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所報 - 刊行物紹介

日本荘園絵図聚影釈文編三 中世二

 『日本荘園絵図聚影釈文編』は全四冊(古代一冊、中世三冊)計画で編纂している。三冊目である本冊に収録したのは大和、伊勢、丹波、摂津、和泉、河内に所在する中世の荘園及び寺社の絵図である。収録した釈文図の点数は七五点(断簡を含む)、解説編は一八五頁である。本編の近畿二、近畿三に収録されている絵図におおむね対応するが、一部、近畿一、西日本二・補遺に収録されている絵図の釈文図・解説も収めている。本編との対照表は解説編の末尾に示した。
 絵図の名称については、調査の進展によって本編刊行時の名称から変更するのが適当と判断するに至ったものがある。列記すると左のとおりである(上が旧名称、下が新名称)。
 大和国添下郡京北条里図→ 大和国添下郡平城京条坊図
 大和国羽津里井荘図→ 大和国城上郡東郷杖田田地差図
 大和国古木本新両荘土帳(断簡一)(断簡二)→ 大和国古木本新両荘北円堂領土帳(断簡一)(断簡二)
 某荘絵図(断簡)→ 大和国長瀬荘与伊賀国黒田荘堺相論絵図(断簡)
 大和国奈良南市東十三重領指図→ 大和国奈良南市東観音堂領并十三重領指図
 大和国平群郡摩夜郷神南御油田地差図→ 大和国平群郡夜摩郷神南御油田地差図
 伊勢国鹿海村草場差図写一→ 伊勢国宇治郷鹿海村北岡差図写一
 伊勢国鹿海村草場差図写二→ 伊勢国宇治郷鹿海村北岡差図写二
 伊勢国箕曲郷法常住院領吹上畠差図写→ 伊勢国箕曲郷法常住院領差図写
 山城国神尾一切経蔵領長谷古図→ 丹波国野口荘神尾一切経蔵領長谷古図
 山城国神尾一切経蔵領中野古図→ 丹波国野口荘神尾一切経蔵領中野古図
 摂津国垂水荘向島絵図→ 摂津国垂水荘三国川中島差図
 摂津国長洲御厨内大覚寺絵図→ 摂津国大覚寺絵図
 摂津国尼崎大覚寺敷地四方指図→ 摂津国大覚寺敷地四方指図
 収録した絵図の作成の意図や関係史料などについては解説編に記したので、そちらを参考にしていただきたいが、特に注意されたい点を左に掲げておく。
 大和の絵図四六点のうち二二点は大乗院尋尊の筆になるもの(写を含む)である。『三箇院家抄』と重なる記載をもつ絵図もあり、同書の編纂と絵図の関係をさらに追及する必要があるだろう。収録した絵図には絵図に関連した裏書をもつものがあるが、大和の絵図については、絵図と関係しない紙背文書をもつものもある。それらについても翻刻紹介した(「大和国佐保新免田土帳」「大和国若槻荘土帳二」「大和国倉荘「大和国乙木荘土帳一」)。
 天理大学附属天理図書館所蔵「大和国小五月郷指図」の原本は尋尊による断簡四葉が残されているのみであるが、同館には宝暦三年に書写された全体図が所蔵されるので、これも合わせて収録するとともに、現存する断簡が全体図のどこに位置するかを示した配置図も作成し、解説編に掲載した。江戸中期写の興福寺蔵「大和国小五月郷差図写」とともに、中世後期の奈良の都市構造を知るうえで重要な絵図である。
 「大和国長瀬荘与伊賀国黒田荘堺相論絵図」は本編では「某荘絵図」とされていたが、本図の裏書と「東大寺文書」中の関係文書の文言の一致から、正治元年から二年にかけて争われた東大寺領伊賀国黒田荘と興福寺伝法院領大和国長瀬荘の堺相論に関係する図であると判断した。
 高山寺所蔵「丹波国野口荘神尾一切経蔵領長谷古図」「丹波国野口荘神尾一切経蔵領長谷古図」は本編では山城としていたものであるが、丹波と改めた。絵図に描かれた場所の野口荘の中での位置についての詳細は、『東京大学史料編纂所附属画像史料解析センター通信』九三号で詳述しているので参照されたい。
 担当者:高橋敏子・榎原雅治・稲田奈津子・井上 聡・遠藤基郎・及川亘・鴨川達夫・川本慎自・菊地大樹・久留島典子・末柄 豊・高橋慎一朗・高山さやか・谷 昭佳・鶴田 啓・藤原重雄・前川祐一郎・村井祐樹・村岡ゆかり・伴瀬明美・山口英男・山家浩樹・鈴木沙織(学術支援専門職員)・土山祐之(学術支援専門職員)
(全三三八頁〔解説冊子:一九四頁、釈文図:一四四頁〕、本体価格二四、〇〇〇円)

『東京大学史料編纂所報』第56号 p.60-61