東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

大日本近世史料 市中取締類集 二十九

 本冊には、旧幕府引継書類の一部である市中取締類集のうち辻番請負之部一冊、自身番屋・懸ヶ札高札・見守番人之部一冊、町触申渡・自身番屋・鉄炮鋳立之部一冊のうち自身番屋之部を収めた。
 辻番請負之部は、第一件「御目付支配御給金辻番所改革并古復調」および第二件「諸組合辻番所人数又ハ給金受負方等改革一件」の二件から成る。第一件は、天保十三年三月から弘化四年十二月にかけての目付支配給金辻番所請負人の任免をめぐる一件で、天保十三年三月、これまで請負人を務めてきた両人が不正を理由に解雇され新たに三名が任命されたが、五年後の弘化四年十二月に、目付から再び以前の両人を復帰させたいとの伺いが出され、これが承認された。第二件は、天保十三年三月から十四年十一月にかけての辻番所請負値段をめぐる一件で、主な請負人らは、目付が作成した辻番所入用見積高では請負えないと主張し、若干の引下げには応ずるものの目付見積高よりは高値の請負値段を提示し、それで決着した。
 自身番屋・懸ヶ札高札・見守番人之部は全一八件より成るが、このうち自身番屋之部が一六件を占め、懸ヶ札高札之部が二件である。見守番人之部は、項目は一件挙げられているが本文中にはみえず、本書二十八「上水番等之部」の第九件がこれに当る。また、町触申渡・自身番屋・鉄炮鋳立之部は追加市中取締類集の一冊で、町触申渡之部・鉄炮鋳立之部については本書二十三にて刊行済みである。本冊には自身番屋之部の七件を、自身番屋・懸ヶ札高札・見守番人之部の追加として収めた。
 自身番屋之部は、追加も含めて天保十三年七月から嘉永五年十二月まで二三件を収める。第一件は、自身番屋・商番屋の定尺について厳重な取締りを命じた一件である。第二件は麹町一丁目の新規商番屋設置願い、第三件は麻布龍土長泉寺境内八幡宮社掃除番人小屋の普請・修復等につき寺社奉行からの問合せ、第四件は芝青松寺門前の新規見守番屋設置願い、第五件は大川橋西橋番屋の番人家作建継ぎ願い、第六件は湯島中坂の修復中、修復の障害となる番屋の一時取払い願いに関する一件である。第七〜一三件、第一九〜二二件および第二四件は、各町から出された自身番屋屋根上への枠火之見等の設置願い、あるいは修復・模様替え願いに関する一件となっている。第一四件は新泉町南側代地自身番屋の模様替願い、第一五件は芝寿命院上ヶ屋敷の自身番屋を小町を理由に隣町への合併を願い出た一件である。第一六件は、町方のうち朱印地入会の場所で囚人等を自身番屋が預かった際の入用の扱いについての勘定奉行よりの問合せに関する一件である。第二三件は、霊岸嶋川口町で番屋・髪結床番屋の取建てを願い出た一件で、前年北町奉行所に願い出て不許可となったにも拘らず、間も無く南町奉行所に願い出たのは、以後の取締りに拘るとして不許可となった。第二五件は、芝西応寺町の自身番屋二ヶ所を一ヶ所にしたいとの願いである。
 懸ヶ札高札之部は、弘化三年に、元四日市町で自身番屋の場所替えに伴って高札場所の場所替えを願った一件(第一七件)、および天保十五年に、享保度に設置された倒死・病人・迷子等を知らせる芝口懸ヶ札が近年利用されていないとのことから、周知のためその再触が検討された一件(第一八件)の二件である。
(例言一頁、目次一八頁、本文三七〇頁、本体価格八、一〇〇円)
担当者 佐藤孝之・松本良太


『東京大学史料編纂所報』第45号p.37