東京大学史料編纂所

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刊行物紹介

大日本古文書 家わけ第十九 醍醐寺文書之十三

 本冊には、前冊に引き続いて、醍醐寺文書(醍醐寺所蔵)の第十八函九十一号から第十九函六十九号に相当する文書を、整理番号の順に収めた。本冊における文書番号は第二八三八号から第三一二〇号までである。
 本冊所収文書の年代は、南北朝・室町時代のものを中心として、鎌倉時代から江戸時代まで及んでいる。
第十八函相当部分は、所領・所職関係の文書が主たる内容であり、ほぼ所領・所職ごとにまとまって配列されている。まず、第二八三八号~第二八四二号は、前冊に引き続き越前莇野(あぞの)保関係文書である。第二八四三号~第二八五八号は、三宝院領の尾張安食庄および尾張国衙領の関係文書である。第二八五九号~二八七三号は、醍醐寺座主領の伊勢曽祢庄関係の文書で、とりわけ伊勢北畠氏や北方一揆の動向が知られる点が注目される。第二八七四号~第二八七八号は、同じく座主領の河内五箇庄(郡庄・志紀北庄・志紀南庄・若江庄・渋川庄)の関係文書である。第二八七九号~第二九一八号は、南北朝時代以降三宝院が別当を兼ねた六条八幡宮関係のもので、幕府からの神宝送状、社領筑前若宮庄からの年貢米輸送に際して幕府が発給した過書の奉行人下知状などが含まれている。第二九一九号~二九三二号は、同じく三宝院が別当を兼任した三条坊門八幡宮関係のもので、幕府からの神宝送状と神馬寄進状が含まれる。このうち、神馬の寄進状は、さまざまな階層の幕府関係者が奉者となっており、共通の文書名を設定し得なかったため、それぞれの文書に即して「何某奉書」のような文書名を付した。第二九三五号~第二九五二号は、伊豆走湯山密厳院関係の文書である。密厳院は鎌倉・室町両幕府の崇敬する寺社であるが、南北朝・室町時代に別当職を巡って醍醐寺と鶴岡八幡宮別当との間に訴訟が発生し、そのために作成された訴状や証拠文書、院務次第などが残されている。第二九五三号~第三〇四四号は、南北朝から江戸初期にかけての田畠作職等の売券・譲状であり、時代の古い文書から順次整理番号が付されているようである。物件の所在地は、寺周辺の醍醐・山科の他、隣接する笠取や近江石山などである。
 第十九函相当部分は、請定類を中心にかなり雑多な内容となっている。とりわけ注目されるものとしては、近江香庄文書(第三〇五五号)、南北朝時代の紀伊における戦闘と大伝法院に関する文書(第三〇五八号~第三〇六一号)などがあげられる。
なお、第十九函は未了であり、次冊へ続くものである。
(例言三頁、目次二五頁、本文三二三頁、花押・印章一覧八丁、花押・印章掲載頁一覧表一丁、本体価格七、四〇〇円)
主担当者 高橋慎一朗


『東京大学史料編纂所報』第39号p.45