東京大学史料編纂所

HOME > 編纂・研究・公開 > 所報 > 『東京大学史料編纂所報』第42号(2006年)

春日大社史料の調査・撮影

二〇〇六年九月一一~一四日の四日間、奈良市の春日大社に出張し、所蔵
史料の調査・撮影を行った。調査は春日大社の御高配のもと、松村和歌子氏
に御対応いただいた。ここに記して謝意を表したい。マイクロフィルムによ
る撮影を終えた史料について、『春日神社記録目録』(一九二九年、同社社務
所)にもとづき簡単な所見を記す。法量は縦×横(単位はセンチメートル)、
『  』は朱筆。なお報告の作成にあたっては、内田澪子氏のご助力を得た。
[社記(書庫)]
(社一六六乙)元要記(抄出)*再撮影             目録一四頁
  ※一冊、袋綴、一七・〇×二四・五、表紙共紙二七丁。『所報』三七号六
  六頁参照。
(社一七〇)大永七年年始方御 供支配之事           目録一四頁
  ※一冊、袋綴、二八・三×一七・八、表紙共紙六九丁。表紙外題ナシ、1
  オ「大永七年〈丁/亥〉年始方御供支配事」、2オ「目録事」、6ウ・7丁
  白紙、8オ「大永七年〈丁/亥〉正月一日己来御神事日記」。表紙見返しに
  社司交名あり。後表紙見返「墨付七拾三丁」。虫損により開披不能箇所あ
  り。今西祐維の大永七年の神事日記で、(日記一六・二一・二三・二四・
  二五・二七甲乙・二八)などとセットになるもの。
(社一七一)宝暦十一年十一月御神供方覚            目録一四頁
  ※一冊、袋綴、二四・三×一七・〇、表紙共紙二三丁。表紙「宝暦十一
 〈辛/巳〉年十一月日/御神供方/覚/玉垣重兵衛」。
(社一七二)天文六年今市美乃庄土器神護田毛見         目録一五頁
  ※一冊、袋綴、二一・七×一三・五、表紙共紙一一丁。表紙「紙十一数/
  土器田/美乃庄/神護田御心経御反銭御免事/東地井(花押)」、書出「天
  文六年〈丁酉〉今市土器田毛見」。以下、各々の天文十五年頃までの記事あ
  り。
(社一七三)天文六年正預領九月九日公事物           目録一五頁
  ※一冊、袋綴、二二・二×一三・九、本紙一八丁、後補表紙・裏表紙。後
  補表紙外題「正預領九月九日公事物/東地井家」、原表紙「東地井(花押)
  /正預領九月九日公事物/山村庄田原庄庵治庄美乃庄/大平尾庄
  誓多利庄辰市/紙数廿七数」、書出「山村庄九日米〈天文五年丙申〉」。以
  下、各々の天文十七年までの記事あり。
(社一七四)重陽神饌料合高並同供調品書            目録一五頁
  ※一冊、袋綴、二八・〇×二〇・〇、紙共紙四丁。表紙「重陽神饌料合高
  并同供調品書」。九月九日節句の神饌の費用と略図。近世写。
(社一七六ノ甲)天正四年三月吉日福智下庄節供日記       目録一五頁
  ※一冊、袋綴、二四・五×二〇・三、原表紙共一九丁、後補表紙・裏表紙。
  後補表紙「天正四年〈丙/子〉三月吉日/福智下庄御節供日記/〈名主〉中
  臣連新預祐叙/新預中臣祐睢」、原表紙「天正四年〈丙/子〉三月吉日/福
  智下庄御節供日記/七月七日大庄小庄御節供之事/名主中臣連新預祐叙」、
  原表紙見返し「雑掌神人八郎左衛門」。天正十三年までの記事あり。紙背
  文書あり。切り取り箇所あり。
(社一七六ノ乙)天正二十年二月廿九日福智下庄節供下行記
  ※一冊、袋綴、二四・七×一六・〇、表紙共紙一三丁。表紙「天正二十年
  〈壬/辰〉二月廿九日/福智下庄節供下行記/名主辰市治部少輔祐繁(花
  押)」。文禄五年までの記事あり。(二〇〇〇年撮影)
(社一七七)和歌法楽会次第                  目録一五頁
  ※一冊、折本、一八・三×一〇・三。表紙「和歌法楽会次第」、見返朱方
  印「官幣大社/春日神社/社務所印」、書出「禰宜大東延慶謹記/和歌法
  楽会之次第」、末尾朱方印「春日神/社之印」。明治廿六年一月廿五日のも
  の。
(社一七八)文禄四年正月西殿庄御節句下行事          目録一五頁
  ※一冊、袋綴、二三・六×一五・八、表紙共紙一三丁。表紙「文禄四年
  〈乙/未〉正月吉日/西殿庄御節供下行事/社中」、内題「文禄四年〈乙/
  未〉正月三日節供本式備進之/当年名主正預」。慶長九年までの記事あり。
  末尾「一、慶長九年〈甲辰〉正月三日西殿庄節供本式/名主神主時盛」。
(社一七九)臨時旬旧例之記                  目録一五頁
  ※一冊、袋綴、二四・六×一七・五、表紙共紙九丁。表紙「臨時旬旧例之
  記/権預中臣祐智」。「臨時旬神供備進勘例」と題して、永仁三年より始ま
  る先例及び、応永三十一年二月十一・十二日の日記あり、識語「右旧記、
  向井師久自筆之記之内貫書/之仕者也、/元文丁巳立冬、抜書之記中東時
  貞〈仁〉借用令/書写者也、従四位上大中臣経芳」。次に「当家旧記之写」
  と題して、徳治元年正月十九日の経茂の日記、元和五年九月十日の日記、
  識語「右元和五〈己/未〉年、経長〈仁〉在之、為后鏡書写/之者也、/□
  真院経芳」。奥書「右一帖者、大中臣経芳ヨリ令借用写畢、/元文四〈己/
  未〉二月権預従四位上中臣祐智」。
(社一八〇)新預雑事之記                   目録一五頁
  ※一冊、袋綴、二八・二×二一・五、表紙共紙六丁。表紙「寛政三年八月
  写之/新預雑事之記/社司十﨟/従五位上讃岐守中臣殖栗連延陳」。「御神
  供領所高」以下、年中恒例の下行など。
(社一九五)寛永十七年発志院村ヌケ地年貢米請取控他四点    目録一六頁
  ※「官幣大社春日神社々務所」封筒入り。
 ①寛永十七年発志院村又ケ地年貢米請取帳
  ※一冊、袋綴、二四・二×一六・九、表紙共紙五丁(うち墨付二丁)。表
  紙「寛永十七年〈庚/辰〉九月十一日/発志院村ヌケ地之年貢請取帳/唐
  院」。
 ②寛永十九年志院村・石川村又ケ地年貢米請取帳
  ※一冊、袋綴、二三・三×一六・八、表紙共紙七丁(うち墨付三丁)。表
  紙「寛永十九年〈壬/午〉後九月廿日/発志院村ヌケ地/石川村ヌケ地/
  唐院」。
 ③明暦二年発志院新池出来につき米入目日記
  ※一冊、袋綴、二四・四×一七・三、表紙共紙五丁。表紙「明暦二〈丙/
  申〉/ハシノヰン新池出来〈ニ付て〉百姓共〈へ〉/カケ米之入目日記/ハシ
  ノヰン村/庄屋/年寄」。
 ④享保二年称名寺・〓珹寺御朱印写
  ※一冊、袋綴、二八・八×二〇・五、表紙共紙八丁。表紙「享保二丁/
  丙〉年三月日/〈称名寺/〓珹寺〉御朱印写/唐院」。慶長七年八月六日、
  元和三年七月廿一日、寛永十三年十一月九日、寛文五年七月十一日、貞享
  二年六月十一日の称名寺領朱印状写、慶長七年八月五日、元和三年七月廿
  一日、寛永十三年十一月九日、寛文五年七月十一日、貞享二年六月十一日
  の〓珹寺領朱印状写。
 ⑤賽銭控
  ※一冊、横帳、一五・四×四四・八(最大)、表紙共紙一三丁。五月分(三
  十一日まであり)の末社への賽銭の報告書七点を合綴。使部堀内、永保、
  春弥、守慶、春賢など。
 ⑥明治四・五年春日神宮領蔵米勘定
  ※一冊、袋綴、二四・四×一七・〇、全五丁。書出「明治四〈辛/未〉年
  春日神宮領廩米ヲ以御渡之砌、米/直段未定ニ付、十月十一月石三円壱歩
  立、十二月三円立ヲ以御/渡、右之直割ヲ以租税蔵渡方捌有之処、其後直
  段/金三円壱歩ト永弐百文は歩ト御定之趣ヲ以、酉一月直違/残金御渡ニ
  付、諸渡米直段割増渡方左ニ、」として、大東家以下の書き上げ。
(社二〇三)興福寺由来其他ノ記                目録一七頁
  ※一冊、袋綴、九・二×二〇・一、二二〇丁。表紙外題ナシ、前遊紙オに
  朱方印「春日神/社之印」、目録アリ、奥書「享保十二年十二月/興福寺」、
  「享保丁未十二月一覧、蔵院/胤覚二筆[ ]了、/大乗院(花押)」、
  「(抹消ヨメズ)/南家内/(抹消ヨメズ)」、抹消脇には「光可」印あり。
  近世の興福寺・春日社に関する百科事典的な書物。前半は寺誌・社誌、後
  半は所領など経済関係と若宮祭関係。
[祭典(書庫)]
(祭一)春日祭旧例                      目録二二頁
  ※一冊、袋綴、二九・二×二二・三、表紙共紙三三丁。表紙「春日祭旧例」・
  朱方印「春日神/社之印」、表紙見返「春日社務/大東家」、内題「春日祭
  弁御参向勘例」、奥書「右大宮祭礼旧例者、若宮神主祐之輯記之/而達京
  師焉、予仮其草而書写之、/且上古儀式者、江家次第及延喜式等/抜書而
  附後焉」、「中臣祐宣筆」、「墨付卅丁」、「明治廿八年二月寄附之、秀行末孫
  /従八位大東延慶(花押)」。祐春記(弘安六年二月十一日〈指図二点〉・十
  一月八日・二月五日)、表記なし(正安三年二月十二日〈指図四点〉)、祐臣
  記(正和二年二月六日)、祐春記(正応三年二月七日)、祐賢記(文永二年
  二月八日)、大中臣師淳記(明応八年二月十七日)の抄出。ついで、『江家
  次第』五・上申日・春日祭事(末尾三行は切り取られ、延慶の補写)、『延
  喜式』神祇一・神祇八・内蔵寮十五・大蔵三十・大膳三十二・主水四十・
  左右近衛府四十五・左右馬寮四十八よりの抄出。
(祭二)春日祭旧例                      目録二二頁
  ※一冊、袋綴、二八・〇×一九・八、本紙一七丁。表紙「春日祭旧例」
  (貼紙下ヨメズ)、内題「春日祭旧例若宮神主祐之輯」、朱方印「春日社
  /務所印」・朱陽瓢箪型印あり。奥書「右大宮祭礼旧例者、若宮神主祐之
  輯記之/而達京師焉、〈予〉仮其草而書写畢、/次預中臣祐宣」。裏表紙見
  返「今茲明治七年、浪善書舗鹿田静七欲鬻/新鐫之著書、齎此一部云、此
  書也、近傍す某/家一時閲之、当社之旧史而曽散在此矣、借焉、/有此家
  即何巻乎、不若求之、欲奉納於御社、/為請之、某主人幸諾焉、故被奉納
  社庫云」。(祭一)の社家日記抄出と同内容。
(祭三)祭典旧儀取調書                    目録二二頁
  ※一冊、袋綴、二七・二×一八・七、本紙罫紙一八丁。表紙「祭典旧儀取
  調書/官幣大社/春日神社」、目録アリ、朱方印「春日神/社之印」。春日
  祭などの起元・次第・祝詞を記す。「九和歌法楽会/起元不詳、元文年
  間マデ恒例正月ニ行ハレ以来定マラズ、明治廿六年一月再興自今隔年トス」
  とあり、これ以降の成立。
(祭四)春日祭部類                      目録二二頁
  ※一冊、袋綴、二七・八×二〇・〇、本紙墨付一三六紙+表紙・遊紙。表
  紙「春日祭部類」。本文冒頭朱方印「中山/文庫」・「官幣大社/春日神社
  /社務所印」。奥書「明治三十年五月購得/春日神社(朱方印)「官幣大社
  /春日神社/社務所印」」。寛治元年二月一日(中右記)より康正元年十一
  月十三日(康富記)に至る春日祭に関する公家日記の部類。
(祭五)春日祭秘抄                      目録二二頁
  ※一冊、袋綴、二八・〇×一九・八、本紙墨付三六丁+表紙・遊紙。表紙
  「春日祭秘抄」、内題「春日祭秘抄/権大納言藤原尚房・右中弁藤原俊将輯」。
  本文冒頭朱方印および奥書(祭四)に同じ。次第および諸記録・儀式書を
  引いての考証。
(祭六)建治元年恒例臨時御神事記               目録二二頁
  ※一冊、袋綴、二九・二×二三・〇、表紙共紙三六丁。表紙「表紙ニ/十
  九建治元年恒例臨時御神事記/若宮神主中臣祐賢公之記正本在彼家蔵/
  中臣連祐用書写/六十三歳」、奥書「右記一冊、自七月十八日至同廿七日、
  終書写之功者也、艸字/難弁字形処、加不分明之字、朽損之処、加減字畢、
  其外/細字書入等以本書不違者也、〈本書紙数卅四枚〉表紙/共〉/書写之
  本卅六枚〈同前〉/一享保二丁酉歳七月廿八日権預正四位下中臣祐用(花
  押)/六十三歳」。『春日社記録』二に翻刻(千鳥家蔵原本に拠る)あり。
(祭七)春日祭上卿御参向之記                 目録二二頁
  ※一冊、袋綴、一六・一×二四・九、現表紙共一〇丁。元巻子で折本とな
  り、紙を足して現冊子となる。本紙と裏打ち紙とに紙背文書あり。祐睢修
  補表紙「慶長元年ヨリ/万治四年マテ/春日祭/上卿御参向之記/権預中
  臣祐用筆/新預祐睢」。慶長元年十二月より承応四年まで一筆、明暦元年
  十一月分同筆追筆、同二年より万治三年まで年号のみで記事なく同四年三
  月分追筆。
(祭八)春日祭上卿已下参行歴名部類              目録二二頁
  ※一冊、袋綴、二二・八×一七・九、表紙共紙一一四丁。表紙「春日祭上
  卿已下□参行歴名部□/延□」。序文「先於今世而克知古昔無如於書、無
  書則何由感/其興亡乎哉、于茲左官掌紀氏辰偸公事之閑暇、握/翫旧史之
  序、自仁明天皇嘉承三年九月到今/年二月、緝春日祭公卿参行之有無、
  興弁官分配再興而手記之、以為永世之異珍可謂官家亀鑑也、〈予〉以/眤
  明之故密乞貸而令傍人謄写、冀我子孫猶思此/志、令連続而勿破捨云、/
  元禄十二年八月十有四日右中丞兼左衛門権佐藤」、内題「春日祭上卿已
  下参行歴名部類」。元禄十二年二月から同十四年二月までは外記以下も記
  す。寛延四年二月と宝暦元年(改元)十一月の間に余白あり。安永三年二
  月の後に「御棚供物」の記事あり。ここまでが一筆か。以下、文化十年二
  月まで書継ぎ。遊紙に「覚/日野西禄」の折紙を貼付。
(祭一二)宝暦元年十一月九日依雪雨儀之式其他雨儀之式     目録二二頁
  ※袋。ウハ書「雨儀御祭礼之式/祓戸座図『〈一枚〉計十枚』」。朱印「春
  田神社/社務所印」あり。裏面に「官幣大社春日神社/現境内見取図/
  春日神社」とあるのを抹消。
 ①宝暦元年十一月九日依雪雨儀之式
  ※一冊、袋綴、二六・一×一八・一、表紙共紙四丁。表紙「宝暦元年十一
  月九日依雪雨儀之式/権預従三位(花押)」。
 ②両季御祭礼之式図
  ※一舗(五紙)、七〇・三×八四・二。本殿・楼門・御廊、前庭、直会殿・
  幣殿周辺の指図。下部に「両季御祭礼之式〈墨ハ晴之式/朱ハ雨儀之式〉
  図之」と題し、下部に「雨儀之式〈正預正三位中臣延晴卿記ニ云〉」として
  の次第を記し、末尾に「文政七〈甲/申〉年二月執行正預正三位中臣植
  栗連光和記之(花押)〈三十五歳〉」。
 ③両季御祭礼仮殿之式図
  ※一舗(五紙)、七七・六×九一・七。本宮の移殿・直会殿・幣殿周辺の
  指図。下部に「両季御祭礼仮殿之式図〈墨ハ晴之式/朱ハ雨儀之式〉」と題
  し、「晴之式〈正預正三位延晴卿記〉」「雨儀之式〈正預正三位祐木卿記〉」の
  次第を記し、末尾に「文政七〈甲/申〉年二月執行正預正三位中臣植栗
 連光和/記之(花押)〈三十五歳〉」。
 ④祓戸座図
  ※一紙、二七・七×四〇・三。「祓戸座」。祓戸社前の座配りの指図。
 ⑤着到殿座図
  ※一紙、二七・七×四〇・〇。「着到殿座」。着到殿での勅使一行の座配り
  の指図。
 ⑥奉幣図
  ※一紙、四〇・三×二七・八。「奉幣」。舞殿(幣殿)・前庭での幣使・宣
  命使・弁の座の指図。
 ⑦宣命作法図
  ※一紙、四〇・六×二七・八。「宣命作法」。舞殿での宣命使の座の指図。
 ⑧直会殿饗図
  ※一紙、二七・六×四〇・四。「直会殿饗」。直会殿での勅使一行の座配り
  の指図。
 ⑨祓戸座雨儀之時設着到殿図
  ※一紙、二七・七×四〇・三。「祓戸座雨儀之時、設着到殿」。雨儀により
  着到殿に祓戸座を設ける際の、勅使一行の座の指図。
 ⑩御棚雨儀図
  ※一紙、二七・八×三一・七。「御棚雨儀」。直会殿に御棚を用意する際の
  位置と動線の指図。
 ⑪官幣雨儀図
  ※一紙、二七・六×四〇・三。「官幣雨儀」。直会殿の案に幣使が着く動線
  の指図。
(祭一三)永正十四年広橋守光卿春日祭参行記          目録二三頁
  ※一冊、袋綴、二八・四×二一・九、本紙墨付一一紙+表紙・裏表紙。表
  紙「春日祭参行事〈永正六/二廿六/広橋守光卿参行記也〉」。本文冒頭朱
  方印および奥書(祭四)に同じ。本奥書「這一冊守光卿〈于時権中納言/
  広橋也〉記也、/以権中納言〉為條卿/藤谷〉本令書写/校合訖、/時寛
  文拾一年霜天上澣/正二位藤実豊」、「這一冊以正親町中納言〈公通/卿〉
  本令模写之、/依当季春日祭参行、為覚悟借請之、/加一校畢、/貞享五
  年二月一日権中納言藤原(花押)」。書出「永正十四〈丁丑〉廿六〈壬申〉
  春日祭也、」として守光の日記(『大日本史料』第九編六、七一七頁以下に
  翻刻)。続けて「祐久御記権大外史康顕」として記録抄出、「康富記〈文安
  六/二廿一〉」として記録・文書案。影写本『春日神社文書』一八[3071.
  65-8-18]の親本。廣橋興光氏所蔵『廣橋家記録』神5-1[6170.68-4]あり。
(祭一四)天文廿二年恒例臨時御神事記             目録二三頁
  ※一冊、袋綴、二七・八×一七・二、本紙六三丁+表紙・裏表紙。祐睢修
  補表紙「権預中臣殖栗連祐礒/天文廿二年恒例臨時御神事記/右一冊表紙
  無之ニ付如此之/中臣祐睢」。書出「天文廿二年〈癸/丑〉正月一日御神
  事如例」以下、十二月廿九日条まであり。祐磯の日記は「日記」の部に多
  く含まれておりそれらとツレとなる。若干に紙背文書(折紙消息)あり。
(祭一六)〈永禄八年〉御神事日記               目録二三頁
  ※一冊、袋綴、二七・九×一七・三、本紙二〇丁+後補表紙。後補表紙
  「元禄八年〈乙/丑〉正月元日ヨリ八ケ日間御神事日記/永禄十一年〈戊/
  辰〉二月十一日当社閇門之日記/春日祭群参之事/霜臺興福寺退参之事/
  水谷神楽之事/薪事 大東延能記」、原目録「一永禄八年〈乙/丑〉正月元
  日ヨリ八ケ日間御神事日記/一永禄十一年〈戊/辰〉二月十一日当社閇門
  之日記/一春日祭群参事 一霜臺興福寺退参之事/一水谷神楽事 一清祓
  事 一薪事/一天正四年〈丙子〉正月朔日ヨリ御神事日記/一夕御供従寺
  門下行度々事 一名主宿ニテメシ/□ウィスルコト/一春日祭事」。内容
  は、永禄八年正月一日より八日までと、永禄十一年二月十一日から九月十
  一日までで、原目録の天正四年以降の分は対応部分なし。
(祭一七)天正二年三月春日祭御神事記             目録二三頁
  ※一冊、袋綴、二一・六×一三・八。原表紙共紙二八紙+後補表紙。祐睢
  修補表紙「天正二〈甲/戌〉年三月吉日/春日祭御神事記/従四位上加任
  預祐金記/新預中臣祐睢」、原表紙「天正二年〈甲/戌〉三月吉日/春日祭
  御神事記〈移殿御神事/在之〉/従四位上加任預祐金「  」。天正二年三月、
  同四年三月、同五年二月・十二月、同八年十二月、同九年三月、同十年二
  月、同十一年二月、同十二年二月、同十三年二月の春日祭の日記で、中臣
  祐金記の別記。
(祭一八)〈慶長二年ヨリ七年マデ〉春日祭記          目録二三頁
  ※一冊、袋綴、二七・三×一八・六、原表紙共紙七五丁+後補表紙。後補
  表紙「慶長二年ヨリ七年マテ/春日祭記〈慶長六年冬季閏月ニ/祭礼執行
  之例事〉/加任命預祐範記〈慶長四年ニ/正預ニ拝任〉/辰市祐智(花押)」、
  原表紙「慶長二年〈丁/酉〉十一月日 同七年マテ有之/春日祭記〈酉ノ
  祭ヨリ寅ノ年冬季迄記之〉/慶長六冬季壬月ニ祭礼執行之例事/加任預従
  四位下中臣祐範(花押)」。表紙にある期間の春日祭の日記で、中臣祐範記
  の別記。
(祭一九)慶長八年三月春日祭上卿御参向日記          目録二三頁
  ※一冊、袋綴、三一・三×二四・二、表紙共紙十丁。表紙「慶長八年〈癸
  /卯〉三月七日/春日祭上卿御参向日記/大東中臣延通(花押)」。末尾
  「慶長八癸卯三月吉日大東延通(花押)」とあり、慶長八年九月十八日の記
  事が続く。紙背文書(折紙)あり。
(祭二〇)慶長八年十一月春日祭上卿御参向日記         目録二三頁
  ※一冊、袋綴、二九・〇×二三・〇、表紙共紙七丁。表紙「慶長八年〈癸
  卯〉十一月吉日/春日祭上卿御参向日記/大東中臣殖栗連延通(花押)」。
  末尾「右為後証書馳者也、仍如件、/慶長八年〈癸/卯〉十二月六日大東
  延通(花押)」。紙背文書(折紙)あり。
(祭二一)慶長十九年二月春日祭記               目録二三頁
  ※一冊、袋綴、(最大)二五・〇×一六・二、表紙共紙一〇〇丁。表紙
  「慶長十九年〈甲/寅〉二月吉日/春日祭記〈寛永元年〈甲/子〉分迄ア
  リ〉/大東次預延通」。目録あり。内題「春日祭御神事引附/慶長拾九年
  〈甲/寅〉以来」。末尾「大東次預/寛永二年〈乙/丑〉三月吉日中臣延通
  (花押)」。慶長二十年三月の分に半丁の切り取り箇所あり。
(祭二二)元和二年二月春日祭上卿烏丸殿御参向記        目録二三頁
  ※一冊、袋綴、三三・〇×二三・四、表紙共紙五丁。表紙「元和二年〈丙
  /辰〉二月吉日/春日祭上卿烏丸殿御参向記〈中納言殿 光広/辨殿 光
  □〉/大東次預中臣延通(花押)」。
(祭二三)元和二年十一月春日祭日野殿御参向日記        目録二四頁
  ※一冊、袋綴、二九・九×二二・〇、表紙共紙九丁。表紙「元和二年〈丙
  /辰〉十一月吉日/春日祭上卿日野殿御参向日記/大東中臣殖栗延通(花
  押)」、末尾「社中大東/元和二年〈丙/辰〉霜月廿九日中臣延通(花押)」。
(祭二四)元和三年二月ヨリ寛永四年迄春日祭記         目録二四頁
  ※一冊、袋綴、二七・四×一九・三、原表紙共紙四七丁+後補表紙。後補
  表紙「元和三年ヨリ寛永四年迄/春日祭記〈正預祐範卿〉」、原表紙「元和
  三年〈丁/巳〉二月吉日〈『寛永四年丁卯迄在之』:補筆〉/春日祭記/寛
  永二年祭礼軾布支配申分事/正預従三位祐範(花押)」。表紙の期間の春秋
  の春日祭の記録あり。元和九年二月までが祐範の、同年十一月分より以下
  は祐定筆か。
(祭八五)旧記抜書若宮祭礼之条々               目録二八頁
  ※一冊、袋綴、二四・四×一七・三、表紙共紙一七丁。表紙「旧記抜書〈若
  宮祭礼之条々〉/権預三位祐用卿筆蹟」。内題「旧記抜書/若宮祭礼条々」。
  「五月ニ若宮祭礼遂行事」として寛正五年五・六月祐職記、「今年分御祭礼
  十一月ニ遂行之事」として同記同年十一月、「若宮祭礼遂行十二月之考例
  之事」として永享七年十月祐時記、「若宮祭礼六月ニ遂行之事」として天
  文四年六月祐園記、「十二月遂行之事」として同記同年十二月、「三月廿九
  日若宮祭礼執行之事」として永正十五年三・四月祐園記、「若宮祭抜頭舞
  住吉之楽人勤之事」として永禄九年十一月祐磯記、「筒井順慶田楽頭屋遂
  行事」として天正十年十一月祐磯記、「若宮祭礼之砌於御旅所清祓事」と
  して大永六年十一月祐園記を引く。
(祭八六)若宮祭礼之次第                   目録二八頁
  ※一冊、袋綴、二四・四×一六・二、表紙共紙三〇丁。表紙「若宮祭礼次
  第」、同追記「本書年号を記さゝれとも、/末尾の記事に昨辰年云々と/
  いふこと見えたれは、明治貮/年巳歳の記録たること明/なり、(朱印)
  「清宮」」。内題「若宮祭礼之次第」。貼紙による加筆・修正多数。また朱筆
  にて「公人」を『仕丁』、「奉行所」を『奈良県』などと傍注。
(祭一一一)春日祭式次第                   目録二九頁
  ※一冊、横帳(折紙を綴じる)、一九・二×五二・九、三丁。表紙・内題
  などなし、書出「五月廿三日〈巳尅〉祠官等参/集于社頭之館」とあり、
  文中に加任預光和などがみえ、その次第か。ほかに氏人師喜、神宮預延詮、
  権預従三位延庸。
(祭一一二)上卿交名断片                   目録二九頁
  ※一冊、紙縒による仮綴、一九・八×一三・三、表紙共紙一〇丁。春日祭
  の上卿を列記、慶長元年~延宝七年(現状は錯簡・脱落あり)。
(祭一一四)若宮祭装束図等                  目録三〇頁
  ※後補袋「春日祭関係『若宮祭』関係其他/各画稿一部紙背木守職領
  計十六葉」、旧袋「若宮祭之条/下絵図数葉入」。おおむね下絵・粉本の
  類。
 ①「中盛台ノ図」。最長部一〇〇・二×一〇五・六。彩色。
 ②鹿曼荼羅。最長部七二・八×二七・五。裏面に高杯・水瓶。
 ③女房。二八・四×四〇・一。裏面に飾金具。
 ④積交盛。二八・二×一九・五。彩色。
 ⑤立花。二八・二×二〇・四。彩色。
 ⑥装束。二八・二×三九・六。彩色。大和舞など芸能奉仕者のもので、⑦
  ⑨⑪と一具か。
 ⑦文様(平緒カ)。二八・一×一二・九。彩色。
 ⑧小袖。二八・一×三九・八。彩色。
 ⑨装束。二八・一×三九・七。彩色。
 ⑩女房。二七・七×四〇・七。③と同じ図様。顔の部分は紙を重ねる。裏
  面に御旅所の図。
 ⑪装束。二八・二×三九・八。彩色。
 ⑫装束ほか。二八・〇×三四・一。「大和舞」とあり。⑥などの下書きか。
  紙背文書あり(門跡還俗後の内容)。
 ⑬案・円座ほか。二三・八×三三・六。
 ⑭鞍。最長部二八・二×三四・八。切り取りあり。
 ⑮石帯ほか。二七・九×四〇・六。紙背文書あり。⑫と一具。
 ⑯鏡筥。二七・四×三八・四。裏面に水墨山水図の模写「文鳳山人」。
(祭一一五)峯殿春日社御願文目録三〇頁
  ※一冊、袋綴、二六・〇×一六・一、表紙共紙二〇丁。表紙「峯殿春日社
  御願文/祐金(花押)」、末尾「以上一巻の草、峯殿の御筆也、里日の櫃に
  あり」、奥書「天正十一〈癸未〉六月廿四日七十四祐金(花押)」。『神
  道大系春日』に翻刻。
(祭一一六)慶長十七年春日祭御神事記             目録三〇頁
  ※一冊、袋綴、二一・五×一三・四、表紙共紙九丁。表紙「慶長十七年二
  月吉日/春日祭御神事記/従五位上次預延通(花押)」。

                        (遠藤基郎・西田友広・藤原重雄)


『東京大学史料編纂所報』第42号p.120