大日本近世史料「市中取締類集」十九

本冊には、旧幕府引継書類の一部である市中取締類集のうち、前冊に引き続き書物錦絵之部八冊のなかの、第二冊の後半と第三・第四冊までを収めた。
 本冊には、第七一件「書物画譜等売弘度願調」から第一七一件「泰西三才正蒙外壱品売弘之儀天文方江掛合調」までが収められている。なお、第七一件から第一二七件までが市中取締類集で、第一二八件から第一七一件までは追加市中取締類集である。
 前冊では、天保の改革の重要な政策のひとつである厳しい出版統制の法と、その具体的運用にかかわる史料が収められたが、本冊では、弘化三年から嘉永三年にわたる出版統制にかんする一件が収録されている。その時間的な範囲ではもはや天保の改革は終わっている時点ではあるが、天保の改革のなかで打ち出された出版統制の法が、改革の終了後にどのように機能しているのかを知ることができる。天保の改革では数多くの政策、法令が出されたが、それらの政策や法令が改革の終了後に廃棄されたのか、引き継がれたのか、あるいは修正されたのか、すなわち、改革政治とその後の幕府政治との連続・非連続とを整理することは重要であり、そのような作業のためのひとつの素材となるであろう。
 弘化・嘉永期になると、図柄・彩色・内容などの点で統制の枠を破る事例、たとえば、第七五件「絵双紙懸り名主改方之儀に付調」、第七六件「彩色摺錦絵改済之板木買受板元印不直墨摺売買致し候者之儀に付町年寄申上」などが多くなり、なかには出版手続きを無視するケースすら現れている。このような統制を破ろうとする動きの頻発に対し、弘化・嘉永期の幕府がいかに対応しようとしたのかを知ることができる史料が多数収められているが、基本的には天保の改革の統制法が適用されている。ただ、第二〇四号申渡書に見られるように、歌舞伎役者の似顔絵や芸者の踊り姿などを許可するなど、統制が一部緩和されている。
 この外では、第八八件「御三家方家老并出雲寺萬次郎願武鑑増補之儀に付調」は、弘化三年に御三家付家老を武鑑に載せたいという付家老の願書から始まる一件であるが、付家老の家格上昇願望と幕府の対応を知ることができると同時に、武鑑そのものの刊行の歴史とそれに幕府がどのようにタッチしてきたのかを知ることができ、武鑑の性格を考える上で重要である。また嘉永二年に、アヘン戦争を紹介して絶版処分となった「海外新話」の摘発と取り調べが、第一二九件と第一四三件に収められている。
(例言一頁、目次二六頁、本文四二五頁)
担当者 藤田覚・佐藤孝之

『東京大学史料編纂所報』第25号 p.81*