東京大学史料編纂所

11.新潟県下所在中世史料の調査・撮影

 二○一四年七月一九~二一日、新潟県佐渡市に出張し、所在史料の調査・撮影を行った。撮影史料は以下の通り。
〔剛安寺文書〕
天正十五年如(二月)十三日    藍原白鴎寄進状
天正廿年拾月三日         剛安寺寺領帳
天正廿年十一月十六日       上杉氏寺領書出
文禄四年霜月廿日         剛安寺領書出
慶長四年極月廿七日        河村彦左衛門尉年貢皆済状
慶長五年霜月十六日        加茂郡吉井内寺領検地帳
享保十七年~元文四年       細屋村御寺領米納帳
宝永三年五月吉日         松樹山剛安禅寺寺記
〔長谷寺文書〕
(年未詳)三月四日        直江兼続書状
慶長四年極月廿八日        河村彦左衛門尉年貢皆済状
慶長五年十月四日         籠嶋惣左衛門尉黒印状
慶長五年極月十四日        河村彦左衛門尉年貢請取状
慶長五年極月十四日        河村彦左衛門尉年貢請取状
慶長七年五月日          長谷寺寺領安堵状
正徳六年五月           乍恐口上書ヲ以申上候
〔大聖院文書〕
永正十二年十月四日        印信(伝法灌頂)
永正十五年二月十六日       印信(伝法灌頂)
永正十五年二月晦日        印信(秘密灌頂)
永正十五年二月晦日        直至血脉
永正十五年二月廿六日       印信(合行法)
永正十八年五月九日        印信(南山八葉峯)
永正十八年五月九日        印信(秘密灌頂)
永正十八年五月九日        印信(大塔事)
永正十八年五月九日        印信(御社)
永正十八年五月九日        印信(南山金剛峯寺大事)
永正十八年五月九日        印信(南山八葉峯)
永正十八年五月          印信
(秘密法界体伝法許可灌頂阿闍梨位)
永正十八年五月九日        印信
享禄四年五月吉日         印信(伝法灌頂)
命禄三年十月八日         印信(伝法許可灌頂)
天文八年四月日          印信(耳語)
天文八年二月二十日カ       印信(一心灌頂か)
弘治四年二月吉日         印信(伝法灌頂)
永禄五年六月十日         印信(第三重)
文禄三年十月七日         上杉家中佐渡在番衆連判年貢割付状
慶長七年十月廿九日        河村彦左衛門黒印状
慶長七年十月六日         佐州吉井本郷村検地帳
慶長七年極月十六日        佐州吉井本郷村検地帳
永禄六年三月二八日        (不動明王後背銘)
〔山本氏所蔵文書〕
『新潟県史 史料編四』参照
〔妙経寺文書〕
(年月日未詳)          日現書状
永禄二年六月八日         日現書状
永禄二年六月八日         日現書状
永禄二年六月八日         日現書状
天正十七年七月日         上杉景勝朱印状
(年未詳)七月十日        日興書状
(年未詳)五月十二日       日精書状
(年月日未詳)          (伝日蓮書状断簡)
応安二年三月日          童子注進状
慶長九年七月十一日        大久保長安禁制
 当日は、剛安寺御住職、長谷寺御住職、大聖院檀家の皆様、山本修巳氏、妙経寺御住職にはたいへんお世話になった。記して謝意を表する。なお本調査は一般共同研究「史資料原本調査をもとにした『越佐史料』巻七(未刊)の再編成」の調査活動の一環である。
(村井祐樹)


『東京大学史料編纂所報』第50号