48.ロシア連邦サンクトペテルブルク市所在日本関係史料の調査

二〇一六年一〇月二日から一〇月八日にかけて、ロシア連邦サンクトペテルブルク市を訪問し、日本関係史料の調査および研究打ち合わせをおこなった。出張者は、保谷徹・小野将(以上、日本学士院経費)、山家浩樹所長・佐藤雄介・北海道博物館学芸員東俊佑氏(以上、海外S科研経費)である。現地では共同研究者のワジム・クリモフ上級研究員(ロシア科学アカデミー東洋古籍文献研究所)に調査日程のコーディネートおよび通訳等でお世話になった。
一 ロシア国立歴史文書館
 国立歴史文書館を訪問し、セルゲイ・チェルニャフスキー館長、ミチューリン副館長らと面会した。事前に依頼した複製史料データ六三〇コマを受理した。ここには、文化年間にロシア側へ渡された松前奉行所教諭書などが含まれている。
 とくに797-34-18(目録357番、データ受理済)、函館司祭関係のファイルを閲覧し、目録と受理データ数の食い違いの確認作業をおこなった(最後の一丁に抜けあり)。
 共同研究事業に関する協議では、昨年度合意した、ロシアと東アジア地域(日中韓)に関係する史料解説目録の作成作業が進められていることを確認し、来年度中に提供を受けることについて了解した。目録データ受領後に翻訳を進め、出版は来年度以降の予定となる。約一〇〇〇項目となる見込みということであった。最後に、次年度の日露関係史料をめぐる国際研究集会の開催について協議した。
 同館では、ともに創立一五〇年となったロシア歴史学会、およびロシア技術学会の特別展示を見学した。前者は一八六七年から一九一六年までにロシア史の基本史料集一四八巻や人名辞典(刊行途中で中断)の編纂・出版をおこなっている。両者ともにロシア革命により廃止・途絶する運命をたどり、このうち歴史学会は、二〇一二年にナリシュキン情報局長を会長として再結成されたという。
二 ロシア国立海軍文書館
 国立海軍文書館では、ワレンチン・スミルノフ館長、マレヴィンスカヤ副館長らと面会し、今後の共同研究の在り方について協議した。スミルノフ館長からは、①日本と朝鮮の歴史に関する解説目録の日本語版の出版、②日本関係追加解説目録(マレヴィンスカヤ作成)の日露語での出版、③ロシア人捕虜収容所関係史料(捕虜引き渡し時の登録カード類あり。個人情報と習志野・似島など収容所移管の記録のあるもの)に関する共同事業の提案があった。日本側からは、現在②目録の翻訳作業を進めており、優先順位をつけて取り組みたいことを伝えた。協議の結果、最初に②目録の刊行に取り組むものとし、前回の目録同様の形式を整え、来年度中の出版で合意した。目録の構成、今後のスケジュールなどについて具体的に話し合った。今後は年内に出版覚書を締結することになる。このほか、来年度の国際研究集会の実施についても協議した。
 同館でも事前に依頼した複製史料データ二七〇コマ分を受理した。このうちには、昨年度閲覧した海図類の高精細画像も含まれている。
 今回も継続して海図類のフォンド133を閲覧調査した。
1331-4-931 「海軍旗章條例」、明治二二年一〇月。日本の色刷り・冊子本。天皇・皇族をはじめとする海軍旗章を描いたもの。保存状態は良好。水路部海図局旧蔵品。
1331-4-905 Admiralty Charts, Section XVI, Japan, China, Cochin China and East Coast of Malay. 英国海軍の海図集。三七枚、冊子状になったもの。日本関係は二枚のみ。①長崎港図(Plan of the Harbour of Nangasaky in Japan)、一七六二年情報に基づき、一七八八年発行とあり。②西南日本図(Chart of the S. W. Part of Japan)、五島列島・平戸・長崎の周辺の略図、一七九二年発行、オランダ情報と記す。
1331-4-265 米国海軍ジョン・ロジャース指揮下の北太平洋測量艦隊の航跡図(Track-Chart of the U. S. North Pacific Surveying Expedition, 一八五四-一八五六)、ヴィンセンス、ジョン・ハンコック、フェニモア・クーパーの各艦の航跡あり。
1331-4-143 カムチャッカ・千島・サハリン・北海道を描いた極東図、一八一七年、手書き。彩色無し。根室・厚岸付近に碇泊マークあり。
1331-4-106 北太平洋図。北米・アラスカからカムチャッカ、千島、オホーツク、サハリン、アムール河口、日本(本州)まで描いたもの。ただし蝦夷地は無く、沿海州も途切れている。一七七九年、手書・薄い彩色。
1331-4-898 シーボルト大日本図(Atlas von Land und Seekarten 大日本Japanischen Reiche)、一八三一年。一冊。
1331-4-907 ロシアの東洋海図帳、表紙は一八二六年製。三〇枚ほどあり、このうち二枚のみ閲覧。北太平洋図と日本近海図。いずれも国後との位置関係がおかしいため、蝦夷地東海岸が仮線のようになっている。
1331-4-139 箱館奉行配下の村上左金吾由来の史料群(一昨年度に閲覧したもの)、手書き、和紙に墨書・彩色した地図、陣立図など。いずれも、ニエオストロエフによる裏書があることを確認した。
 今回閲覧を申請したうち、1331-4-895、-897、-925は状態が悪く閲覧不可であった。
三 ロシア国立サンクトペテルブルク図書館
 国立サンクトペテルブルク図書館を訪問し、写本室で日本関係の写本・版本を閲覧した。
 これに先立ち、国際担当エカテリーナ・ラクモトゥコさんの案内で館内を見学し、幕末期に版行した「ロシアいろは」の版木など、貴重な資料を拝見した。
 写本室では、ルドミラ・キルドゥシェブスカヤ地図室長の案内でクルーゼンシュテルンの地図帳二種を閲覧した。ついで、一八五二年作成の『ロシア帝国国立図書館所蔵東洋手稿本・木版本目録』に記載されている日本関係一四点を閲覧した。
859 スペイン語による写本の一部:三三六頁、三四五~三四六頁。「イエズス会聖フランシスコ・ザビエル自筆の日本における宗教の本の二葉」と仏語解題あり。
860 版本。「新道中鑑」元禄四年。
861-1 八月一一日付、折紙の江戸期日本語書翰。
861-2 安永七(一七七八)年七月付、蝦夷地奉行定書(のつ釜ふ〈ノッカマップ〉・しよんごおとな宛)、露米会社の赤シール(蝋印)あり。ペン書き「六」。ションゴは蠣崎波響の「夷酋列像」にも描かれた有名なアイヌ首長で、この年の六月、イルクーツクの商人シャバーリンが交易を求めて来航した事件に対応する松前藩の定書きと考えられる(以上、東俊佑氏のご教示による)。これまで知られていなかった貴重な史料といえる。
862 版本。「道中廻文絵図」下。
863 版本図。「京大絵図」宝永六年。「宝永改洛陽洛外之絵図」とある折込絵図。要所にロシア語付箋あり。
864 日用記、文化二(一八〇五)年正月、内野五郎右衛門。露米会社の赤シール(蝋印)あり。ペン書き「三」。横半帳。
865 版本。「絵本花紅葉」上。
866 欠
867 版本絵図。「日光御山之絵図」
868 往来物写本。露米会社の赤シール(蝋印)あり。
869 八首の歌。寛政三年。
870 いろは学習書の類か、江戸町名・国名を漢字・片仮名・平仮名表記するが、誤りが多い。目録では、「一八〇九年、イルクーツクの教師ニコライ・コロティギンによる日本語練習帳」とあり。
871 「文林節用筆海綱目」、露米会社の赤シール(蝋印)あり。
872 「百万節用宝来蔵」
 当日、アレクサンドル・ヴィスツーラ図書館長と面会する約束を取ったが、スケジュールがずれたため、お会いできなかった。上記史料の複製収集など、研究協力に対する申し入れを次年度再度おこなう必要がある。
四 ロシア科学アカデミー東洋古籍文献研究所
 東京大学史料編纂所との研究協力協定にもとづき、サハリンアイヌ交易帳簿の共同研究をおこなっている。この共同研究について、イリナ・ポポワ所長と面会し、帳簿(史料集)の出版方式について協議した。
 ついでA-94「日記」のほか、ワシーリー・シェプキン上級研究員の協力を得て、関係史料を閲覧した。
A-22 俳諧秘伝書
A-94「日記」、文化元年一一月、小西甚三郎。横半帳。
B-126 出陣軍令巻
B-127 要門伝授極秘全書
B-128 武者扇
B-129 手配大概
B-130 地球全図略説
B-131 論語 上、次藤要蔵
B-132 題欠(軍装秘伝書上の類か)
B-133 弁将 第六
B-134 城図分間仕方
 どれもニエオストロエフの裏書があり、シェプキン研究員によれば、いずれもフヴォストフ事件での接収品であり、ニエオストロエフの手を経たものと考えられ、国立図書館で閲覧したような赤シールのあるものは露米会社から直行したものであるという。
五 ロシア国立経済高等大学
 一〇月五日(一七時~一九時半)、ロシア国立経済高等大学において国際シンポジウム「ロシアと日本側の史料に見る日露関係」に参加した。開会に先立って、アジア・アフリカ学部長エフゲニー・ゼレーネフ教授にご挨拶した。
 ミニ・シンポジウムは、同学部のオリガ・クリモワ准教授の司会によって進められ、約二〇名の参加があった。報告は以下の通り。
保谷 徹「史料編纂所の海外史料調査と研究資源化事業」(日露関係を中心に)
東 俊佑「フヴォストフ事件についての日本側史料について」
ワシーリー・シェプキン(東洋古籍文献研究所)「ロシアで出版された初の日本全図」
アルチョン・クリモフ(国立経済高等大学)「サハリン島についてのポシェットの手帳」
オリガ・クリモワ(国立経済高等大学)「ロシアと日本側に見る第一回サハリン遠征」
ワジム・クリモフ(東洋古籍文献研究所)「ポシェットが日本について書いた史料と日本から持参した史料」
 それぞれの発表時間は短かったが、日露関係史料をめぐり、有意義な研究交流をおこなうことが出来た。
六 その他
 ロシア国立歴史文書館チェルニャフスキー館長および海軍文書館スミルノフ館長らと同行し、郊外にあるペテルゴフ(アレクサンドリア庭園)を訪問し、学芸員の解説のもと、ニコライ一世やアレクサンドル二世の離宮(居宅)を見学する機会を得た。また、駐サンクトペテルブルク日本総領事館を訪問し、新任の福島正則総領事、多田琴美副領事と面会、本プロジェクトの概要を報告し、協力を要請した。
 以上、今回の訪問は短い日程の中で大変有意義な成果をあげることが出来た。国立図書館での新史料の「発見」については、その後、東俊佑「安永七年の蝦夷地奉行定書について」(『北海道博物館研究紀要』第二号、二〇一七年)が出た。学界でも話題になるはずである。いわゆる北方紛争での接収品が次々と「発見」され、各コレクションの形成過程が判明しつつある。これもこのプロジェクトの新たな成果となりつつある。
(保谷 徹・小野 将・佐藤雄介)

『東京大学史料編纂所報』第52号