純繊維紙とは
 純繊維紙とは、ほぼ完全に洗浄・漂白した楮繊維からなる紙をいう。不純物・填料などがみえず、白色度・光沢度がきわめて高く、新品の状態では見事に白い紙であったものと思われる。繭のような材質と白さに注目して、古くから繭のような紙、「繭紙」と呼ばれたが、とくに上製の厚手のものは、まさに繭皺といわれる細かな美しいシワをもっているのが特徴である。中巌円月(1300-75)の『東海一漚集』に「繭紙。日本、これを引合と謂ふ」とあることから、歴史的な名称としては、本来は「引合」といったと考えられる。

 上製かつ厚手の引合は、厚さ0.2㎜ほどで、簀目・糸目はほとんどみえず、打紙加工があって、若干固い場合もあるが、見事な紙である。

 例として、大徳寺文書の中の妙法院宮尊澄法親王請文([元徳元年]十一月七日、大徳寺文書一六八号文書)と信濃伴野庄并下総葛西御厨相承次第(南北朝時代、年月日未詳、六四九号文書)ついて紹介すると、透過光による顕微鏡観察で、不純物がない網目状の美しい繊維の状態を知ることができる。注目されるのは、この場合、表(書記面)の繊維配向強度が1,07、裏(非書記面)の配向強度が1,16であって、書記面の強度が低かったことである。一般に繊維配向強度が高い面が抄紙にあたって簀肌に接する面(簀肌面)であることが知られるが、引合は、それが逆であることを特徴とした紙であることがわかる。全紙を透過光観察すると、全体として独特の陰影(モヤモヤ)があることとあわせて、その製法の細かな検討が必要となっている。

 製・厚手の引合料紙の透過光顕微鏡写真(上記、大徳寺文書168号文書)
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若干の打紙加工(平べったくなり、かつ繊維に折れがでる)があると思われる。

 上製・厚手の引合料紙の透過光写真、独特の陰影(一部、上記、大徳寺文書168号文書)




 さらに、厚手上製の引合よりも薄いが、透過光顕微鏡観察の場合の網目状の繊維の状態や独特の陰影で類似する薄手の引合は、薄手の書きやすい書状用紙として高級感の高いもの、いわゆる和歌懐紙と同じあるいは近似する料紙である。これについても、詳細な研究が必要となっている。
 問題は、戦国期に近くなると、「引合」という用語の意味に若干の変化が生じていることである。つまり、たとえば大徳寺文書中の後柏原天皇女房奉書(大徳寺文書535号文書)の料紙ような、(1)不純物があり、(2)白さ・光沢で劣り、(3)表面に簀目を残すという料紙が、その同時代案文の奥書で「料紙引合二枚、表書ニハ如常也」(真珠庵文書914(1))とされているのが、その証拠である。これは引合という言葉は残り、おそらく製紙直後は白かった可能性が残るとしても、本来の引合とは異なる紙が引合と呼ばれていることを示す。現在のところ、このような紙質の紙と、より不純物が多く荒々しく室町幕府の正式文書である「強杉原」と呼ばれる紙が原型となって、秀吉の使用した料紙(朱印状など)を媒介として、強いしぼをもつ大鷹檀紙と呼ばれる紙が生まれたと考えている。