東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

東京大学史料編纂所影印叢書島津家文書歴代亀鑑・宝鑑

影印叢書は史料編纂所が所蔵する原本史料等を精選し、影印によって刊行するものであり、第一期として①『島津家文書歴代亀鑑・宝鑑』、②『平安鎌倉記録典籍集』、③『室町武家関係文芸集』、④『小笠原文書』、⑤『平安鎌倉古文書集』、⑥『久芳文書・佐藤文書』の全六冊を、年二回のペースで刊行することを予定している。
その第一冊に当たる国宝『島津家文書』のうちの『歴代亀鑑』二帖と『宝鑑』二帖を収めた。『歴代亀鑑』には元暦元年(一一八四)から天正十五年(一五八七)までの文書一〇七通が、『宝鑑』には弘安八年(一二八五)から慶長三年(一五九八)までの文書一〇四通がほぼ年代順に配列されている。
島津家は、南北朝期に総州家と奥州家に分かれ、本来惣領である総州家が衰退して、奥州家が本宗家となり総州家伝来の文書を引き継いだ。さらに戦国期には、鎌倉時代に分かれた伊作家が台頭して日向・大隅・薩摩三か国守護職を継承し、江戸幕府のもとで薩摩藩主となった。旧本宗家は亀山・藤野両家として薩摩藩主に帰服し、伝来の文書を藩主に進上した。これらの文書のうちから選りすぐられたものが『歴代亀鑑』と『宝鑑』に仕立てられたが、『歴代亀鑑』には本宗家歴代に関するものを集め、伊作家や総州家に関するものは『宝鑑』に集めるという基準があったように思われる。
本冊においては、『歴代亀鑑』・『宝鑑』の表紙・見返しを含めてすべての図版を収録し、手鏡を見開きでめくる形を再現するように配置した。文書のサイズの小さいもの七通については別に接写したものも掲載した。また裏面に端裏書があるものについては、高解像度近赤外線デジタルカメラで撮影し、反転した図版を本冊の解説に収めた。これにより『歴代亀鑑』冒頭を飾る源頼朝下文の宛所「伊勢国波出御厨」が「いセのくにはセのみくりや」と読まれていたことが判明したことは大きな収穫である。
解説においては、『島津家文書』の伝来と『歴代亀鑑』・『宝鑑』の成り立ちについて概説するとともに、個別文書について、文書名・年月日・目録番号・大日本古文書番号・料紙・法量・紙数・端裏書・差出・宛所・受給者・備考等を記し、必要に応じて参考図版を挿入した。
なお、『歴代亀鑑』・『宝鑑』の形状についての記述に誤りがあったので、以下に正誤表を掲げる

箇所
解説7頁最終行~8頁第一行其一には台紙十四枚の表裏に文書五十四通五十三枚が、其二には台紙十四枚の表裏に文書五十四通六十枚が貼付されている。其一には台紙二十七枚の表裏に文書五十三通五十三枚が、其二には台紙二十七枚の表裏に文書五十四通六十枚が貼付されている。
解説8頁第二八行~第二九行其一には台紙十二枚の表裏に文書五十一通五十五枚が、其二には台紙十二枚の表裏に文書五十四通五十六枚が貼付されている。其一には台紙二十三枚の表裏に文書五十一通五十五枚が、其二には台紙二十三枚の表裏に文書五十三通五十八枚が貼付されている。

(口絵二葉、例言・目次一〇頁、図版二四〇頁、解説五〇頁、本体価格二五、〇〇〇円)
担当者近藤成一・高島晶彦・谷昭佳・中藤靖之・中村尚暁・西田友広・林譲・山口悟史


『東京大学史料編纂所報』第43号p.39