東京大学史料編纂所

70.『大日本近世史料 細川家史料』二十二原本校正及び関連史料調査・撮影

二〇〇九年十月二十七日から三十日まで、『大日本近世史料 細川家史料』二十二([細川忠利文書十五]「公儀御書案文」寛永十五年(一六三八)正月―三月)編纂・出版(二〇一〇年三月二十六日発行)等のため、長崎県島原半島(島原市・南島原市)と熊本大学附属図書館に出張した。成果を公開・供与下さり、調査や撮影を許可願い、配慮を頂いた各位に記して謝意を表したい。
1 長崎県島原半島
十月二十七・二十八日、編纂対象期の主要事件である島原天草一揆に関わる左記史蹟等を踏査し、一部を撮影・記録した(熊本へは島原外港から海路移動)。
主な踏査対象を次に掲げる。①島原市・・島原城跡、武家屋敷町並み保存地区・旧城下町、霊丘神社鳥居、江東寺扁松倉豊後守重政墓石・板倉内膳正重昌墓石二基等、②南島原市・・原城文化センター原城跡発掘出土品展示室、細川勢仕寄場三丸跡外縁、史跡原城跡三丸大手・二丸・本丸、板倉重昌他戦死者墓石・供養塔・石像、城内遺構展示、城下海手地帯現状等。
①②の位置関係や各地形・高低差・構造・区画等を把握し、攻防戦の遺物・遺構・痕跡を実見した。②では、編纂中の「公儀御書案文」所収細川忠利書状記載の包囲戦と細川勢他進軍経路・落城の場を追検証し、その後の破城、供養、調査、復元展示等の様相も学ぶことができた。
また、原城文化センターと南島原市教育委員会(世界遺産登録推進室)のご厚意で、南有馬町原城観光協会刊行「島原の乱 貴重資料」(「其一 鈴木重成建立供養碑(拓本縮尺)」・「其二 板倉重昌公記念碑(拓本縮尺)」「其三 肥前嶋原 城攻図(凡そ原寸復刻)」を恵与頂いた。
2 熊本大学附属図書館
十月二十九・三十日、同館で原本校正をし、『大日本近世史料 細川家史料』・『大日本史料』第十二編編纂のため、島原天草一揆・近世前期熊本藩・長崎に関する寄託「永青文庫」と館蔵「松井文庫」史料を調査・撮影した。
①原本校正・・・寄託「永青文庫」史料のうち、左記史料(史料名・数量・目録番号の順に摘記)を調査し、「公儀御書案文」寛永十五年正月―三月分の原本校正をした。
公儀御書案文 寛永十四年分 二冊 一〇・二三・六~七
寛永一四年 鎌倉御逗留中之御文案 一冊 八・一・二九  
公儀御書案文 寛永十五年分 四冊 一〇・二三・八~一一
②同館寄託「永青文庫」史料撮影目録
妙解院様御譜有馬御陣二月廿七日八日働之名前仮名分 一冊 四・二・五五 記録局 天保十三年九月
御書并旧記抜書 一冊 四・二・一三三
嶋原陣之御目附衆渡海之一件一冊 四・五・一一六 河尻町鍋屋喜右ヱ門先租之事
有馬城乗之刻働之衆他国衆牢人衆証拠ニ被立候帳一冊 八・一・八六 寛永十五年
有馬城乗之刻働之衆他国衆牢人衆証拠ニ被立候帳一冊 八・一・八七 寛永十五年
当国牢人并御家縁者親類付牢人御家望申衆働之差出可然分 一冊 八・一・九五 寛永十五年四月二十九日
長崎へ遣状之控 寛永十四年一冊 一〇・九・甲三八
鶴崎佐敷長崎八代頭書 一冊 一〇・一一・三八 宝暦六年以来
御印写 一冊 一〇・一二・二
有馬城乗之剋働之衆他国衆牢人衆証拠ニ被立侯帳 一冊 一二・二三・一二 寛永十五年二月
嶋原・有馬・天草上使之御衆御宿誘御賄御帳 一冊 一二・二三・一六 寛永十五年
当国牢人并御家中縁者親類付牢人御家望申衆働之差出可然分 一冊 一二・二三・一八 寛永十五年四月二十九日
当国牢人并御家中縁者親類付牢人御家望申衆有馬城乗ノ節働之差出可然分 一冊 一二・二三・二七 寛永十五年四月二十九日
御仕寄場着到 一冊 一二・二三・六五 寛永十五年正月二十六日
二月廿七日八日両日有馬城ニ而歩之御使番方々御使ニ参覚 一冊 一二・二三・六九 寛永十五年八月七日
有馬城乗之刻働之衆他国衆牢人衆証拠ニ被立侯帳 一冊 一二・二三・八〇 寛永十五年
有馬城乗之剋他国衆与言葉ヲ替帳 一冊 一二・二三・八二-一
嶋原御陳被召仕候御浦舟御帳 一冊 一二・二三・八六 寛永十五年
嶋原御陳ニ被召遺侯御浦舟御帳 一冊 一二・二三・八七 寛永十五年
今度天草嶋原御用に立申浦舟帳 一冊 一二・二三・八八 寛永十五年
有馬城乗之刻働之衆他国衆牢人衆証拠被立侯帳 一冊 一二・二三・九四
天草有馬御陳ニ被成御借候船之御帳 一冊 一四・一二・一三 寛永十五年
島原一揆戦功附并びに確認書 三十二通 一四・一二・乙一六-四
有馬ニ而上使之御衆御働見申指出 十通 一四・一二・一八-二
牢人書付 四通 一四・一二・二八
御前御箪笥入居候御書付 一冊 一四・二〇・三九
有馬陣の軍功状 七通 一〇〇・一一・一-四
松平伊豆守より細川越中守への書状 一通 一〇八・六・五九-二 寛永十五年三月四日附
小豆島去年御仕直之石数之覚 九通 神雑一・三一・二
豊前砂金請掘運上目録 一通 神雑一・三六・三
元和九年大坂御普請ニ付石数之覚 九通 神雑一・五二-一
豊前国呼野採銅所両所之御金山田畠を請掘申砂金運上 一通 神雑一・五四・五
元和九年組士病死について家敷借米切米等の仕末報告 十六通 神雑一・九九・一
被仰付御役儀指出之帳 一冊 神雑一・九九-三
③同館所蔵「松井文庫」史料撮影目録
0131 京大阪江戸長崎天草其外所々遣候書状之留帳 正保四年 一一四(四)-七一
0182 享保二年御巡見衆様従長崎天草嶋原江御越候御乗船被指出候節諸事被御付様之覚帳写 一二五(二)-一二〇
0788 有馬城乗之刻働之衆他国衆牢人衆證據ニ被立候帳 寛永十五年二月二十七日 付紙あり
1353 他国状之留 正保四年正月 一九九(四)-五五
1383 他国江遣状之留 長崎 寄之 正保五年慶安元年正月~ 二〇二(一二)-九二
1384 自国他国江一判ニ而遣状留 寄之 正保五年慶安元年正月~ 二〇二(一三)-三九
1502 有馬表御陣之刻式部小輔一手諸牢人付写 寛永十五年
1551 長崎御番船
1552 唐船漂着之節覚書 宝永三年八月
1580 長崎江黒船着岸之節御国より御人数被差越候一件之抜書控 明和六年
1582 御国中所々江遣状之留其外長崎 京 寄之 正保五年正月~
1664 黒船着岸一件 正保四年七月
1894 有馬ニ而二月廿七八日ニ御国牢人かせき帳 寛永十五年三月二十八日
1954 長崎御留守居へ相達候風説聞書 辰八月
2037 有馬一件 谷主膳手牢人差出る証脇手之牢人も交り居申候
(山口和夫・小宮木代良・木村直樹)


『東京大学史料編纂所報』第45号