東京大学史料編纂所

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春日大社所蔵史料の調査・撮影

 二〇〇七年九月十八日より二十日の三日間、奈良市の春日大社に出張し、
所蔵史料の調査・撮影を行った。調査は春日大社の御高配のもと、松村和歌
子氏にご対応いただいた。ここに記して謝意を表したい。以下、『春日神社
記録目録』(一九二九年、同社社務所)にもとづき、簡単な所見を記す。†
はマイクロフィルムにて撮影したもの。法量は縦×横、( )内は折畳んだ
状態の縦×横で、単位はセンチメートル。『』は朱書。
[祭典(書庫)]
 (祭七六)春日祭歴年記†                 目録二七頁
  ※一冊、袋綴、二五・五×一八・六、全二三丁。表紙「春日祭歴年記〈自
  貞観元年/至仁平元年〉」、奥書「右御祭礼之記、以若宮神主祐重自筆之/
  古記令書写之也、/享保五〈子〉年九月日《新司第八臈》新預従四位下
  中臣(富田)延庸」。千鳥祐順氏所蔵『春日社祭記』(影写本[3012-57])
  の新写本。親本の破損はすでにこの写本の作成された時点にあったものの
  ようで、欠損部の復元はあまり出来ない。
[制度(書庫)]
 (制二一)摂政関白御補任記†               目録四七頁
  ※一冊、袋綴、二五・〇×一九・〇、全二二丁。表紙「摂政関白御補任記
  /(花押)/神主正三位大中臣師尋」。書出「摂政関白次第」、昭実の天正
  十三年任関白までの記事あり、もっとも降る年記は、兼孝の慶長九年薨。
  つづけて「前記漏違異説」として記事あり。奥書「摂関補任記、亡父故正
  預延知卿筆跡ヲ以テ/令書写畢、奥ハ中西故神主時雅卿勘ヘ書加ヘ/置候
  ヲ、息男時資朝臣仁令借用書加ヘ申也、予/先年ヨリ所持之本ハ、一条殿
  前関白冬経公江指上候/所ニ、猶ニ御返納無之、其内薨シ給故、今亦書改
  /者也、/宝永五年三月十一日(花押)」。
 (制二二)寺務職補任次第之記†              目録四七頁
  ※一冊、袋綴、二〇・五×一二・六、全一九丁。表紙「寺務職補任次第之
  記/(富田)延晴」。内題「寺務年代記」、「宝亀十年大律師永厳」より
  「宝永三年七月十日厳雅」までが一筆か、末尾に「元文四年三月十六日
   隆遍」の項を加筆。奥書「享保十四〈巳酉〉年三月日、以古記書之」。
[灯籠(書庫)]
 ※境内に奉献された灯籠については、後出の(灯一九)(灯二〇)などに
 詳しいが、近年の研究については、松村和歌子「近世における春日の灯篭
 奉納と管理」(『近畿民俗』一三三、一九九二年)、石燈籠平成調査会「春
 日大社石燈籠平成調査の概要」(『奈良学研究』六、二〇〇三年)がある。
 (灯一)元禄十一年九月廿五日三方神人覚灯籠之記†    目録一二五頁
  ※一冊、袋綴、二五・九×一八・四、全九丁。最末一紙は反故を使用。
  表紙「三方神人覚/御灯籠之記/大東正預中臣延相」。元禄十一年から同
  十三年の記録。
 (灯二)寛保元年七月五日以来金灯籠引附下書†      目録一二五頁
  ※一冊、袋綴、二四・四×一七・〇、全一四丁。表紙「寛保元年/金灯呂
  引附下書/〈申〉七月五日以来」、寛保元年から同四年の記事。
 (灯三)延享三年五月釣灯籠支配出入†          目録一二五頁
  ※一巻、全一九紙。一紙約三一・六×四六・五。端裏「釣灯籠支配出入」、
  書出「申渡/南都春日社家/千鳥修理大夫/中西民部大輔/大東右近将監
  /東地井西市正/一、釣灯籠支配出入/同所興福寺一臈代/惣珠院/宝徳
  院」、末尾「延享三年〈寅〉五月下総〈御印〉/讃岐〈御印〉/(宛所
  同上)」。紙背継目に墨書「御印」あり。
 (灯四)元治元年石灯籠之帳†              目録一二五頁
  ※全七冊。
 (1)表紙「元治元〈甲/子〉年十一月吉日/石灯籠之帳  七冊之内/大
   宮御内并南門之外向之嶋/榎本社向并左右并同石壇之下/西東布生橋
   下南側語羅伊橋ヨリ青瀧橋迄/四拾五人中」。一冊、二八・八×二三・
   二、全五九丁。奥書「御灯呂奉行藤枝帯刀春季/同梅木内記春信
   /御灯呂奉行加役 若宮宮内春雄/同 梅木右兵衛春昇/同 山本左
   衛門春邑」。
 (2)表紙の位置表記「南門外東之嶋同東之小門筋/布生橋ヨリ南〈江〉
   御間道両側」。一冊、三一・〇×二三・二、全七一丁。奥書同様。
 (3)同「祓戸社向大道通南側里道ヨリ東江/青瀧橋迄、藤鳥居東柱ヨリ
   剱先迄/剱先ヨリ着到殿迄、祓戸ヨリ藤鳥居迄北側」。一冊、三〇・
   八×二三・三、全七一丁。奥書同様。
 (4)同「二之鳥居ヨリ東江里道迄両側/祓戸社ヨリ西北之部安居屋/西
   屋向并水谷社辺」。一冊、三〇・九×二三・三、全四四丁。奥書同様。
 (5)同「慶賀門之外藤之鳥居之内/安居屋南之築地際迄」。法量・丁数
   (4)に同じ。表紙に貼紙「山城行/□□済」、冊子下部に附箋あり、
   寄進者名などの注記を抄出。奥書同様。
 (6)同「大道通鷺原道ヨリ/西江鹿道之分」。一冊、三〇・七×二三・
   三、全一六丁。この冊、貼紙による追記あり。奥書同様。
 (7)同「若宮殿御内并御前北之方/同御廊之下両側/若宮ヨリ南之分」。
   一冊、三〇・八×二三・二、全三六丁。奥書同様。
(灯五)元治元年石灯籠之図†              目録一二五頁
 ※全十一鋪。石灯籠の位置を示す指図。
 (1)「石灯籠之図/若宮殿御内拝殿之下通/楠之南三十八所紀伊社迄/
   十一枚之内」。四六・〇×九三・二(二三・四×一六・四)。
 (2)「石灯籠之図/藤鳥居外通両側/并着到殿迄/十一枚之内」。三八・
   四×九二・五(一九・四×一五・八)。
 (3)「石灯籠之図/安居屋西手船戸社辺/西屋之前水屋社辺/十一枚之
   内」。四九・〇×九一・五(二五・五×一五・三)。
 (4)「石灯籠之図/藤鳥居内通/清浄門下通/内侍門下通/安居屋南側
   築地通/十一枚之内」。四七・五×八九・〇(二四・七×一五・二)。
 (5)「石灯籠之図/青瀧橋ヨリ東/語羅伊橋迄/南門向之嶋/十一枚之
   内」。四七・〇×五四・七(二五・〇×一四・〇)。
 (6)「石灯籠之図/二之鳥居東西/祓戸社之辺/本談議屋道通/十一枚
   之内」。四五・五×九一・七(二三・〇×一五・六)。
 (7)「石灯籠之図/大道南側西ヨリ東/青瀧橋迄/十一枚之内」。一六・
   三×二一九・〇(一六・三×一五・八)。
 (8)「石灯籠之図/南門向通榎本社辺/十一枚之内」。四二・七×六二・
   七(二二・二×一五・七)。
 (9)「石灯籠之図/南門外東手/御間両側楠下迄/十一枚之内」。四五・
   五×一二三・一(二四・五×一五・五)。
 (10)「石灯籠之図/鹿道之分/十一枚之内」。三〇・五×一二九・一(三
   〇・五×一四・五)。
 (11)「石灯籠之図/大宮御内/并廻廊之内/十一枚之内」。三二・六×四
   五・〇(三二・六×一五・〇)。
(灯六)元治元年釣灯籠之帳†              目録一二五頁
 ※全六冊。
 (1)表紙「元治元〈甲/子〉年十一月吉日/釣灯籠之帳 六冊之内/大
   宮御前ヨリ東御廊内外/并東之廻廊表側四拾五人中」。一冊、三〇・
   七×二三・三、全三四丁。奥書「御灯籠奉行 藤枝帯刀春季/同 梅
   木内記春信/御灯籠奉行加役 若宮宮内春雄/同 梅木右兵衛春昇/
   同 山本左衛門春邑」。
 (2)表紙の位置表記「舞殿之軒/直会殿之軒」。一冊、三〇・七×二三・
   三、全四一丁。奥書同様。
 (3)同「慶賀門ヨリ南門迄/内外廻廊之分」。一冊、三〇・五×二三・
   二、全二八丁。奥書同様。
 (4)同「東廻廊二通目/同三通目梁之分」。一冊、三〇・八×二三・五、
   全三一丁。奥書同様。
 (5)同「西之御廊ヨリ/慶賀門迄」。一冊、三一・〇×二三・三、全六
   一丁。奥書同様。
 (6)同「若宮方」。一冊、三〇・六×二三・三、全一二丁。奥書同様。
(灯七)元治元年釣灯籠一覧図†              目録一二五頁
 ※外題「釣灯呂一覧図」。一枚、五九・三×七四・三に「若宮方」の二〇・
 九×二九・九を貼り足す(一五・三×一九・二)。
(灯八)元治元年釣灯籠之図†              目録一二五頁
 ※全八帖。おおむね折本状。釣灯籠の位置を示した指図で、灯籠の形の印
 を用いる。
 (1)表紙「釣灯籠之図/内侍門ヨリ南江慶賀門迄/八枚之内」。一六・
   三×三〇七・一(同×一五・三)。
 (2)表紙の位置表記「舞殿之分」。四二・二×七七・五(一九・六×一
   四・七)。
 (3)同「北之廻廊東ヨリ内侍門迄」。二八・四×二八四・〇(二八・四
   ×一五・三)。
 (4)同「大宮御前ヨリ東西御廊内外軒/花棚迄」。二九・六×二九五・
   八(二九・六×一五・二)。
 (5)同「若宮拝殿・同拝之屋」。二八・三×一四八・四(同×一四・八)。
 (6)同「南廻廊内軒南門ヨリ慶賀門迄」。二七・六×二六六・四(同×
   一五・六)。
 (7)同「東之廻廊ヨリ南門迄」。二八・五×三二八・二(同×一六・三)。
 (8)同「直会殿西之軒」。二八・三×一八〇・六(同×一五・九)。
(灯九)明治八年灯籠明細帳†              目録一二五頁
 ※一冊、三一・〇×二三・一、表紙+一一四丁(白紙多数)。表紙「明治
 八年亥一月ヨリ/灯籠明細帳/灯筥方」。明治二十八年頃までの灯油料収
 納分の印あり。
(灯一〇)明治八年灯籠所邑銘控簿†           目録一二五頁
 (1)表紙「明治八年/灯篭〈西京/大坂/他国/南山城〉所邑銘控簿」。
   一冊、折紙横帳、一二・〇×三二・三、本紙二九丁(白紙多)。
 (2)表紙「明治八年/灯篭〈当所南/当所北/組合/無所〉所村銘控簿」。
   一冊、折紙横帳、一一・九×三二・〇、本紙五三丁。
 (3)表紙「明治八年/灯篭〈添上郡山 高市郡/同里吉野郡/添下郡
   宇陀郡/山辺郡式上郡/郡山 式下郡/平群郡葛上郡/□瀬郡
   葛下郡/十市郡雑村〉」。一冊、折紙横帳、一二・〇×三二・〇、本
   紙七四丁。拓本一枚を挿み込み。三三・五×二六・五。銘文「泉原忠
   ×□/同富宅/同宗房」。「07―85」のメモあり。
(灯一一)明治二十年六月金灯籠在所取調簿†      目録一二五頁
 (1)後補表紙「明治二十年六月『乙』/金灯籠在所取調簿/春日神社」。
   一冊、二七・四×一九・八、本紙五〇丁。「勘定帳用紙/春日神社」
   の用箋。内題「明治二十年六月金灯籠在所取調表」。
 (2)後補表紙「明治二十年六月/金灯篭調査下帳/春日神社/灯篭掛」。
   一冊、二三・五×一六・五、本紙四三丁。「春日神社 支出憑書」の
   用箋。
(灯一二)明治三十六年八月金木釣灯籠調査簿†    目録一二六頁
 ※表紙「『甲乙弐冊之内 甲』/〈金/木〉釣灯籠調査簿/附金建灯籠/
 春日神社」。一冊、二七・七×一九・五、本紙四二丁。「春日神社」罫紙。
 内題「明治三十六年八月/金灯籠調査簿/明治三十六年八月金灯籠有所取
 調表」。
(灯一三)明治四十四年一月春日金石灯籠調書†      目録一二六頁
 ※表紙「春日社金石灯筥調書〈慶長/以前〉」。一冊、二四・五×一六・五、
 本紙一〇二丁。銘文を読んだもの。
(灯一四)大正三年二月木石灯籠調査簿          目録一二六頁
 ※表紙「〈木/石〉灯籠調査簿/春日神社」。一冊、二七・二×一九・八、
 本紙二六四丁。内題「大正三年二月/石灯籠調査簿/付木灯籠員数/『宮
 司』/『禰宜』(印)『松岡』/『主典』(印)『辰市』/『調査主任職事奥
 成蕃』/『調査主任職事榊原永秀』」。
(灯一五)元禄十五年九月春日石灯籠帳†         目録一二六頁
 ※表紙「元禄十五〈壬/午〉年/春日社石灯籠帳/九月 日」。一冊、二
 八・〇×二〇・〇、全一二七丁。内題「石灯籠在所目録」、奥書「此原本
 ハ五寺村保井芳太郎氏/之所蔵也、/昭和二年三月謄写之畢、/高田×□×□
 ×□(朱方印)」。
(灯一六)元禄十五年春日釣灯籠帳†           目録一二六頁
 ※表紙「元禄拾五〈壬/午〉年/春日社釣灯籠帳/九月 日」。一冊、二
 八・〇×二〇・〇、全九〇丁。内題「釣灯呂在所目録」、奥書「昭和二年
 三月卅一日写畢、原本保井芳太郎×□×□筆(朱方印)」。
(灯一七)木石釣灯籠所在其他明細帳†          目録一二六頁
 (1)書出「木石金灯呂」、末尾に博覧会に貸渡した分の目録。横帳、一
   二・三×三二・八、全九丁。
 (2)書出「南門東表通リ」、末尾「惣合三百弐釣/内木灯呂六釣/内鉄
   八釣」、裏表紙「御灯呂一式/寸法事」。横帳、一二・七×三二・九、
   全三二丁。
 (3)表紙「釣灯呂/南門西表通ヨリ内侍門北角マデ」、横帳、一二・三
   ×三二・八、全二九丁。
 (4)書出「御簀子」、横帳、一二・二×三二・九、全六丁。
 (5)書出「本宮前」、末尾「直会殿西軒/北之端迄」、横帳、一二・三×
   三二・六、全二一丁。
 (6)書出「油蔵入」、末尾「〆四拾三釣/内鉄四釣」、横帳、一二・二×
   三二・八、全七丁。
(灯一八)灯籠書類目録一二六頁
 ※包紙「官幣大社/春日神社社務所」封筒に「(鉛筆書)「石」灯籠書類/
 (ペン書)「石灯籠種別配置図」「一一枚」」。近代の精密な図面一一枚、方
 眼のみの一枚。おおよその配置を示す指図二枚、(1)一鳥居より青瀧橋
 まで、一六・〇×七四・〇、(2)御間道、一九・七×五五・二。
(灯一九)元禄以前春日神社釣灯籠の銘文          目録一二六頁
 ※高田十郎編。謄写版。史料編纂所にも架蔵『春日釣燈籠一覧』[1084-50]。
(灯二〇)春日の石灯籠                  目録一二六頁
 ※高田十郎編。謄写版。史料編纂所にも架蔵『春日石燈一覧』[1080-580]。
(灯二一)欠番                      目録一二六頁
(灯二二)灯籠講入用控帳†                 目録外
 ※一冊、二三・九×一六・二、本紙七七丁(白紙多数)。表紙「明治弐
 〈己巳〉年/灯籠講入用控帳」、裏表紙「講内/若狭屋藤兵衛(以下五名)」。
 奥書「六家共日ノ奉献灯籠ニ対スル毎年ノ/油料其他必要維持費ノ支出方
 法等/蓋当時ノ物價ヲ示ス参考資料トシテ/本冊一部貴大社ヘ寄進仕候、
 適当ニ御保存願上候也、/因ニ献灯現存場所/春日大社万葉植物園前参
 道南側/手向山八幡宮南参道 入り口/東大寺二月堂 法華堂 西参道
 南側/昭和廿参年参月廿一日 春分節/右 大阪 若狭屋 奥田藤兵衛/
 奈良 大隅屋 英聖次郎/同 大阪屋 英信太郎」。
(灯二三)御灯籠之記†                    目録外
 ※一冊、二七・七×一九・七、本紙三一丁。表紙「元治元〈甲子〉年九月
 /御灯籠之記」、親本表紙「元治元〈甲子〉年九月 再度指出帳面之写/
 御灯籠之記/梅本家」、親本内題「元治元〈甲子〉歳九月/御灯籠改帳/
 梅本兵部」、「御灯籠改帳/梅本市之丞/後見 梅本兵部」、「御灯籠改帳/
 辻井主計/後見 梅本兵部」を合冊、末尾に文書二通写し。目録一二六頁
 の(灯二一)「御灯籠之記」に相当。
(灯・無番)石灯籠之図(乙本)†               目録外
 ※十枚。(灯五)を甲本とし、乙本と仮称する。甲本の枝番号に準じて配
 列する。
 (1)「石灯籠之図/若宮殿御内拝殿之下通/楠之南三拾八所紀伊社迄/
   十枚之内」。四六・二×九〇・五(二四・二×一六・二)。
 (2)「石灯籠之図/藤鳥居外通両側/并着到殿迄/十枚之内」。四〇・
   二×九一・五(二〇・五×一六・五)。
 (3)「石灯籠之図/安居屋西手船戸社辺/西屋之前水屋社辺/十枚之内」。
   四二・三×七六・五(二二・三×一五・七)。
 (4)「石灯籠之図/藤鳥居内通/清浄門下通/内侍門下通/安居屋南側
   築地通/十枚之内」。四七・四×九二・三(二五・〇×一五・八)。
 (5)「石灯籠之図/青瀧橋ヨリ東/語羅伊橋迄/南門向之嶋/十枚之内」。
   四九・〇×六〇・八(二六・〇×一五・七)。
 (6)「石灯籠之図/二之鳥居東西/祓戸社之辺/本談儀屋道通/十枚之
   内」。四五・五×七五・三(二三・五×一六・八)。
 (7)「石灯籠之図/大道南側西ヨリ東/青瀧橋迄/十枚之内」。一八・
   四×二二〇・〇(同×一五・七)。
 (8)欠番。乙本にあるものと対応なし。
 (9)「石灯籠之図/南門外東手/御間両側楠下迄/十枚之内」。四五・
   四×七五・三(二三・五×一六・八)。
(10)「石灯籠之図/鹿道之分/十枚之内」。三〇・五×九二・八(同×
   一五・四)。
(11)「石灯籠之図/大宮御内/并廻廊之内/十枚之外」。三〇・三×四
   五・四(同×一五・四)。
(灯・無番)〔石灯籠之図〕(丙本)†            目録外
 ※九枚。丙本と仮称し、甲本の枝番号に準じて配列する。
 (1)「九枚之内/若宮殿御内拝殿之下通/楠之南三十八所紀伊社迄」。
   四七・〇×九一・四(一五・五×二四・二)。
 (2)「九枚之内/藤鳥居外通り南側/着到殿迄」。三〇・八×八二・四
   (一五・四×三〇・八)。
 (3)「九枚之内/安居屋西手船戸社辺/西屋之前水屋社辺并/鹿道」。
   四六・三×一〇一・〇に張り出し二八・七×二九・四(一六・二×二
   四・六)。甲本(10)の内容を含む。
 (4)「九枚之内/藤鳥居内通/清浄門下通/内侍門下通/安居屋南側築
   地通」。四六・五×九一・五(一六・三×二四・八)。
 (5)「九枚之内/青瀧橋ヨリ東/語羅伊橋迄/南門向之嶋」。四六・四
   ×六一・三(一五・六×二四・二)。
 (6)「九枚之内/二之鳥居東西/祓戸社之辺/本談義屋道通り」。四六・
   六×七四・六(一五・五×二四・八)。
 (7)「九枚之内/大道南側西ヨリ東/青瀧橋迄」。一五・四×一六三・
   八(一五・五×一五・七)。
 (8)「九枚之内/南門向通り榎本社/辺」。四六・七×六一・三(一五・
   五×二四・〇)。
 (9)「九枚之内/南門外東手/御間両側楠下迄」。四六・五×一一九・
   九(一五・一×二四・七)。
(灯・無番)金灯籠之図(乙本)†               目録外
 ※九枚。(灯八)を甲本とし、乙本と仮称する。甲本の枝番号に準じて配
 列する。
 (1)「釣灯籠之図/内侍門ヨリ南〈江〉慶賀門迄/九枚之内」。一五・
   五×二三六・三(同×一四・八)。
 (2)「舞殿之分」。六二・〇×四一・九(三一・四×一四・一)。
 (3)「北之廻廊東ヨリ内侍門迄」。二九・七×二四八・九(同×一五・
   一)。
 (4)「大宮御前ヨリ東西御廊内外軒/花棚迄」。三〇・五×二九四・一
   (同×一四・八)。
 (5)「若宮拝殿・同拝之屋」。二九・九×一一八・〇(同×一四・九)。
 (6)「南廻廊内軒南門ヨリ慶賀門迄」。三〇・六×二四五・九(同×一
   五・〇)。
 (7)「東之廻廊より南門迄」。二九・〇×四一六・三(同×一五・三)。
 (8)「直会殿西之軒」。三〇・五×一五六・二(同×一四・八)。
 (9)「南之廻廊外之軒南門ヨリ榎本社迄」。三〇・三×七八・九(同×
   一三・五)。甲本に該当なし。
(灯・無番)金灯籠之図(丙本)†               目録外
 ※九枚のうち一枚欠。丙本と仮称し、甲本の枝番号に準じて配列する。
 (1)欠。
 (2)「舞殿之分」。四二・三×七八・二(三九・二×一四・四)。
 (3)「北之廻廊東ヨリ内侍門迄」。二八・八×二五一・八(同×一五・
   〇)。
 (4)「大宮御前ヨリ東西御廊内外軒/花棚迄」。三〇・〇×二九八・八
   (同×一四・八)。
 (5)「若宮拝殿・同拝之屋」。二八・八×一四八・四(同×一四・八)。
 (6)「南廻廊内軒南門ヨリ慶賀門迄」。二七・七×二七〇・八(同×一
   四・九)。
 (7)「東之廻廊ヨリ南門迄」。二九・二×四二五・二(同×一五・三)。
 (8)「直会殿西之軒」。二九・三×一七九・三(同×一五・〇)。
 (9)「南之廻廊外之軒南門ヨリ榎本社迄」。二九・六×八七・三(同×
   一四・八)。甲本に該当なし。
[制度(書庫)]
五、口宣案
 (宣四三)久安三年二月正預中臣連祐房口宣案之留以下†  目録五六頁
  ※一冊、袋綴、二四・六×一七・一、全四六丁。表紙なく、冒頭「久安三
  年二月 行幸勧賞/正預中臣連祐房/賜従五位上/〈奉行弁〉 藤原朝隆」
  以下、半面に一件づつ記載。裏表紙もなく、末尾は「〈上卿 勧修寺中納
  言〉慶長十六年五月廿三日 宣旨/従五位下大中臣経長/宣叙従五位上/
  蔵人左少弁藤原共房〈奉〉」。従五位上に叙せられたものを集成する。年代
  的には嘉元三年から文安五年の間が空き、とくに前半部は口宣案の現物か
  ら写されたものかは検討を要する。
 (宣四四)久安三年権預中臣祐通口宣案之留以下†      目録五六頁
  ※一冊、袋綴、二三・九×一七・二、全七九丁、丁付あるも記入なきもの
  あり。冒頭「久安三年二月 行幸勧賞/権預中臣祐通/賜従五位上〔下〕
  /〈奉行弁〉 藤原朝隆」、末尾「〈上卿 新大納言〉正徳六年二月八日
  宣旨/大中臣師亮/宜叙従五位下/蔵人右中弁藤原光栄〈奉〉」。叙従五位
  下を集成。家系・年齢・出典(「行幸記ニ在之」「祐春行幸之記ニ在之」
  「見土代」「暦名土代」など)の注記あり。
 (宣四五)久安三年大中臣時盛口宣案之留以下†       目録五六頁
  ※一冊、袋綴、二四・二×一七・三、全四二丁、丁付あり。冒頭「久安三
  年二月行幸勧賞/従五位上大中臣時盛/賜正五位下/〈奉行弁〉藤原
  朝隆」、末尾「〈上卿花山院大納言〉寛文七年十二月十二日 宣旨/従五
  位上大中臣師言/宜叙正五位下/蔵人右中弁藤原方長〈奉〉」。叙正五位下
  を集成。
 (宣四六)保元三年二月廿八日正預中臣連祐清口宣案之留以下†目録五六頁
  ※一冊、袋綴、二四・一×一七・一、全五六丁、丁付あるも記入なきもの
  あり。冒頭「保元三年二月廿八日 勧賞/正預中臣連祐清/賜従四位下/
  左中弁藤原資長」、末尾「〈上卿新大納言〉正徳六年二月八日 宣旨/正
  五位下中臣延庸/宜叙従四位下/蔵人右中弁藤原光栄〈奉〉」。叙従四位下
  を集成。
 (宣四七)文明七年六月九日大中臣時憲口宣案之留以下†   目録五六頁
  ※一冊、二五・一×一七・八、表紙共紙六〇丁。表紙「社家/口宣案之留
  〈大中臣氏〉/権預三位祐用卿筆」。中東家・中家〈中東庶流〉・中西家
  〈中東庶流〉の人物ごとに名寄せ。文明七年より正徳六年。
 (宣四八)文明十五年二月十五日大中臣師淳口宣案之留以下† 目録五六頁
  ※一冊、二四・六×一七・七、表紙共紙四九丁。表紙「社家/口宣案之留
  〈中臣氏〉/権預三位祐用卿筆」。「旧記所見口宣案之写」として永仁元年
  から天文三年のもの(出典記載あり)。「春日社司昇進従三位之躰」として
  応永六年時徳から享保四年祐用まで、続けて「右之内昇進正三位之躰」と
  して応永廿三年師盛から享保四年延尚。「位階被定中置之年数事 大中臣
  時雅卿記云」として権預従三位中臣祐用(花押)の記文。「位階中置年数
  之考例」として享禄四年家統から享保四年祐用の事例。「公卿補任抜書
  見大中臣師言記」として、応永六年時徳より天正五年祐磯、さらに歴名土
  代の抜書。「旧記抜書少々 大中臣師言記」として嘉禄三年・観応三年・
  応永十二年の記事。「位階勅許之後披露之事」として中臣社司補任記より
  引用、「右祠官上階之者例至此所者、以大中臣師言朝臣之記書写、〈彼記
  之題号云/口宣附後案下〉但師言死後、経憲・延尚・祐用上階之事者、愚
  老令加書之者也」。「一、申官位時従両惣官差出証状之案」として享保四年
  文書写しなど、「大中臣時雅卿口宣案写之記云」として「正神主叙三位例」
  「本権神主叙三位例」、また「大中臣時雅卿口宣案写記之奥曰」として祐識・
  祐範記の抜書、中臣祐用(花押)の識語あり。
 (宣四九)文永二年十二月廿七日中臣祐恩口宣案之留以下†  目録五六頁
  ※一冊、二五・一×一七・七、表紙共紙一四丁。表紙「辰巳家・井原家/
  口宣案之記/辰市家」。書き出し「辰巳家〈辰市之庶流、当時断絶〉」とし
  て大永二年の祐恩叙従五位下から、天正五年の祐磯叙従三位があり白紙。
  享保二十一年祐薫任西市正から文化十四年祐倫叙正五位下まで。
 (宣五〇)享禄三年六月十七日大中臣経栄口宣案之留以下†  目録五六頁
  ※一冊、二四・九×一七・九、表紙共紙七二丁。表紙「社家/口宣案之留
  〈大中臣氏〉/権預三位祐用卿筆」。正真院家・奥家・奥田家〈奥家庶
  流〉・西家の人物ごとに名寄せ。長享三年より正徳六年。
                              (川本慎自・西田友広・藤原重雄)


『東京大学史料編纂所報』第43号p.87