東京大学史料編纂所

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研究種目名 基盤研究(A)
研究課題名 大規模武家文書群による中近世史科学の統合的研究-萩藩家老益田家文書を素材に- (15202018)
研究期間 2003年度~2006年度
研究代表者 久留島 典子
研究目的 益田氏は、美漉郡益田荘を本拠に石見国有数の武士団を形成し、南北朝期以降は大内氏、その滅亡後は毛利氏に従い、近世には萩藩毛利家の永代家老として長門国阿武郡須佐に本拠を移し、幕末に至った武家である。その伝来文書総数一万五千点のうち、鎌倉時代以来の中世文書すべてと近世・近代文書あわせて九千点余りは、一九五八年に史料編纂所が益田家より寄託を受け、その後一九八八年に本所の所職となった (以下A群)。また、残る近世・近代文書六千点余りは、山口県阿武那須佐町の益田家文書蔵内に保存されていた (以下B群)。一九七七〜七八年度には山口県教育委員会がこれらを対象とした調査を実施して「益田家歴史資料目録」を作成したが、短期間での作業であったため、A群・B群とも再調査が必要であった。二〇〇二年度末に、ご所蔵者益田家の御厚意によって、B秤についても史料編幕所に寄託され、初めて益田家文書全体を総合的に調香・研究できる条件が整った。
本研究では、文書群全体の詳酬な調書・日録データの作成と写真撮影・デジタル化の作業を前捉に、まず文書群の全体構造の解明を行う。次に中世から近世に及ぷ武家文書群に関して、四つの柱(①中世武家史料研究、②近世藩政史料研究、③近世陪臣家史料研究、④近世絵図史料研究)をたてて史料学的研究を推進する。このように、本研究は、大規模文書群を素材として、従来大きく立ち遅れていた中世〜近世武家文書に関する史料学構築を目的とするものである。
研究実績の概要

  • 2006年度
  •             
  • 2005年度
  •             
  • 2004年度
  •             
  • 2003年度
二○○六年度は、最終年度として、研究素材として作成した史料調書・目録データの最終確認を行った。まず、史料編纂所所蔵分(A群)は、既に作成を終了している八、八三七件の調書・データについて最終点検の作業を行った。また、既撮影マイクロフィルムのデジタル化も完了した。一方、寄託分(B群)についても、作成終了している函ごとの調書に基づいて今年度はマイクロ撮影一五リール、デジタル撮影六、七一〇コマの撮影を行った。その結果、四年間で寄託分近世文書については、ほぼ撮影を終了した。なお、これらの史料調書は順次データベース化を進めている。
次に絵図史料研究班は、須佐歴史民俗資料館所蔵「須佐市中細見図」(安政~元治)のデジタルイメージをもとにCADソフトを利用して復元図作成作業に着手し、近世益田氏の陪臣が集住した須佐町の分析を進めた。
中世武家史料研究班は、以下の関係史料群の調査・撮影を進めた。①山口県立山口博物館、②山口大学付属図書館、③山口県立山口県文書館、④島根県出雲市域、⑤山口県宇部市域、各々所在の大内・毛利氏関係中世史料。
さらに、八月に行った研究会では、「史料編纂所所蔵『益田家文書』中の差出不明仮名書状について」という報告を得たほか、最終報告書について協議し、掲載する論考に関する研究分担者各人の構想等を報告して、分担関係について最終調整を行った。
なお、二○○七年一月に、当初予想し得なかった益田氏陪臣家の御子孫である御宅に伝来した須佐の絵図の存在を知り、幸いにも借用して写真撮影をする事を許された。その分析を進め、最終成果報告書に反映させるために、研究費の繰り越しを申請した結果、承認されたので、二○○七年度も必要な期間、本研究は継続することとなった。
備考