55.ロシア連邦サンクトペテルブルク市所在日本関係史料の調査

二〇一四年九月二一日から二九日にかけて、ロシア連邦サンクトペテルブルク市に出張した。参加者は、保谷徹・山家浩樹副所長・小野将(以上、日本学士院経費)、佐藤雄介・山田太造・新潟大学麓慎一教授(以上、海外S科研経費)の計六名である。現地では共同研究者のワジム・クリモフ上級研究員(ロシア科学アカデミー東洋古籍文献研究所)に調査日程のコーディネートおよび通訳等でお世話になった。
1、ロシア国立歴史文書館
 二〇一三年一一月に着任したアレクサンドル・コスタノフ新館長とプロジェクト継続の協議を行うことが今回の出張の目的のひとつだったが、残念なことに同館長は調査直前の九月八日に急死され、ミレーチン副館長らと打ち合せることになった。
 ミレーチン副館長、研究担当のコロセンコヴァ副館長、および前館長のアレクサンドル・ソコロフ氏も同席し、二〇一〇年に出版した『ロシア国立歴史文書館所蔵日本関係史料解説目録』の追加目録の作成および出版について提案があり、その具体的な進め方について協議した。早ければ来年早々に追加目録データが完成し、翻訳および出版準備にとりかかるものとしたが、いずれにしても具体的な進め方はこれから選ばれる新館長の判断を待つ必要がある(その後、海軍文書館からセルゲイ・チェルニャフスキー新館長が着任)。 歴史文書館では開催中の旅順・大連に関する展示会を見学するとともに、史料収蔵庫および電子化(デジタル化)作業室に入り、現在取り組んでいる日本側でのデジタル化研究と比較対照して意見を交換する機会を得た。
2、ロシア国立海軍文書館
 同館のセルゲイ・チェルニャフスキー館長に面会し、来年度の国際研究集会の開催と招聘について協議するとともに、事前に依頼した所蔵史料のデジタルコピー約五一〇コマ(海図五枚を含む)を受理した。
・Ф. 283. Оп. 2. Д. 5937. 1854.
・Ф. 296, Оп. 1, Д. 75 a, 1852~ 53
・Ф. 870. Оп. 1. Д. 6936б. 1853.
・Ф. 1247. Оп. 1. Д. 9 ~11. 1853.
・Ф. 1331. Оп. 10. Д. 451~456 1862~1880.
・Ф. 410. Оп. 2. Д. 4178
・Ф. 410. Оп. 2. Д. 4183
 これは主にプチャーチン関係のファイルと、ポサードニク事件当時の測量に基づいた対馬周辺の海図などである。
 海軍文書館でも二〇一一年に刊行した『ロシア国立海軍文書館所蔵日本関係史料解説目録』の追加目録作成について協議をおこない、早ければ年内に目録データを受理し、翻訳・出版の作業に入るものとした。今回の追加目録には、主に日露戦争など比較的新しい時代の約一〇〇〇項目が掲載される予定である。
 海軍文書館の今回の調査では、フォンド一三三一の地図・海図類を閲覧することが出来た。以下に閲覧リストと簡単なメモを付す。
1331/ 4/ 16 北半球図 一七四二年:ベーリングやシュパンベルグの航路を入れたもの
1331/ 4/ 64 オホーツク沿岸図 一七三九年:同
1331/ 4/ 65 北クリル諸島図 一七三九年:同
1331/ 4/ 86 北太平洋図 刊行図 一七七四年
1331/ 4/112 北太平洋図 一七八七年
1331/ 4/123 オホーツク海図 一七九八年
1331/ 4/129 改正日本輿地路程全図 版本 寛政三年(一七九一):日本のもの、ロシア語注記あり
1331/ 4/135 平泉図(手書き、ロシア語) 一八〇九年:イルクーツクで日本人漂流民に書かせたもの。
1331/ 4/136 北部日本・サハリン図 一八〇九年
1331/ 4/137 長崎湾 海図(刊行図) 一八二八年。シーボルトによるもの。
1331/ 4/138 日本図 一八一一年:メルカトル図
1331/ 4/139 日本の城砦および都市の見取り図など、八六点一括
 いずれも一八世紀から一九世紀初頭の日本および日本近海の図面ファイルであり、メモ的な撮影を行った。日本国内には未紹介の貴重な図面であり、周辺状況を調査したうえで今後の収集計画に組み込んでいきたい。とくに、最後のファイルは幕臣村上左金吾の所持品と考えられる。村上は19世紀初頭の北方紛争(一八〇七年)の折に蝦夷地へ派遣されており、乗り組んだ官船がロシア艦に襲撃されている。同ファイルはこの際にロシア側に接収されたものである可能性が高く、興味深い史料群である。135の平泉図は以前の調査でも気になっていたが、今回この139のファイルから原図と思われる木版の「旧跡図」が出てきたことで疑問が氷解した。奥州藤原氏の旧跡を記した江戸期の観光図をもとに、ロシア側は日本北部の旧都を研究していたのである。
3、ロシア科学アカデミー東洋古籍文献研究所
 東京大学史料編纂所との研究協力協定にもとづき、サハリンアイヌ交易帳簿の共同研究をおこなっている。今回の調査では「簾貸帳」と「大福帳」を閲覧し、最終的な原本校訂をおこなった。同史料の翻訳・出版に向け、日本側の準備作業はこれでほぼ完了した。
 同史料の共同研究については、イリナ・ポポワ所長と面会し、今後のスケジュールを確認した。また、現在進行中の科学アカデミー改革についての説明をうけ、史料集の刊行について意見を交換することが出来た。
4、ボリス・エリツィン大統領図書館
 二〇〇九年に開館した大統領図書館を訪問し、施設を見学して説明を受けた。同館はロシアの歴史資料を全土の文書館・図書館から電子情報(デジタル画像)として収集し、公開・発信する電子図書館の役割を果たしている。資料の選択は一定の基準にのっとって選定委員会がおこない、ウェブ上にデジタルアーカイヴズを開設するとともに、館内あるいは協定を結んだ施設では所蔵するデジタル資料を検索し閲覧することが可能である。
 幕府がラクスマンに与えた信牌など、日本関係の貴重史料も公開されており、協定を結べば日本からも同様の検索・閲覧が可能であるとの説明を受けた。今後検討すべき課題である。
5、その他
 以上に加え、ロシア海軍文書館長の招待により、レニングラード州立文書館(ヴィボルグ市)を訪問して見学する機会を得た。また、ロシア国立海軍中央博物館を、新館に移転後はじめて訪問し、短時間ながらロシア国立軍事史博物館で大友宗麟のフランキ砲を観察した。

(保谷徹・山家浩樹・小野 将・佐藤雄介・山田太造)

『東京大学史料編纂所報』第50号