東京大学史料編纂所

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岩屋家文書の調査・撮影

 二〇〇七年九月五日から七日にかけ、秋田県美郷町学友館(秋田県仙北郡
美郷町六郷字安楽寺一二二)に出張し、同館にて「岩屋家文書」の調査・撮
影を行った。
 「岩屋家文書」は、中世後期出羽国由利郡岩谷館(現秋田県由利本荘市)
に拠った国人岩屋氏の伝来文書である。岩屋氏は天正十八年の奥羽仕置後豊
臣秀吉より八九一石余を宛て行われたが、慶長五年関ヶ原の戦い後所領を没
収された。その後由利郡を領した最上氏に仕えたものの、元和八年の最上氏
改易により一族は分散した。
 この「岩屋家文書」は、一族諸流のうち、秋田藩佐竹氏に召し抱えられた
家に伝来された文書群であり、元禄年間における藩の修史事業により編纂さ
れた『秋田藩家蔵文書』に大半の写しが収められている。『秋田藩家蔵文書』
の原文書ということのみならず、『秋田藩家蔵文書』未収録の文書も若干含
まれており注目される。中世末から近世にかけての国人岩屋家の動向や、
『秋田藩家蔵文書』編纂時の家臣提出文書の吟味を検討するうえで興味深い
素材である。
 以下撮影リストを掲げる。撮影は、秋田県重要文化財申請のため昭和四二
年に作成された目録にしたがった。※印は『秋田藩家蔵文書』未収録のもの。
年次の( )は推定(秋田県公文書館編『秋田藩家蔵文書目録』による)。
1  天正十八年十二月二十四日豊臣秀吉朱印状
2  十二月十五日徳川家康朱印状
3  十二月二十五日徳川家康朱印状
4  正月二十一日佐竹義宣書状
5  極月二十六日佐竹義宣書状
6  (慶長五年)十月十九日村上頼勝書状
7  正月二日最上家親書状
8  十一月七日本多正信書状
9  (天正二十年)二月五日最上義光黒印状
10 二月十日栗山景為・茂木正基・滝沢光直連署書状
11 (天正十八年)極月三日堀秀治書状
12 十月二十五日最上義光書状
13 (元亀二年)六月二十八日大宝寺義氏書状
14 二月晦日最上義光黒印状
15 (永禄十二年カ)七月二十九日土佐林禅棟黒印状
16 正月十六日大宝寺義興書状※
17 (天正十六~十九年)二月二十八日大宝寺義勝書状
18 二月十六日某書状※
19 正直和歌※
20 (天正十六年)二月二十日中山光直書状
21 寛永六年六月二十五日秋田俊季書状
22 三月二十五日渋谷頼家書状
23 (天正十五年)后秋六日蟹沢永次書状
24 九月二十日蟹沢永次書状
25 (天正十五年)九月二十日東禅寺氏永書状
26 (天正十三年)壬八月四日東禅寺氏永書状
27 (天正十五年)九月六日東禅寺氏永書状
28 (天正十三年カ)九月十一日東禅寺氏永書状
29 (元亀二年カ)卯月二十一日東禅寺氏永書状
30 (慶長七年カ)八月十七日志村光明書状
31 二月八日東福寺某書状
32 (慶長十二年)極月四日中山光直書状
33 三月二十一日榊原職直書状
34 正月朔日進藤安治書状
35 二月晦日最上義光黒印状
36 十月五日最上義光書状
37 七月二十六日小栗頼母佐書状
38 十一月十五日本多康正書状
39 正月十二日某書状
40 二月五日日野光久書状
41 八月十一日日野光久書状
42 (文禄元年)七月二日西野道俊書状
43 十一月九日本多正純書状
44 (慶長五年)五月二十四日本多忠勝書状
45 (慶長六年)正月十三日本多忠勝書状
46 五月七日石沢孫二郎書状
47 霜月二十九日大沢讃岐守書状
48 霜月六日里見薩摩守書状
49 十月十五日堀秀治書状
50 正月一日最上家信(義俊)書状
51 五月二十六日最上家親書状
52 五月十八日渋江政光書状
53 卯月二日鈴木備後・斎藤伊予連署書状
54 (慶長十九年)十二月八日最上家親書状
55 七月十六日本堂久盛書状写
56 九月五日本多正信書状
57 十一月十三日本多正信書状
58 (天正十六年)衣更着九日岩屋朝盛書状
59 八月十一日岩屋大膳介書状※
60 九月二日岩屋朝繁書状
61 初春十五日滝沢刑部大輔書状
62 卯月四日岩屋朝盛書状
 今回の調査は、秋田県立博物館高橋正氏による調査に帯同してのものであ
る。調査参加を許された高橋氏、および調査・撮影を許可され、調査当日も
種々ご教示ご高配を賜わった所蔵者岩屋朝德氏、また、調査場所をご提供い
ただくなどの便宜をお図りいただいた美郷町学友館館長藤井良子氏・同館塙
観量氏に厚く御礼申し上げたい。
                              (金子拓)


『東京大学史料編纂所報』第43号p.50