東京大学史料編纂所

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大阪城天守閣所蔵史料調査

 昭和四十九年二月十八日から二十二日まで五日間、大阪市東区馬場町大阪城天守閣に出張し、前年度に継続して、戦国時代から近世初期に属する文書・記録類を調査・撮影し、特に必要と目されるものは大型フィルムに収めた。今回の調査により、修補・整理中のものを除きほぼその大概を尽したものと思われる。左に今回撮影した史料を略記する。(一点ものは省略)
一、本所架蔵影写本の原本
 鍋島文書 三〇七一・九二/一鍋島文書の一部
 吉村文書 三〇七一・九三/二吉村文書の一部
 宇津木文書 三〇七一・六一/三七宇津木文書の一部
 血判起請文 三〇七一・七五/四一木下文書の一部
二、本所未採訪文書
 京極文書 一六通二巻
 澁谷文書 三三通二巻
 聚樂行幸記 一巻(前欠)
 国貞文書 五四通三巻
 毛利家祖先書状集 一四通
 西大寺文書 二二通一巻
 大賀文書 三通
三、四×五フィルム撮影の文書
 豊臣秀吉の文書 天正七正月八日付飯米書立以下七点
 豊臣氏一族の文書 天正十年六月日付羽柴秀勝禁制以下四点
 豊臣氏部将の文書 十月九日付大野治長書状以下一五点
 織田氏一族の文書(天正十年)三月二十五日付織田信長朱印状以下九点
 徳川家康の文書(天正二年)三月十三日付岐阜殿充書状以下四点
 公家の文書 五月二日付西洞院時慶書状以下二点
 茶人の文書 (天正十六年)菊月二十二日付千利休書状以下七点
 山内忠義・忠豊、教如光教書状 各一点
 右の内、京極文書は大坂城修築、澁谷文書は土佐山内氏の幕府の普請助役に関する史料として注目される。国貞文書は安藝小早川氏の熈平・敬平・隆景の文書を主体とし、西大寺文書は全て写にかかるが、大和筒井氏の初期の動向を示す史料として注意すべきであり、聚楽行幸記は日下に豊臣秀吉の朱印を有する新系統のものであって、その価値に就いては目下大阪城天守閣の当事者によって研究中のものである。(岩沢愿彦・高沢實)


『東京大学史料編纂所報』第10号p.83