東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

大日本古記録 民経記 一

 民経記は前権中納言藤原経光(一二一二−一二七四)の日記である。この記には、別に「経光卿記」、「経光卿暦記」、「経光御記」、「中光記」、「民経御記」等の称呼があるが、現在最も広く用いられている所に従った。
 経光の家は、その父頼資の代に日野家から分れて勘解由小路を家号とし、後世は広橋を称した。経光は蔵人頭、左右大弁、参議、権中納言、民部卿等を歴任し、その一方、早くから関白近衛家実の家司となっているので、その日記には朝政、諸儀式や関白の動静等が詳しく載せられている。
 この記の現存する部分は、嘉禄二(一二二六)年に始まり、断続して文永五(一二六八)年に至る。但し、その大都分は嘉禄二年より天福元(一二三三)年に至る期間に集中している。
天福元年は、経光が二十二歳、正五位下、蔵人、右少弁、右衛門権佐の時に当るから、彼の残存する日記は、その公的活動の最初期に関して比較的詳細である、と言える、
この記の原本は、財団法人東洋文庫に四十三巻が蔵せられており、他所に断簡が存する。(本所所報第八号所収、石田祐一稿「下郷共済会所蔵の経光卿記」参照)
本書の刊行に当り、原本の存する部分は、すべて原本を底本とし、その存しない部分は、東洋文庫その他の蔵する写本によって補った。
 東洋文庫所蔵の原本は、すべて巻子仕立てである。料紙は、主として書状その他の反古及び具注暦が用いられている。本書では、紙背文書はすべて各巻毎に、その末尾に収録した。
 本冊は、全十一冊のうちの第一冊である。
 本冊には、嘉禄二年及び翌安貞元年の部分を収めた。経光が十五歳・十六歳の時に当る。
この時期に経光は、父権中納言頼資と共に関白近衛家実に臣従しつつ、父の庇護と指導の下に、多忙な日々を過す。
 元仁元(一二二四)年に叙爵して治部権少輔に任ぜられた経光は、嘉禄二年七月に内昇殿を聴され、翌年四月に従五位上に昇進、同年八月に関白家家司となる。
本冊には、この間の彼の活動の他に、近衛家実の女長子(鷹司院)の入内(嘉禄二年六月)、延暦寺僧徒による法然の墓の毀損(安貞元年六月)、念仏僧の遠流・逮捕(安貞元年七月・八月)等の事件を載せている。又、一方で経光は、父頼資の詩歌の会に参加する。
本冊には、頼資の中納言初度作文の次第が詳しく載せられており、紙背文書の中にも、その準備の進行を示す書状がある。
(例言五頁、目次一頁、本文二七八頁、挿入図版一葉、岩波書店発行)
担当者 石田祐一


『東京大学史料編纂所報』第10号p.37