東京大学史料編纂所

66.中津城所蔵奥平文書・中津市立小幡記念図書館所蔵史料の調査・撮影

二〇一二年七月六日から八日にかけ、中津城(大分県中津市二ノ丁本丸)・
中津市立小幡記念図書館(中津市片端町一三六六─一)に出張し、中津城所
蔵奥平文書・中津市立小幡記念図書館所蔵奥平家関係史料の調査およびデジ
タルカメラによる撮影を行った。この調査は科学研究費基盤研究B「中世に
おける合戦をめぐる総合的研究─長篠の戦いを中心に─」・史料編纂所共同
研究(特定共同研究複合史料領域)「関連史料の収集による長篠合戦の立体
的復元」・史料編纂所附属画像史料解析センター「長篠合戦図屏風プロジェ
クト」によるものである。中津市における奥平家関係史料の調査は二〇一〇
年度より継続しておこなっており、本年度の写真撮影をもってひとまず終了 
した。撮影史料は次のとおりである。
○奥平文書
徳川家綱知行安堵状 寛文四年四月五日 一通
徳川家綱知行目録 同右 一通
徳川綱吉知行目録 貞享元年九月二一日 一通
徳川綱吉知行安堵状写 同右 一通
徳川綱吉知行目録写 同右 一通
徳川綱吉知行安堵状 元禄一〇年四月朔日 一通
徳川綱吉知行安堵状写 同右 一通
徳川綱吉知行目録写 同右 一通
徳川家宣知行安堵状 正徳二年四月一一日 一通
徳川家宣知行目録 同右 一通
徳川家宣知行安堵状写 同右 一通
徳川家宣知行目録写 同右 一通
徳川吉宗知行安堵状 享保二年九月一一日 一通
徳川吉宗知行目録 同右 一通
徳川吉宗知行安堵状写 同右 一通
徳川吉宗知行目録写 同右 一通
徳川家重知行安堵状 延享三年一一月一一日 一通
徳川家重知行目録 同右 一通
徳川家重知行安堵状写 同右 一通
徳川家重知行目録写 同右 一通
徳川家重知行安堵状 宝暦一一年一〇月二一日 一通
徳川家重知行目録 同右 一通
徳川家重知行安堵状写 同右 一通
徳川家重知行目録写 同右 一通
徳川家治知行安堵状 天明八年三月五日 一通
徳川家治知行安堵状写 同右 一通
徳川家治知行目録写 同右 一通
徳川家慶知行安堵状 天保一〇年三月五日 一通
徳川家慶知行安堵状写 同右 一通
徳川家慶知行目録写 同右 二通
徳川家定知行安堵状 安政二年三月五日 一通
徳川家定知行目録 同右 一通
徳川家定知行安堵状写 同右 一通
徳川家定知行目録写 同右 一通
徳川家茂知行安堵状写 安政七年三月五日 一通
徳川家茂知行目録写 同右 一通
奥平家譜 一巻
御系図 一巻
御当家御判物御朱印今川武田等之書札之類 一冊
御家刀剣録并附録 一冊
御書御花押 一冊
御世譜 五冊
奥平家旧事聞書 一冊
三州□所記 一冊
(奥平家系図) 一冊
松平家伝記 一冊
御家伝記 一冊
家譜書抜 一冊
奥平家世系稾 一冊
御系譜(寛政十二年追加) 一冊
御系譜(三河広祥院本) 一冊
御系譜附録 一冊
奥平家系(奥平荘右衛門家) 一冊
御系譜写 一冊
奥平家系譜 一冊
奥平家系[ ](欠損) 一冊
御系図 一冊
見来集 一冊
源姓被仰出候一件 御姓之事 一 一冊
系譜(桑名松平家) 一冊
御尋ニ付御答書 一冊
下総守様ニ而御尋ニ付御答書 一冊
御朱印御黒印影 一冊
奥平家記録 一冊
(奥平家過去帳) 一冊
(奥平家家譜) 一冊
御家譜之内御尋之趣御節書 一冊
奥平家各代記録 一巻
奥平家系 一冊
御系譜(寛政二年) 一冊
御姓之事 一冊
御紋之一件 一冊
(諸大名席次表) 一点
家康書状(正月五日) 一巻
往来証文(文久三年六月) 一通
奥平信昌署判切(日付・差出切取) 一点
軍法事(徳川家康軍法書、天正一八年二月吉日) 一巻
奥平信昌書状(慶長六~七年カ三月朔日) 一巻
山県昌景書状写(十一月二七日) 一巻
刀剣録 一巻
(自京都到小幡里程書上) 一通
○中津市立小幡記念図書館
御家譜編年叢林 三冊
御家伝記(奥平家伝記) 一冊
奥平家系図(寛永一九年~寛政二年) 一冊
奥平家世譜(天保一三年~明治五年) 一冊
調査参加者は末尾の史料編纂所所員のほか、科研研究分担者・共同研究員谷
口央(首都大学東京)、共同研究員湯浅大司(新城市設楽原歴史資料館)、武
林弘恵・堀智博・土屋健俊(首都大学東京大学院生)である。二〇一〇年度
(二〇一一年三月)・一一年度(二〇一二年三月)調査には、右のほか、史料
編纂所遠藤珠紀・黒嶋敏・須田牧子が参加した。
所蔵史料撮影の許可を与えられ、調査についての便宜をお図りいただいた
一般社団法人中津城・中津市立小幡記念図書館、中津城職員段上秀貴氏に厚
く謝意を表する。
(及川 亘・金子 拓・渡邉正男)


『東京大学史料編纂所報』第48号