62.南欧三カ国日本関係史科の調査

二〇〇一年十二月一〇日~一九日、南欧三カ国において日本関係史科の調査を行い、あわせて調査事業への協力要請をおこなった。なお、学術研究支援員森田朋子氏に同行していただいた。
マドリッド所在日本関係史料調査
 マドリッドの王立史学士院文書館およびマドリッド王宮武器庫を訪問した以下、順に調査概要について説明していく。なお現地では、日本=スペイン関係史研究者の的場節子氏、王宮武器庫管理責任者のアルヴァロ・デル・カンポ氏のご協力を得た。
(1) 王立史学士院図書館(RealAcademia,Madrid)
 この図書館は、マドリッド中心部のソル地区にあり、一七三八年にフェリペ五世の勅令により創設され、すでに二六〇年以上もスペインの史学研究の中心として国内外の研究者を惹き付けてきた。日本関係を含むその膨大なコレクションの中でも、今回はとくに寛永年間の長崎周辺事情に関する文書群の閲覧・収集に努めた。この文書群についての詳しい考察は、紀要一五号においてなされる予定である。とくに古文書番号九l七二三九-一(ⅱ)はかつて本所の事業で収集されたが、焼き付けの状態が不鮮明だったために、再度写真版での複製を依頼した。
(中略)
(二) 王宮武器庫 (RealArmeria,Madrid)
 現在、マドリッドの王宮は各国の要人の歓迎式典等をおこなう迎賓館として使用されているが、それ以外の時期には内部公開され、薬草庫と武器庫も博物館として公開されている。武器庫には十六世紀に天正少年使節が贈ったといわれるものと明治十六年に有栖川宮から贈られたものを含む日本甲冑数点が存在する(菊と五七桐などの紋入り)。しかしながらこれらは一八八四年の火災で多大な損害を受け、残ったものを組み合わせて一式を形成しているので、日本の甲胃の形状からは程遠い状態にある。同時にこれらの甲冑内部から文書が発見されている。総数八片の形状であるが、元はひとつの文書というわけではないと考えられる。年代は文久元年との記載があり、「白砂糖」や「茶」、「杏」といった物品名と「匁」等の量単位が記されている。
 ところで、これらの甲冑については数年前に、古甲冑調査保存会という団体が詳細な調査をおこない、記録を残している。我々は現地で報告書を閲覧することができたが、その報告書の複写は許可されなかった。このため帰国後、「古甲冑調査保存会」について調査したところ、現在この団体は存在しないが、調査代表者だった小笠原信夫氏(調査当時、東京国立博物館学芸部工芸科)から、調査概要他、興味深い話をうかがうことができた。ここに記して感謝したい。
リスボン所在日本関係史料調査
 リスボンでの調査には十二月十二日~十四日の三日間を充てた。なお、十二月十二日にはリスボン新大学において、オリベイラ・エ・コスタ教授(リスボン新大学附属海外領土史研究所所長)と会談し、今後の史料編纂所との学術連携などについて協議をおこなった。
(一)リスボン国立図書館(Biblioteca Nacional,Lisboa)
 本図書館は、ポルトガル国内で最大の図書館であり、新旧の出版物および古文書を多く収蔵している。今回の調査ではポルトガル中部の都市エヴォラで保管されていた屏風の下張りから採取された文書を中心におこなった。これらの文書は元々断片五七点であったが、昭和五八年に中村質氏が整理をおこない、解読可能な書状として三十一通を数えた(中村質「豊臣政権とキリシタン-リスボンの日本屏風文書を中心に-」『近世長崎貿易史の研究』)。平成十年にはこれらの文書は京都国立博物館での修繕のために、五世紀ぶりに日本へ戻された。昨年本図書館に無事戻された文書を目にすることができた。これらの文書は豊臣家家臣のキリシタン安威五左衛門の家から出た反古の可能性が高いと考えられる。反古ながらも、天正期の豊臣家家臣団の日常的な動きを示す史料として価値の高いものである。これらの文書の複写は紙焼き形式で帰国後購入した。なお、現地では前掲中村論文に掲載されている釈文と原本との対校作業を行ったが、その際に判読が可能となったもののうち二点を例示する(太ゴチックが補訂箇所)。
(中略)
(二)リスボン国立古代美術館(Museu Nacional de Arte Antiga,Lisboa)
 当館には、南蛮屏風二点ほか、日本関係の美術コレクションが数点存在する。残念ながら、これらは戦後日本において同美術館が購入したもので、十六世紀~十七世紀頃に、ポルトガルへ贈物として持ち帰られたり、輸入されたものではない。
 ①長崎を描いた小型の屏風一双②ゴア出港から長崎到着の図を左右隻に描いた大型の屏風一双がとりわけ目を引く。①は堺の旧家に伝わったもので、いったん神戸の池長孟氏のコレクション(現在、神戸市立博物館管理)に入ったが、のちにポルトガル大使館により購入され、本国に移送された。②は三田藩九鬼家に伝わったもので、戦後売却されている。狩野内膳の署名入りで、駱駝や象などの異国趣味的な動物が多数描かれているのが特徴である。
ヴェネチア所在日本関係史料調査
 ヴェネチアでの調査には十二月十五日~十六日の三日間を充てた。なお事前にヴェネチア大学のアドリアーナ・ボスカロ教授に十一月に来所いただき、ヴェネチアにおける日本関係文書の状況についてご指導いただいた。また帰国後には、ボスカロ教授の後任教授であるアルド・トリーニ教授にマルチャーナ文書館の日本関係文書について、未調査のものが多数ある可能性をご指摘いただいた。
(一)マルチヤーナ国立図書館(Biblioteca Nazionale,Marciana)
 当図書館は水の都ヴェネチアの中心、サン・マルコ広場に面している。ここで閲覧申請した文書は次の一点である。
(中略)
(二)ヴェネチア国立文書館(Archivio diStato diVenezia)
 当文書館では、館長ヴィンセンツォ・フランコ氏と面談し、今後の学術的交流について協議した。その際、玄関先で偶然出会った現地留学中の三浦敦子氏(東京都立大学院生)にご協力いただいた。閲覧した文書は次のとおりである。
(中略)
ヴァチカン市国所在日本関係史料調査
 ヴァチカンでの調査には十二月十七日~十八日の三日間を充てた。当地での調査にはローマ大学のヴァルド・フェレッティ教授に同行して頂いた。
(一)ヴァチカン図書館(Biblioteca Apostolica Vaticana)
 司書ユ・ドン氏の案内のもと、以下の文書を閲覧した。また副館長のアンブロージオ・ピアツツォーニ博士と今後の学術的交流などについて懇談した。
(中略)
(二)ヴァチカン文書館(Archivio Segreto Vaticano)
 当館で閲覧した文書は次のとおりである。
(中略)

                        (山本博文・松澤克行・岡美穂子)

『東京大学史料編纂所報』第39号