東京大学史料編纂所

44.春日大社史料の調査・撮影

 二〇〇五年九月十二~十五日の四日間、奈良市の春日大社に出張し、所蔵史料を調査・撮影した。調査は春日大社の御高配のもと、松村和歌子氏に御対応いただいた。ここに記して謝意を表したい。マイクロフィルムによる撮影を終えた史料について、『春日神社記録目録』(一九二九年、同社社務所)にもとづき簡単な所見を記す。法量は縦×横(単位はセンチメートル)、『 』は朱筆。
[社記(書庫)]
(社六二)中臣系図〈裏大中臣系図〉 目録七頁
※折本一帖、一八・八×一八・七、三〇折。一面六行。糊剥れあり。表表紙貼紙「中臣系図」、直書『大東家』。裏表紙貼紙「大中臣系図」、見返し「〈春日社家〉大東蔵之」。奥書「明治十年二月寄附之、/春日神社祢宜/大東延慶」。近世前期に成立、その後追筆。
(社六三)御改正前職役勤方手配之事 目録七頁
※一冊、袋綴、二七・七×一九・七、一四丁。一丁オ、右上隅『旧〈三冊之内〉』、書出「『第四条』旧社司方/御改正前職役勤方手配之事」。墨・朱筆にて訂正あり。
(社六四)春日神社神籤文 目録七頁
※一冊、袋綴、二五・〇×一七・三、六一丁。「春日神社」「近東商店」の罫紙。表紙「春日神社神籤文/大東延慶撰考」。書出「第壱籤 吉/稲荷満能播楽仁珂武/頭万利麻周(ルビ:タカマノハラニカムツマリマス)/『公平無視の象にして之に随ふ/心持により幸福来らん』」、末尾は第百貮拾籤まで。
(社七三)奉行所服者一件之記 目録八頁
※一冊、袋綴、二三・六×三〇・九、表紙共一八丁。表紙「文化十二〈亥〉年七月/奉行所服者一件之記/光和/延長」。六月二七日~七月二五日、「追記」として八月一一日~二〇日条あり。七月二三日条途中に切抜箇所あり、補記する。「玉海記者/〈九条殿〉月輪殿摂政兼実公/中右記記者/〈松木〉中御門右大臣宗忠公/右手鑑切抜 編者大東延慶(花押)」。『社家筆蹟』(書二三)に該当箇所あり(写真帳94頁)。
(社七四)春日社水谷綱目闘諍記               目録八頁
※二冊、袋綴、各二四・一×一七・〇。上、三七紙、下、四四紙。表紙「〈春日社〉水谷綱目闘諍記〈上(下)巻〉」、朱長方印あり(印文読めず)。各冊目次あり。
下、奥書「延享元〈甲子〉年三月/南都手貝住能谷末裔/矢野平」、跋文「右水谷闘諍記綱目上下二巻ハ矢野平/延享年中に増補の書也、且南都に古/来より水谷闘諍記一巻有、誰人の述作/せるをも詳に不記、・・・/延享五戊辰年季春下浣/無名園一粟散人/漫書/(朱方印二カ〓)」。
(社七五)春日まうで            目録八頁
※一冊、袋綴、二七・三×一八・七、八丁。「春日神社」罫紙。表紙「春日まうて/春日神社蔵之」、内題「春日まうて/厳屋主人大東延慶輯録」。
(社一〇五)河内交野郡津田村春日遷宮記           目録〇頁
※一冊、袋綴、二七・二×二一・二、表紙共紙五丁。表紙「〈丙午〉天明六年八月廿五日/河州交野郡津田村春日遷宮記/正預延樹」。八月一九日より二七日条。指図一点あり。
(社一〇九)恒例臨時京都御祈祷方進物記       目録一〇頁
※一冊、袋綴、二〇・三×一二・五、表紙共紙一三丁。表紙「恒例臨時京都御祈祷方進物記/辰市家」。享保五年正月より九月の公家の参社などを記す。
(社一一〇)御祈祷勤仕之記          目録一〇頁
※一冊、袋綴、二五・七×一八・五、表紙共紙七丁。表紙「明和二〈乙酉〉年九月より/御祈祷勤仕之記/光和」。明和二年九月より、同三年五月十日まで。祈祷札の書様を多く載せる。切抜箇所多数あり。
(社一一一)御祈祷物書方并献物之記          目録一〇頁
※一冊、袋綴、二七・〇×二〇・二、表紙共紙三一丁。表紙「文政四〈辛巳〉年正月/御祈祷物書方并献物之記/従三位中臣光知(花押)/三十二歳」、墨丸印あり。書出「文政四年〈辛巳〉年正月 加任権預従三位中臣植栗光知記」。御礼の書き方および献上先。
(社一一二)御祈祷物献上之記          目録一〇頁
※一冊、袋綴、二四・一×一六・五、表紙共紙五〇丁。表紙「文政十一〈子〉年正月以来 〈壇方〉/御祈祷物献上之記/〈壇方之記〉 〈壇方之〉/〈辰市〉新預従四位中臣祐〓(目雅)〈三十五歳〉」。書出「文政十一〈子〉年正月 辰市〉新預中臣祐〓(目雅)」。正月~一二月の記事あり。最末丁には内側に下敷を挟み込み、綴じられる。
(社一一三)富田家年中御祈祷師之写       目録一一頁
※一冊、袋綴、二三・〇×一五・五、表紙共紙三六丁。表紙「嘉永五年正月吉日/富田家年中/御祈祷師之写/延〓」。後ろから二丁目は紙形大(二五・〇×一六・二)、安政四年十一月の記事。
(社一一六)諸下行米之記      目録一一頁
※一冊、袋綴、二三・八×一七・五、表紙共紙七七丁。内題「諸下行□□□銭等之記」。途中の明暦三年記事の末尾「明暦三年〈丁酉〉十二月吉日従五位下」、明暦四年分の書出「明暦四年〈戊戌〉正月吉日 諸下行記」、同末尾「右戌ノ年諸下行相証者也、/万治元年〈戊戌〉壬十二月吉日従五位下」。万治二~四、寛文二~十三、延宝二~七年の記事あり。
(社一一八)春日社神人領燈明田収納米諸捌書      目録一一頁
※一冊、袋綴、二八・二×二〇・五、表紙共紙一一丁。表紙「(右上貼紙)『十三冊之内/七ばん』、(貼紙)「春日社神人領/燈明田収納米」(貼紙の下は「御燈明田収納米」)諸捌書/(貼紙)「新神司/新社司」(貼紙の下は「春日社神人中」)」。
(社一一九)(春日社神人領燈明田)捌帳      目録一一頁
※一冊、袋綴、二八・〇×二〇・〇、表紙共紙五七丁。表紙「(右上貼紙)『十三冊之内/□ばん』、(右中央貼紙)『当家領之分』、春日社神人領/燈明田捌帳/新神司/新社司」。慶応三年。
(社一二〇)(春日社神人領燈明田捌帳)      目録一一頁
※一冊、袋綴、二七・〇×一八・五、表紙共紙五六丁。表紙「『□□ 六冊用度司□□内』」。(社一一九)とほぼ同内容。
(社一二六)九月九日運上分事          目録一一頁
※一冊、袋綴、二一・五×一三・三、表紙共紙七丁。表紙「天正二年〈甲戌〉九月日/九月九日運上分事/執行正預祐磯(花押)」。山村庄・乙木庄・美濃庄・辰市・深川庄・大平尾庄・誓多利木庄・田原庄などからの供米など。
(社一二七)社領之内家職分配之記          目録一一頁
※一冊、袋綴、二〇・四、一二・〇、表紙共紙九丁。表紙「天保八〈丁酉〉年三月写之/社領之内家職分配之記/富田家」。書出「大和国添上郡之内大柳生村・東九条村・中城村・大江村、右三四ケ村、天正年中より神領ニ被寄之時、当時社家支配之分」。
(社一二八)福智庄出納請取書          目録一二頁
※一冊、袋綴、二四・一×一七・〇、表紙共紙一一丁。表紙「文政六未年三月/福智庄出納請取書/〈名主〉辰市家」。文政六~十三、天保二・三年の各年の覚。
(社一三一)櫟本大庄小庄代物備進之考例          目録一二頁
※一冊、袋綴、一六・八×三三・〇、本紙一五丁、修補表紙・裏表紙。修補表紙「櫟本大庄小庄/代物備進之/考例/筆跡/権預中臣祐智/新預中臣祐〓(目雅)」。書出「櫟木小庄代物備進之/考例」、慶長九・元和四・慶長三・元和六(祐範)、寛永十九・寛永四(祐長)、天文十八(祐磯)、寛文十二(祐用)、慶長六・十九・十四(祐範)、元禄十二・宝永五・延宝五(祐用)、慶長八(祐範)、宝永二・十五(祐長)、宝永五(祐用)、天和四(記主なし)、元禄十四・十六・十五(祐用)、元禄十七(記主なし)、正徳四・五・享保二(祐用)、天正十五・天文十六(祐父)、天文十五(祐磯)、永正九・永禄二(祐園)、天正四・天文二十一(祐磯)、各年の七月七日前後の記事の抜書。紙背文書あり(記録、その上に裏打ちが施される)。
(社一三二)御職領高定御水帳           目録一二頁
※一冊、袋綴、二四・一×一七・三、全三丁。表紙「寛政十〈午〉年/御職高定御水帳/二月 大江村」。書出「佐渡守御職領 大江村」、末尾「寛政十〈午〉年二月 〈大江村/庄屋代〉嘉右衛門/新佐渡守殿」。
(社一四九)拝殿歌仙御施主御筆跡      目録一三頁
※一冊、袋綴、二四・三×一七・〇、全三丁。書出「拝殿歌仙御施主御筆跡/御施主ハ貞子/序ハ下冷泉図書頭為景/為景ハ貞子ノ甥」。為景の序の末尾「従四位上行左近衛権少将藤原朝臣為景敬白/正保四〈丁亥〉暦強〓大淵献蝋月九月」。「御筆跡」として、歌人ごとの筆者名の目録。
(社一五〇)文化八未年十月拝賀音信帳           目録一三頁
※一冊、袋綴、二四・〇×一七・九、表紙共紙一〇丁。表紙「文化八〈未〉年十月/拝賀音信帳/辰市正預」。末尾「文化八〈辛未〉年十二月書之、(後略)」。
(社一五一)文化十年十二月五日婚礼音信帳        目録一三頁
※一冊、袋綴、二〇・五×一二・四。二部合綴。(1)六丁、表紙「文化十〈酉〉年十二月五日/婚礼音信帳」。(2)八丁、表紙「文化十三年八月/安千代初参祝儀帳/辰市」。
(社一五三)辰市家ニ付祐富祐寛双論之記         目録一三頁
※一冊、袋綴、三三・〇×二一・七、表紙共紙三三丁。表紙「享保九年閏四月/辰市家ニ付〈祐富/祐寛〉双論之記/神宮預延晴」。書出「一、享保九〈甲辰〉年正月晦日、於神主経賢卿館、一社集会/在之、子細者、辰市祐義養子□□義ニ付一社へ遂披露/□為祐義名代弟法徳寺并祐寛同殿ニテ令参…」。以降、八月二五日までの日記。虫損甚大により開披不能箇所あり。紙背文書あり(おおむね仮名折紙)。
(社一五五)大柳生村字増原井手頭水論ニ付訴書之控   目録一三頁
※一冊、袋綴、二五・二×一七・六、二八丁。表紙「天明〈乙巳〉年七月五日申之刻/大柳生村字増シ原井手□/水論ニ付訴書之控/但出訴方藤堂〓〓〓〓殿、相地忍辱山/円成寺両庄屋年寄連印之」。
(社一六六)元要記      目録一四頁
※六冊。(一)二四八丁。(二)一六七丁。(三)一四四丁。(四)一八九丁。(五)一五一丁。(六)一八一丁。『所報』三七号六六頁参照。一部撮影不良。
(社一六六ノ乙)元要記      目録一四頁
※一冊、一七・〇×二四・五、表紙共紙二七丁。
(中藤靖之・高橋典幸・西田友広・藤原重雄)


『東京大学史料編纂所報』第41号