東京大学史料編纂所

5.佼成図書館所蔵史料の調査

二〇一〇年七月三〇日、共同利用・共同研究拠点一般共同研究「『覚禅鈔』
諸本の調査研究」による上川通夫・横内裕人・森由紀恵・井上佳美各氏の『覚
禅鈔』諸本の調査(『所報』四五、五九頁以下参照)とともに、下記の書目
の調査を行った。未撮影のため不備の多いものであるが、備忘として書誌的
な事項を掲げておく。閲覧に際しては、御所蔵の佼成図書館長長沼克宗氏、
参事補清水道記ほか関係各位には度々のご高配を賜り、ここに深く御礼申し
上げたい。
【一〇四六】仏母大孔雀明王経(古五六─一/貴一─五C)
※巻子一軸。箱蓋ウハ書「仏母大孔雀明王経〈巻上〉」、蓋裏貼紙「古香堂文
庫/飯塚文治郎」、蓋裏墨書「昭和廿八年七月拝見/村田正志」、小口貼紙「第
九十八号/藤原時代/仏母大孔雀明王経/巻上/(朱方印あり、古香堂印
カ)」。法量縦二五・八、横①四六・二、②四八・三、③四八・五、④四八・
三、⑤四八・五、⑥四八・六、⑦四八・六、⑧四八・六、⑨四八・七、⑩二
九・五、⑪四七・三、⑫四八・六、⑬四八・七、⑭四八・五、⑮四八・六、
⑯四八・八、⑰四八・三。木軸あり。後補茶表紙(比較的古い紙を転用か)、
外題なし。本紙端裏(朱)「儀ノ甲」、内題「読誦仏母大孔雀明王経前啓請法」、
内題下に朱長方印あるも摺消して判読できず(朱文が古い修補紙の上にもか
かる)。尾題「仏母大孔雀明王経巻上」。奥書あり、破損・擦れにより判読難。
「天承二(あるいは四)年二(?)月十九□(日)□□殿御経蔵□□賜了、」「廿日/■■
■□(奉?)□□句切性□(指?)□□」「六月十四日於寂静房奉受了、」「康治二年潤二月
 日仁和寺阿藝闍梨長朝名僧□一遍/読畢□(録之)□□□了(月?)廿日□雖有今□□孔
雀経読□(点?)也」。一九五四年の築島裕氏の書状が付属し、奥書・訓点について
の分析がある。それによると、朱点(句読点・声点)は院政期、墨書片仮名
は四種で、朱点と同筆、奥書の頃二種、南北朝〜室町頃。字音を漢音にて記
すのは珍しいという。
【一一一九】紀伊国分寺表白(古一一八/貴一─六A)
※巻子一軸。箱蓋ウハ書「紀伊国分寺表白 鎌倉時代」、蓋裏書「昭和四十
二年七月十四日/古香堂文庫主人飯塚文治郎(朱方印)『飯塚/之印』」、小
口書「第一百二十号/鎌倉時代/表白/紀伊国分寺/(朱方印)『古香/×
×』」。法量縦(採寸漏れ)、横①四五・七、②四五・六、③四五・五、④四五・
五、⑤四五・五、⑥四五・六、⑦四五・六、⑧四五・六、⑨四五・六、⑩四
五・六、⑪四五・六、⑫四五・六、⑬四五・五、⑭四五・〇、⑮三〇・〇(奥
書)、軸付紙・木軸あり。前欠。紙摩れによる墨書のかすれが多く、判読は
必ずしも容易でなく、書名は内容との関係で適切ではない。奥書「于時重炎〔光〕
協(辛未)洽之年抄(九月)商/第十五之□、於紀伊国分寺/禅室書之、/右龍文本昭(胝?)〈行年
/二十三歳〉」。
【一二四一】図像鈔(古三四四/貴一─八C)
※巻子一軸。箱蓋ウハ書「図像鈔〈心覚 室町時代〉」、蓋裏書「昭和四十二
年七月十五日 古香堂文庫主人飯塚文治郎(朱方印)『古香/堂印』」、小口
貼紙「第二百二号/室町時代/図像鈔/(心覚)(朱印あり、古香堂文庫カ)」。
法量縦二九・二、横①二六・五(大毘廬遮那成仏像図)、②二五・四(上方
毘廬遮那如来)、③二六・七(東方宝幢菩薩行)、④二五・三(西方無量光如
来)、⑤二六・五(南方婆羅樹開花王如来)、⑥二六・五(北方鼓音声如来)、
⑦二五・六(銘なし)、⑧一二・八(奥書)、軸付紙(軸頭蓮華文の金属軸)。
後補表紙、外題なし。白描図像。奥書「右者常喜院心覚阿闍梨本也、/天仁
元年三月 別当法眼写之」。紙背には、草木と雲形の墨画による装飾あり。
近世の写本ならん。
【一四〇三】五秘蜜法(古一一七/貴一─六A)
※巻子一軸。箱蓋ウハ書「五秘蜜法 鎌倉時代」、蓋裏書「昭和四十二年七
月十五日/古香堂文庫主人飯塚文治郎(朱方印)『飯塚/古香』」、小口書「第
一百十九号/鎌倉時代/五秘蜜法/(朱方印)『古香/××』」。端裏「□秘
密記 一交□(了)」「□(摺消)□院常什」。法量縦二九・七、横平均四九・九。全十六紙。
図像はなく、そのための余白がある(勧修寺本と同じ)。千光寺本『覚禅鈔』
の僚巻である。詳しくは井上佳美氏より報告の予定。
【一四二六】千手愛法(古一三六/貴一─六B)
※巻子一軸。箱蓋ウハ書「千手愛法 鎌倉時代」、蓋裏書「昭和三十三年春
彼岸中日古香堂主(朱方印)『飯塚/古香』」、箱小口貼紙「第二百一号/鎌
倉時代/千手愛法/(朱方印)『古香堂文庫(カ)』」、箱底貼紙「古香堂文庫
/飯塚文治郎」。法量縦三〇・三、横①四三・六、②四三・二、③四三・三、
④四三・三、⑤四三・二、⑥四三・三、⑦四三・二、⑧四三・三、⑨四三・
三、⑩四三・三、⑪四三・三、⑫四三・三、⑬四三・四、⑭四三・三、⑮四
三・四、⑯四三・三、⑰四三・四、⑱四三・三、⑲四三・三、⑳四三・三、
四三・三、四三・四、四三・四、四三・四、四三・二、四三・
〇、四三・一、一・四(同料紙の軸付)。墨界罫あり、高さ二三・二、
幅二・一。後補茶表紙、裏書あり、図像なし。紙継目紙背に墨書「頼高」。
奥書「〈本云〉貞応元年五月四日、於阿弥陀院伝受畢、/承久暦孟秋天、於
仰二品壇所書之、光宝/弘安六年十月十日、於亀谷釈迦堂書写了、定仙/正
応二年六月廿五日書写之、定禅/同五年十月一日、奉授道妙房畢、定仙/徳
治三年二月十四日、任御本書写畢、朝有/同四月廿五日/朝有律師授申畢、
定禅」、別筆「私云、駿州華(遍照光寺カ)蔵山内観音院常住 頼高之」。南北朝〜室町期写。
(藤原重雄)


『東京大学史料編纂所報』第46号