基盤研究(A)(2018・平成30年度~平成34年度)日本中近世寺社<記録>論の構築―日本の日記文化の多様性の探究とその研究資源化

課題・目的

中世史研究にとって寺社史料研究は、方法論としても研究資源の供給においても重要な研究領域である。このプロジェクトは、「寺社〈記録〉」というカテゴリーを設定し、寺社史料の豊かさを改めて確認する史料論を確立すると共に、中世後期・近世初頭すなわち特に14~17世紀前半の歴史研究を活性化させるための研究資源を供給することを課題とする。
具体的には、京都の仁和寺・醍醐寺・東寺、奈良の東大寺・春日大社を対象として、関係史料の調査・収集、目録化、解題作成、史料翻刻(手書き崩し字史料を活字化すること)、歴史補助知識の整備などを行い、それを書籍刊行、WEBデータベース、WEB公開ファイルなどの形態で発信する。
これらの研究作業を通して、中世寺社〈記録〉学の方法を構築する。この他、東大寺の〈記録〉解題を英訳し国際発信することで、日本の歴史史料の価値を世界に伝える。
 

研究組織

代表:遠藤基郎(東京大学史料編纂所)
研究分担者:高橋敏子(東京大学)・大田壮一郎(立命館大学)・藤井雅子(日本女子大学)・横内裕人(京都府立大学)・高橋慎一朗(東京大学)・菊地大樹(東京大学)・藤原重雄(東京大学)・川本慎自(東京大学)
連携研究者:西尾知己(関東学院大学)・大藪海(お茶の水女子大学)・貫井裕恵(神奈川県立金沢文庫)・林晃弘(東京大学)・三輪眞嗣(神奈川県立金沢文庫)関口真規子(埼玉県立歴史と民俗の博物館)・西弥生(綜芸種智院大学)・石塚菜々美(日本女子大藤井ゼミ)
研究協力者:坂東俊彦(東大寺図書館)・巽昌子(東京都立大学)

特任研究員:畠山聡(2018~2021年)・西尾知己(2018年)・巽昌子(2019~2020年)

学術支援職員:土山 祐之(2018~2021年)・大松さやか・神子美涼(2018~2019年)・比企貴之(2020~2022年)・松島彩華・佐藤亜莉華・鍜治利雄(2020年)

経費

直接経費合計金額(予定):初年度780万円、2年次550万円、3年次470万円、4年次320万円

初年度(2018年・平成30年)の内容

全体に関わるシステム開発として、東京大学史料編纂所のユニオンカタログデータベース・古記録フルテキストデータベースの改修を実施した。古記録FTでは本科研の成果をフルテキストデータベース上でも発信可能とした点に意味がある。
醍醐寺・仁和寺・春日大社・東大寺で原本撮影と原本調査を実施した。撮影分については史料編纂所閲覧室での利用を可能とする予定である。各班では特任研究員・研究支援専門職員などを雇用して下記の活動を行った。

醍醐寺班:醍醐寺許可の上、醍醐寺史料データベースでの検索・調査によって大元帥法関連記録の絞り込み作業を行った。所在する整理単位を見極めた。これにより記録本体のみならず記録の基となる文書を視野に収めた分析が可能となった。

東大寺班:メンバーが過去に作成したものも含め52点の記録の翻刻を果たした。平行して分析作業を行い、薬師院史料中の記録の特徴、未解明であった出世後見という役職の性格を明らかにしつつある。法華堂関係については、検討が不十分であった法華堂関係記録の存在を確認した。この他、史料編纂所閲覧室で公開するHi-CAT Plusデータベース登録の東大寺関係記録100件のデータ整理を実施した。

東寺班:過去に作成された東寺執行日記の下原稿の確認作業を完了した。今後のスケジュールがほぼ確定した。東寺役職関係一覧データ(富田正弘富山大学名誉教授作成)をWEB上で発信する目途が立った。

春日班:鎌倉後期・室町中期の神職記録3点、補任記1点の翻刻をした。補任記は研究上のツールとして極めて有用である。春日大社外に存在する記録の抽出作業も進め、関係記録の編年一覧を作成する基礎を築きつつある。

仁和寺班:Hi-CAT Plusデータベース登録の仁和寺史料205件のデータ整理を実施した。これにより今後の研究利用の可能性を広げた。


第2年度(2019年・平成31年)の内容

東大寺班
 昨年度に引き続き、東大寺図書館所蔵記録部の翻刻作業を進めた。寺内において重視された東大寺法華会関係を集中して行った。引用関係をもとに相互の関係を検討した。東大寺法華会には興福寺僧侶も参加しており、興福寺にも関連する記録があることを確認し、その翻刻作業をも行った。また昨年度の成果を踏まえて、出世後見と執行について、西尾・遠藤がそれぞれ研究会報告(西尾、宗教史懇話会サマーセミナー)、論文(遠藤、『秋大史学』66)を発表した。この他、東大寺図書館での原本調査を実施し、その知見の一部は『大日本古文書東大寺文書24』(東京大学出版会)に反映した。

春日班
 春日大社所蔵『文正元年中臣延祐記』の翻刻を発表した(藤原・土山、『東京大学史料編纂所研究紀要』30)。この史料は、旱魃が神社財務に与えた影響を窺うことができる。この他、国立公文書館・国文学研究資料館・国立歴史民俗博物館・奈良市歴史保存館所蔵史料など7冊について翻刻・校正を行った。次年度以降、発表する予定である。
 春日大社とセットとなる興福寺については、寺内役職を知る上で有用なデータとなる
「故廻請之写」を日本古文書ユニオンカタログデータベースに登録・公開した。これ以外にも、補任表を作成中である。

東寺班
 「東寺執行日記」刊行に向けて、天理図書館で西荘本の原本調査を実施した。その他写本間の校合を行い翻刻の制度を高めた。貫井は、東寺執行の役職について史料論的視点から整理して研究報告を行った(東寺文書研究会)。富田正弘氏作成の「東寺寺僧寺官表」(エクセルファイル)をWEB公開した。

醍醐寺班
 太元帥法関係の記録の残存状況を明らかにした上で、太元帥法関係の記録4点(醍醐寺および東京大学史料編纂所所蔵)を選びその翻刻を果たした。またそのための原本調査も実施した。この他、醍醐寺撮影のマイクロフィルムの電子データ化(所蔵整理単位19函分)を果たした。

仁和寺班
 昨年度に引き続きハイキャットプラス(HiCAT Plus、HCP)のデータ整備を進めた。マイクロスキャンデジタル分の『仁和寺史料』は、御経函第1~69函および黒塗手箱甲・乙であり、これらについてはHCPへの登録が完結した。限られた範囲の作業であり、文書番号の付与にとどまるが、奈良国立文化財研究所編『仁和寺御経蔵聖教目録稿』との併用で研究利用の便宜を図った。上記の史料編纂所の調査(撮影)をもとに、仁和寺史料の全体の史料構造(整理体系)の検討を加え、その伝来過程を明らかにしつつある。

【成果物】
東寺寺僧寺官表(富田正弘富山大学名誉教授作成) 建武~慶長年間
*富田正弘氏に感謝します。ご活用下さい。

第3年度(2020年)の内容

3ヶ年度目にあたる本年度も、いくつか具体的な成果を示すことができた。もっとも強調したいのは、3月13日に中間まとめとして、公開研究会をオンラインにて開催したことである。当日は以下の各項で紹介する報告4本(高橋慎一朗・貫井裕恵・西尾知己・川本慎自)の他、坂口太郎(高野山大学)の総括コメントがあり、充実した会となった。参加者は参加約70名であった。このほか、東大寺・春日大社関連では翻刻史料の刊行(報告書・雑誌掲載)に至ることができた。これらは概ね在宅での作業によるものであり、実務にあたった学術支援職員・特任研究員各位のご対応に感謝したい。

〔東大寺班〕
『中世東大寺記録執行関係史料』(東京大学史料編纂所研究成果報告2020―1、JSPS18H03583 報告書、A4判、149頁)をオンラインPDF 版として公開した。掲載史料は、東京大学史料編纂所写本1点、東大寺図書館所蔵薬師院文庫記録より18点である。室町時代の3人の執行ごとの記録である。それぞれに簡単な解題をつけた。これまで見えなかった中世後期の東大寺史研究の進展に繋がるものと確信する。このほか東大寺法華会関連9点、倶舎三十講関連5点、興福寺維摩会関連4点、その他3点についての、翻刻作業を進めた。東大寺法華堂の記録については、オンラインにて『法華堂要録』校訂作業(7回)を実施した。〕
公開研究会では、西尾知己「中世東大寺の寺務代・出世後見」が、これまでその実態が不明であった出世後見についての報告を行った。

〔春日班〕
国文学研究資料館所蔵『春日御遷坐御帰坐日記』(藤原・土山『年報中世史研究』45)を発表した。法隆寺南北朝期の記録群の一部をなし、『嘉元記』の理解にも資するものである。なお科研内部研究会において、本記録の内容を検討した土山の報告「中世前期における春日神木動座について」がなされた。春日神木動座をめぐる南都寺院の対応についての興味深い事実が明らにした。また、個人蔵『寛正五年中臣祐識記』の翻刻前半を発表した(藤原・土山『東京大学史料編纂所研究紀要』31)。この他、春日大社所蔵の日記2点(嘉吉2年・文明17年)、国立歴史民俗博物館2点(明応7年)の翻刻を行った。

〔東寺班〕
『東寺執行日記』について、2021年中の刊行を目標に作業を進めた。出版社との協議を行い、公開促進費への応募をした。全体編成が決定し、第1冊分の完成原稿を整えた。その過程で、昨年度の天理図書館での調査などを踏まえ、当初予定からの底本の変更を決定した。
京都国立博物館所蔵の「阿刀家伝世資料」29点を撮影した。詳細は、本『所報』の出張報告「都国立博物館所蔵「阿刀家伝世資料」の調査・撮影」を参照のこと。
公開研究会では貫井裕恵「阿刀家伝世資料からみた中世東寺の執行職」が、東寺執行がその業務遂行上の有用性から作成した資料を紹介すると共に、その業務を包括的に整理した。
この他、文明頃の執行栄増の作成した「私用集」の翻刻に着手した。

〔醍醐寺班〕
醍醐寺における原本調査のほかに、『義演准后日記」の翻刻とテキスト入力した。醍醐寺文書マイクロフィルム(第380函)の電子データ化をおこなった。公開研究会では、高橋慎一朗「醍醐寺史料にみる太元帥法の〈記録〉」が、醍醐寺聖教といわゆる古記録との境界の曖昧さを改めて確認しつつ、「雑記」というタイプを〈記録〉として範疇化する可能性を示した。

〔仁和寺班〕
公開研究会では川本慎自「仁和寺史料調査と史料編纂所」が、近代以降の当該調査の経過を俯瞰するとともに、現時点での史料編纂所の調査の成果がどのように利用できるかを紹介した。この他、科研内部研究会で林晃弘が「「一音坊日次記(顕證記)」について―近世前期の仁和寺再興に関する記録―」と題して報告をした。〕
本年度は、概ね新型コロナによる影響を最小限に抑え研究計画の実施を果たしたものの、緊急事態宣言による移動制限の影響は避けがたく、仁和寺・東大寺・醍醐寺では予定の調査活動を行うことができなかったため、繰越処理を行い、次年度実施の予定である。

【成果物】
東京大学史料編纂所研究成果報告2020-1 : 中世東大寺記録執行関係史料

第4年度(2021年)の内容

4ヶ年度目にあたる本年度も、いくつか具体的な成果を示すことができた。

南都方面では、春日大社について、写真帳の蒐集・翻刻の蓄積を進める一方で、その前半を昨年度雑誌掲載ずみの応仁・文明の乱直前の寛正5年の記録が完結した(藤原・土山『寛正五年中臣祐識記』(下)『東京大学史料編纂所研究紀要』32)。兵庫関・諸荘園の回復要求の神木動座や押領者への呪詛行為や、またこの影響をうけ中止・延期された春日若宮祭・春日祭や、勧学院との年頭儀礼である吉書などにも記事が及ぶ。この他、若宮での怪異記事(羽蟻・供物崩壊)などもある。

東大寺関係では、『中世東大寺記録出世後見・倶舎三十講関連史料』(『東京大学研究成果報告』2021-16)を刊行した(PDFオンライン公開)。同報告書には出世後見についての西尾論考があり、これは出世後見について今後の基礎となる成果である。東大寺法華会・維摩会関係の翻刻も蓄積した。畠山は、昨年度刊行した執行関係記録の一つを深く掘り込む成果を出した(畠山「室町時代における東大寺領清澄荘の経営について」『國學院雑誌』122)。東大寺記録の可能性を示したと言える。
中世後期東大寺堂衆の残した記録類については、昨年度に続き横内によって、オンラインで校訂作業が進められ、作業完了の見込みが立った。今後は発信に重点を移すこととなる。科研内部で二度の研究会を行った(報告者菊地・横内)。

京都方面では、太元帥法関連と義演日記を扱った醍醐寺関係の論考を得た。石塚は太元帥法の歴史的変遷を明らかにし、室町後期・安土桃山期の毛利・島津の事例検討を行った。関口は、義演准后日記とその別記である有馬湯治日記の性格を明らかにし、日記の成立過程分析の方法論への提言をした(石塚「太元帥法の歴史的変遷」『日本女子大学大学院文学部研究科紀要』28、 関口「義演准后日記とその紙背文書」『中世寺院の仏法と社会』永村眞編、勉誠出版)。

『東寺執行日記』第1冊(思文閣出版)の刊行は特筆すべき成果である。鎌倉時代最末期から、応仁の乱直前までをおさめた、東寺寺内の運営はもとより、東寺長者を出す醍醐寺、さらには室町幕府との関係についても新たな知見を示すことができ、今後の活用が期待される。刊行に際しては、特に馬田綾子氏の協力を得た。感謝する次第である。引き続き第二冊の作業を進めており、錯簡の激しい応仁・文明記については内部研究会で検討した(遠藤)。

本プロジェクトに各種便宜を図っていただいた各所蔵機関には感謝申しあげる。

【成果物】
東寺執行日記1 思文閣出版刊
東京大学史料編纂所研究成果報告2021-16 : 中世東大寺記録出家後見・倶舎三十講関係史料

第5年度(2022年)の内容

研究総括となる研究報告書(論文集・史料集)をPDFで刊行した。

東大寺関係では、中世後期東大寺「記録」「日記」につき、書き手の役職・階層差や記録の扱う法会・仏事に指標をおいた類型論を提示した。東大寺堂衆記録の書誌を考察し、撰者他の寺内史料との関係を論じた。

春日大社関係では、法隆寺伝来の南北朝期興福寺強訴記録から、強訴費用が在地社会に負担を強いたことを明らかにし、それを受容した論理を考察した。この他、これまで様々な媒体で発表した翻刻紹介を集約し利用の便を図った。また報告書掲載外でも、鎌倉時代の春日社記録の翻刻(藤原「天理大学附属天理図書館所蔵「春日社行幸記」(弘安九年中臣祐春記)」『東京大学史料編纂所研究紀要』33)を発表した。

醍醐寺関係では、正月修法の大元帥法に関するバリエーションに富んだ鎌倉時代から室町後期までの4点の記録を紹介した。それを素材に「次第」と「(修法)記録」(雑記などと呼称)の違いを指摘した。

東寺関係は、『東寺執行日記』の書き手の一族阿刀家の伝来史料を、作成記録だけでなく、書写による蒐書(東宝記・平家物語など)も俯瞰した整理を示した。史料紹介3本は南北朝期・室町前期の学僧の日記などである。

仁和寺関係では近世前期の高僧顕證の日記の書誌研究を行った。今後本日記利用時必読の備要である。

全体として、中世の記録・「日記」が大きく①日次記・家記と②それ以外の記録の2つあるという先行する知見によれば、寺社の場合②に傾斜していることなどを指摘した。従来ややもすれば①の観点から追究されていた研究情況に対して、中世の「日記」・記録の多様性を確認した。

この他、『東寺執行日記』第二冊の刊行準備を進め、より精緻な錯簡箇所の復元にいたった。

なお科研期間終了後ではあるが、報告書の成果点検と今後の研究発展のため、本科研メンバー外の研究報告も交え第2回公開研究会を開催した(2023年5月13日、東京大学史料編纂所、オンライン併用)。報告は以下の通り。

遠藤基郎「中世寺社「記録」「日記」を考える-中世後期の東大寺の場合」、高橋敏子「東寺の記録から」、三枝暁子「中世北野社の日記・記録について」、末柄豊「興福寺の日記・記録を考える」

【成果物】
東京大学史料編纂所研究成果報告2022-8:『 日本中近世寺社〈記録〉論の構築: 日本の日記文化の多様性の探究とその研究資源化』(JSPS18H0358318H03583報告書)

以上 2023.5.24記