出土文字資料の情報化のために             岡 陽一郎      

20011217

於 史料編さん所

○はじめに 「なぜ、出土資料か?」~隣接諸分野との協力で中世史研究がいかに進展したか。新たな研究テーマの設定・中世社会像の提示など、中世史研究は格段の進歩を遂げた。

   ☆ 歴史著述の材料となる各種資料の提供という点でも、隣接諸分野の研究成果は恩恵をもたらしてくれた。従来の文献資料の穴を埋める可能性。

中世前期の場合、恐らく今後、全く未知の文献資料が一括して大量に発見される可能性は、極めて低い。→ 考古学の場合、発掘調査の増加によって、日々資

  料が増加。  

   ☆ 文献資料は内容や時代、地域ごとに残り方に差。→この点、考古資料は列島各地に満遍なく分布。


   階級・地域・時代ごとの差がもたらす資料の偏在という問題を解消する上で、これらの成果の利用は極めて有効。

 

○出土文字資料とは・・出土遺物の中には当然のように、「文字」が書かれたものが存在。その種類は実に多岐に渉る。

☆ これをどのように扱うかという問題ができる。

   ?・・発掘調査で出土したのだから考古資料

    ?・・文字が書かれているから、文献資料として扱う。

※ 出土文字資料の多くは木簡に代表されるように、メモや荷札、あるいは投棄を前提にした呪符木簡などのように、極めて一時的なもの(例外もあるが)。言い換えれば、後世に残すことを余り重視していない文字資料ということができる(経筒の銘文などは除く)。ということは、当然、残すことを必要としない、当時の人にとっては「当たり前の」内容が書かれる。

        ↓   

ここまでくると、文書に対する紙背文書の関係と似る

        ↓     

「紙背文書としての出土資料」というスタンス。


といって、完全に文献寄りのスタンスというのも、問題がある。だから、年代比定・性格の検討などは考古資料も使用し、確実性を高めるべきであろう。

○出土文字資料で何ができるか。~個人的な経験を踏まえて~

【具体例1】

☆ 奥州平泉を舞台に。

   平泉に関係する文字資料は?『吾妻鏡』?京都関係者の記録?『義経記』などの文学など。?後世の編纂物があり、史料集としては『奥州藤原史料』がある

    →これらに登場する人々・出来事・事柄には限りがある。

☆ 平泉における出土文字資料→まだまだ確実に増加する見通し。多くは断片的なものだが、活用可能なものもある。

?「トヤガサキ木簡」~交通・在地をめぐる宗教などへの接近

?「人々給絹日記」~服飾・平泉政権論・武士論・儀礼などへの接近。

※ 平泉の場合、文献資料よりも考古資料の方が多い→文字史料と考古資料の突き合わせ・文字史料と出土文字資料の突き合わせによって、研究の幅(内容・テーマ)が広がる可能性。

【具体例2】

☆鎌倉の場合

?出土文字資料と文献資料の突き合わせ~個人レベルを追える。 

      ア・・教尊代墨書

      イ・・人名木簡 1、伊北太郎跡       4、まきのむくのすけ

       2、くにの井の四郎入道跡  5、かわしりの五ろう

               3、おぬきの二ろう     6、あかき入道 

                                    等がある。      

アは教尊という僧侶個人を追える。→個人史という分野へのアプローチの可能性。

 イはすべて鎌倉市内の大路の側溝から出土。ここからは少なくとも

1当時の都市造り 2御家人役の実態 3御家人名簿の作成 としての利用を考え

ることができる(都市史・政治史(幕府体制論)・武士論研究としての資料化)。

特に3は御家人名簿的なものとされる『閑院殿造営注文』・『六条八幡宮造営注文』との対比が可能。→新たな御家人名簿作成の途も・・・

?さらに大部の物・・建長寺境内出土の柿経。これなどは教典や教学的なアプローチが可能だろう。→奈良元興寺の仏教民俗資料に匹敵との         説もある(整理中)

【具体例3】

☆花押・・誰のものか不明な資料の存在・・花押データベースの補強・増補にも役立つ可能性をもつ。


集成について

  従来も集成がなかったわけではない。

 ?『木簡研究』

   ?『草戸木簡集成』1・2 などがある。

   ? データベースとしては、奈良文化財研究所の木簡データベースもあり。

 (http://www.nabunken.go.jp) 

※ ただし、いずれも木簡中心。また?は草戸千軒遺跡に限定。


「総花的」・「広域的」集成は可能か? 

利点・・ あちこちの事例の比較検討が可能。木簡や土器というジャンルにこだわらず「文字資料」全般を目にすることが可能。とりあえず、ありとあらゆるものを拾っておいて、あとの取捨選択は第3者にまかせるか。

  欠点・・情報量が多すぎる。出土資料の情報収集が大変→個人の能力を超える

        

☆データベース化しても何を載せるか。(情報を)どう載せるか。

例えば出土遺構は?実物図面は?写真は?(?の場合もすべての木簡が画像リンク

にはなっておらず)出土状態?共伴遺物の有無は? また、ジャンルは?


 ※ 考古学研究者と文献史学の研究者とでは要求するものに差があるのではないか。 

~たとえば、文字を読んだ後では~

  考古・・年代観・共伴遺物の有無・・

文献・・書かれている内容に関係する文献資料は何か・・・

    ↓       

 「誰のためのデータベースか」・「何を目的にしたものか」を考える。

○現時点で行っていること

 ? 各地での出土文字資料の出土状況の把握。

 ? ?の地点で集成がどの程度進んでいるのかの情報収集。

 ? 集成作業について、なにが必要か(データの中身)また、各地で出土文字資料を扱う研究者は、どういう情報を望んでいるかの確認。

○わかってきたこと

 ? 考古学サイドでは例外を除き個々の遺跡からそう大量に出ていない。しかし集成に対して潜在的要求・需要はあると思われる

? 中世の大型都市遺跡の場合、大抵複数の調査団が調査を行っている。こうした団体を超えた、横のつながりをもった共通の母体(データベース)の必要性。

? どうやって資料を集めるか。報告書未刊分にどう対処するか。

? 釈文・書かれた内容に関係した資料・関連研究成果への関心→この要求に十分対処しな                            ければなるまい。

? 呪符木簡に代表されるように、圧倒的に宗教がらみのものが多い。内容・原典不明の  ものについては、これを知りたいという希望も。 

? 資料の多くが断片的。→これは今後データベース化を視野に入れた場合、「どこまで              拾うか」という問題を生み出す。

 ? 報告書の図面・写真(あるいは物によっては再度画像データを撮影)を使う際、著作権はどのようにクリアーすればいいのか。

○対応しなければならないこと

? フォーマットづくり

? 資料収集の方法

? データ処理、データベース化のための技術面の調査(可能であったら画像処理も

検討の対象に)

? 任意の地点を決めた上で、データベースの雛形の制作を視野に入れる必要がある。→運用面の研究。実際に運用しながら?~?の問題点を見つけていく方法が妥当か。

○ 最後に

出土文字資料の集成は、考古学サイドになにをもたらし得るのか。