東京大学史料編纂所

31.大阪府立中之島図書館所蔵史料の調査

 二〇一六年二月、大阪府立中之島図書館にて所蔵史料の調査を行った。主要な閲覧書目の簡単な書誌を掲げて報告とする。
【玄武洞文庫】
 『玄武堂文庫解題目録』(大阪府立図書館特別集書目録、清文堂出版、一九七三年再刊)、『玄武洞文庫展』図録(二〇〇三年)、天坊幸彦「田結荘千里翁伝」(『ヒストリア』一四、一九五六年)など参照。
○新書写請来法門等録 [ 甲和九六五]            目録九頁
※粘葉装、一帖。二五・〇×一四・八。一二丁+前後表紙。茶色表紙、右下に朱方印「松翁」、左上に題字らしき墨痕あるも、修補紙の上に書かれる。見返しに本紙を貼付、外題「□□目録」と裏面から見える。朱印「『(青)田結荘金治』寄贈之記」。貼紙「山科〈かんじゅじ/かじゅじ〉勧修寺大経蔵」が一オ右下の朱長方印の脇にあり。一オ右上に朱方印「大阪府立図書館蔵書之印」、右下に朱長方印(印文「□□蔵」、七・二×二・四)の上に重ねて朱長方印(印文不明)を捺す。貼紙は先に押された印を奥書につられてか「勧修寺大経蔵」印と解するが、勧修寺現蔵本に押すものとは別印で誤認ならん。横楕円印「大阪府立図書館/380932/昭和四十六年四月十九日」。片面七行、押界あり(界高約一九・九×幅一・八)。両面書きだが片面には薄手の修補紙を打つ。一丁と二丁との貼り合わせ部に墨付あり、他丁では有無が不明瞭。内題「新書写請来法門等録」。訓点等なし。書目名の頂部に墨点を打つところあり。刊本(『大正新脩大蔵経』五五・『大日本仏教全書』二)と比するに、合計巻数、各書目の形態・紙数などを一部省略している。一一オ最終行「降誕日内道場論衡一巻」、同ウ一行目「都利聿斯経一部五巻」との間に脱落なく、第一部末尾の識語や第二部の道具類とその識語を省略し、第三部の雑書目録一二オ三行目「同印子玉篇一部卅巻」の後に一行空行で尾題「後入唐僧正目録一巻」あり。一二ウ三行目(前に二行空行)奥書「久安二年二月九日、於勧修寺大湯屋書写了、比交了」、左下に朱長方印「玄武洞文庫」。後ろ見返しに本紙を貼付。一〇オ最終行「金剛頂経中略出五六十一巻」は、次行に重複して書写したため、ミセケチにする。マイクロフィルムは全丁にあらず。
○新書写請来法門等録 [ 甲和九六六]           目録一〇頁
※粘葉装、一帖。二四・〇×一五・〇。一二丁+前後表紙。焦茶色表紙、左側に素紙(幅二・九)を貼り墨書外題「禅林請来目録」、朱方印「松翁」あり。見返しに本紙を貼付、朱印「『(青)田結荘金治』寄贈之記」、左下に貼紙「知恩院長老/鵜飼徹定」。一オ、右上に朱長方印「大阪府立図書館蔵書之印」、右下に前号と同じ朱長方印「□□蔵」、楕円登記印(同日・380931)。内題「新書写請来法門等録」。片面七行、押界(幅一・七、界高不明、字高二・一)。書写内容は前号に近い。一一オ四行目「降誕日内道場論衡一巻」、次行に「都利聿斯経一巻〻部五」と連続して書写し区切りなし。一一ウ七行目「同印子玉篇一部卅巻」、一二オ一行目空行、二行目に尾題「後入唐僧正目録一巻」。一二ウ白紙、朱長方印「玄武洞文庫」。後ろ見返(本紙貼付)に奥書「承安二年十月廿九日、於石山寺書了、/一交了、」/(別筆カ)「東寺末葉良祐本」」。前号と比し、六ウ・七オの間で「毘沙門天経一巻〈不空ー〉」を脱落、五ウ三行目を一行に詰めて書写するため行数減。マイクロフィルムは全丁にあらず。
○三宝院御経蔵目録 [ 甲和九七三]            目録三〇頁
※粘葉装、一帖、一部糊剥がれ。表紙共紙全八丁。二二・二×一三・七。鎌倉時代写。表紙左上直書「三宝院真言経蔵目録〈御筆等六合〉」、本文と同筆。見返し朱印「『(青)田結荘金治』寄贈之記」。一オ朱方印「大阪府立図書館蔵書之印」、楕円登記印(同日・380929)。片面七行、二段書き。押界(界高一九・九、幅一・七)。末尾に朱長方印「玄武洞文庫」、朱方印「月明荘」。一オ「三宝院御経蔵目録/此録右六合/御筆箱一合 祖師手跡一合/普賢院御手跡一合 正抄一合〈无之、〉/務抄一合 海浦経筥一合」。六ウ末尾「浄瑠璃浄土砂一嚢 東寺経蔵物一嚢〈五宝等少々〉/(奥書)右賜地蔵院御本書写之了」。『醍醐寺文書』一〇三函八一- 三「三宝院経蔵目録」上下[ 写真帳6171.62-45-359・360] は、慶長九年(一六〇四)に三宝院義演が目録類を集成書写したもので、その下帖に「外題云、三宝院真言経蔵目録〈御筆等六合云々、〉/三宝院経蔵目録」として同内容の目録が収められている。『醍醐寺文書』本では、「御筆箱一合」は「同(御筆)箱一合〈南厨子〉」として、「海浦経箱」は「経箱一合〈海浦 大〉」(うち光宝注之の分)として、前出する「〔南厨子聖教等目録〕」のうちに含まれており、「納目録端有之」と注記して詳細は省略される。合点など若干の異同あり。同じく「三宝院経蔵目録」下に収める治承三年(一一七九)六月十日勝賢「外題云、三宝院真言経蔵目録〈目録并櫃等記之、〉/三宝院真言経蔵法門仏像道具等箱目録」は十二巻の目録を収め、この時までには本書の原形は成立していたことになる。この治承目録は、『醍醐寺文書』一〇七函五・六にもあり。マイクロフィルム全丁あり。
○三宝院聖教目録 [ 〇一一- 七〇]            目録三〇頁
※袋綴、一冊、二四・三×一七・二。一三丁+前後表紙。縹色表紙、素紙貼外題「三宝院聖教目録〈私記〉」、見返し朱印「『(青)田結荘金治』寄贈之記」。一オ右上に朱長方印「大阪府立図書館蔵書之印」、右下に墨長方印「長慶寺」、朱長方印「玄武洞文庫」(この二顆は最終丁にも捺す)、楕円登記印(同日・380963)。あまり丁寧な写しでないが、刊本(『大日本仏教全書』二)より若干注記が詳しいなどの小異あり。後見返しに本奥書「文明元年〈己丑〉八月中旬、御本申下シ書写了、/本云、〔大カ〕文永四年六月上旬、於和州壺坂山来迎院書写了、/宝永七寅年閏八月、以他筆令書写校合畢、末資誠識/享保五年三月下旬、於和州豊山穿岩端寮、以頼筆書写了、」とあり。
【石崎文庫】
 『石崎文庫目録』(大阪府立図書館特別集書目録九、一九七三年再刊)。
○春日祭旧例 [ 一二六- 一〇]
※袋綴、一冊、二八・五×二〇・五。三四丁+前後表紙。表紙「《日野輝光卿真筆》春日祭旧例〈附弘安中神木入洛記〉」、右下「錦所精廬蔵」。見返し、朱方印「大阪府立図書館蔵書之印」、楕円登記印(昭和廿六年十二月十六日・188424)。本奥書「右大宮祭礼…次預中臣祐宣、/右春日祭旧例一冊者、以中山家之本謄写畢、正徳六〈丙申〉年二月日/権大納言藤(朱方印)『輝光』」に追筆して「右記者、日野家所蔵也、予不慮於市中自売書郎/某感得畢、 錦部里藤原以文」。この後に弘安四年神木入洛記があり、その末尾に「右弘安四年御入洛等之記者、南京若宮神殿守家所蔵/旧記也、今度彼神殿守若宮宮内×□旧記弐巻携之令上/洛畢、以或人所抄出之本、附録此巻之後、尤可/珍蔵者也、/寛政八年十月、於吉田社御供所書写了、(山田以文カ花押)」と識語がある。
(藤原重雄)


『東京大学史料編纂所報』第51号