東京大学史料編纂所

22.京都市立歴史資料館所蔵燈心文庫所蔵文書の調査・撮影

 二〇〇九年九月一五日~一九日、京都市歴史資料館において、故林屋辰三郎氏の蒐集文書である燈心文庫所蔵文書について調査・撮影を行った。この調査は、基盤研究(C)「東大寺文書燈油田大湯屋田関連史料をケースとした巨大中世史料群の構造解析方法の探究」(代表遠藤基郎)によるものである。同文庫については、兵庫北関入船納帳が特に有名であるが、すでに影印本として刊行されていることもあり、今回の撮影対象とはしていない。その他、これまで知られていなかった、鎌倉~室町期の東大寺諸法会の出仕請定があり注目される。また「五教章纂釈」「四天王寺等仏縁聖教抄」紙背文書について、一部林屋辰三郎氏の翻刻・紹介が『季刊さろん日本文化』第一~二〇号(一九八一~九年、日本文化の会編)に掲載されている。本調査には、科研連携研究者西尾知巳(早稲田大学)が参加した。また調査に際して、歴史資料館の宇野日出夫氏には格別のご配慮を賜った。記して謝したい。
今回撮影分の簡略な目録は以下に掲げるとおりである。
寛喜三年五月日 天下御祈法花最勝等十講講師聴衆請定
弘安□年三月六日 二月堂三ヶ日毎日千巻観音経読経請定
正応四年十一月日 御受戒廿口僧請定
永仁三年三月日 八幡宮大般若供養瓶花造進交名
正安二年三月日 八幡宮大般若供養瓶花造進交名
正安二年三月日 八幡宮大般若供養瓶花造進交名
正安三年三月日 八幡宮大般若供養瓶花造進交名
乾元二年三月日 八幡宮大般若供養瓶花造進交名
元徳三年六月二十二日 八幡宮夏中仁王講衆請定
元徳三年八月二十八日 八幡宮夏中仁王講衆請定
建武元年十二月日 大仏殿修正後夜導師請定
暦応元年九月日 神詫大般経供養七僧請定
嘉慶元年九月日 手掻(転害)会七僧請定
応永十二年十二月日 本三十親講先達請定
応永十五年十二月日 大仏殿修正造花頭差定
応永十五年十二月日 大仏殿修正燈油頭人差定
応永十六年十一月日 転害会七僧請定
応永二十一年十一月日 手掻(転害)会七僧請定
文正元年六月日 八幡宮理趣三昧衆交名
文明十四年九月日 手掻(転害)会七僧請定
寛正二年七月~十二月 学生供出仕交名
寛喜三年五月日 最勝王経転読衆請定
文永六年四月二十九日 戒壇院最勝殿上棟御祈仁王経講読僧請定
弘安元年五月日 如説仁王講請定
弘安元年五月日 如説大仁王会請定
正応二年六月日 千花会請定
永仁四年三月日 西塔仁王経転読請定
永仁四年正月日 大仏殿修正請定
正安元年五月日 大仏殿大般若経転読請定
正安四年正月日 梵綱会請定
徳治二年九月日 諸衆請定
元弘二年 寺祈請定
建武五年九月日 神詫大般若供養題名僧請定
貞治二年五月十日 八幡宮尊勝陀羅尼五十講請定
応安三年八月日 寺門安全祭礼無為祈祷学生供衆請定
応永十六年正月日 大仏殿修正請定
応永十六年正月日 大仏殿修正請定
応永十七年正月日 大仏殿修正請定
応永三十四年正月日 大仏殿修正請定
建長元年十一月二十五日 戒壇院講堂御仏供養請定
徳治二年正月日 大仏殿修正請定
元亨二年五月日 華厳会西床色衆請定
元弘二年正月日 大仏殿修正請定
元徳二年正月日 大仏殿修正請定
康安二年二月三日 大仏殿祈祷信(真)読大般若衆請定
貞治二年閏正月十四日 寺門安全祈祷尊勝陀羅尼衆請定
貞治三年六月日 解除会仁王般若経転読衆請定
応永二十六年六月十八日 臨時祈祷仁王般若経読誦衆請定
永享四年三月日 八幡宮仁王講衆請定
永享五年六月日 解除会仁王般若経転読衆請定
永享五年九月三十日 八幡宮京都御祈祷仁王講衆請定
文和三年三月日 八幡宮経供養色衆請定
応永十七年十二月日 大仏殿修正造華頭役差定
応永十七年十二月日 大仏殿修正初夜導師請定
応永十七年十二月日 大仏殿修正後夜導師請定
応永十八年正月日 大仏殿修正請定
応永十八年正月日 大仏殿修正請定
応永十八年正月日 大仏殿修正燈油頭人差定
応永十六年十二月日 大仏殿修正燈油頭人差定
大治五年六月十日 筑後国留守所牒案
建暦二年五月二日 鴨部頼基請文
寛喜三年五月十三日 大仏殿法華・最勝王経転読等巻数案
応長元年六月十日 東大寺衆徒衆議条々案
嘉暦元年十一月二日 後醍醐天皇綸旨案(後欠)
五月三日・七日 後伏見院院宣案
(正慶元年)十二月二十六日 光厳天皇綸旨案
正慶元年十一月八日 東大寺衆徒衆議事書案
永和二年六月十一日 堺浦泊船目銭約諾状
文安四年三月二日 相国寺国料請取状
(仁寿)五月五日 法眼某書状
二月三十日 伏見院院宣案
年未詳 大安寺衆徒等起請文(後欠)
元弘四年 元興寺極楽坊談議事書
建武三年八月四日・九月十日 足利尊氏袖判御教書案
建武五年四月二十九日 宣□奉書(前欠)
康永二年九月六日 東大寺衆徒事書案
享徳三年二月日 戒壇院知事玄祐等条々定書(前欠)
応仁元年四月・六月 胎蔵界修法出仕交名
永禄二年五月日 (八幡宮南御倉?)出仕催促状
慶安元年十月三十日 櫟本助右衛門請状
応永二年九月八日 五教章纂釈
年月日未詳 四天王寺等仏縁聖教抄
年未詳三月五日 千宗左(覚々斎)書状
年未詳正月四日 西園寺実兼書状(前欠)
年月日未詳 烏丸光広書状
年未詳正月十三日 大覚寺宮空性法親王書状
年月日未詳 後陽成天皇宸翰
年未詳三月三日 荻生徂徠書状
年月日未詳 道晃法親王
慶長二年二月二十日 豊臣秀吉朱印状
年未詳五月二十五日 細川三斎書状
年未詳四月五日 飛鳥井雅章書状
年月日未詳 智仁親王和歌短冊
年未詳三月二十四日 千宗左書状
年未詳正月十四日 千利休書状
天正十三年四月十四日 北条氏直印判状
年未詳十一月二十二日 小堀遠州書状
年未詳五月五日 藤原頼経書状
年未詳九月二十二日 浅井長政書状
年未詳五月二十一日 宇喜田直家書状
年未詳十月十六日 伊達政宗書状
年月日未詳 古田織部
治承五年二月二十三日 東大寺僧厳祐紛失状
年未詳三月二十三日 室町幕府奉行人連署奉書
年未詳四月七日 豊臣秀吉書状
年未詳 細川三斎筆「馬」
年未詳十一月十二日 金森宗和書状
天文二十一年三月一日 毛利元就官途書出
弘安三年十一月二十六日 醍醐寺報恩院僧正憲淳起請文
年未詳正月三日 小西行長書状
年未詳十二月二日 里村昌叱書状
年未詳九月二十五日 田村月樵(宗立)書状
慶長十三年八月八日 織田有楽書状
貞治五年十二月二十三日 某氏判物
年未詳十一月二十五日 千宗旦書状
慶安三年閏十月十五日 金森宗和書状
年未詳六月二日 木庵性■(王偏に韜のつくり)書状
年未詳四月二十八日 烏丸光廣書状
年未詳五月二十五日 豊臣秀次朱印状
年未詳三月十五日 藤村庸軒書状
年未詳七月二十八日 豊臣氏奉行衆連署奉書
年未詳盛夏 有栖川宮幸仁親王消息
年月日未詳 後奈良天皇宸翰詠草(断簡)
年未詳十二月四日 三条西実隆(聴雪)書状
年未詳七月九日 円山応挙書状
年月日未詳 近衛信尋書状
年未詳十二月二十日 六角承禎書状
年未詳霜月二十六日 松花堂昭乗書状
年未詳四月二十七日 青蓮院尊純書状
年未詳二月十九日 大覚寺随庵書状
丁已五月二十七日 藤原惺窩書
年未詳正月六日 近衛基煕書状
年未詳二月五日 中院通茂書状
建長四年十二月一日 阿闍梨勝賢書状
年月日未詳 柱宮智忠親王書状
年月日未詳 左衛門督藤原雅親詠草
年月未詳十六日 某書状
(伴瀬明美・及川 亘・遠藤基郎)


『東京大学史料編纂所報』第45号