32.ロシア連邦サンクトペテルブルク市所在日本関係史料調査

二〇一九年九月二九日から一〇月五日にかけて、ロシア連邦サンクトペテ
ルブルク市を訪問し、下記の調査および研究打ち合わせをおこなった。出張
者は、保谷徹・立石了の二名であり、日本学士院の在外未刊行日本関係史料
調査事業の経費を用いて実施した。現地では、共同研究者のワジム・クリモ
フ上級研究員(ロシア科学アカデミー東洋古籍文献研究所)に調査日程のコ
ーディネートおよび通訳等でお世話になった。
(1)ロシア国立歴史文書館(RGIA)
国立歴史文書館を訪問し、セルゲイ・チェルニャフスキー館長らと面会し
た。事前に依頼した複製史料データ一六のジェーロ(ファイル)一〇六三コ
マを受領した。ここには、アジアロシア図一八六〇、一八七五、一八八九
(分割図)などが含まれる。
チェルニャフスキー館長と共同研究事業に関して協議し、二〇二〇年五月
に東京で国際研究集会を開催すること等について合意した。RGIA では、所
蔵資料のデジタルスキャンとそのデータ公開を推進中であり、現在、三〇〇
〇万コマほどデジタル化されているが、全所蔵史料の三・五パーセントにす
ぎないという。デジタルデータは主に館内利用に限定されており、ウェブサ
イト経由で閲覧できるものや海外から閲覧可能なものは少ない。ただしロシ
アにおいて、人文学のデジタル化は現在政府が推進しているところでもあ
り、来年のシンポジウムでは、RGIA のデジタル化事業について報告してい
ただけるとのこと(その後、研究会はコロナ禍により「誌上開催」となっ
た)。
なお当日は、Ф516.Оп1.Д1・21・22(計三点)を閲覧調査した。これは、
一九一六年のニコライⅡ世・皇后アレクサンドラ・軍司令官の毎日の動静を
記したものであり、ほかにニコライⅡ世の母皇太后マリアについてのものも
あるという。いわば皇室の侍従日記とファイルのような性格か。このニコラ
イⅡ世関係記事の史料集一冊の寄贈を受けた。Ф516 は、皇帝代々の記録が
収められているフォンドだということであり、次回以降、一八六〇年代アレ
クサンドルⅡ世時代の記録を精査する必要がある。
RGIA では、書庫・大会議場・展示室・閲覧室など、あらためて館内設備
を見学した。当日は中露関係史の原本史料展示、音楽学者に関する複製展示
が行われていた。
(2)ロシア国立海軍文書館(RGAVMF)
国立海軍文書館を訪問し、ワレンチン・スミルノフ館長、マリナ・マレヴ
ィンスカヤ副館長らと面会した。事前に依頼した複製史料データ一五ジェー
ロ、一九七〇コマを受理した。ここには、箱館関係のファイル、さらにアジ
アロシア図の一八二五年、一八七五年、一八九五年などが含まれている。
ここでも共同研究事業に関して協議し、二〇二〇年五月の国際研究集会開
催について合意した。報告テーマとしては、一八世紀半ばから一九世紀初め
にかけてのロシア探検隊が作成した海図、とくに一八二五年のアジアロシア
図の作成経過などについてご報告をお願いした。
文書館側から史料集や目録を寄贈され、日本関係史料をめぐる研究計画に
ついて、多岐にわたって説明をうけた。また、書庫、閲覧室、目録室など、
館内設備についてあらためて見学する機会を得た。
(3)エルミタージュ美術館
日本担当の学芸員アンナ・サヴェリエナさんと面会し、下記の日本関係コ
レクションを閲覧調査した。また、図録“PERFFECTION IN DETAILS ―
The Art of Japan in the Meiji Period 1868-1912” Enamels/Metalwork/Ceramics
and Porcelain/Lacquer の四冊を受領した。
・「御旅館写真帳」第一~第三(三冊)
二代目鈴木真一の写真集。ロシア宮内省がニコライ皇太子の訪日に備えて
注文したもの。京都・熱海・箱根・東京・仙台~青森など、ニコライ皇太子
の宿泊予定地の写真が主に収められている。シチグリツ(Штиглиц)コレ
クションの一つで、当コレクションは銀行家であり、学問・美術のスポンサ
ーでもあったシチグリツ男爵の蒐集に係るもの。
・ニコライ皇太子訪日古写真
京都常盤ホテル・大津・鹿児島・ウラジオストク・軍艦内部などの写真。
・大津事件に際して日本国内からニコライ皇太子に贈呈された地図・写真類
群馬碓氷峠の写真(高崎の小幡写真士(U. OBATA)から贈られたもの)。
大坂城の写真(西・北西・東の三視点から写したもの)。
大阪市街地図(桐箱入、五点、地図内の名所に番号が振られ、名所を案内
するパンフレットが附属物として入る)。
・一八八〇年代東京の写真。
・ほかに、大阪砲兵工廠の写真。
(4)その他
一〇月三日には、歴史文書館長・海軍文書館長の御案内で、サンクトペテ
ルブルク市西方のプーシキン市を訪問し、学芸員の解説のもと、以下の施設
を見学し、日本関係史料を調査した。
○ Ратная Палата(The Sovereign’s Chamber)
第一次世界大戦博物館となっている。様々な国々の軍服・武器・兵士携帯
品などを展示しており、中庭に大阪砲兵工廠で製造された榴弾砲二門が展示
されていた。
一五〇ミリ野戦榴弾砲(「三八式十五珊榴弾砲」No.74)、明治四五年、大
阪砲兵工廠製
一二〇ミリ野戦榴弾砲(「三八式十二珊榴弾砲」No.90)、大正一二年、大
阪工廠製
○ Павильон Арсенал
皇帝の武器庫である。ニコライⅠ世が蒐集した武具を展示(現在はエルミ
タージュ美術館の収蔵品)している(第二次世界大戦に際してもともと収蔵
されていた武具類がエルミタージュに移管された)。この中に、一七世紀前
半の日本の兜が一点展示されていた。
以上、今回はとくに短い日程のなかで、現地文書館における撮影データの
受理や共同研究の打ち合わせを行うことができた(ただし、ロシア科学アカ
デミー東洋古籍文献研究所イリナ・ポポワ所長はスケジュールが調整でき
ず、直接面会できなかった)。当面、二〇二〇年度については「維新史料研
究国際ハブ拠点形成プロジェクト」や「人文学・社会科学データインフラ整
備事業」などの経費を用い、国際研究集会の開催や日本関係史料の複製収集
などを進める予定である。また、科学研究費補助金など継続的な研究費の獲
得をはかりたい。
(保谷 徹・立石 了)

『東京大学史料編纂所報』第55号