花押かがみ八 南北朝時代四

『花押かがみ』は、各時代の主要な人物の花押を、原則的に、原本より原寸大に影印し、死歿年月日順に配列するものである。
 平安時代、鎌倉時代一〜三、南北朝時代一〜三の刊行に続き、その第八冊目にあたる本冊は、南北朝時代四として、永和元年 天授元年(一三七五)から明徳三年 元中九年(一三九二)までの主要な人物三四三名の花押を収載した。編纂の体例は既刊第一冊と同様であり、収載する花押は、その人物の花押を代表する形のものを選び、その形に変化のある場合や、互いに参照して運筆の順をうかがうことのできる場合は、必要に応じて複数の花押を掲げ、厳密に花押と呼ばれるものの外、自署、草名も適宜採択し、作成方法などを理解する縁とした。
 本文は二段組とし、各段上部には、人名とその通し番号、及び約一、二〇〇点の原寸大花押の影印を、各段下部には、依拠した文書・典籍名や所蔵者名などの説明文を配する。各人について称号・本名・法名等、世系、極官極位、出家及び死歿年月日、年齢などの略伝を付記している。本冊の冊尾には、南北朝時代一から四までに収載した一四二七名の人名索引を付した。
 本冊に収載した人物の採録基準を述べれば、ほぼ以下のごとくである。
 死歿年月日がわかる人物の花押については原則的に採録する。公家の花押については、徐々に減少する傾向にあることから可能な限り採録した。特に南朝年号の文書に据えられた花押については、史料の少ない南朝関係史料を補う意味で多く採録した。具体的には、前者にあっては、菅原在富・邦省親王・園基賢・寛胤法親王・卜部兼豊・度会晴宗・町経量・承胤法親王・大中臣忠直・源彦良・中原章世・平親顕・中原師茂・中原師守・武者小路教光・尊朝入道親王・西洞院時盛・賀茂音平・柳原忠光・賀茂床久・度会行彦・大中臣親世・光明天皇・菅原在胤・度会滋延・冷泉経隆・冷泉定親・坂上明胤・御子左為遠・広橋兼綱・平信兼・聖珍法親王・三条西公時・四条隆持・三条公忠・菅原為綱・藤井神守・坂上明宗・中原章弼・三条実音・安居院行知・菅原長嗣・葉室長宗・近衛道嗣・三善言衡・万里小路仲房・二条良基・三条実継・万里小路頼房・西園寺実俊・庭田重資・高辻長衡・興信法親王・勧修寺経重・近衛経家・葉室長顕・日野資康・深守法親王・藤原俊顕・法守入道親王・東坊城長綱・安居院知輔など、後者にあっては、南部信光・菊池武安・阿蘇惟武・相良氏頼・千種顕経・少弐頼澄・平時経・橋本正督・北畠顕信・日野資茂・懐良親王・北畠顕能・堀川光有・池尻胤房・平惟長・葉室光資・楠木正儀・北畠顕統・五条良遠・藤原兼氏・吉田宗房・吉田守房などである(武家・寺家を含む)。
 一方、武家については、室町幕府の主要役職就任者のほか、諸国守護・守護代、幕府や有力武将の奉行人クラスを目途とした。例えば、長谷部氏信・小早川貞平・箕浦定俊・上村光泰・渋川義行・少弐冬資・長井貞広・吉良治家・山名師義・島津師久・荒尾泰隆・雑賀尚連・仁木義長・宇佐公内・山内通行・真壁広幹・千葉胤泰・佐々木清氏・宇野祐頼・布施康冬・伊東祐重・上杉能憲・壱岐貞有・畠山義深・荒河詮頼・宇佐公居・上杉憲春・目賀田幸忠・河野通直・烟田時幹・二階堂行詮・土岐頼雄・仁木義尹・陶山弘高・依田時朝・土岐直氏・大内弘世・毛利元春・山名義幸・細川正氏・細川頼顕・石橋和義・赤松光範・安威詮有・今川満範・二階堂氏貞・大高成氏・小山義政・長尾景春・石塔頼房・小笠原清政・木戸元連・木戸貞範・多伊良宗能・高木理宗・吉見氏頼・長瀬泰貞・中条長秀・今川範国・三須季信・吉良満貞・宇佐公規・佐保永郷・摂津能直・伊達宗遠・細川業氏・小笠原政経・松田貞秀・布施家連・平子貞重・田原直平・世良田満義・吉弘氏郷・大葦信貞・石橋棟義・諏訪信有・藤原親直・島津氏久・二宮種氏・足利直冬・細川氏春・今川和元・土岐頼康・比志島範平・一色範光・二宮氏泰・留守持家・杉重氏・海部信泰・本庄宗成・長尾高景・山名時義・山名義□・布志名宗清・大石能重・岩城隆久・宗澄茂・大喜実昌・蓮池重継・本庄資行・矢野倫幸・平賀貞宗・伊勢貞継・細川頼有・赤松則貞・佐々木高秀・山名氏清・上杉朝房・細川頼之・二階堂行元・岩松頼有・飯尾氏行・細川頼秋・益田兼見などである。武士の占める比率が圧倒的に高まる。
 釈家(寺家)については、旧来からの伝統的な大寺院においては、例えば、禅舜・亮忠・清我・有遍・寛芸・貞雅・救済・定熙・慈能・禅聖・盛尊・公海・守慧・弘雅・兼春・聖算・全海・光済・栄賢・隆喜・実成・永清・慈俊・覚信・実遍・定憲・杲守・恵棟・禅恵・覚尊・了清・宗遍・静喜・弘顕・井円・孝清・俊玄・実印・長深・定怡・寛法・有済・継助・昌実・頼印などの長者・座主・別当・院家などのクラスにほぼ限った。前代に興った新しい仏教運動である、いわゆる鎌倉新仏教に属する僧侶の場合は、例えば、朗源・惟賢・日山・叡鎮・弘玄・元宣・禅誉・聖通・仁空・日什など、その主要寺院の歴代住持クラスとした。なかでも禅僧は、中巌円月・大円興伊・崇鎮・竺心景仙・道叟道愛・東谷圭照・可翁妙悦・虎渓道壬・大用宗任・宗陽・特峰妙奇・授翁宗弼・古剣妙快・瑞巌韶麟・無際純証・九峰信虔・少室慶芳・滅宗宗興・大義周敦・謙叟周□・大岳妙積・雷峰妙霖・古天周誓・菊渓昌旭・卓然宗立・思休歇堂・在中広衍・無端祖環・空山自空・光音・日岩長慧・義堂周信・春屋妙葩・龍湫周沢・愚隠昌智・無二法一・独芳清曇・言外宗忠・中山法穎・通幻寂霊・明岩肯哲・太清宗渭・禅古など、格段と増加する。
 また、その人物の花押を選択するに際しては、おおよそ以下の諸点を基準とした。
 署判そのものにより人物が特定できるもの、同一人物の多様な形態を反映するもの、変化の推移がわかる場合は変化の最初と最後を示すもの、同一人物の官途が変化するもの、などである。特に足利直冬五〇例、細川頼之二九例の花押をそれぞれ例示して形体の変遷の様子・文書様式との関係を詳細に跡付け、三条公忠・安居院行知などの自署・草名を積極的に採り上げて作成方法を理解する縁とし、五山禅僧のほか、大江忠興・通幻寂霊などユニークな変化を示す花押が増えることも特徴的である。
 なお、前冊を紹介した本欄で指摘したように、製作工程が全面的にDTPに移行したことにより、掲載した花押の影印画像に関して、従来のものとは若干印象を異にするもののあることを改めて付記する。
 本冊の主たる担当者は下記に示したが、本所非常勤職員渡邊江美子氏以下多くの方々・関係諸機関からのご高配・ご協力を得た。その旨を明記して、厚く感謝の意を表する。
(例言二頁、目次二頁、本文二七八頁、索引一八頁、本体価格六、二〇〇円)
担当者 林譲・川本慎自

『東京大学史料編纂所報』第45号 p.44-46