大日本近世史料「市中取締類集」十八

本冊には、旧幕府引継書類の一部である市中取締類集のうち、書物錦絵之部三冊の中の、第一冊と第二冊の途中までを収めた。なお、書物錦絵之部全体は、本冊を含めて四冊となる予定である。
 本冊には、第一件「売薬之看板などを蘭字に而認候儀無用可致旨御書取」から第七〇件「好色絵類取締方懸り名主伺出候儀に付調」までが収められている。
 幕府天保改革の重要な政策のひとつに、厳しい出版の統制がある。このため、従来から近世の出版関係の研究や、幕府天保改革の研究の一部として注目されており、その研究の素材として市中取締類集の書物錦絵之部が部分的に利用されてきた。すべての書物について草稿の段階で町奉行所(そこから学問所、天文方、医学館へ回される)で検閲すること、出版が許可されて刊行したとき納本すること、つまり幕府の事前検閲制と納本制を骨子とした出版物の統制の基本となる法(第一五号触書)が、天保十三年六月三日に出され、錦絵や合巻についてもその内容と彩色の制限、町年寄の検閲制を定めた法(第四一、四九号)が、同六月四日に出され、これを基本的な法としてあらゆる出版物に対して適用された。
 本冊には、おもにこの出版統制法の具体的運用と、運用上で問題となった事柄に関する史料と、株仲間等の諸問屋仲間・組合の解散令により本屋仲間も解散させられたが、出版に対する仲間規制の撤廃の下での出版についてのトラブルに関する史料が収められている。そのいくつかを紹介すると、「御触書集覧」(『天保改革町触史料』として刊行されている)という書名の変更に関する第一二件「法令部類外一部出板売払願に付伺」、洋学史研究の分野では以前から注目されているが、西洋医学関係の書物である泰西名医彙講の出版許可をめぐる町奉行と医学館との応酬を収めた第一六件「泰西名医彙講彫刻売弘之儀懸合并申上」、本屋仲間の解散による出版の「自由」と統制の矛盾に関って、暦に関する第三件「書物暦硫黄商筋之儀に付取扱御内慮伺調」、町鑑に関しては第四五件「泰平江戸町鑑出雲寺万次郎方に而売捌差支有無御書物奉行より掛合調」、第四六件「江戸町鑑其外彫刻売払願之儀館市右衛門伺調」等、学問所が書物の検閲の大半を担当していたことと、それ故に問題も生じていたことを伝える第二三件「新規開板書冊改方之儀林大学頭相伺候書面御下ケ取調申上」等がある。出版の統制にあたって具体的に生じた諸問題の処理に関するものであるので、幕府天保改革の出版統制の細部を知りうる興味深い史料が多い。
(例言一頁、目次二二頁、本文三三九頁)
担当者 藤田覚・佐藤孝之

『東京大学史料編纂所報』第23号 p.47*