東京大学史料編纂所

7.長野県下中世史料の調査・撮影

 二〇一六年三月二~三日、長野県伊那市・辰野町に出張し、所在史料の調査・撮影を行った。撮影史料は以下の通り。
〔建福寺文書〕伊那市
天正三年十一月二十八日    武田家朱印状
天正六年七月十八日      武田家朱印状
天正六年九月十四日      武田家朱印状
天正九年七月十日       武田家朱印状
天正十年三月日        織田信忠判物
天正十一年十二月十七日    保科正直判物
天正十一年十二月十七日    保科正直判物
天正十八年十二月五日     勝斎判物
天正十九年三月十日      勝斎判物
文禄二年閏九月五日      勝斎判物
文禄二年十一月十七日     勝斎判物
文禄五年二月十六日      岩崎重次判物
文禄五年二月十六日      岩崎重次判物
寛永十一年五月二十三日    北原光次・篠田隆吉連署状
松平保科系図
〔埋橋文書〕高遠町歴史博物館寄託
永禄五年九月二十三日     武田勝頼判物
(年未詳)正月二十五日    武田家朱印状
天正十年八月二十一日     保科正直・内藤昌月連署状
〔鉾持神社文書〕高遠町歴史博物館寄託
永正八年三月二十六日     高遠満継判物
永正十年十月二十二日     高遠満継判物
天正五年三月十七日      武田家朱印状
天正十九年正月十五日     勝斎判物
慶長六年五月四日       朝日受永判物
(慶長七年)寅六月二十四日  保科正光黒印状
(年未詳)辰霜月廿二日    保科正光判物
(寛永八年)未十月二十八日  篠田隆吉奉書
〔龍勝寺文書〕伊那市
天正八年閏三月九日      武田家朱印状
慶長十八年八月十三日     普蔵院存雄等連署状
元和六年七月二十五日     保科正光判物
貞享三年四月十三日      田地売渡状
寛永十七年九月二十六日    捴寧寺長鷟等連署状
(年未詳)四月二十四日    妙高庵臨渚書状
(年未詳)四月二十四日    妙高庵臨渚書状
元和七年七月十五日      篠田隆吉奉書
〔池上文書〕伊那市
天正六年十月十五日      武田家朱印状
天正六年十月吉日       武田勝頼祖母書状
天正六年十月十七日      武田家朱印状
天正十年三月日        織田信長朱印状
〔小野文書〕辰野町教育委員会所蔵
永禄三年三月十一日      武田家朱印状
永禄四年三月二日       武田家朱印状
 なお当日は、建福寺・龍勝寺のご住職、池上均氏、伊那市教育委員会の大澤佳寿子氏、高遠町歴史博物館の笠原千俊氏、辰野町教育委員会の福島永氏・太田博人氏、新潟県上越市公文書センターの福原圭一氏にはたいへんお世話になった。記して謝意を表する。
(村井祐樹・畑山周平)


『東京大学史料編纂所報』第51号