東京大学史料編纂所

52.ドイツ連邦所在日本関係史料(古写真)調査

二〇一三年九月三日から一一日にかけて、ドイツ連邦へ出張し、日本関係
史料(古写真含む)の調査をおこなった。経費は、古写真研究プロジェクト
経費に加え、国立歴史民俗博物館の共同研究プロジェクト経費を使用した。
参加者は、保谷徹・谷昭佳・箱石大、さらに大内英範准教授(筑紫女学園大
学)が参加した。ベルリン調査には共同研究員ペーター・パンツァー名誉教
授(ボン大学)にウィーンからお出でいただき、御指導を仰いだ。また、現
地ベルリンで合流した歴博チームには、本所松井洋子教授が参加している。
1、プロイセン枢密文書館(ベルリン市郊外)
日本とプロイセンの条約原本(一八六一年)・批准書(一八六四年)の綴
じ込んだもの、竹内使節団への将軍家茂信任状(一八六二年)、条約勅許の
勅書写(一八六五年)、さらにオイレンブルク使節団が招来した古写真類な
どを閲覧・調査した。
プロイセン枢密文書館は所蔵文書の刊行目録はなく、タイプされた目録の
みである。このうち、貿易省文書目録の日本関係を写し取った。
目録 Rep.120 C.XI-XIII
I.HA REP.120 Ministerium für Handel und Gewerbe
Abteilung C (Rep.120C XI-XIII)
120.C.XIII.
18. Asien (China, Persien, Japan, Indien u. A.)
120.C.XIII.18-7. Die Handels- und Schiffahrtsverhältnisse mit Japan.
Vol.1. 1854-1861
Vol.2. fehlt
Vol.3. 1866-1870
Vol.4. 1871-1874
Vol.5. 1874-1879
Vol.6. 1879-1888
Vol.7. 1889-1894
Vol.8. 1894-1897.
Vol.9. 1897-1901.
Vol.10. 1901-1904.
Vol.11. 1904-1906.
Vol.12. 1906-1907.
Vol.13. 1907-1908.
Vol.14. 1908-1910.
Vol.15. 1910-1911.
Vol.16. 1911-1913.
Vol.17. 1913-1919.
Vol.18. 1920-1928.
Vol.19. 1928-1930.
Vol.20. 1930-1931.
Vol.21. 1931 II-XII
Vol.22. 1932-1933.
Vol.23. 1933 IX-XI
Vol.24. 1933-1934.
Adh.1. Die Entsendunng eines Technikers ( des Dr. Joh. Justus Rein aus
Frankfurt a. M.) nach Japan zum Zweck des Studiums der dortigen
Industrie,
Vol.1. 1872-1875
Vol.2. 1875-1905.
Adh.2. Zeitungsausshnitte 1926-1933.
120.C.XIII.18-9 Die zur Anknüpfung neuer Handelsverbindungen
veranstaltete Expedition nach den Ostasiatischen Gewässern,
Vol.1. fehlt
Vol.2. fehlt
Vol.3. 1860-1861.
Vol.4. 1861-1862.
Vol.5. 1862.
Vol.6. 1862.
Vol.7. 1862-1864.
Vol.8. 1864-1890.
Vol.9.Förderung der Handelsbeziehungen zu Ostasien, 1895-1911.
Vol.10. 1911-1931.
Adh. Bewerbungen von Kaufleuten um Teilnahme an der Ostasien-
Expedition. 1859.
120.C.XIII.18-11 Die Anstellung preußischer Konsule in Japan, 1861-1921
120.C.XIII.18-16 die statistischen und Handelsnachrichten in Japan,
Vol.1. fehlt
Vol.2. 1901-1910.
Vol.3. 1910-1928.
Vol.4. 1928-1930.
Vol.5. 1931.
Vol.6. 1932-1933.
Vol.7. 1933-1934.
120.C.XIII.18-17 Handelsverhältnisse Manchukuo, 1932-1934.
120.C.XIII.18-32 Die Anbahnung eines neuen Handelsvertrags mit Japan,
Vol.1. 1894-1896.
Vol.2. 1896-1910.
Vol.3. 1910 III-VIII
Vol.4. 1910-1911.
Vol.5. 1911-1914.
Vol.6. 1924-1928.
Vol.7. 1932
Adh.1. 1894-1896.
Adh.2. Anträge zum Handelsvertrags mit Japan, 1924-1927
Adh.3. Zeitungsausshnitte, 1924-1927
Adh.4. Geheimakten,
Bd.1. 1910-1911
Bd.2. 1911.
120.C.XIII.18-33 Der japanische Zolltarif, dessen Abänderung und
Ergänzung,
Vol.1. 1898-1908.
Vol.2. 1908-1916.
120.C.XIII.18-39 Der japanisch-deutsche Wirtschafts-Ermittelungsverein
bezw. der deutsch-japanische Verkehrsausschuss, 1911-1914.
2、外務省外交史料館(ベルリン市)
アーキヴィストのヘルベルト・カルバッハ氏と面会し、日本・プロイセン
条約書(一八六一年)と全権使節オイレンブルク伯爵に与えられた信任状三
通を閲覧した。条約書はもともと枢密文書館にあった正本(複数)のひとつ
だったが、一九四〇年代に外務省へ借出されたもののようである。ヴィルヘ
ルムⅠ世による信任状は、摂政時代に署名して日本へ持参したもの(一八六
〇年四月二五日付、幕府が受理せずに持ち帰った)、王位継承後に再度書き
直した国王としての信任状(一八六一年一月三日付)、さらにハンザ諸都市
や関税同盟などの信任を加えたもの(一八六一年一月一六日付)の三通であ
る。
3、ベルリン国立図書館(ベルリン市)
国立歴史民俗博物館(佐倉)が予定する日独修好一五〇年記念展示のため
の調査をおこない、オイレンブルク使節団が持ち帰った「源氏物語」や付随
する長崎通詞の「解説」などを閲覧・調査した。
このうち、使節団に関するテキスト史料としては、以下の通り。
Libri japon 446-1 万延元年八月四日付老中書取、オイレンブルクへ条約締
結延期を通告、幕末外国関係文書
41
所収、外国奉行酒井・堀から手交、切半
紙をつないだ巻物
Libri japon 446-2 万延元年七月の対話記録抄、外国奉行酒井・堀の面会対
話時に手交したもの、もとの対話書は幕末外国関係文書附録八に所収、同上
形式
Libri japon 446-3 上記二点のオランダ語訳、森山多吉郎訳、酒井・堀の添
状(蘭訳文)あり。包紙に「書取」とあり。綴冊二冊と包紙
Libri japon 446-4 上記三点を国立図書館へ寄贈する際のオイレンブルク書
翰、一八六九年一月六日、ベルリン発、書類整理中に発見した顛末などを記
す。
閲覧にあたっては、東アジア部日本課長ウルスラ・フラッヘ氏、同主任研
究員クリスチャン・デュンケル氏の御助力を得た。記して感謝したい。
なお、本件については二〇一四年一月に歴博経費による再調査を行い、同
館写本部の受入目録に、一八六二年六月、オイレンブルク使節団のフォン・
ブラントから納入した写本六点の番号(6933~6938)があることが判明した
(デュンケル氏のご教示による)。
現在判明した範囲では以下の通り。
6934:犬菟玖波集(山崎宗鑑自筆か、Libri Japon 482)
6935・6936:月王乙姫ものがたり絵巻(Libri Japon 458)
6937:元興寺(願光寺)縁起絵巻(Libri Japon 484)
6938:長崎通事福地源一郎の書籍解説(徒然草など持帰り品を解説した蘭文
覚書、『集古十種』に貼付してあり、「源氏物語」解説とは別のもの)
4、フォン・ブランデンシュタイン家(シュルヒテルン郊外)
宮坂正英教授(長崎純心大学)を代表とする歴博共同研究チームと合流し、
同家が所蔵するシーボルト関係史料の調査に参加した(部分参加)。主に、
幕末の和文史料と古写真(写真史料)を閲覧し、このうち、シーボルト再来
日(一八五九年)以降の和文書翰群について、シーボルト記念館が作成した
『シーボルト関係文書マイクロフィルム目録』(宮坂正英編、二〇〇一年)を
参照しつつ、内容を摘記した一点目録を作成した。幕末外国関係文書の編纂
対象部分について、今回調査したものを以下に掲げるものとする。
B(SAM)16 Fai 343
1) 文久二年四月一日 シーボルト宛高橋美作守書翰(蘭文訳)
2) 同(和文)
二六日付書面落手、世界の諸荒金類政府へ差出したき旨江戸へ報知の件
B(SAM)16 Fai 344 文久元年五月七日 シーボルト宛岡部駿河守書翰(蘭
訳文)
B(SAM)16 Fai 345a 文久元年一〇月一七日 シーボルト宛高橋美作守書翰
(和文)
貴国一〇月八日付書面落手、贈られし裸麦前任者岡部に代わり培養の件
B(SAM)16 Fai 345b 文久元年五月七日 シーボルト宛岡部駿河守書翰(和
文)
裸麦デイギターリス贈与・培養の件
B(SAM)16 Fai 345c 万延元年一一月一三日 シーボルト宛岡部駿河守書翰
(和文)
諸学術質問につき逗留延長すべく江戸より御沙汰の件
蘭訳文の小紙片添付。
B(SAM)16 Fai 345d 万延元年一一月二五日 シーボルト宛岡部駿河守書翰
(和文)
二二日付書翰落手、当港滞在につき二六日面談の件
B(SAM)16 Fai 345e 万延二年三月五日 シーボルト宛岡部駿河守書翰(和
文)
和蘭国種子物三種一鉢贈与につき謝辞
B(SAM)16 Fai 345f 文久二年三月一一日 シーボルト宛中台信太郎書翰(和
文)
三月六日付書翰落手、種物等贈り越され落手し謝辞の件
B(SAM)16 Fai 345g 三月 覚(シーボルト寄贈小銃の返礼として硯箱等渡
し方取り計らいの件) (長崎奉行書取)和蘭陀年番通詞へ
B(SAM)16 Fai 346 (長崎土地借用証書)
英文印刷用紙、長崎奉行が証明するもの
B(SAM)16 Fai 347a 薬草木注文書(和文、九種)
B(SAM)16 Fai 347b 同(蘭文)
B(SAM)16 Fai 348a 万延二年一月二八日 シーボルト宛中台信太郎・永持
亨次郎書翰(和文)
二六日付書翰落手、洋銀引替の件
B(SAM)16 Fai 348b 同(蘭訳文)
B(SAM)20-25 (14 Japan Brief、和文書翰一四通)
1) −1 文久二年三月二日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文) 一通
対馬事件の厚意周旋を謝し、一時の行き違いとして事件解決せしゆえ、
シーボルト露国行きの申し出等を謝絶する件
  −2 文久二年四(ママ)月二日 同上書翰(蘭文訳) 一綴
  −3 文久二年六月四日 シーボルト宛外国奉行書翰(蘭文訳) 一綴
  −4 (封筒表)「ヱスクワイル/和蘭シーホルト江」、(同裏)「Via
Southampton/ Jonkheer P. F. von Siebold, Leiden, Holland 」、上記三
点入り。二か所封印。
封筒表に、七月二六日香港、九月八日ロンドン、九月一九日ライデンの
スタンプあり。
2) −1 文久元年一一月一六日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通
一一月三〇日付書翰落手、船艦護送の件誤伝なり、日本郡内旅行免許で
きず
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/和蘭シーホルト江」
3) −1 文久元年六月一〇日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
七月一六日書翰落手、英国公使館狼藉一件質問につき別紙書取にて回答
の件
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/シーボルト江」
4) −1 文久元年一〇月二九日 シーボルト宛水野筑後守書翰(和文)一

安藤・久世、水野・浅野らへの贈物受領、別紙目録の通りに薄謝進呈の

  −2 (封筒)「阿蘭陀シーボルト江」
5) −1 文久元年五月二六日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
赤羽接遇所にて処遇、いずれ老中面会すべき旨
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/シーボルト江」
6) −1 文久元年一〇月四日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
諸術教授差止め、シーボルト退去要請の件
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/シーホルト江」
7) −1 文久元年一〇月一五日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通
去る九日老中対話、退去要請に付面談したき旨
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/シーボルト江」
8) −1 文久元年一〇月八日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
一一月二日・同三日書翰了承す、九月三〇日・一〇月四日の両度申遣し
退去のところ、九日安藤面談の旨
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/和蘭シーボルト江」
9) −1 文久元年一二月九日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
一月一日付書翰落手、蒸気船シントロユス買入れの件差支えにつき
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/和蘭シーホルト江」
10) −1 文久元年六月一四日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
東禅寺事件の書取草案二度提出ゆえ、相違点を掛け紙にて返却する旨
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/シーボルト江」
11)−1 文久元九月一三日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
一〇月八日付書翰に添えられたる種物への謝意
−2 (封筒)「ヱスクワイル/和蘭シーボルト江」
12)−1 文久元年九月晦日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
政府所用相済み、都下引き払いの件
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/シーボルト江」
13)−1 文久元年五月三日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通 
六月三日付書翰落手、使節船の斡旋は英仏公使へ申し入れしにより謝絶
の件
  −2 (封筒)「ヱスクワイル/荷蘭シーボルト江」
14)−1 (包紙)「ふぉんしるほると足下 高橋美作守」
  −2 (包紙)「ふぉんしるほると君 岡部駿河守」
  −3 (包紙)「書付」
  −4 (包紙)「書付」
  −5 (包紙)「書付」
  −6 (封筒)「和蘭シーボルト江」
B(SAM)20-26 文久元年五月 疑問之答 一通
東禅寺事件への質問項目へ回答したもの、20-25-3)の別紙にあたる。
B(SAM)20-27
【B20.Abt.4.27(SAM 20-27)】(このうちの和文の文書)
◆明治一二年二月一六日 岩倉具視書翰 「バロンアレキサンドルシーボル
ト君」宛
『米欧回覧実記』贈呈と「墺国貴族衛生ノ規則」受領の件。
◆「中川の土地譲渡に関する書簡他和文書簡 八通」
現状では以下の七点のみ。
①文久二年二月 「譲り渡申一札之事」 「譲り渡主安五郎・国太郎」→「おい
ねとの」
②明治一二年二月一六日 岩倉具視書翰 「バロンアレキサンドルシーボル
ト君」宛
③庚午(明治三年)七月 伊達民部卿・大隈民部大輔・吉井民部少輔書翰 
「バロン フォン シーホルト殿」宛
④「嘉永七年寅四月牧野備前守殿ゟ仰渡」 竪半帳
⑤「農商弁 完」竪帳 神田孝平述 辛酉(文久元年)一二月二一日夜
⑥明治一〇年三月二二日 遠藤大蔵大書記官書翰 「バロン、アレキサンド
ル、フォン、シーボルト貴下」宛
⑦明治六年一月二五日 外務大丞宮本小一書翰 「バロン フヲン シーボ
ルト貴下」宛
B(SAM)20-28
1)  文久元年一一月一八日 覚(外国奉行宛書翰落手) □□□□(黒印)
一紙
2) (包紙)「金弐千フランク」
3) 目録(蒔絵文庫・重箱・扇子・紙煙草入・きせる) 一紙
4) 文久元年六月一日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文) 一通
貴国七月七日付書翰落手、東禅寺一件につき三日老中安藤面会の旨
5) −1 (目録)一紙
角皿・蓋物・黒塗盆など、浅野一学
  −2(包紙)「目録」
6) −1 (目録)一紙
  蒔絵盆・三つ組杯
  −2(包紙)「目録」、附箋「対馬守ゟ」
7) 目録(紅白羽二重)一紙
B(SAM)20-29
1)  庚午(明治三年)七月 バロン・ホン・シーホルト宛外務省通達 一

英国オックスフォード・ケンブリッジ等への留学生の経費・教師謝金、
現員等取調べるべき旨
2) (目録)一紙
  徳利
3) −1 (目録)一紙
  蒔絵盆・三つ組杯
  −2 (包紙)「目録」、附箋「大和守ゟ」
4) 目録(金七〇〇両)一紙
5) −1 (文久元年)一二月一〇日 (シーボルト宛)(三瀬)周三書翰(蘭
文)
  −2 (包紙)「神奈川の先生へ(蘭文)」
6)  明治四年正月晦日 ロンドン、アレキサンドル・シーボルト宛外務大
丞柳原前光ほか一名書翰、第一五号 一通
  英国軍艦乗り組みの前田十郎左衛門自殺一件につき
7) −1 安政七年二月 譲渡申証文之事(長崎村中川郷所持家屋敷・地面
につき)石崎太兵衛㊞ほか二名⇒楠本いね殿
  −2 (包紙)「譲り証文  一通」
8 −1  万延元年八月 譲り渡シ申証文之事(中川郷字城ノ越畑地三反歩)小
幡又四郎㊞ほか二名⇒楠本おいね殿、田川嘉兵衛奥㊞あり
  −2 (包紙)「譲り渡シ証文  一通」
K6 Faa 2
1) −1 文久元年九月七日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通
七月三一日付書翰落手、東禅寺事件につき対話時の大小侯宛暁諭案文の

  −2 (封筒)「ヱスクワイル/シーボルト江」
2) −1 文久元年九月一二日 シーボルト宛外国奉行書翰(和文)一通
    一四・一五日の神田明神祭礼遊歩見合わせの件
  −2 (目録)一通
   黒塗文庫・丸皿、水野筑後守
  −3 目録(服紗・筆箱・硯箱ほか)一通
  −4 万延二年正月一九日 シーボルト宛岡部駿河守書翰(和文)一通
   諸術伝習のため神奈川表へ便船次第出立の件
  −5 (包紙)「ヱスクワイル/荷蘭シーボルト江」
3) −1 慶応元年一〇月五日 シーボルト宛外国奉行兼領事官柴田日向守
書翰(和文)一通
   長崎へ貿易学・機械学学校取立てたき貴意、帰国後上申すべき旨
  −2 同上(蘭訳文)一通
  −3.1 一八六四年九月一一日 横浜にて三瀬周三書翰(蘭文)、シーボ
ルト宛
  −3.2 (封筒)「シーボルト先生へ(蘭文)」
  −4 「シーボルト先生(蘭文)」、(同裏)「A Monsieur, Monsieur Ph.
Fr. de Siebold, à Grand Hôtel No.277, à Paris」、「大日本使節/
AMBASSADE JAPONAISE」の封印二か所あり。
以上
(保谷 徹・谷 昭佳・箱石 大)


『東京大学史料編纂所報』第49号