東京大学史料編纂所

52.佐賀県・福岡県下中世史料の調査・撮影

 二〇一五年二月三~五日、佐賀県小城市、福岡県柳川市に出張し、所在史料の調査・撮影を行った。撮影史料は以下の通り。
 〔今村南里文書〕小城市立歴史資料館寄託(『佐賀大学地域学歴史文化研究センター研究紀要』五)
建武五年八月十一日      今村高秀注進状
暦応二年七月十五日      今村高広注進状
暦応二年七月十八日      今村高広注進状
暦応三年十月十三日      今村高弘軍忠状
康永二年四月十九日      一色道猷書下
康永二年七月二十三日     今村高弘軍忠状
貞和三年五月十一日      一色道猷書下
貞和四年正月十二日      今村高弘着到状
観応二年□月三日       今村利広軍忠状
観応二年十二月二十日     一色道猷書下
観応二年十二月二十日     一色道猷書下
明徳四年七月二十六日     鎰尼季高加冠状
享禄五年二月二十五日     千葉胤勝書下
(享禄五年カ)二月二十五日  千葉胤勝書状
享禄五年二月二十五日     千葉胤勝書下
(天文二年カ)四月二十五日  千葉胤勝書状
(年未詳)十月二十日     千葉胤勝書状
(年未詳)十二月三日     千葉胤勝書状
〔安東文書〕柳川古文書館所蔵
(『柳川古文書館史料目録』一三、安東家史料の通番号による)
40~45、47~49、854
〔真勝寺文書〕柳川古文書館寄託
(『柳川古文書館史料目録』二の通番号による)
1~15、18~21
〔堤伝収集文書〕柳川古文書館寄託(『柳川古文書館史料目録』二)
文禄五年五月十七日      立花親成判物
(年未詳)八月十五日     薦野増時書状
(年未詳)三月十三日     大友家年寄連署書状
〔由布文書〕柳川古文書館寄託
(『柳川古文書館史料目録』一〇、由布(功)家文書の通番号による)
23~45、62、85、162、208、211、225、226
〔吉弘文書〕柳川古文書館寄託
(『柳川古文書館史料目録』一一の通番号による)
27~51
〔吉田文書〕柳川古文書館寄託
(『柳川古文書館史料目録』一七の通番号による)
9、11~13、17~19、21、22、24~27、29~32
〔佐田文書〕柳川古文書館寄託
(『柳川古文書館史料目録』一七の通番号による)
佐田家文書 1~3、6、8、9、15、16、18、23、26~29、31、32、36~43、72~74、78~80、85~87、109、112、118~121、132、133、136
佐田家文書非寄託分(目録作成当時。現在は寄託)1~5、7~12、15
〔新出鷹尾神社文書〕柳川古文書館寄託(『柳川古文書館史料目録』二一)
正安三年九月二十二日     瀬高下庄本家政所下文写
享禄五年七月三十日      書札礼
天文十一年八月二十七日    樋口御神領坪付之事
(年月日未詳)         樋口別宮之役人之事
(年月日未詳)         坪付
〔今村文書〕柳川古文書館所蔵
『柳川市史 史料編 Ⅴ近世文書前編』今村(龍)家文書参照。
〔田中文書〕柳川古文書館寄託
(『柳川古文書館史料目録』二の通番号による)
1~9
〔隈部文書〕柳川古文書館所蔵
(『柳川古文書館史料目録』二の通番号による)
31、33~35
〔家長文書〕柳川古文書館所蔵(『柳川古文書館史料目録』二)
天正二十年十二月二十六日   豊臣秀吉朱印状
慶長九年十一月十七日     田中吉政判物
〔十時文書〕柳川古文書館寄託
(『柳川古文書館史料目録』二三、十時正道家文書の通番号による)
1~31、86~88、98
〔甲木氏収集文書〕柳川古文書館寄託(『柳川古文書館史料目録』三)
(年未詳)十二月二十九日   戸次道雪書状
(年未詳)十二月二十四日   立花統虎名字状
慶長十三年八月二十六日    加藤清正黒印状
(年未詳)二月八日      立花宗茂書状
〔十時文書〕柳川古文書館寄託(『柳川古文書館史料目録』二三、十時惟剛家文書)
               伝藤原定家古筆切
〔十時文書〕柳川古文書館寄託(『柳川古文書館史料目録』二三、十時強次郎家文書)
天正十六年正月十五日     亀松知行預ケ状
慶長十一年十一月十一日    立花俊正(宗茂)知行預ケ状
(慶長十二年カ)五月二十五日 知行目録
(年未詳)十一月二十五日   大友義統感状
(年未詳)十二月二十七日   立花尚政(宗茂)名字状
〔鷹尾神社文書〕柳川古文書館寄託
(柳川古文書館図録『筑後鷹尾文書』「鷹尾文書目録」の通番号による)
1~35
なお当日は、小城市立歴史資料館の古庄秀樹氏・田久保佳寛氏・佐藤紘一氏、柳川古文書館の田渕義樹氏にはたいへんお世話になった。記して謝意を表する。
(井上 聡・村井祐樹・畑山周平)


『東京大学史料編纂所報』第50号