東京大学史料編纂所

12.新潟県下所在中世史料の調査・撮影

 二○一四年一二月一七~一八日、新潟県新潟市に出張し、所在史料の調査・撮影を行った。撮影史料は以下の通り。
〔八木孝氏所蔵文書〕
(永正元年)三月十五日      上杉顕定書状
(永禄十一年)十月十六日     上杉輝虎書状
(天正八年)極月廿三日      上杉景勝書状
(天正十年)八月廿日       上杉景勝書状
(年未詳)七月十一日       直江兼続書状
(寛永二十年)六月十一日     上杉定勝書状
(永正七・八年)五月六日     長尾顕吉書状
(慶長三年)十月二日       徳川家康書状写
天正十四年五月          上杉景勝上洛日記
慶長貳拾年正月十七日       徳川秀忠書状写
(正保二・三年)八月二日     岩城宣隆書状
(年月日未詳)           上杉鷹山書状
〔善照寺文書〕新潟県立文書館寄託
『新潟県史 資料編5 中世三』参照
〔中町文書〕新潟県立文書館寄託
(天正六年)六月十一日      上杉景勝朱印状
慶長二年卯月廿三日        書札之次第
(慶長十五年)閏二月十二日    羽柴(前田)利長書状
〔新潟県立文書館所蔵文書〕
(元亀二年)十一月十日      上杉謙信書状
(年未詳)三月二日        加藤清正書状
(年月未詳)十一日        伊達政宗書状
〔宮氏所蔵文書〕新潟県立文書館寄託
(年未詳)九月十七日       上杉景勝書状写
(年未詳)八月廿日        上杉景勝書状写
(年未詳)九月十七日       直江兼続書状写
(年未詳)卯月二日        宝性院政遍書状写
慶長拾四年十月十五日       広瀬下条内下田村・上下田村検地帳
〔藤野文書〕新潟県立文書館寄託
天正七年三月十日         上杉景勝朱印状
〔新潟市歴史博物館所蔵文書〕
〈新潟町会所文書〉
慶長十五年九月廿一日       定(伝馬宿送定)
慶長十六年九月三日        伝馬宿書出
元和貳年八月廿七日        伝馬宿送定
元和二年霜月七日         新潟諸役用捨之覚
元和三年七月朔日         覚(町建命令)
元和三年七月朔日         新潟町中肝煎
元和四年五月十九日        新潟惣町中拾間組法度之事
元和四年八月廿四日        新潟町年寄居屋敷役地子免許状
〈沼垂町役所文書〉
天正十四年五月十五日       徳川家康朱印状写
天正十四年十月朔日        上杉景勝朱印状写
天正十七年十二月日        豊臣秀吉禁制写
天正十七年十二月日        豊臣秀吉禁制写
元和五年十二月五日        上杉宣勝黒印状写
寛永十五年三月十五日       上杉宣勝黒印状写
〈堺時雄氏収集文書〉
(永禄十二年)六月九日      北条氏照書状
〈阿部文書〉
元和貳年十月五日         村々申聞覚
 当日は、本田富義氏、新潟県立文書館副館長中川浩宣氏、新潟市歴史博物館田嶋悠佑氏にはたいへんお世話になった。記して謝意を表する。なお本調査は一般共同研究「史資料原本調査をもとにした『越佐史料』巻七(未刊)の再編成」の調査活動の一環である。
(村井祐樹)


『東京大学史料編纂所報』第50号