第1部25、第3部1、第3部4、第3部12につき、文書名修正・年月日修正・翻刻刊本情報付加などを果たした。また年預五師表のブラッシュアップも行った。これは無年号文書の年号を比定する上で極めて有用である。(特任研究員・学術支援職員)。寺外文書について、京都大学所蔵宝珠院文書・京都市歴史資料館所蔵燈心文庫文書・慶應大学文学部古文書室所蔵東大寺文書のデータをユニオンカタログDBに追加した(学術支援職員)。
2015年2月に本所において第2回研究会を実施。黒田荘に関する文書分布状況、鎌倉時代の東大寺財務、東大寺文書出納日記の復元、中世後期における学侶方の実態など、5本の報告を得た。特に学侶方については、従来の研究では手薄な分野であり、今後の展開が期待される。
代表者遠藤が、高精細デジタル画像のデータベース活用の実践例を公開シンポジウムで報告した。
研究分担者小原が共同執筆者である『三重県史資料編古代・中世』が刊行された。この地域の文書は、東大寺文書中に占める割合が極めて高いが、これまで完備する史料集がなかった。今後の研究に資するところ大である。

第4年度(2015年・平成27年)の内容

ユニオンカタログデータベースのデータブラッシュアップを行った。『三重県史』『兵庫県史』『岐阜県史』『小野市史』など刊本データとの統合、無年号文書の年号比定作業、文書名修正作業などである。更新レコードは東大寺図書館未成巻文書のみにて1,596件に及ぶ。 刊本との統合は、くずし字読解が困難な利用者への導きとなろう。また年号比定は鎌倉後期のものが多く、これまで以上に個別の案件の詳細な経緯を知ることが可能となった。分離文書の復元は、新規統合件数37件を追加した。これにより4年間の総数は統合件数281件、接続された文書総件数863件となる。以上により、『東大寺文書目録』(1976年刊行)以降の研究成果を盛り込み、次の段階への新たな基盤の構築が果たせたものと確信する。
東大寺別当・年預五師の一覧化について、その精度を高める作業を行い、同ファイルをWEB上に公開した。記録部解題作成は、雑部16件、巻子本部35件を追加した。その成果もWEB公開した。公開に際しては、東大寺図書館よりご許可を賜った記して謝したい。
分離文書復元のため東大寺図書館・京都大学総合博物館において調査を行い、複数点の接続を確認した。このほか、新規撮影として中世東大寺の所領であった周防国衙領の国衙候人伝来文書である上司家文書の約340点の撮影を行った。
4年間の成果によって東大寺大勧進・法華堂・学侶・油倉など諸役・諸集団・諸機関について新たな知見をうることができた。その成果は、学会・公開研究会、あるいは論文として発表した。特に4年間の成果を総括する公開研究会を東京大学史料編纂所にて開催した。全国の関係する研究者が45名参加し、多数の意見が交わされ充実した会となった。今後内容を一新したユニオンカタログデータベース上の東大寺文書目録を利用し、当該分野の研究が一層する進展する契機になったものと思われる。
【成果物】
(1).東大寺図書館所蔵記録部等解題(抄、中世関連史料)ver1.pdf
(2).東大寺別当他一覧表ver1(20160514).xls
(3).東大寺年預五師他一覧表ver1(20160514).xls
(4).付録_近世東大寺諸職一覧.xlsx

以上 2016.5.14記