東京大学史料編纂所

36.大阪城天守閣所蔵文書の調査・撮影

 〇六年三月五日から八日まで、大阪市の大阪城天守閣に出張し、所蔵の戦国・織豊期文書約二〇〇点を撮影した。同天守閣所蔵文書のうち本所として未調査の分について、二回に分けて撮影する計画を立て、〇四年三月に第一回の出張を実施したが(『所報』三九、九七頁参照)、今回の出張はその第二回に当たる。
 今回撮影した文書は次の通り(番号は『大阪城天守閣所蔵資料目録』または『大阪城天守閣紀要』による)。
五六九~五七六(兵庫屋文書)、六八七~六九三、七〇二、七〇三、七二九、七六三~七七一(稲葉典通書状集)、七七三~七七七、七七八~七八六(河合家資料)、七八八~七九二、七九三~八一八(脇坂家歴代城主藩公之墨附)、八一九、八二七~八三二および八三八~八四一(加藤ヤエ氏寄贈文書)、九二七、九二八、九三九~九四三、九四五~九五〇、九五二・九五六~九六二および九六四~九七一(下間少進家資料)、九七九~九八一、九八三~九九〇、九九三~一〇〇六、一〇〇八~一〇一九、一〇二〇・一〇二三~一〇二七および一〇二九(岩手家文書)、一〇九〇~一一〇〇、一一〇二~一一一三、一一一四~一一二四および一一二九(栗本家資料)、一一四一~一一四四(水無瀬家文書)、一四一八~一四二三    ※実際の撮影順序は必ずしも番号通りではない。
 二回にわたる出張の結果、同天守閣の目録・紀要等に載る戦国・織豊期文書は、基本的に撮影を完了した(近世文書については撮影を省略したものもある)。なお、同天守閣のコレクションは今後も増加してゆく見込みであるので、数年後には重ねて出張の必要が生ずるものと思われる。
 前回・今回とも、北川央氏・宮本祐次氏をはじめとする同天守閣学芸員室の方々には、たいへんお世話になった。あらためて感謝申し上げる次第である。
(高橋典幸・村井祐樹・鴨川達夫)


『東京大学史料編纂所報』第41号